イシス秘儀とセラピス秘儀 [ヘレニズム・ローマ]

<秘儀宗教の普遍化>

秘儀宗教は、「秘儀神話とは」で書いたように、主に神の「死と再生」というテーマの神話を演劇的・儀式的に再現し、それを信者に体験させることで、死後の祝福、神的生を約束する宗教です。

ヘレニズム・ローマ期には、各地の秘儀的な宗教が、その地域性を脱して、普遍宗教化していく動きが起こりました。
具体的には、カルデアン・マギの階層的な宇宙像と死後観を受け入れて、従来の神話の解釈を変容させていきました。

つまり、人間の霊魂の神的な部分は、天上の神の世界から、7惑星に対応する7重の魂をまとって、地上に墜ちてきたと考えるようになりました。
そのため、死者の魂は、従来の死後観のように地下冥界へ下降するのではなく、天に向かって上昇します。
具体的には下記のイシス秘儀の部分を参照してください。

これに伴い、神々は、特定の自然の循環を司る存在から、それらを含む惑星神や天上の神として、宇宙的な存在となりました。


BC205年にローマがポエニ戦争に負けた時、アポロン神殿でフリギア起源の女神キュベレだけがローマを救う、との神託下り、すぐさまフリギアからキュベレがローマに呼ばれました。

キュベレ秘儀は、ディオニュソス秘儀に似て、牡牛を殺したの血を神官が浴び、聖餐ではその血を飲み、また、男根を切り取って女神に捧げるような、荒々しく狂気に満ちたものでした。

これが1つの契機にもなって、オリエントの他の女神の信仰や秘儀が、ローマ領の各地に広がっていきました。
中でも有力なのは、キュベレ秘儀より洗練された、イシス秘儀、ミトラス秘儀、セラピス秘儀などです。

セラピス神はアレキサンドリアのプトレマイオス朝の国家神で、その秘儀はエジプトの秘儀とエレウシス秘儀を統合するような内容でした。
セラピス秘儀の元になったエジプト起源のイシス秘儀は、1C初頭にローマに、到達しました。

イラン系起源のミトラス秘儀は、トルコ、シリアで1~2Cに成立し、ギリシャを通ってイタリア上陸し、キリスト教最大の競争相手となりました。
ミトラス秘儀は、啓示宗教・救済神話が秘儀化したという特徴があります。
ミトラス秘儀に関しては、「ミトラス秘儀と12星座神話」で扱っています。


<イシス秘儀>

エジプト起源のイシス神はローマ世界で最も広く崇拝された女神です。
ヘレニズム・ローマの文化的中心のアレキサンドリアを経由して、イシスは普遍性のある女神になりました。
イシスは、キュベレやデルメルよりも優和な性質であることからも、広く受け入れられました。

イシスは、エジプト名は「アセト(=座席)」で、穀物やナイルの水を受け止める大地の母神です。
ナイルの増水と太陽の上昇を告げるシリウスの女神でもあり、復活の魔術の神です。

また、その夫のオシリスは、エジプト名「ウシール」で、エジプトの神の中でも最も幅広く信仰されていた神です。
オシリスは、農業とともにシリアから来た、死して復活する神です。
穀物神であり精子としてナイルに水をもたらす豊穰神であり、冥界神です。

そして、二人の子であるホルスは、鷹神であり天空神であり、また地平線を昇降する太陽神でもありました。
豊穰神でもあって、砂漠と不毛の神セトと対立しています。


イシス秘儀のベースになっているのは、次のようなオシリスの神話です。
これは、ギリシャの作家プルタルコスが『イシスとオシリス』で紹介したヴァージョンです。

エジプト王になったオシリスが悪神セトに殺して遺体を14に切り刻んでバラバラに撒いてしまうが、妹で妻のイシスが遺体を集めて復活させた、だが、男根部分は魚に食われてしまっていたので現世に戻ることができず、冥界の王になった。
また、イシスは魔法によってオシリスの子の鷹神のホルスを生み、ホルスがセトを負かし、オシリスの後継者となった。

このプルタルコス版のイシスには、デルメルの神話と類似した部分があり、その影響を受けたものと推測されます。 

オシリスの死と再生は、季節循環の神話としては、「穀物神の死と再生」、あるいは穀物に生命をもたらす「ナイル川の水かさの増減」を表現します。
秘儀宗教としてのイシス秘儀では、オシリスの死は人間の霊魂の神性の死を象徴し、ホルスはその復活する神性を象徴します。

アプレイウスによれば、イシスの姿は次のように描写されます。
イシスは豊かな長い巻き毛を持ち、額の上に輝く月をつけて、毒蛇と小麦の穂をつけた様々な花の冠をかぶり、様々な色に変化する衣服を着て、満月と星々をつけた黒いローブをかけています。
そして、右手にはシストラムという音を出す玩具を持って、左手からは舟形の長方形の容器をぶらさげ、シュロの樹の葉で織った靴を履いています。

この他にも様々な姿のイシスが考えられましたが、その姿はヘレニズムの女神としての様々な象徴性を示しています。

isis.JPG


イシス=オシリスの公の祭儀には、「イシスの船」と呼ばれる春に行われる航海の始まりを知られるものと、「インヴェンティオ」と呼ばれる秋に行われるオシリスの死と復活を演じる演劇的な儀礼がありました。
後者では、オシリスの死を象徴して穀物の束を切り取ったり、復活を象徴して倒してあった「ジェド柱(穀物の束を盛ったもので、日本の稲叢に相当します)」を立てるといった儀礼が行われたと思われます。

これらとは別に個人的なイニシエーションの秘儀が3段階で構成されていました。
それは「イシス小秘儀」と「オシリスの大秘儀」、そしておそらく「奥義秘儀」と呼ばれました。

イシスの祭りでは動物を犠牲にせずに、乳、蜂蜜、薬草が選ばれました。
それに、肉食や飲酒も禁止されました。
このことは、キュベレやディオニュソスの秘儀の荒々しく熱狂的な性質とは異なって、イシス秘儀が洗練され瞑想的な性質を持っていることを示しています。

秘儀の具体的な部分はほとんど分かっていません。
ですが、イシスの秘儀参入を扱ったアプレイウス『黄金のロバ』に記述があります。

これによれば、イシスの「小秘儀」では、秘儀参入者はまず10日間肉食と飲酒を避けます。
そして、新しい麻の服を着て冥界のプロセルピナの神殿を模した地下の部屋に降りて行きます。

次に、月下の煉獄である4大元素の領域を通過して浄化されます。
従来、地下世界で経験すると考えらた様々な試練、つまり煉獄の体験は、4大原素でできている天球の下、「月下の天空」に移されたのです。

次に、参入者は順に7惑星の神々の部屋に昇って行きます。
つまり、魂の様々な性質を7惑星に返しながら天球を上昇していくのです。

そして、おそらく明るい部屋に入って自らをオシリスあるいはホルスと同一視します。

このカルデア的な天球を上昇する過程は、古代エジプト的な、太陽が地下を通る過程と重ねられているようです。
そのため、この部分は「真夜中の太陽を見る」と表現されています。
これは、人間の肉体の中に落ちた魂を、地下の太陽として認識するのでしょう。

そして次の朝、参入者は、12宮を象徴する12の法衣を着てシュロの葉の花冠をいだき、イシス像と司祭の前に立ちます。
この姿は復活するオシリス=ホルス、あるいはイシスの象徴です。
これは、従来の天国、オシリスやラーの元に至ることが、天球の最上部の「恒星天」に移されたのでしょう。

こうして入会者は完全に浄化された魂として再生するのです。

このように、従来の「冥界下り」は「地上への下降」、従来の「地上への復帰」は「天上への復帰」の象徴になったのです。

参入者は1年後にオシリスの「大秘儀」を受けます。
さらに3つめのイニシエーションである「奥義秘儀」がありますが、これらについては不明です。

「小秘儀」は、恒星天にまで至る演劇的な象徴的行為による儀礼ですが、「大秘儀」や「奥義秘儀」は、恒星天を通り抜けた神の世界に至ることがテーマとしたり、より直接的な瞑想的トリップ体験が求められたのかもしれません。
言い伝えによると、参入者は3日間に渡って仮死状態となって実際に魂世界、霊的世界を体験したと言われています。


<セラピス秘儀>

セラピス神はアレキサンドリアのプトレマイオス朝の国家神で、エジプト名は「アサル・ハピ」です。
その秘儀はエジプトの秘儀に通したエジプト人神官のアネトとエレウシス秘儀に通じたギリシャ人のティモテウスが作成しました。
セラピス神の信仰は、ギリシャ、ローマにも広がりました。

ヘルメス文書の作成者の多くは、セラピス神殿の神官たちである可能性があり、セラピス秘儀とヘスメス主義には共通する世界観があったはずです。

セラピス神は、エジプトとギリシャの宗教の習合を表現しています。
彼は、オシリスの化身である聖牛アピスが再擬人化された神格で、ゼウスやプルート、アスクレピウスの性質も習合した最強の神です。
ですから、豊穣と冥界の神であり、治療と夢占いの神であり、また、太陽神でもありました。

セラピス神は、男性的な強さと女性的な優しさを合わせ持ち、表情は物思いに沈み、髪の毛は女性的な結い方をしています。
ナイル鰐に乗り、頭に載せた穀物の籠はナイルの豊穣を表現します。
左手に持つ尺はナイルの水位を測るためのもので、右手に持つオオカミ、ライオン、甘える犬の3頭は過去・現在・未来を、それに巻き付く蛇は時を表現します。
左右に鷲と冥界の番犬ケルベロスが付き添う場合もあります。

serapis.JPG


セラピス神の秘儀については、まったく記録が残されていません。
ですが、イシス秘儀やエレウシス秘儀と似た象徴と物語があり、ヘルメス主義的な世界観を表現するものだったと思われます。

セラピス神殿は、385年のテシオドス帝が出した勅令によって、キリスト教徒によって破壊され、70万巻の蔵書を誇った大図書館も焼かれました。


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