ユングの理論と問題点(個性化と能動的創造力) [近代その他]


前の2つのページでは、ユングが分析心理学の思想を形成することになった背景をまとめました。
このページでは、分析心理学の基本的な理論、技法、そして、問題点をまとめます。


<集合的無意識と自己>

ユングは、「無意識」を、意識によって抑圧された存在ではなく、本来的に自律的で、創造的、目的論的(未来的で潜在的)なもの、意識に対して補償的なものであると考えました。 

そして、意識的なシステムの中心である「自我」と、意識と無意識システムの全体、その中心としての「自己(本来的自己、selbst)」を区別しました。

また、「無意識」には、「個人的な無意識」のさらに深層に「集合的無意識(普遍的無意識)」があると考えました。
「集合的無意識」は、遺伝子的要因によって、先天的に継承されてきた魂の領域であって、経験や個人の記憶内容ではなく、心的な機能の様式、方向づけを与える力として作用します。

「自我」や、社会に向けた人格である「ペルソナ」のような意識的な存在、そして、個人的無意識は、「コンプレックス」として作られ、それによって成り立っています。
「自我」や「ペルソナ」を「元型」であると書いている文献を見かけることがありますが、間違いです。

それに対して、「集合的無意識」は、いくつか種類の「元型」と、それが創造する「元型的イメージ」によって構成されています。
「元型」は、神話やおとぎ話に見られる典型的なイメージの元になるもので、心の生得的な構造であり、本質をなすものです。 

「元型」自身は、認識や意識の対象となりませんが、「元型的イメージ」は「自我」と心の内面を媒介する心像として、宗教的な感情(ヌミノース)と共に体験されます。
「元型」の多くは人格化されていて、力(マナ)を持った存在なので、「マナ人格」とも呼ばれます。

ユングは、「元型」という言葉自身はユダヤのフィロンや偽ディオニュシオスが使っていると言っています。
また、聖アウグスティヌスは、「根源的イデア」という言葉を「元型」と同じ意味で使っています。
そして、聖アウグスティヌスは、それ自身を人間の精神は目にすることはできないものだと言っていて、この点で、ユングは影響を受けているようです。

「元型」の多くは人格的に表現されるので、全体としての「元型」は、一種の神々のパンテオンを構成します。


<個性化の過程>

ユングは、意識が「集合的無意識」を統合していくことで、心が分割できない一つの全体になることを、「個性化(individuation)の過程」と呼びました。

これは、患者の治療の過程にも、宗教的な求道の過程にも見出だせるものです。
ユングは、一般的に、人生の後半生において果たされるものと考えました。

「個性化の過程」は、「集合的無意識」に現れる複数の「元型」を順に意識化し、統合していく過程です。
「元型」である人格は、力を持った「マナ人格」ですが、それを統合すると、その力は「元型」から失われ、「自我」に移りがちです。

「元型」の統合は、「対立物の合一(反対物の結合)」という側面も持ちます。
ユングは、この統合・合一を進める働きを「超越的機能」と呼びました。

ユングは、「個性化の過程」は、本来、自然に進むもので、無理に進めるべきではないと考えました。
また、「元型」が表現するイメージは、無意識の自然な想像に任せるべきで、意図的なイメージを植え付けるべきではないとも考えました。

「元型」は、否定的に現れる場合と、肯定的に現れる場合があります。
特に、意識化されていない時は否定的になりがちです。

通常、「元型」は、それと認識されないままに他者に「転移(投影)」されています。
そのため、他者の本来の姿を隠してしまい、二人の関係を混乱させます。
「元型」の投影を意識化するには、自分自身の知りたくない心を知ることが必要なので、道徳的抵抗を乗り越える必要があります。

「元型」は、合理主義的な意識によって、完全に抑圧されている場合もあります。
ユングは、この状態を、「無意識の知的簒奪」と表現しています。

一方、「集合的無意識」の「元型的イメージ」と出会った場合、その「元型」と自分自身(自我)を同一化して、一種の「憑依」的状態になってしまいがちです。
この同一化を「自我のインフレーション(自我膨張)」と呼びます。
「元型」は、宗教的、神的な力を持っていますので、「自我のインフレーション」が起こると、自分自身を神のように思ってしまいます。

「元型」の統合のためには、それに同一化せず、脱同一化(対象化)する必要があります。

ちなみに、ユングは、ヘーゲルに「無意識の知的簒奪」を見て取り、ニーチェに「自我のインフレーション」を見て取りました。

「個性化の過程」における「元型」の統合は、「投影」や「自我のインフレーション」、「知的簒奪」を行わずに、客観的に「元型」を意識化することです。
それによって、「自我」と「元型」の機能の結びつきを作り、意識を成長させることです。


<元型>

ユングはそのようなまとめ方はしていませんが、以下に紹介するように、「集合的無意識」の「元型」は4層、「個性化の過程」は4段階で捉えることができます。

最初の層・段階は、「影」の統合です。
ユングは、フリーメイソンのイニシエーションと位階を意識してか、この段階を「職人試験」と表現しています。

「影」は、意識と両立し難い劣等な部分であり、意識に対して補償的な関係にあります。
意識にとっては否定的な価値を帯びた人格的存在です。

「影」は、「意地悪い同性」、「悪魔」、「怪物」、「子供」、「動物」などのイメージで現れます。
「影」は、自己中心的欲求、不安、恐怖、嫉妬、敵意、怨恨、憎悪などの心情と結びついています。

「影」には2種類があります。
個人的な「影」と「集合的影」です。
前者は個人的無意識を象徴する「元型」であり、後者は集団が共有している「影」です。
前者が「相対的悪」なら、後者は「絶対的悪」です。

文化人類学・神話学の「トリックスター」のモチーフは、後者の「集合的影」に当たります。
「影」は、シュタイナーの言う「境域の小守護霊」と似ています。


第二段階(第二層)は、「アニマ」もしくは「アニムス」です。
ユングは、この段階をフリーメイソン風に「親方試験」とも表現しています。

これは、異性像の「元型」で、男性の中には「アニマ」、女性の中には「アニムス」が存在します。
男性の無意識にある女性像である「アニマ」は、「エロス」的原理です。
一方、女性の無意識にある男性像である「アニムス」は、「ロゴス」的原理です。
ですが、必ずしも人格イメージとして表現されるとは限りません。

「赤の書」などで語られる、ユング自身のヴィジョンにおいては、「サロメ」が代表的な「アニマ」でした。

「アニマ」にも「アニムス」にも、4段階を考えることができます。

「アニマ」の4段階
1 生物学的   :旧約のイヴ
2 ロマンティック:トロイのヘレナ
3 霊的     :聖母マリア
4 叡智的    :ソフィア

1は「母」、「大地」としても表現されます。
2が狭義の「アニマ」に当たります。
この4段階は、古代後期に知られていたと、ユングが書いています。

「アニムス」の4段階
1 力
2 行為
3 言葉
4 意味

ただし、このアニムスの4段階は、ユング自身は述べておらず、彼の妻で心理学者のエマ・ユングによるものです。


第3段階(第3層)は、「老賢者」、もしくは「太母」です。

「老賢者/太母」は、「アニマ/アニムス」を統合した時に現れる「元型」で、「老賢者」は、主に、男性に、「太母」は女性に、自分の一種の理想的な姿として現れます。

ユダヤ教の「黙示文学」の「日の老いたるもの」、道教の「老子」、ニーチェの「ツァラトゥストラ」、トート神、ヘルメス・トリスメギストス、オルフェウス、ポイマンドレスなどが、「老賢者」のイメージです。
また、人格以外では、「大鷲」、「峰」などとして表現されることもあります。

「赤の書」などで語られる、ユング自身のヴィジョンにおいては、「エリヤ」や「フィレモン」が「老賢者」でした。

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*フィレモン(「赤の書」より)

インド哲学の「プラクリティ」、女神カーリーなどは、「太母」のイメージです。
人格以外では、「神の国」、「大地」、「森」、「海」、「冥府」、「月」、「庭」、「洞窟」、「泉」、「花」、「子宮」、「雌牛」、「魔女」、「竜」、「墓」、「死」、「深淵」などとしても表現されることもあります。

「太母」は、男性の現れる場合は、「影」や「アニマ」と融合していることもあります。
男性の「太母」のイメージは、母親、祖母への投影を経て「天母」になりがちで、一方、女性の場合の「太母」のイメージは、「天母」ではなく「地母」が多いと言います。

両者は、第4の存在であるとも表現されます。
男性の場合なら、自分の「自我」、自分の中の「アニマ」、アニマを投影する「女性パートナー」という3者に次いで現れる第4の存在だからです。
ユングの理論では、「4」は全体性や安定の象徴です。

また、「老賢者」と「太母」は、次の第4段階で現れる「自己」の二つの側面であると表現されることもあります。


第4段階(第4層)は、「自己(本来的自己、個我)」です。

「自己」は、意識と無意識の隠れた中心であり、自我がその中心と結びついていくと、そのイメージが現れます。

ユングは、キリスト教の「キリスト」、仏教の「仏陀」、道教の「タオ」、インド哲学の「アートマン」、「プルシャ」、グノーシス主義の「原人(アントロポス)」などが、「自己」の「元型的イメージ」であると書いています。
「幼児(児童神、永遠の少年・少女)」も、「自己」のイメージとして表現されることもあります。
また、人格以外では、「マンダラ」、錬金術の「賢者の石」、などとして表現されることもあります。

「幼児」は、それ自身が「元型」と表現されることもあります。
ユングは、第3段階で生まれた4者に続いて、「幼児」がその4者の統合の象徴として生まれ、「四位一体」が完成されると、書いています。

錬金術の「哲学者の子ども」や「ホムンクルス」、エックハルトの夢の「裸の少年」、この「幼児元型」の表現です。

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*哲学者の子ども(「改革された哲学」の挿絵より)

人格以外では、「宝石」、「花」、「金の卵」などとしても表現されます。

「赤の書」で語られるユング自身のヴィジョンでは、アイオーン的な姿をした「息子」がこれに当たります。
ユングは、この「息子」を、フィレモンがユングの魂に妊ませた子であるとも書いています。

また、ユングは、弟子のコンスタンス・ロングに、「…創造的リピドーは、個性化の過程を通して人間のなかで変容します。そして、この妊娠に似た過程の中から、聖なることもが、再生した神として現れます。…このことは他の人たちには話さないでください」、語っています。

ユングの言う「マンダラ」は、仏教やヒンドゥー教の「マンダラ」に限定された概念ではなく、中心と円や四角などの形を伴って、「全体性」を表現するイメージです。
「マンダラ」は、回転したり、中心から光線を放射状に放つ場合もあり、四角は「四位一体」を表現します。

「マンダラ」は、必ずしも「個性化の過程」の最終段階で現れるものではなく、「マンダラは魂の分裂や定位の崩壊が生じた時に決まって現れる」と書いています。
「自己」の象徴は、「マンダラ」ではなく、「マンダラ」の中心と言えるのかもしれません。

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*マンダラ(「赤の書」より)

また、「英雄」のイメージも、「個性化」の潜在的先取りとして現れることがあります。
ユングは「英雄」を変容するリピドーの象徴であるとしていて、「自己」や「自我」の象徴それ自体とは異なりますが、「英雄」は死ぬこと、母性に回帰するによって「個性化」を進む存在の象徴となります。

また、ユングは「個性化の過程」、「変容」自体も「元型」であると書くこともあります。
これは、非人格的なイメージとして、状況、場所、手段、方法などとして表現されます。
具体的には、錬金術の寓意画のシリーズ、チャクラの体系、タロットのアルカナのシリーズなどがそうだと言います。


<類型論と個性化>

ユングには、「元型(アーキタイプ)論」とは別に、性格の「類型(タイプ)論」があり、この理論も「個性化」と結びつけて考えられます。

「類型」には、まず、「内向/外向」という対立的な2つのエネルギーの向きがあります。
そして、「思考/感情」という対立的な合理的機能と、「直観/感覚」という対立的な非合理的機能があります。
人の性格はこの2×4の組み合わせで分析されます。

対立する2項の一方が意識的になり、もう一方は無意識になります。
機能の場合は、4つの内の一つが最も意識であり、その対立機能が最も無意識的になります。

無意識的な性格、機能を発達させることが、個性化の過程につながります。


<能動的創造力>

ユングが、「集合的無意識」の「元型的イメージ」と対面して、それを統合するために重視した方法が、「能動的創造力」です。

ですが、著作であまり詳細が語られません。
また、ユングの弟子も、積極的に使用していないようです。

その理由の一つは、この方法が簡単ではないことがありますが、もう一つの理由は、患者の自立を促すものだからでしょう。

バーバラ・ハナが明かしていますが、「能動的創造力は、分析を経てその人が本当に(医者からの)自立したのかどうかの試金石になる」とユングが彼女に述べたそうです。
つまり、「能動的創造力」は、精神医を必要としなくなる方法なのです。

ユングによれば、「能動的創造力」は、「意図的な集中によって生み出される一連の空想」です。
そして、「重要だと思われる空想のいずれかの断片に思いを深めていき、…その断片がはめこまれている全体の関連が見えるようになるまでその作業をつづける」(以上、「元型論」より)ことです。

具体的には、「書簡集」に、次のように書いています。

「例えば、あなたの夢にあったあの黄色い塊から始めなさい。それを熟視し、そのイメージがどう展開し、変化するのか注意深く見つめなさい。それを何かに変えようとしてはいけません。ただその自発的な変化がどうなるのか見つめなさい。」

「そして、最終的にはそのイメージの中に入っていきなさい。それがもし、話をする人物なら、その人にあなたが言わねばならないことを言いなさい。そして、また、その人物が何か言いたいのなら、それを聞きなさい。…このことにより、意識と無意識の統一体を次第に作ることなのです。これなしに個性化はありえません」

つまり、「能動的創造力」は、白昼夢や明晰夢のように、覚醒した状態で、意識と無意識のバランスを取って、自然に無意識的なイメージを自律的に展開し、それと会話する技術です。

当サイトや姉妹サイトの用語では、これは「瞑想」ではなく「夢見の技術」です。

ユングは、イメージを観察し、イメージの対象と会話し、それを記録することは重要だけれど、解釈や分析は重要ではないと書いています。

ユングの弟子のマリー・フォン・フランツは、ただイメージを動かすだけでなく、実生活の中での結論を引き出さないといけないと言います。
そして、もし、イメージの世界で約束をした場合は、必ず守らないといけないとも言います。


<分析心理学の問題>

ユングは、「集合的無意識」や「元型」が存在することを、客観的に論証できていないという批判が多くなされています。
それはその通りだと思いますし、これに関することは、この後のページでも書きます。
ですが、ここでは、分析心理学の理論上の問題点について、思いつくままに列記します。

まず、ユングの「元型論」は、内面を象徴する「元型的イメージ」の意識化を問題にしますが、イメージが持つ「認識」という機能については語りません。

イメージは、外界を体験する中で、その認識を反映して成長するものです。
ですが、ユングは、「内面」の象徴性だけを重視するため、「認識論」の観点がありません。


次に、ユングにおいては、男性と女性によって「元型」の扱いがまったく異なります。
男性の無意識には「アニマ」がありますが、女性の無意識には「アニムス」があります。
また、「老賢者」と「太母」の意味も、男性と女性では異なります。
「集合的無意識」は遺伝的なものなので、この男女の違いは先天的なものとされます。

ですが、多くの神秘主義の象徴体系の中では、男性的原理と女性的原理は普遍的な原理として立てられ、男女差を強調しません。

ユングの当時とは違って、現代では、男女の文化的アイデンティーはずっと自由で、流動的になり、男女差の多くが後天的なものという認識が広がっています。
もし、ユングが、現代にいれば、違った理論の立て方をしたかもしれません。


次に、ユングは、「(無意識は)一方ではその存在は意識以前の先史時代に根ざしており…」(「個性化とマンダラ」)と書いているように、彼の「無意識」概念は、進化論的な時間軸で古いものです。
「無意識」が未来的であるという彼の考えは、あくまでも、個人において、未成長な側面という意味です。

ユングにおいては、無意識は「体」的でもあり、「霊」的でもあり、「体」と「霊」の区別は本質的ではありません。
ですが、伝統的な神秘主義思想においては、存在のヒエラルキーは絶対的なもので、「霊・魂・体」の3分説では、「霊」と「体」は存在の次元が異なります。

ですが、ユングにある「霊」と「体」に関わる違いは、意識化の有無、「自我」との結びつきの有無だけです。

これと関係しますが、ユングの理論は、大地の霊には親近性があっても、「天使論」が欠如しているのではないでしょうか。
これは、「認識論」の欠如とも関係があるでしょう。
また、「天使論」の欠如は、次のことにつながるでしょう。


ユングが認めた主な「元型」は、「影」、「アニマ/アニムス」、「老賢者/太母」、「自己」だけです。
これらは、主に、意識と無意識(=肉体的なもの)の統合、関係の観点から認められたものだと思います。

ですが、伝統的な宗教、神秘主義思想には、他にも普遍的な象徴が多数あります。

例えば、世界的に最も普遍的な象徴体系としては、春夏秋冬、十干十二支のような、季節循環・生命循環に関わるものがあります。

また、意識や言語に関係の深いような、あるいは、人間の精神や行動の全般に関わるような、抽象的理念・観念が、多くの宗教、神秘主義思想の象徴体系となっています。

例えば、7惑星や12宮にも、抽象的観念が当てられています。
また、ゾロスター教のスプンタ・マンユが率いる6大天使「アムシャ・スプンタ」の「善思」、「正義」、「統治」、「敬虔」、「完全」、「不滅」は抽象的観念です。
ユングが研究したグノーシス主義のプトレミオス派の30アイオーンも、ほぼ抽象観念です。
こういったものは、ユングでは「元型」になりません。

人間の精神の成長、霊的成長には、こういった多数の象徴の理解が重要となります。
ユングの限られた「元型」にこだわることは、人間精神の成長に関して、一面的になるのではないでしょうか。


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