イスマーイール・パミール派 [中世インド]

イスラム教シーア派の中でも、より秘教的で、ミトラ教などのイラン系神智学の影響を受けた派は、スーパー・シーア派と呼ばれます。
その中のイスマーイール派のさらにその一派で、暗殺教団としても知られる「ニザーリー派(ニザール派)」は、イラン高原のアラムートなどを拠点にし、そこでは独立政権を樹立していました。
13C半ばに、そこにモンゴル軍が侵入する直前、タジク、パミール地方に脱出し、さらにインドにも入って布教したのが「パミール派」です。


パミール派の大師(指導者)は、ムガル帝国のアクバル大帝の側近にもなりました。


イスマーイール・パミール派に関しては、情報が少ないのですが、イラン、インドの神智学の統合としては興味深いものです。
パルシー(インド・ゾロアスター教)の秘教派と共に、後の、ブラヴァツキーの神智学にも影響を与えているかもしれません。


パミール派の創始者はナーシル・ホスローで、彼は、「2つの智慧の統合の書」を著し、スーパー・シーア派とヒンドゥー教を統合した思想を展開しました。


例えば、パミール派によれば、「イマーム」はヴィシュヌの化身であり、「マフディー」=ミトラは、ヴィシュヌの第10の化身のカルキであると考えました。
実際、「カルキ」は、パミール派がインドに入る前に、イラン系の神智学の影響で生まれた信仰だろうと思われますが。


パミール派は、下記のように、ミトラ教とヒンドゥー教のパンテオン(神々)を対応させました。


・イエッラー・ミール=ブラフマン
・ズルワン     =シヴァ
・ミトラ      =ヴィシュヌ
・ソフィア     =ブラフマー


ソフィアに対応するのはシャクティが適当だと思いますが、ヒンドゥーのトリムルティに合わせているので、ブラフマーとなっています。


マニ教やミトラ教と同様に、パミール派は現地の神々の名前を使うため、表面的にはヒンドゥー教のように見えます。
しかし、パミール派には、グノーシス的神話、7大大師など、西方的な要素もあります。


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