ユングのミトラス秘儀参入 [近代その他]

カール・グスタフ・ユングの「分析心理学」は、臨床よりも、錬金術やヘレニズム期の秘教などの文献的研究と、一種の「夢見の技術」である「能動的創造力」を使った自分自身の深層意識との対決を通して作られました。
また、ユングは、自身のヴィジョンを通してミトラス秘儀に参入したと考えており、「分析心理学」を、自分が救世主となる新しい宗教的運動のように考えていました。

そのため、「分析心理学」は、神秘主義思想の一面の心理学的解釈であると言えます。
ユングの「集合的無意識」は霊界、アストラル界の、「元型(的イメージ)」は神的諸原理の心理学的解釈であり、彼のパンテオンです。
また、心の全体性を獲得するプロセスである「個性化の過程」は、神秘主義におけるイニシエーションの階梯の心理学的解釈です。

そして、「能動的創造力」という技法は、覚醒した状態で夢を見る「夢見の技術」であり、魔術における「スクライング」や「アストラル・プロジェクション」などと似ています。
そのため、現代の魔術師の中には、魔術を分かりやすく紹介するための方便としてユングの心理学用語を使う人もいます。

ユングの思想には、反ユダヤ・キリスト教の「新異教主義」という側面があります。
そのため、20世紀以降の新異教主義的な思想や、ニューエイジ思想にも影響を与えました。

また、ユングは、インド、チベット、中国などの東洋の瞑想法、思想に関しても興味を持ち、その解釈を発表しましたが、それはほとんどが曲解でした。

この項では、まず、ユングがミトラス秘儀でズルワン神になったことをきっかけに、「アーリア人のキリスト」になろうとしていた、という側面を紹介します。

次のページでは、ユングの人生と思想形成を辿りながら、分析心理学の宗教運動的側面にも光を当てます。


<ユングの霊統>

あまり知られていませんが、カール・グスタフ・ユング(1875-1961)の祖父はユングと同名で、スイスのフリーメイソンの最高責任者でした。

この祖父は、ドイツにいた若い頃には、民族主義的な集会に参加して、そこで、ロマン主義のシュレーゲル兄弟やティークらとも知り合いになり、また、敬虔主義の神学者のシュライエルマッハーに傾倒したという人物です。

また、この祖父にはゲーテの私生児であるという噂があり、ユングは半ば信じていたようです。
それでか、晩年のユングは、自分がゲーテの生まれ変わりであると信じていたようです。

ゲーテは高位のフリーメイソンの会員で、実際のメイソンには失望していました。
ですが、薔薇十字団をモチーフにした作品「秘儀」があり、ユングの祖父もユングも、これを諳んじるほど愛読していました。
また、ユングのヴィジョンには、「フィレモン」と名乗る老賢者が良く出てきますが、「フィレモン」は、薔薇十字団の伝説の創始者、クリスチャン・ローゼンクロイツが名乗っていた名前でもあります。

ユングは、自分が設立した「心理学クラブ」を「新しい騎士団」と形容したことがあり、聖杯の騎士や薔薇十字団を受け継ぐものと考えていました。

一方、ユングの母親エミーリエは、スイスの由緒ある旧家で、このプライスヴェルク家には、降霊術の伝統がありました。
彼女の祖父サミュエルは、牧師長であり学者でしたが、定期的に降霊術を行い、亡くなった妻とも話をするのが常でした。
エミーリエも透視能力を持っていて、しばしばトランス状態になっては、あの世からの情報を伝えました。
ユングは、この家から降霊術を学び、後に、それをもとに「能動的創造力」を生み出しました。
また、この家の従姉妹であるヘリーを熱心にさそって降霊術を行いました。

ユングは、若い頃から自分の中にもう一つの人格が存在すると感じており、それを「No.2」と呼んでいました。
「No.2」は、18世紀の初老の紳士を思わせる人格で、この人格は、祖父たち先祖の人格が反映したものと考えていたようです。

ユングは、「意識されていないものは普遍的なものであり、個人を相互に結びつけて民族にするだけでなく、過去の人々やその人々の心理とも結びつけるものである」(「リピドーの変容と象徴」)と書いています。
ユングにとって、「集合的無意識」は、もともと人類に普遍的に存在するものではなく、系統発生的に獲得遺伝されたものです。
つまり、個々人にとっての、民族の記憶、先祖の記憶であり、内なる先祖であり、それは「先祖信仰」の一種と解釈することもできるのものです。


<異教主義>

ユングには「ユング自伝(思い出、夢、思想)」という著作があります。
ですが、この書の実体は、彼自身による著作というより、アシスタントだったアニエラ・ヤッフェが編集し、彼女とユングの遺族が望むユング像を伝えたもの、つまり、「伝説」です。
同様に、ユングの「書簡集」もまた、遺族の意向に沿って編集されたものです。

ユング自身は、キリスト教と敵対する異教的な意識を持っていましたが、「自伝」では、そういった部分は削除され、あるいは、表現が書き換えられました。

ユングは、ヨランデ・ヤコービ宛の手紙で、「教会に居場所を持つ者は、誰であろうと私とは居られない。…私は教会の外にいる人々のためにいるのだ」
と書いていますが、これは「書簡集」には取り上げられませんでした。

また、1922年に、ユングは、「赤の書(新しい書)」で、自分の「魂」と次のような対話を行いました。

魂:よく聞きなさい。もうキリスト教徒ではなくなること、これは簡単なことです。いったい、それがどうしたというのですか?

私:でも、私の召命とは何なのですか?
魂:新しい宗教と、それを宣言することです。


ユングは、ユダヤ人とアーリア人(ゲルマン人)の違いを重視しており、1918年の「無意識の彼岸」で、ゲルマン人はユダヤ的な精神分析では満足できないと書いています。

ユングは宗教的使命感を持って生きていました。
友人のオイゲン・ボーラーの言葉を信用するならば、その使命とは、神のために神を意識化する、というものです。
これは、ユング晩年の書「ヨブへの答え」の思想とも一致するので、おそらく、間違っていないでしょう。

ユングは、ヨーロッパ人の心の深層には、古代アーリア人の宗教があると考えていました。
また、「個性化の過程」によって無意識を意識化することで、各個人が救済されると考えましたが、同時に、先祖たちも救済されると考えていました。


<ミトラス秘儀のイニシエーション>

1913年12月21日から25日にかけて、ユングは、「能動的創造力」によって、彼の人生にとって決定的な転換点となるような重要なヴィジョンを体験しました。
これは2009年になって公開された秘伝の書「赤の書」の「第1の書」のクライマックス部分です。

「能動的創造力」は、ユングが学んだ降霊術の技術、そして、ジルベラーが1909年に始めた入眠時のイメージの観察法、シュタウデンマイヤーが1912年に発表した、自動書記を応用した魔術研究法などの影響を受けて生まれたものでしょう。

この時のヴィジョンは、ユングが、「口にできないくらい神聖な秘密を経験した」と語ったように、その重要な部分は、「自伝」にも掲載されていません。
ですが、1925年になって、セミナーで初めて口にしました。

21日の「密儀/出会い」と題されたヴィジョンでは、死者の国へ下降して、老人の預言者「エリヤ」、盲目で両手に預言者の血のついた少女「サロメ」、そして、「黒蛇」と出会うヴィジョンを見ました。
「サロメ」はユングを愛していて、私を愛せるか聞きましたが、ユングは拒否しました。
ですが、「エリヤ」は、「サロメ」が自分の娘であり、ユングは「サロメ」に触れて彼女のことを分かるようにならねばならないと言いました。

「エリヤ」は、ユングが後に「老賢者」と名づけた「元型」であり、「サロメ」は「アニマ」に当たります。
ヴィジョンのタイトルが「密儀」なので、ユングは、このヴィジョンが「密儀(秘儀)」であると認識しています。

これに続いて、22日の「教え」と題されたヴィジョンでは、サロメが、自分はユングの姉であり、二人の母はマリア(つまり、ユングはイエス)であると語ります。
そして、サロメがユングを抱擁すると、ユングは預言者になりました。

続いて、クリスマス、つまり、ミトラスの生誕祭であるの25日の「解決」と題されたヴィジョンでは、両手を伸ばした磔刑の姿勢のユングの身体に、「蛇」が巻きつき、自分の顔がライオンになりました。

ユングはこのヴィジョンについて、「はじめから終わりまですべてがミトラ教の象徴なのです」(「分析心理学セミナー1925」)と語っています。

つまり、ユングは、ミトラス秘儀の最高神、「デウス・レオントケファルス」と呼ばれる獅子頭の神になり、救世主になったのです。
ミトラス秘儀はミトラ教のヘレニズム的形態です。
ユングは、この神を「アイオーン」と呼び、太陽神であるとしていますが、これは、イランの無限時間神「ズルワン」のヘレニズム的表現です。

aion.jpg
*アイオーン(ズルワン)

ユングは、キュモンの「ミトラス教の秘儀」をもとに、ミトラス秘儀の第4位階の「獅子」のイニシエーションを受けたと解釈しました。

ユングの解釈では、「アイオーン」は、意識の誕生と消滅、意識と無意識の結合を象徴します。
「赤の書」では、「新しい神を見た」、「(神は、神と悪魔、ロゴスとエロスの)両原理の結合である」と書いて言います。


<ヴォータンの首吊りと新しい神の出現>

翌年の1914年の2月、ユングは、このヴィジョンの続きとして、数日間も、神の木に首吊りにされるヴィジョンを見ました。
彼は書いていませんが、これは、ゲルマンの主神ヴォータンが世界樹ユグドラシルに9日間、首吊りにされたことの再現であり、今度は、ユングはヴォータンになったのだと言えます。

このヴィジョンの意味は、先にミトラス秘儀の最高神アイオーンになったことで、生まれようとしている新しい人格と、古い人格の葛藤でしょう。

次のヴィジョンでは、新しい人格が、ユングの「息子」として、水中から現れます。
「赤の書」の「第二の書」のクライマックスです。
この息子は、頭上に冠をいただき、ライオンのたてがみのような髪を波立たせ、体は玉虫色に輝く蛇の皮で覆われていて、翼を生やした姿でした。
ライオン、蛇、翼は、「アイオーン(ズルワン)」の特徵です。

この「息子」は、ユングの「自己」元型です。

ちなみに、この頃、ユダヤの預言者エリヤと入れ替わって、「老賢者」は「フィレモン」と名乗る存在に変容します。
彼の姿は、牡牛の角飾りを付け、かわせみの7色の翼で飛行し、金と赤の法衣を着て、手に4つの鍵を持つ、東洋風の老賢者です。
この中の、翼、鍵は「アイオーン」の特徴であり、牡牛は「ミトラス」の特徴です。

Philemon2.jpg
*フィレモン


<アーリア的心理学へ>

ミトラス秘儀ではミトラスによる「牡牛殺し(タウロクトニー)」のモチーフ、図像が重視されます。

mithrus.jpg
*牡牛を殺すミトラス

フロイトは、これを人間的自我が動物的な自我を殺すことを意味すると解釈したのですが、ユングはこの解釈には満足しませんでした。
ユングは、牡牛はミトラスと一体であり、古い秩序、自我の否定をも含むものであり、無意識と意識の新生を意味すると解釈しました。(「リピドーの変容の象徴」)

さらに、リチャード・ノルによれば、ここにはユングにとって特別な意味があると、ユングは解釈していました。
つまり、牡牛は、牡牛座であるフロイトであり、フロイトの性的リピドー説を意味し、一方、ミトラスは、獅子座であるユングであり、ユングの生命的リピドー説を意味するのです。
そして、「牡牛殺し」は、ユング理論がフロイト理論に打ち勝つことを意味するのです。

ミトラスやズルワン(アイオーン)はイラン系の神、つまり、アーリア人の神です。
ヴォータンもゲルマン系なので、アーリア人の神です。
ユングのこれらの体験は、ユングが、セム語族のユダヤ・キリスト教からアーリア人の伝統の宗教へ回心したこと示します。
重要なのは、アーリアの宗教には、人間が神化して新生する秘儀があるのに対して、ユダヤ・キリスト教は、それを欠いている、という認識です。

このことは、ユングには、ユダヤ的精神分析学から離れて、新しい異教的な精神分析学の道を進む必要があることを示します。
彼は、秘儀宗教的な新しい心理学を創造して、「アーリア人のキリスト」として、ヨーロッパを救済する人間になる、という使命を持ち、それを意識していたのです。
次のページでも書きましたが、フロイトも同様の指摘をしています。

こういった新異教主義の救世主の自覚者というユング像は、リチャード・ノルが、「ユング・カルト」、「ユングという名の「神」」などの書で指摘していることです。
彼の見解は、ユングの一面を誇張しすぎているきらいがありますが、間違ってはいないと思います。

ノルは、ユングが、社会に対しては、キリスト教のアレゴリーを使い、キリスト教徒のペルソナをかぶることによって、自分のアーリア=ゲルマン的な異教主義を隠していたと書いています。

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