オースティン・スペアのキアイズム [近代魔術]

オースティン・スペアは、「キアイズム」、「ゾス・キア(・カルタス)」などと呼ばれる、魔術を作った人物です。
その思想も、その技法も、まったく他に類を見ないものです。

技法においては、伝統的な象徴体系も、霊的存在の名前や召喚も、対応する印形も必要としません。
これは魔術における革命であり、ピート・キャロルらの「混沌魔術」の誕生の原点となりました。

スペアの魔術技法の中心であるシジル(印形)魔術は、願望実現魔術であり、その原理は潜在意識を働かせる心理的技術でしかないとも言えます。

ですが、彼の思想には、あらゆるドグマを否定し、魔術の源泉となる本来的な自分である「キア」を、言語が不在で、無形、言説不可能とするなど、仏教や老荘思想の主体論にも似たところを感じることができます。
また、「キア」を、原初的な性的原理とし、「自己-愛」的で快楽的なものとする点では、フロイトを越えてドゥルーズ=ガタリ的な機械状無意識論を感じることもできます。


<スペアの人生>

オースティン・オスマン・スペア(スパー、1886-1956)は、警察官を父としてロンドンで生まれました。

スペアは、セーラムの魔女の生き残りだというパターソン夫人から、様々な魔女術系の魔術の教えを受け、また、アストラル・ライトでのサバトにイニシエートを受けたといいます。
ですが、パターソン夫人は、スペアが創造した架空の存在かもしれません。
もし、そうだとすると、他に類を見ないスペアの魔術の思想と技法の由来は、まったく不明となります。

また、スペアは、若い頃には王立美術アカデミーに席を置いた画家であり、生涯に渡って作画し、時折、展示会を開きました。
また、彼の作品はヒットラーの目に止まり、ナチスの肖像画を依頼されましたが、最終的に断ったといいます。

スペアは、若い頃から、画家としての生活の一方で、ブラヴァツキー夫人、アグリッパ、エリファス・レヴィなどの書を読みながら、自身の独自の魔術思想を追求しました。

アリウスター・クロウリーはスペアの画家としての才能に惹かれ、1907年頃から数年の間、スペアと交流を持ち、A∴A∴にも招待しました。
また、スペアは、その機関誌「春秋分点」に線画を4点寄稿しました。

ですが、スペアは伝統的な儀式魔術には興味を持てなかったようです。
彼は、「なぜ儀式用の服と仮面を身に着け、神々の態度を真似なければならないのか」と書いています。

スペアは、自身の魔術思想を表現した書として、1913年の「快楽(喜び)の書」、1921年の「生の焦点」などを出版しました。
これらはとても難解な表現で書かれています。

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*左「喜びの書」、右「生の焦点」

1949年、スペアはクロウリーの弟子だったケネス・グラントと知り合いになり、交流を持ちました。
そして、グラントの結社「ニュー・イシス・ロッジ」の祭壇画を描きました。
グラントは、スペアが、蛇の女神を崇拝する中国系のオカルト一派の一員だったと主張していますが、真実は不明です。


<シジル魔術>

シジル魔術とは、特定の図形である「印形」を使った魔術です。
スペアのシジル魔術は、基本的に願望実現魔術です。

重要なのは、伝統的な魔術では願望に対応する霊的存在に固有の決まったシジルを使うのに対して、スペアのシジル魔術では、その都度に自作します。

次のようなプロセスで行います。

1 願望を文にする(アルファベット大文字)
2 複数出てきた文字は消して一つだけにする
3 すべての文字を組み合わせて簡素化しながら図形化する
4 出来上がったシジルを変性意識状態で凝視して潜在意識に送る
5 願望とシジルを忘れて意識から消し去る

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*スペアによるシジル

1は日本語なら漢字でもカタカナでも可能です。
文章は、原則的に、潜在意識が理解しやすい文にします。
「THIS IS MY WISH…」といった定型文を使います。
潜在意識は否定文を理解できないので肯定文にします。
ただ、日本人・日本語の場合は否定文でも問題ないという意見もあります。
曖昧過ぎず、具体的過ぎない、適当な具体性を持った文章にします(例えば、時間の指定など)。

2は、シジルを単純化するために行います。

3は、場合によって、文章を部分に分けて一つずつシジルにして後から組み合わせるとか、大きな一つのシジルを単純化すると良い場合があります。
最後に、シジル全体を円や四角で囲みます。

4は、願望を思い浮かべずに、シジルだけを凝視して、内面化します。
変性意識状態は、言語がなく、意識と潜在意識の壁がなくなった状態で、シジルをしっかりと潜在意識に届けることができます。

瞑想や観想が得意でない人でも簡単に変性意識状態になる方法には、マスターベーションによるオルガズムや、短時間に過激な運動を行う、呼吸を限界まで止める…などによって一種の放心状態になる方法があります。

最後の方法は、「死の姿勢」と呼ばれる方法で、スペアは重視しました。
深呼吸の後、両手を使って目、耳、内をふさぎ、体の緊張を高め、ギリギリ限界まで呼吸を止め、その後、目を見開いて、呼吸をして、シジルを凝視します。

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*上部のスペアの自画像部分は「死の姿勢」(「快楽の書」より)

5は、4の内面化の後、笑って、シジルを心の中からなくし、すぐに他のことを考えます。
そして、シジルを書いた紙を捨てるとか、あるいは、逆に目に付きやすいところに貼ります(いつも見えると、意識しなくなるため)。


<魔術が働く理由>

伝統的な魔術では、願望によって、それに対応する象徴(霊的存在)のシジルが決まっていましたが、スペアの方法では、都度、自作しても効果があるのです。
ということは、重要なのは、シジルの形ではなく、作業プロセスであるということになります。

そして、この製作方法は、作業が複雑すぎないので、潜在意識がシジルと願望を理解していて、また、作業が単純すぎないので、意識がそれを忘れてしまいます。
ということは、意識が介入せずに、無意識を自動的に働かせることで魔術が働く、ということです。

また、伝統的な魔術のように、特定の霊的存在をその名前を使って召喚しなくても、効果があるのです。
霊的存在を召喚してもしなくても、働いている仕組みは同じであり、名前や姿を持たせるかどうかという違いだけなのです。
つまり、魔術を働かせるためには、潜在意識が働けば良くて、象徴は不要であり、外的な霊的存在の要不要に関わらず、それに直接語る必要がない、ということです。

以上の点で、スペアのシジル魔術は、まったく革命的です。
そして、伝統魔術がなぜ効果があるのか、その本当の本質がどこにあったのか、を理解する根拠になります。

スペアの方法は、無意識を重視してそのメカニズムを利用するものですが、彼はフロイトやユングに対しては、「詐欺とジャンク」であると批判しています。


<シジル魔術の応用>

シジルを作る時に、文字だけではなく、イメージ(象形文字的記号)を一つの素材として使うこともできます。
例えば、特定の人間を表現する場合に、人の形にイニシャルを入れるとか。

また、文字ではなく、旧来の記号を一つの素材として使うこともできます。
例えば、「愛」を表現するために占星術の金星の記号を使うとか。
これは、既存の象徴を使うことになります。

シジル魔術と同様な方法によって、シジルではなく、呪文を作ることもできます。
つまり、願望文の文字を図形化するのではなく、願望文を適当に組み合わせて、呪文を構成するのです。

また、シジルにせよ、呪文にせよ、良く使う言葉を、定型化しておいて、それらを組み合わせて文章を作ることもできます。


<願望のアルファベット>

スペアのシジル魔術には、「願望のアルファベット」という方法があります。
これには、次の2種類があって、それぞれ、まったく異なるものです。

1 構造原理としての「願望のアルファベット」
2 精神の鏡としての「願望のアルファベット」

まず、「構造原理」としての「願望のアルファベット」は、一種の象徴体系です。
これは、潜在意識の性的な性質を持つ元型的な力の類型で、22の絵文字として表現されます。
この詳細は不明ですが、22字ということは、カバラの影響があるのかもしれません。

スペアは、原初的な段階の精神を性的なものと考えていて、それが魔術の大きな力になると考えています。
「構造原理」としての「願望のアルファベット」を使うことで、その原初的な精神の一部を活性化して、利用するのです。

一方、「精神の鏡」としての「願望のアルファベット」は、文字を使わず、自動書記で潜在意識から受け取った図形です。

具体的には、特定の願望に関わる概念を思い浮かべながら、無心で手を動かして、線を落書きします。
その中から、その概念を意味すると思える特定の部分を図形として抜き出して、使うのです。

つまり、既存の言葉や記号を一切使わず、すべてを潜在意識から受け取って、それをシジルとして魔術に利用するのです。


<先祖返り的復活>

スペアの魔術には、「隔世遺伝的復活」、あるいは、「先祖返り的復活」、「隔世遺伝的ノスタルジア」と呼ばれる方法があります。

スペアは、進化論のダーウィンを高く評価していて、ダーウィンが執筆を行ったゆかりの地を訪れたほどでした。

スペアは、我々の潜在意識の中には、進化上の過去の精神の状態が残っていると考えました。
つまり、様々な動物の意識であったり、究極的には単細胞生物の意識があるのです。
彼は、潜在意識の構造を、「進化の順序における地層」と表現しています。

そして、スペアは、進化論的に古い段階の心は、強い魔術の力を持っていると考えました。
そのため、このような前人間的な心を、シジルを使って、活性化して引き出すことによって、願望実現のエネルギーに利用します。
シャーマンがスピリット・アニマルに変身するのと似ているのかもしれません。

願望文としては、例えば、「爬虫類を経験したい」といった文章でシジルを作ることで、その心を体験することができます。
いきなり、日常でこれを体験するのは危険なので、まずは、「夢で…」と指定するのが適当です。

「直ちに…」とすれば、儀式や、願望実現のシジル魔術で利用できます。
シジルを潜在意識に届ける時に、その願望に関係する動物の意識になって行うと効果的があります。


<ゾス・キア>

スペアの魔術思想は、「ゾス・キア」、「キアイズム」と呼ばれます。
「ゾス」も「キア」も、スペアの造語のようです。

「ゾス」は、「統一された体」を意味します。
語源は不明ですが、スペアのイニシャルが「AOS」で、この最初を意味する「A」を、最後を意味する「Z」に変えたのが「ゾス」だという説があります。

「キア」は、「空気のような私」という意味で、「中間性」という属性を持っています。
「快楽の書」では、「どちらにも非ず-どちらにも非ず」とか、「理解不可能」、「形態なし」、「属性なし」などとも表現しています。
つまり、「私」の本質は、形も境界もなく、二元論的な言語で規定できない存在であるということです。

「ゾス・キア」と合わせると、形も境界もなく、多様で分裂なき統一された体、ということになります。

このスペアの思想は、仏教や道家に似ていて東洋的でもあり、また、現代的でもあります。

自我の側から見れば、自分の信念や欲望を開放し、自分を無限に広げたのが「キア」です。

スペアは、上記した「死の姿勢」という言葉に関しても、単なる肉体的な姿勢のことではなく、それが導く精神状態、「キア」の状態を含意しています。
彼は「快楽の書」で、「死の姿勢」について、「我々が信じるすべてのものの死体」、「死の姿勢」に到達すると「満足させられた全能な愛の意味を把握することができる」と書いています。

また、スペアは、「キア」について、「原始の性的原理」とも書いていますが、それは「自己-愛」的な「知覚不可能なエクスタシー」なのです。
おそらく「キア」は何か外部のものを欲望の対象とするのではなく、本来的にそれ自身で充足する欲望であり、エクスタシーであり、その意味で「自己-愛」的存在なのでしょう。
我々が「キア」を受容し、普通の意味のナルシズムではない「自己-愛」的になることで、「キア」は顕現するのでしょう。

「死の姿勢」や「先祖返り的復活」による変性意識状態は、この「キア」の状態を理解するきっかけになります。
「キア」は、自由であり、創造の源であり、魔術的な力を持つ状態なのです。
伝統的な魔術の目的としての自己超越、大いなる作業という側面は、スペアにあっては、この「キア」に向けて自我を開放していくことなのでしょう。



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