タントラ(ヴァジュラヤーナ、密教)の思想 [中世インド]

タントラは、インド及び周辺地域に台頭した中世の宗教運動を特徴づけるものです。
5Cのグプタ朝後期頃に生まれ、9-12C頃が最盛期でした。


タントラは、非アーリア人(インド原住民)の宗教を、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教が吸収した超宗派の宗教潮流で、神秘主義的傾向が強い思想です。
また、西方の神智学の影響を受け、それを発展させた部分もあります。


「タントラ」という語はサンスクリット語で「横糸」を意味し、そこから「知識(意識)を広げる」という意味も持ち、(特定の種類の)教義、経典を指すようになります。


欧米の学問では「タントリズム」、仏教のそれは、「タントラ仏教(タントリック・ブッディズム)」という言葉を使います。
本ブログでは、思想を指す場合は、主に「タントリズム」を使用します。


ヒンドゥー教では、「ヴァデディカ(ヴェーダ派)」に対して「タントリカ(タントラ派)」という言葉が使われます。
仏教自身の表現では、「波羅蜜多乗(パーラミターヤーナ)」に対する「金剛乗(ヴァジュラヤーナ)」、あるいは「真言乗(マントラ・ヤーナ)」になります。
漢字文化圏では、「顕教」に対する「密教」ですが、狭義で「密教」と言えば、「タントラ仏教」を指します。


「タントラ」は、特定の経典に関する呼称ですが、一般に、「スートラ(縦糸)」に対する「タントラ(横糸)」として対比することが多いのです。
タントリズムの多くの経典は「タントラ」と名付けられていますが、すべてがそうではありません。
ヒンドゥー教シヴァ派では、実践的経典を「アーガマ」、理論的経典を「ニガマ」、ヴィシュヌ派では「サンヒター」と呼ぶこともあります。



<バックボーン>


タントリズムのバックボーンは、非アーリア人、カーストで言えば、第4カーストのシュードラやアウトカーストの文化です。
これには、大きく分けると、男性神・男性原理を重視する潮流と、女神・女性原理を重視する潮流の2種類があります。


前者は、太陽神・嵐神などを信仰する新石器・農業文化の豊穣・聖婚信仰で、シヴァ教やヴィシュヌ教、父タントラに影響を与えたと思われます。


後者は、太母・地母神などを信仰する旧石器・狩猟文化以来の豊穣信仰で、シャクティ教や母タントラに影響を与えたと思われます。
ヒンドゥー教に入らない土着の女神宗教の「マリアイ」は、こちらでしょうか。


グプタ朝滅亡後、7、8Cには、女神信仰が興隆しました。
ヒンドゥー教では、各地の女神が、大女神のデーヴィー、あるいは、ドゥルーガーやカーリーと同一の神であるとして、あるいは、シヴァの前身のルドラの妃サティの生まれ変わりとして、シヴァの妃として、ヒンドゥー教に取り込まれました。
南インドの各地の女神がシヴァと婚姻したという考えによって、南インドの宗教はヒンドゥー教と習合しました。


インドでは、時代が進むに従って、後者の女神を重視する潮流が重要となります。
タントラは、その核心部において、「屍林の宗教」と呼ばれる、死体置き場の性的儀礼を含む女神信仰の影響を受けていると考えられます。


インドの葬送形態は風葬のための、都市周辺に遺体置き場の森(屍林)がありました。
そこには、先住民独自の女神信仰があり、その女司祭と、そこで修行を行うヨガ行者がいました。
女司祭は、オリエントの神殿聖娼のような、女神に仕えて、性的儀礼を行う司祭、信者だったのでしょう。
ヨガ行者は、灰を体に塗り、プラーナのコントロールを行うような、古くからのヨガの伝統を受け継ぐ行者だったのでしょう。
祭りにおいては、ディオニュソス的な狂宴が行われました。
タントリズムは、そんな「屍林の宗教」を強く受けて生まれました。


11~12Cになると、「ヨーギニー」と呼ばれる魔女的な、性ヨガも行う女性修行者が興隆します。
農耕文化をバックボーンに持つ忿怒の女神から、非農耕的で、より秘教的・実践的な女性神格に変化したのでしょう。



<展開と宗派>


タントリズムが台頭してきたのは、グプタ朝後期5・6C頃で、北東部のベンガルやアッサム、北西部のカシミールを中心に興りました。 
はっきりしたことは分かりませんが、最初に仏教が、少し遅れてヒンドゥー教が、その後、ジャイナ教がタントリズムを取り入れたようです。


ヒンドゥー教は、上位3カーストしか救済の対象にしません。
しかし、タントリズムは、非アーリア人や第4カーストの宗教を取り入れたものなので、反ヴェーダ、反バラモン的傾向を持つ場合もあります。
もともとカーストを認めず、グプタ朝下ではヒンドゥー教に押されていた仏教の方が、積極的にタントリズムを生み出す要因があったと予測できます。


ただし、ヒンドゥー教も様々で、シヴァ教には、初期からタントラ的要素あったようです。



ヒンドゥー教系のタントリズムは、主神の違いから3つに分けられます。


・シヴァ教(シャイヴァ)     :聖典シヴァ派、カシミール・シヴァ派、ナータ派 など
・ヴィシュヌ教(ヴァイシュナヴァ):パンチャラートラ・ヴィシュヌ派 など
・シャクティ教(シャークタ)   :シュリー・クラ派(シュリー・ヴィドヤー派) など

* これらは、一般にヒンドゥー教の「シヴァ派」、「ヴィシュヌ派」、「シャークタ派」と呼ばれますが、それぞれで主神が違うので、当ブログでは「シヴァ教」、「ヴィシュヌ教」、「シャクティ教」と表現します。

シャクティ教は、シヴァの妃のシャクティ、カーリーやトリプラスンダリーなどの女神、女性原理を信仰する一派です。

それぞれの派の中にも、タントラ色の強い派もあれば、伝統色の強い派もありますが、全体として見れば、シャクティ派>シヴァ派>ヴィシュヌ派 の順にタントラ色が強いようです。


タントラ仏教の場合は、本来の主尊は仏陀なので、ヒンドゥー・タントリズムのように主尊で宗派を分けることはできず、タントラ(経典)の発展段階での分類が重要です。
ですが、女性尊・女性原理(般若)を重視する母タントラ、男性尊・男性原理(方便)を重視する父タントラ(マハー・タントラ)があり、どちらを重視するかによって、宗派の特徴を区別することは可能でしょう。



<思想的特徴>


タントリズムは、多様な潮流があるので、その特徴をまとめることは、困難です。
ですが、列記すると、下記のようなものがあります。


・現世肯定的(欲望を単純に否定しない)
・身体を重視し、神の神殿と考える
・万物照応(階層的世界観と象徴的連鎖)の世界観
・霊的生理学を有し、プラーナをコントロールするヨガを重視する
・波動を主体とした宇宙論を持ち、マントラを重視する
・呪術的(増益、調伏、息災、敬愛)
・グルを重視し崇拝する
・寺院への出家よりも、遊行や在家を好む
・教義の学習よりも瞑想実践を重視する
・象徴を重視し、瞑想においては観相法を重視する
・尊格を自分自身として観相する行法である成就法(サーダナ、本尊ヨガ)を重視する
・プージャ(供養)やホーマ(護摩)の儀礼を重視する
・秘密主義であり、灌頂の儀礼や独特の戒を有する
・占星学や錬金術、魔術を有する
・性的表現や性ヨガを重視する
・死(墓場、死体、骸骨、灰)や精液、血、糞尿などを重視する
・豊富なパンテオンを有する(表現としてのマンダラ、ヤントラ)
・女神信仰や女性的な力を重視する
・本来は低い位階の精霊や悪鬼などとされていた存在が、高位の尊格に昇格することがある
・イコンは、多面多臂、分怒相、合体相(歓喜相)、舞踏相を特徴とする
など



タントリズムの最大の思想的な特徴は、従来のインド思想が「現世否定」的性質が強いのに対して、「現世肯定」的性質が強いことでしょう。


ヒンドゥー教では、従来の思想(ブラフマニズム)の方法が、「ニヴリッティ・マールガ(寂静の道)」と表現されるのに対して、タントリズムは「プラヴリッティ・マールガ(増進の道)」と表現されます。


ヒンドゥー教では、「四住期」という考えがあって、人生の前半の第1、2期では世俗的繁栄を目指す「増進の道」を歩み、後半の第3、4期では精神的至福・解脱を目指す「寂滅の道」を歩むべきとされました。
しかし、人生の時期の違いではなく、目指すものの違い、思想の違いとしても、表現されるようになったのです。



チベットのニンマ派でも、これに対応するような、「放棄の道」に対する「変容の道」という表現があります。


簡単に言えば、心身を止滅させる解脱を目標とする(だけ)ではなく、心身を活性化することも目標とします。


あるいは、解脱の方法論として、心身の活性化を採用します。
例えば、「欲望」を否定せず、それを純粋なエネルギーに変えて浄化することを目指す傾向があります。


タントリズムは現世肯定的なので、「身体」を重視することも特徴です。
旧来の現世否定的思想では、身体は、否定されるべきものですが、タントリズムでは、身体は「神の神殿」と考えます。
身体的な瞑想修行法(ハタ・ヨガ)においても、身体のエネルギーとしての身体基底部にあるクンダリニー(=シャクティ)を、頭頂のシヴァに帰一させた後、再度、下降させ、身体性を清浄なものとして再創造し、活性化します。



<哲学的特徴>


タントリズムの、現世肯定的特徴は、その哲学にも表現されます。


サーンキヤやヴェーダーンタのなどの古典哲学では、世界創造は誤認(マーヤー)に基づく汚れであり、否定的な意味を持つ行為です。
しかし、タントラ哲学では、世界創造は、解脱のための必要なプロセスとして肯定的に考えられたり、神の「遊戯」として絶対肯定されます。
世界創造を「遊戯」とする立場は、「自由」を最大限に重視する思想的表現です。


東方の神智学は、至高存在を、「静的次元(元母・両性具有)/核的次元(原型・意志・父―素材・知恵・母)/創造的次元(光・言葉・子)」の3段階・3原理で考えましたが、タントリズムは、男女の2段階・2原理で考えました。
「静的な男性原理」の「シヴァ」と「動的な女性原理(世界創造のエネルギー)」の「シャクティ」などです。
この男女の2原理が、神として、聖婚、合一し、世界を創造します。
これは、サーンキア哲学の「プルシャ(純粋意識)/プラクリティ(根本原質)」のタントラ版ですが、人格神的な要素が加わっているのが特徴です。
また、2原理の不二性・一体性を説きます。


密教では、抽象的な原理としては「方便/智慧」、尊格としては「仏/仏母(明妃、ダキニ)」などとして表現されます。
仏教の場合、「方便」などの男性原理が動的で、「智恵」などの女性原理が静的原理となり、ヒンドゥー教とは逆です。
ですが、母タントラでは、動的女性原理である「ダキニ」が重視されるようになります。


サーンキヤ哲学では、世界はプラクリティに帰一し、プルシャから切り離すことが目指され、プルシャは否定されます。
このように、旧来の思想では、現世否定的な傾向があります。
しかし、タントリズムでは、男性原理と女性原理の一体性を重視し、さらには、女性原理による動的創造を重視する傾向があります。



タントリズムは現世肯定の思想であるため、イメージや概念なども否定しません。


イメージや概念は「象徴」性を高めて使われ、それをより根源的な次元に上昇したり、心身を浄化するための手段とします。
そのため、マントラの念誦や観想を重視します。


マントラ重視の背景には、世界を様々な周波数の波動として捉える世界観があります。
マントラは、特定の神的エネルギーの表現であると考えられます。


神的存在を表現するにあたっては、否定神学や空思想のように、「○○でない」といった否定的表現を行うことは少なく、象徴的に表現したり、言語表現をせずに「それだ」と直接的に指し示します。
もちろん、概念的に表現する場合はパラドキシカルになります。


象徴は、照応的世界観の要でもあります。
内外、心身、上下の位階の世界は、象徴を通して結びつきます。


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