ルツィフェルとアーリマン、ミカエルの時代 [近代神智学・人智学]

ルドルフ・シュタイナーは、2つの対照的な悪魔的存在として、「ルツィフェル」と「アーリマン」について語ります。

ですが、どちらも絶対的な悪ではなく、本来は宇宙的な使命に従がった働き、進化において役割を果たす存在ですが、時と場合によって悪になってしまうのです。
シュタイナーは、「キリスト」的なものは「ルツィフェル」と「アーリマン」の均衡を取ると言います。
人間の中で両者の均衡が崩れた時、彼らは「悪」になるのです。

シュタイナーは、現在が「ミカエルの時代」であり、「ミカエル」と「アーリマン」の戦いが続いているとも語っています。
そして、「ミカエル」は「ルツィフェル」の誤謬と「アーリマン」の誘惑に対して人間に正しい位置を示すのです。

また、シュタイナーは、マニが、悪の中に入って悪を解放、克服すると考えたことを評価します。

これらの悪魔的存在と天使のテーマは、シュタイナーの人智学にとって核心的なテーマであり、神智学協会と異なる点でもあります。

この項では、「ルツィフェル」と「アーリマン」などの悪魔的存在、そして、「ミカエルの時代」などについてまとめます。


<ルツィフェルとアーリマン>

シュタイナーによれば、「ルツィフェル(ルシファー)」は、人間の魂を高揚させて、幻想に閉じこめます。
人間を物質界から遠ざける側面と、感覚世界に降ろす側面があります。

一方の「アーリマン(サタン、メフィストフェレス、マモン)」は、人間に物質界を志向させ、唯物論を信じ込ませます。
そして、小さな党派に分裂させて争わせます。

肉体的には、「ルツィフェル」は軟化させ若返らせますが、「アーリマン」は硬化させ、老化させます。
魂においては、「ルツィフェル」は、神秘主義や芸術を志向させ、「アーリマン」は、俗物主義や科学を志向させます。
精神においては、「ルツィフェル」は眠りを誘い、「アーリマン」は覚醒を促します。

人間が物質界・感覚界との関係において自由でいられるのは、「ルツィフェル」的な力を通して自分の魂の一部が霊的領域に留まることができるからです。
グノーシス主義は「ルシファー」的な力から衝動を受け取っていました。

一方、すべての自然認識は「アーリマン」的な活動によって可能となります。
また、「アーリマン」は「死」を霊界から合法則的にコントロールする使命を果たす、感覚界における「死と消滅の主」です。
ですが、「死」には「意識魂」を育てる役割があります。

人間はこの二つの力の均衡を取ることで、高次な存在段階へ進化していくことができます。
「キリスト」的なものは、この均衡を取らせる原理です。


二つの力は、時代の経過の中で、交代で優位を占めてきました。

「ルツィフェル」は、太陽紀から月紀にかけての「天上の戦い」で、「妨害の神々」となった「運動霊」の誘いに乗り、その後、月から分離した太陽の影響に反抗して自由になった存在です。

「ルツィフェル」は、レムリア時代に人間の「感覚魂(アストラル体)」の中に住み着いて、自由と感覚的欲望を与え、感覚的世界へと引きずり下しました。
「ルツィフェル」のせいで人間は予定よりや早く物質界に降り、自然の背後の霊的世界を見えなくなりました。
「原罪」の本当の意味は、この出来事です。
ちなみに、ブラヴァツキー夫人にとっては、「原罪」は、レムリア期からアトランティス期に人間が「メンタル体」の知性を持つようになったことです。

一方、「アーリマン」は、アトランティス時代に人間の「悟性魂」の中に住み着いて、物質的なものへの志向を与えました。
そして、人間に霊的世界の認識をできなくしました。

また、「ルツィフェル」は、後アトランティス時代の第3(カルデア・エジプト)文化期に、中国の人間の中に受肉しました。

一方、「アーリマン」は、第5(ゲルマン)文化期の15C以降に強力になってきました。
そして、1841年に、ミカエル達と「アーリマン」達の戦いが始まり、1879年に、ミカエル達が「アーリマン」達を地上に投げ落とした結果、「アーリマン」は人間の一人一人の中に侵入するようになりました。
そして、19Cには、唯物論が当たり前になってしまいました。


<ブラヴァツキー夫人とシュタイナー違い>

ブラヴァツキー夫人が作った神智学の機関紙も、シュタイナーが作った人智学の機関紙も、そのタイトルは「ルシファー(ルツィフェル)」でした。
両者は、堕天使に関して、独特の解釈をして、重視しています。

「アフラ・マズダ」は、シュタイナーにとっては「太陽ロゴス」ですが、ブラヴァツキー夫人では「高級自我」となった「モナド」です。
シュタイナーはマズダ教に従い、神智学はより古いミトラ教に従っています。

「ルツィフェル」と「アーリマン」は、人智学では2つの対照的な霊ですが、神智学では「アーリマン」は「低級マナス」=「メンタル体」であり、「ルシファー」は「マフラ・マズダ」同様に「高級自我」です。

両者の「アーリマン」は働きとして似ていますが、シュタイナーでは実体を持つ霊的存在であるのに対して、ブラヴァツキー夫人においては、あくまでも比喩的表現です。

シュタイナーの「ルツィフェル」は、反逆して自由を獲得した点では、神智学の、レムリア期に人間に受肉することを拒否した「アグニシュバッタ(アスラ)」に相当します。

人類史の転換点は、ブラヴァツキー夫人にとっては、レムリア期に金星からサナート・クマーラ達が地球に来訪して「世界主」になり、人間の「メンタル体」を準備したことです。
シュタイナーにとっては、キリストがイエスに受肉して、ゴルゴダの秘跡で地球霊になったことです。 

「天使の堕天」は、ブラヴァツキー夫人にとっては、人間に受肉したマナスが、アストラル体に染まって分裂したことです。
ですが、シュタイナーにとっては、まず、月紀に、ルツィフェルが進化から取り残された存在になったことであり、次に、1879年にミカエル達がアーリマン達を地上に投げ落としたことでしょう。


<ソラトとアスラ>

シュタイナーは、1995年に公開された講演の中で、「ヨハネ黙示録」が語る「666」の数字を持つ「獣」について、それが太陽の悪魔「ソラト」であり、「アーリマン」的な悪魔のグループであると言っています。

「ソラト」は666年に、ペルシャ帝国の中心地ゴンディシャプール(ジュンディーシャープール、マニが処刑された地)の哲学者達(アヴェイロスのような)に、唯物論につながる教義を生み出させました。
そして、666の倍数の1332年には、キリストを太陽存在とする教義を復活させようとしていたテンプル騎士団を攻撃して破滅させました。

シュタイナーは、666の3培数の1998年には、3回目の攻撃があると予言していました。
人間がエーテル体の「キリスト」を見ることを妨害することもその攻撃の目的です。

そして、西暦3千年紀に、「アーリマン」は西洋の人間に受肉すると予言されています。
これは受肉とは言っても、魂に浸透し、肉体を貫くことを意味します。
受肉したアーリマンは、見事な技術を使って、魔術的に人間を霊視者にしますが、これによって、人間が無意識的に欲している悪を実現してしまいます。

また、シュタイナーは、1909年に行った講演「キリストの行為と、キリストに敵対する霊的な力としてのルツィフェル」、アーリマン、アスラについて」で、もう一つ別の悪魔的存在「アスラ」について語っています。
そこで彼は、「アスラ」は、もうすぐ「意識魂」と自我の中に忍び込み、自我の一部をもぎ取り、唯物進化論的な人間観を強化するといいます。

シュタイナーは、別のところで、「アスラ」を天使の第7位階の「人格霊」であると言っています。

ちなみに、シュタイナーは、「ルツィフェル」はインドの「デーヴァ」、「アーリマン」は「アスラ」に当たると語っています。
上の講演では「アーリマン」と別に「アスラ」を語っていますが、同類の存在ということなのでしょう。

シュタイナーは、インド人が「デーヴァ」を崇拝したのに対して、ペルシャ人が下位の存在とした「アスラ(アフラ)」を崇拝したと言います。
それは確かにそうですが、実際には、「アフラ」の方が本来の上位の神格で、「アフラ・マズダ」も「アフラ」族ですし、「アーリマン」は本来、アーリア人の民族霊なので、シュタイナーの説とは矛盾します。

上に書いた1909年の講演では、シュタイナーは、もう一方で、人間は「キリスト」を認識することで、自分自身と「ルツィフェル」を救う、と語っています。
その時、「ルツィフェル」は、自立した認識、知恵に満ちた認識の霊として、高次な栄光のうちに復活し、「聖霊」として「キリスト」と一体化すると。


<ミカエルの時代>

シュタイナーによれば、人間の指導を、一つの時代に一人の天使が行います。
7大天使が順に交代し、2160年周期で一周します。
そして、1879年に「ミカエルの時代」が始まったと言います。
「ミカエル」は、自由と創造の天使です。

「ミカエル」は、霊的宇宙の中で諸理念をBC9Cまで管理していました。
人間にとっては、思考内容は「ミカエル」の啓示でした。

ですが、「ルツィフェル」と「アーリマン」の働きによって、人間は、宇宙の諸力から切り離されました。

そして、「キリスト」によるゴルゴダの秘跡を経て、AD9C以降、人間は、唯名論の考え方に代表されるように、自分が「思考内容」を形成すると感じるようになりました。
「自由」の意識を育てることができるようになったのです。

ですが、15C以降、「アーリマン」の力が強まって、思考は霊的に死んだ構成体になりました。

そして、19Cの唯物論的が強まる中で、「ミカエル」達が「アーリマン」達と戦い、「アーリマン」達を地上に投げ落としたことで、「ミカエルの時代」が始まりました。
ですが、「アーリマン」達は力を失ったわけではなく、人間の一人一人の中に侵入しました。

「ミカエル」は、人間の魂の中で生き、思考内容を形成しようとします。
ですが、「ミカエル」自身は何も啓示しません。
人間による「自由な創造」を促し、その結果に同意のまなざしを送り、その中に生きます。

そして、人間が創造した行為を受け取り、それを宇宙的な行為にします。
古代の秘儀参入者は、神々が人間の内面に書き込んだものを読み、それを外界のアストラル光に書き込みました。
ですが、「ミカエル」の秘儀は、外界のアストラル光を読み、それを神々にもたらします。

また、「アーリマン」は人間の民族主義を強めて分断を計りますが、「ミカエル」は、血縁や地縁の代りに霊的な縁のつながりを生じさせ、民族間の差別なしに生きていくことを促します。

「アーリマン」は、太古の時代から独立した宇宙存在で、「アーリマン」が知性を獲得した時、知性は心や魂と関係させることをしませんでした。
ですが、「ミカエル」にとって、知性は魂の表現であると共に、頭と精神の表現ともなりうるものです。

また、「ルツィフェル」は外界の印象を強めて、意識の中で表象となって輝かせます。
ですが、「ミカエル」はこの「ルツィフェル」の力を霊視力に転化しようとします。

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