コルドヴェロとルーリア(パレスチナのカバラ) [中世ユダヤ&キリスト教]

12Cから13Cにかけて、プロヴァンスやスペインで生まれたカバラは、スペインからユダヤ人が追放された後、16Cにパレスチナのサフェドで、二人の重要な人物を中心に新たな発展をしました。
モーゼス・コルドヴェロとイサク・ルーリアです。


<モーゼス・コルドヴェロ>

モーゼス・コルドヴェロ(1522-1570)は、文字置換法に関する「バルデス・リモニーム(柘榴の園)」や「ゾーハル」にたいする注釈の大著「気高き光(オール・ヤカル)」や「エリマー・ラッバティ(大いなる樹)」の著者として知られています。

コルドヴェロは、セフィロートの体系や「エン・ソフ」の概念、流出説を深めました。
また、「神の身体の書(シウール・コーマー)」では、セフィロートとアダム・カドモンの身体の各部とアルファベットの対応に関して著しています。
彼は、スピノザが影響を受けたことでも知られています。 

「カバラ教義入門集成」を著したコルドヴェロの師、サロモン・ベン・モーゼ・アルカベツは、「セフィロート」の本質は神的でないと考えました。
ですが、コルドヴェロは、セフィロートは神的実体であると同時に、道具・容器であるとしました。

コルドヴェロに特徴的な概念は、「ベヒノト」です。
これは、セフィラが次のセフィラを流出するプロセス、その間のつながりを、6つの局面で理解するものです。
新プラトン主義が流出を3原理で理解したこと(トリアス)と類似していますが、「ベヒノト」はより時間的・段階的な観点からの考えです。

具体的には下記のようなものです。

1 流出されるセフィラは、先行するセフィラの中で隠蔽される
2 先行するセフィラの中で顕在化する
3 先行するセフィラの中で独立したものになる
4 先行するセフィラが、十分に力を持つ
5 次のセフィラを流出できる力を自分に与える
6 次のセフィラを流出する

また、コルドヴェロは、4世界説を重視しました。
それもあってか、4世界のそれぞれに10のセフィロートがあるとしました。
さらに、個々のセフィロートの中にも10のセフィロートがあるなどとして、複雑な入れ子構造にしました。

コルドヴェロは、転生についても、セフィロートと対応させて考えました。
転生のそれぞれの生は、各セフィロートに対応してテーマを持っており、合計10回の転生が行われるとしました。


<イサク・ルーリア>

イサク・ルーリア(1534-1572)は、コルドヴェロを師と考えていた人物で、エルサレム生まれのアシュケナジー系ユダヤ人ですが、晩年にサフェドに移住して、そこで大きな影響を与えました。
自らの著作はありませんが、弟子が言行録をまとめた「聖なる獅子の著作」、思想をまとめた「八つの門」などがあります。

彼は「ゾーハル」の思想を発展させると共に、幻視者としての資質も持っていました。
弟子たちは、彼が預言者エリアの啓示を受けて「ゾーハル」の新解釈を行った、そして、メシアであると考えていました。
と言っても、メシアというのは、律法の秘密の教えを説き広めるような人物のことです。

彼の思想の特徴は、「悪」の問題を重視した考えたこと、それゆえグノーシス主義やマニ教(カタリ派)的な傾向が見られる点です。
このため、カバラ思想は、ルーリアによって、スペイン追放以降の状況に合った新しい姿に変質したと考えることもできます。

彼は、世界の創造の本質を「収縮(ツィムツム)」、「容器の破壊(シェヴィラート・ハ=ケリーム)」、「修復(ティククー)」の3原理で考えました。
ただ、それぞれの原理自体は、彼は独創ではありません。
3原理は、大きな歴史でもあり、常に存在する現在の原理でもあります。
また、彼のこの思想には、彼がメシアとして期待をしていた自分の息子の死も、影響を与えたようです。


<収縮と容器の破壊>

まず、無限なる「エン・ソフ」である神が、一点(モナド)に「収縮」し、「本当の光」が中心点の周辺部に遠ざかることで、「空間(テヒル)」が創造されます。

「エン・ソフ」の中には「裁き」という負の要素が含まれており、同時に、自らを浄化するために、それを「空間」に排出します。
これは、「残光(光の滓、レシーム)」とも表現されます。

次に、「エン・ソフ」は、その「空間」に「直線の光」を投入します。

そこから、最初の光の「容器」である「アダム・カドモン(原人間)」が生みだされます。
「アダム・カドモン」の中には、能動的な「直線の光」と、「裁き」である受動的な「残光」があり、この2つの光が戦っています。
ゾロアスター教~カタリ派のような光と闇の戦いではなく、2種の光の戦いとされます。

「アダム・カドモン」には、同心円上の10のセフィロートがあり、これが彼の「ネフシュ(情動的な魂)」です。
また、垂直に配置された10のセフィロートがあり、これが彼の「ルーアハ(理性的な魂)」です。

そして、「アダム・カドモン」の耳・鼻・口から放たれた光から、10個のセフィロートの芽生え(線上の世界)が生まれます。
この後、「アダム・カドモン」の横隔膜で「第2の収縮」が起こります。
そして、目から放たれた光から、10個の独立したセフィロートの容器(点在の世界)が生まれます。
これらのセフィロートの世界は、「テトラグラマトン」の発展として生まれます。

セフィロートの世界は、まず、上位の3つのセフィロートが生み出され、次に、下位の7つセフィロートが生み出されるとも説かれます。

セフィロートには、2つの光の戦いが受け継がれています。

「裁き」が凝縮するのは、第5のセフィラ「ディン(厳格・判断)」であり、「神の左手」とも表現されます。
「ディン」は、第4のセフィラ「ヘセド(慈愛)」を拒否することで、下位の7つの「容器の破壊」が生まれます。
これは、「厳格さ」の過剰によるものであり、2つの光の戦い(残光の攻撃?)に耐えられなかったためだとされます。

つまり、「エン・ソフ」の中にあった「裁き」が、第5のセフィラにおいて均衡を崩して「容器の破壊」を起こし、これが「悪」の起源となります。

これによって、バラバラになった光、容器と、最後のセフィラである「マルクト=シェキナー」が、「クリフォト(殻)」と呼ばれる地上世界に落下します。
純粋に霊的であるべき「アッシャー界」は堕落し、「クリフォト」と下を接することになりました。
「殻」は「悪」であり、中に閉じ込められた「光」を栄養として、力をつけます。
この「容器」が破壊された世界は、「混沌の世界」と表現されます。


<原罪と修復>

破壊されたセフィロートは、再構成され、「第2のアダム・カドモン」となります。
これは、5つの「パルツフィム(顔)」のイメージで語られます。
そして、セフィロート全体は、神的な「家族」とイメージされます。

破壊されていない、第1のセフィラ「ケテル」は、「甘えを許す面長の顔」です。
第2、3のセフィラ「ホクマー」、「ビナー」は、「父の顔」と「母の顔」です。
二人は向かい合って結びついていましたが、破壊によって、背中合わせの状態になってしまいます。
破壊された、第4から第9のセフィロートは、「短気で甘えを許さない短い顔」です。
これらの破壊は、「諸王の死」とも表現されます。
そして、最後のセフィラ「シェキナー」は、「短気な女神の顔」です。

それぞれの顔には10のセフィロートが包摂され、4世界に発展します。
つまり、セフィロートは入れ子の状態になります。

そして、創造の6日目に、「短い女の顔(シェキナー)」と「短い顔(第4から第9のセフィロート)」が、「父の顔」と「母の顔」の次元に上昇して結合することで、「アダム・ハリショーン(最初の人間)」が作られます。
しかし、「最初の人間」は罪(原罪)を犯してしまい、「シェキナー」は「短い顔」とのつながりを絶たれてしまいます。

人間の魂は「殻」の中の「隠れた火花」であり、地上に生きるユダヤ人の使命は、バラバラになって殻の中に閉じ込められた光を、もとの世界に上昇させ、セフィロートの調和を復元することです。
これが「修復」です。
それは、人間が「アダム・カドモン」としての本来の姿を取り戻すことであり、「シェキナー」と神との再結合であり、「アッシャー界」を「クリフォト」と切り離すことです。

ただし、最後に残された光を上昇させることができるのは、メシアだとされます。

以上が、ルーリアが説く、善と悪、堕落と救済の物語ですが、マニ教やグノーシス主義の影響が明らかです。


<ハイム・ヴィタルの輪廻説>

ルーリア派のハイム・ヴィタルは、ルーリアからメシアを受け継いだと主張した人物です。彼は「霊魂転生の門」、「霊魂転生の書」などで、輪廻を重視してルーリア派の世界観を語り直しました。

彼によると、「最初の人間」の霊魂は、原罪によって分裂し、人間が地上で「転生」することになります。
ユダヤ人のディアスポラス(離散)は、この人間の霊魂が殻に包まれて地上を生きることになったことの現れとされます。

そして、その状態の「修復」は、ユダヤ人が転生を繰り返しながら、前世で守りきれなかった戒律を徐々に成就していくことです。
そして、すべてのユダヤ人が戒律を満たした時に、「最初の人間」の霊魂が回復されます。

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