中世ユダヤ神秘主義、カバラの潮流 [中世ユダヤ&キリスト教]

中世のユダヤ思想には、アリストテレスの影響が濃い哲学・神学者のマイモニデスに見られるように、宗教を啓蒙主義的、合理主義的に理解する方向に向かう傾向がある一方、それに反発するように、神秘主義的傾向での発展もありました。

中世のユダヤ神秘主義の直接の源泉は、古代期のユダヤ神秘主義で、パレスチナを中心とした神の戦車や玉座を幻視するメルカーバー神秘主義と、バビロニアを中心とした「セフィール・イエツラー(形成の書)」に代表される数(セフィロート)やアルファベットの象徴を重視する潮流です。

11C頃には、これらが新たな発展をする中で、「カバラ」と呼ばれるようになります。
「カバラ」という言葉は「受容」、つまり、啓示を受け取ること、「秘伝」を意味します。


<カバラとは>

「カバラ」は思想的には多様で、様々に分類されます。
例えば、形而上学的な探求志向の強い「思索的カバラ」、「神智学的カバラ」、何らかの実践を重視する「実践的カバラ」、特に魔術的な働きかけを重視する傾向の強い「魔術的カバラ」、預言を受け取ること重視する「予言的カバラ」、忘我的な神秘体験を重視する「忘我的カバラ」などです。

「思索・神智学カバラ」における中世的発展は、セフィロートを神的諸力として、「生命の樹」の形で体系化することや、新プラトン主義の影響を感じさせる、「エン・ソフ(無限)」からの流出的宇宙論が特徴です。
これらが対象としたのは「神性そのものの世界」、隠れた内なる世界であり、それゆえ、純粋な「神智学」の領域です。

カバラは、基本的には「聖書」や律法の隠れた意味・奥義を探るものであり、戒律を守り、祈りを捧げることで、神の世界の調和を取り戻すことを目標とします。
地上での戒律や祈りが神の世界に影響を与えるということは、魔術的・照応的な世界観と言えます。
また、瞑想による神秘体験によって、神の世界を上昇し、また、神的なものを受容する、降ろすという思想もあります。

神の女性的側面としての「シェキナー(光輝・住居)」が重視されるようになったことも特徴です。
そして、「シェキナー」と男性としての神との、あるいは人間との結婚(合一)が語られます。
神秘主義では普遍的な思想ですが、ユダヤ教においては異端性を帯びた思想です。


カバラの象徴体系としてのセフィロート理論は、神話の抽象化・体系化であり、「エン・ソフ」からの流出論にしても、他の宗教では古代から中世早期にすでに出来上がっていたものです。
ユダヤ教においては、それらの影響を取り入れながらも、聖書や律法といったユダヤ教の伝統を解釈してそこに基づけながら、遅れて整備されたと言えます。

ユダヤ教は、ユダヤの伝統にこだわる傾向が強く、他の宗教からの影響があっても、それについてほとんど語ることをしません。
カバラに関して、研究者は新プラトン主義やグノーシス主義、カタリ派の影響を語ります。

ですが、ユダヤ思想の展開は、11C頃までバビロニアが中心でした。
バビロン捕囚とペルシャによる解放以来、ユダヤ教はバビロニアの宇宙論、イラン系宗教の影響を受けています。
例えば、終末論や堕落する「アダム・カドモン(原人間)」は、ゾロアスター教などのイラン系宗教の影響を受けたものでし、大天使「メタトロン」はミトラ神を取り入れたものです。
ですから、新プラトン主義やグノーシス主義の影響のさらに背後には、マニ教やズルワニズム(ミトラ教神智学)の影響があると推測できます。


<カバラの潮流>

具体的な歴史の流れを追ってみましょう。

紀元前から中世に至るまでのユダヤ神秘主義の中心地はバビロニアです。
バビロニア・タルムード期の後の7C-11Cは、ゲオニム時代と呼ばれます。
この時期には、神の女性性を意味する「シェキナー」の概念が形成され、実体化されました。
また、輪廻思想が受け入れましたが、これはマニ教の影響と思われます。
一方、ゲマトリア的な数秘術も生まれました。

12Cには、バビロニアからもたらされた秘教的な思想が、まず、フランスのプロヴァンスやラングドッグで新たな形をとり、カバラ思想の起点となりました。
グノーシス主義の影響のある「バーヒル(光明の書)」は、「セフィロート」を動的な神の諸力として扱いました。
盲人イサクは、新プラトン主義の影響を受けて、「エン・ソフ(無限)」からの「セフィロート」の流出を説きました。
プロヴァンスやラングドッグは、カタリ派の中心地であり、輪廻思想などの点では、改めてカタリ派からの影響もあったと推測されます。

13Cには、それらはスペインに引き継がれ、モーセス・デ・レオンらによるカバラ最大の聖典「ゾーハル(光輝の書)」が著され、カバラ思想が一つの総合された姿を見せます。
「ゾーハル」は、「セフィロート」の流出過程を、対立原理と均衡という動的な過程として画きます。

また、スペインでは、アブラハム・アブラフィアが、「セフェル・イェッツラー」の影響のもと、アルファベットの置換や結合、神名に対する瞑想を通して、預言を受け入れることを重視する「預言カバラ」を生み出しました。

14C初頭には、「テムナー(形象の書)」が、7回世界が創造されるという世界周期論を唱えました。
その度に新しい律法がもたらさせ、次の周期では禁止のなりユートピアが来るとされます。
この世界周期論には、イスマーイール派の影響が推測されます。

1492年に、スペインでユダヤ人の大追放があり、スペインにいたセファルディ系ユダヤ人は各地に移住します。
この追放によって、ユダヤ思想は、終末論的、グノーシス主義的な傾向が強まったと思われます。

そして、カバラの中心地は、16Cにはパレスチナのガリラヤのサフェドに移ります。
モーゼス・コルドヴェロがカバラ思想の体系化を進め、セフィラの流出を6局面で理解する「ベヒノト」の理論を説きました。
イサク・ルーリアは、世界を「収縮」、「容器の破壊」、「修復」の3原理で説き、悪に関する独自に思想によって、大追放後の状況を反映したグノーシス的なカバラ思想を発展させました。

その後、カバラ思想は、ルネサンス期にはキリスト教徒にも受け入れられ、「キリスト教カバラ」として、魔術色を強めるなど、独自の発展をします。


<ハシディズム(敬虔主義)>

カバラではありませんが、12-13Cにドイツのラインラントで、アシュケナジー系のユダヤ人によって、「ハシディズム(敬虔主義)」と呼ばれる、厳格な信仰的態度を持つ大衆的な神秘主義的思想が興りました。
ハシディズムの文献には、「セフェル・ハ=ハッイーム(生の書)」などがあります。

ハシディズムは、今ここにおける帰依を重視し、祈りを通した個々人と神との「密着(デヴェクート)」を目指しました。
そして、義人は「密着」によって神の光の流出を地上へ媒介すると考えました。

メルカーバー神秘主義の影響があり、エクスタシーに至ることも否定されません。
しかし、ハシディズムの祈りは、カバラ(ルーリア派の神学・祈祷)に負っています。

また、神の観念としては、汎神論的、内在神的な傾向が強くありました。
そして、隠れた神=「ボレ(創造主)」と、神の現れた力=「カボド(栄光)」の2つの次元を区別しました。
後者の「カボド」は、「シェキナー」でもあり、預言者に現れる神です。


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