アブラハム・アブラフィア(預言カバラ) [中世ユダヤ&キリスト教]

スペインのカバリストの中でも、セフィロートを重視する主流派の「思索カバラ」とは異なり、「預言カバラ」と呼ばれる思想を作ったのが、アブラハム・アブラフィア(1240-1291)です。

アブラフィアは、スペインのサラゴッサに生まれ、イタリアでマイモニデスを学んで信奉します。
その後、スペインに戻り、バルセロナでメシアとしての自覚を持ち、また、「形成の書(セフィール・イエツラー)」の研究をしました。
そして、無謀にも、反ユダヤ主義だった教皇と話をしようと企てて、拘束されたようです。
その後は、迫害から逃れて、シシリアなどに滞在し、そこで「永遠の生の書」、「知性の光」、「美の言葉」、「組み合わせの書」などの書を著しました。

アブラフィアは、預言を受ける受容体としての人間を重視し、自らの思想を「予言カバラ」と表現しました。
また、預言を受けるために、神の名の瞑想を重視したため、「主の御名のカバラ」とも表現しました。
「セフィロートの道」がラビ的だとしたら、アブラフィアは「名の道」で、預言者的です。

ただ、一般には、彼の思想は「実践カバラ」、「魔術カバラ」とカテゴライズすることができるでしょう。
もちろん、「魔術」というのは、神の領域に対して働きかける「テウルギア」としての「魔術」です。

アブラフィアは、預言者、メシアとしての自覚を表明した最初のカバリストです。
彼はメシアを、アリストテレスの言う「能動的知性」と同一視しました。
ちなみに、イスラム哲学者のイブン・スィーナーが、第10知性体を「能動的知性」とし、預言と結びつけたことと似ています。

それは、人間の霊魂に作用する純粋な神の知性の働きであり、それを通して人間は神と交感し、預言を受けるのです。
それは文字の瞑想と通した純粋な思考の神秘体験によって到達できる境地であり、彼はそこに人間の救済の可能性を見出したのです。

その一方、アブラフィアは、戒律や儀礼は軽視し、カバラ主流派のセフィロート説に対しては、キリスト教の三位一体説より悪しき、多神教的な考えであると考えました。
彼が瞑想の対象とした文字は、セフィロートより上位の存在、「エン・ソフ」の次元に関わる存在と考えていたようです。

アブラフィアが重視したのは、神の名の要素としての文字と、その置換、組み合わせを対象とした瞑想です。
これは「ツェルフ(文字置換法)」と呼ばれるもので、彼はそれを、「ホクマス・ハ=ウェルーフ(結合の知恵)」とも表現しました。

その目的は、文字をその根源的な意味、神的な状態にまで戻すためのものであり、それは一切の感覚的な対象から離れた、純粋な思考の調和的な運動です。
人間は、文字を操るのではなく、文字を受け入れる存在になります。

文字置換の実践は、一種の瞑想法であり、特定の呼吸法、姿勢で行い、忘我の状態に入ります。
それによって、置換の作業は瞑想となり、無意識的・直観的に行われるようになります。
また、22のアルファベットを、それぞれ肉体の各部位に配置して念じることも行われました。

アブラフィアは、様々な瞑想法を説き、段階的にそれを弟子に果たしましたました。
これらの方法は、大きく2つ段階の門、「天の門」と「聖者の門(内なる門)」に分けられます。


<天の門:文字置換法>

最初の「天の門」では、自分を諸天使として順に観想します。

そして、まず、アルファベットや、単語の構造、結合、創造について実習します。

次に、文字と単語の「音価」の計算を実習します。
ヘブライ語のアルファベットは、子音のみで、22文字ありますが、ローマ数字がラテン文字を使う(I=1、V=5、X=10…)のと同じで、各文字は数字としても使用されます。
そのため、文字や単語は数値として計算できます。

最後に、アルファベットの逆綴り、音声系列の技法などを実習します。

一般に、文字置換法としては、「ゲマトリア」、「ノタリコン」、「テムラー」があります。

「ゲマトリア」は、単語や文章を数値に置き換え、さらにまた文字に置き換えます。
同じ数値をもった単語同士は、高い次元から見れば同じ意味であって、それぞれを暗示し合うと考えます。

「ノタリコン」は、文章を作る各単語の頭文字をとって一つの単語としたり、その反対の作業を行います。

「テムラー」は、一定の方法で、特定の文字を特定の文字に置き換えて、暗号化したり、符号を作る方法です。

置換法の実践においては、文字に対して、「メヴタ(文字の循環)」→「ミクータヴ(筆記)」→「マシャヴ(観照)」と進めます。
また、一組の語群に対して、自由連想によって観念を観察する「ディルルグ(跳飛)」を行ないます。


<聖者の門:神名発声法>

「聖者の門」、「内なる門」と呼ばれる第2段階の瞑想は、神名の発声です。

ユダヤ教では神の名前は、第一に「テトラグラマトン」と呼ばれる4文字で表されてきました。
英語のアルファベット表記では「YHVH」です。
古来、ユダヤ語の文字では母音が表記されないので、正確な表現は不明ですが、一般に、「ヤーヴェ」とか「エホヴァ」と言われています。

「テトラグラマトン」のそれぞれの文字を、順次、母音を付けながら、発音するのが、神名の発声の瞑想法です。
4文字に他の文字を組み合わせることもあります。

これらの発声時には、特定の呼吸法や観想法や姿勢を伴ないます。
また、特定の母音に対して特定の頭の動かし方があり、文字に対応する身体の部分を振動させます。

具体的には、「YHVH」の4文字に、5つの母音を順につけて唱えます。
例えば、まず、「Y」に「aah」を付けて唱えます。
次に「H」に、次に「V」に、「H」に「aah」を付けて唱えます。
その次には「ooh」と付けて唱えます。
そして…といった具合です。

また、各母音に対応する発声を行う時には、特定の頭の動かし方があります。
「o」、「i」を付ける時は、頭を上下に動かします。
「u」の時は、頭を前後に動かします。
「a」、「e」の時は、頭を左右に動かします。

また、4文字のそれぞれで、身体の対応する部位を順に集中し、振動させます。
各部位への集中・振動は、頭から心臓…基底部まで体の中心軸に沿って降ろしていきます。
例えば、まず、頭では、「Y」では頭頂を、「H」では顔の中央を、「V」では後頭部を振動させます。
同様に、心臓では、「Y」では心臓の上、「H」では心臓の中心、「V」では心臓の裏側…といった具合です。

また、4文字に、他のアルファベットの文字を組み合わせて、順に唱えることも行います。
例えば、「Y」+母音に、アルファベットの最初の「A」を付けて、「Aooh Yooh」から順に…といった具体です。

このようにして、波動としての文字を、神の基本属性として体験していくわけです。

また、瞑想が進むと、心臓に白熱する感覚が生まれますが、これを「シェファ(聖なる流入)」と呼びます。
この時、天使が現れて作業を助けてくれるヴィジョンを見ることも多いようです。


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