ユージン・ジェンドリンのフォーカシング [現代]

ユージン・ジェンドリン(1926-2017)は、アメリカの哲学者、臨床心理学者で、「体験過程理論」、そして、「フォーカシング」技法の提唱者です。

ジェンドリンは、直接的には神秘主義と関係がありませんが、彼は、日常的意識と変性意識の間で、言葉にできない、漠然と感じられる意味を意識することで、成長や癒しが促されると主張しました。

これは、従来の心理学・心理療法にも、哲学にも、神秘思想にもなかった革命的な観点です。


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<ジェンドリンの歩みと思想>

ジェンドリンは、オーストリアに生まれて、シカゴ大学で哲学を学び、カール・ロジャーズのもとでカウンセリングを学びました。
彼は、哲学的視点を心理学にもたらし、革命的な理論・技法を提唱しました。

ジェンドリンは、1958年に博士号を取得し、1961年にウィスコンシン大学精神医学研究所所員になりました。
そして、1968年から1995年までシカゴ大学で教鞭をとりました。

ジェンドリンは、カウンセリングの成功例の分析から、クライアントが、自分の言葉にできない漠然とした意味感覚(フェルト・センス)を意識できるかどうかが鍵になることを発見しました。

1962年に出版されたジェンドリンの最初の著作は、哲学書の「体験と意味の創造」です。
続いてこの年に発表された「体験過程の理論」で、彼の思想の基本となる「体験過程」の概念を提唱しました。
1964年の「人格変化の一理論」では、「体験過程」の理論を深め、「体験過程」を自覚する手法としての「フォーカシング」につても位置づけました。

その後も、1973年に「体験過程療法」、1978年に「フォーカシング」、1986年に「夢とフォーカシング」、1996年に「フォーカシング指向心理療法」などを出版しました。

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ジェンドリンは、人間が生きることは、環境との複雑で秩序だった相互作用が変化・成長していくプロセスであり、それは言葉を越えた一種の「知識」であると考えました。
そして、彼は、それを「体験過程(experiencing)」と名付けました。

ジェンドリンは、自身の哲学や心理学の先駆者として、実存主義や現象学、実存主義的心理学をあげます。
そして、彼は、「体験過程哲学は、実存主義の哲学者たちがやり残したところ、つまり、象徴、思考、言語や他の象徴がどのように、具体的な体験過程に基づき、関連しているか、というところから始まる。筆者は気持ちと思考の関係について哲学的システムを開発した」(「体験過程療法」)と書いています。

「体験過程」のほとんどは言語化を伴わない無意識の過程ですが、それは意識化すること(フォーカシング)によって進展し、人格の変容、成長が起こります。

ジェンドリンは、「体験過程」を意識化してそれを進める心理療法を、「体験過程療法」、「フォーカシング指向心理療法(FOP)」と名付けました。


<フォーカシングの革命性>

「体験過程」を焦点化して意識化する「フォーカシング」の対象は、「感じられた意味(felt sense」と呼ばれる、言葉にもイメージもなっていない、漠然とした感覚、身体感覚を伴った意味のある感じ、です。

フロイドの精神分析学以来、心理学、心理療法の世界では、意識や認識の対象となるのは、言葉やイメージのような「表象」、あるいは、はっきりとまとまった感情のみです。
「フェルト・センス」のような言葉やイメージになっていないものは意識できないと考えてきました。

しかし、ジェンドリンは、意識と無意識の境界で「フェルト・センス」を体験することが、治療の本質であり、それが解放と自由をもたらすと考えたのです。
これは、心理学、心理療法における革命であり、その背景には、彼自身の哲学があります。

「フェルト・センス」は「暗に含まれたもの(implict)」の状態ですが、「フォーカシング」によって進展させた時、「開け(unfolding)」の状態になると、ジェンドリンは書きます。
つまり、意味が「含み込まれた」状態から、「開かれた」状態になるということです。
そのため、ジェンドリンの思想は「暗在性哲学」と表現されます。

これらの表現は、現代哲学のドゥルーズが使った「巻き込み(implication)/繰り広げ(explication)」や、ニュー・サイエンスのデヴィッド・ボームが使った「内蔵秩序(implicate order)/表出秩序(explicate order)」という言葉と、それらの思想と近いものでしょう。
ただし、ジェンドリンの「開け(unfolding)」の状態は、まだ、言語以前の「フェルト・センス」ですが。

「フェルト・センス」は、「直観」とか、「強度」とか「内包量」と呼ばれるものに近いでしょう。
この点で、ジェンドリンの思想は、神秘主義的でもあり、現代思想的でもあります。
また、「フェルト・センス」を一種の「力」と捉え、それがイメージや物語に展開できるという観点からすれば、シャーマニズム的でもあります。

ジェンドリンは、「フェルト・センスは通常の状態と変性意識状態との境目で起こる」と書いています。
そして、「フェルト・センスは、そこ(深い瞑想)まで深く降りてしまわない途中の階にある」(以上「フォーカシング指向心理学」)のだと。


「フォーカシング」は、何らかの事項、問題、塊の「縁(edge)」にある「フェルト・センス」に集中して、それを受容的に体験し、あるいは対話することで、「人格の変容」を導く技術です。
そのため「縁で考える」とも表現されます。

「フェルト・センス」の中には、「有機体が知っているすべてが含まれている」だけでなく、「その中には有機体が動いていく方向、次の成長のステップの鍵がある」(以上、「夢とフォーカシング」)のです。
つまり、まだ新しいステップが形をなしていないのに、その全体的な感じがあって、自然にできてしまうのです。

ジェンドリンは、無意識も、「フェルト・センス」も、「未完了」な過程だと言います。

「フォーカシング」によってそれを意識化すると、「体験過程」の進展があります。
ジェンドリンは、それを、「フェルト・シフト」、「体験的ステップ」と表現します。
これによって、「ものごとの全体の布置が変化する」のです。

そして、「フェルト・センス」は、それを言語化、明示化されることで「完了」します。

ゲシュタルト療法で使われる「完了」、「未完了」という考え方と、似ています。


<フォーカシングの4つの位相>

「人格変化の一理論」では、「フォーカシング」に4つの位相があると書いています。

1:直接の照合体(referent)

「フェルト・センス」に焦点を当てて意識化すること、つまり、「フォーカシング」そのものです。

2:開け(unfolding)

「フェルト・センス」が不安感や嫌悪感を伴うものであったとしても、自覚化するにつれて、それは薄らいでいきます。
そして、「フェルト・センス」が何であるかが徐々に知るようになり、ある瞬間に「ぱっと開く」ことがあります。

3:全面的な適用

すると、「フェルト・センス」に、すべての関連のある様々な連想や記憶状況や環境が一度に結びつきます。

4:照合体の移動

今まで集中していた「フェルト・センス」が違ったものになり、最初の位相に戻ります。


<フォーカシングの技法の6ステップ>

ジェンドリンは、その後、技法としての「フォーカシング」を、準備のステップと6つのステップで考えるようになりました。

0(準備):内側を感じる

1-2分ほど、体の内側、例えば、胸や胃の内側を感じてみます。

1:間を置く

何か問題のあるものとして内側に感じたものに、受容的な態度で、挨拶するように向かい合います。
そして、そのいくつかの感覚と自分との間をどれくらいの距離を置けばいいかを決めます。
そして、その中から1つを選びます。

2:フェルト・センスをつかむ

選んだ気がかりなことの「縁」にある「フェルト・センス」を見つけます。

3:ハンドルをつける

その感じを表すような名前をつけたり、イメージを与えたりします。

4:共鳴させる

その名前が合っているか確認します。
名前を与えて楽になった感じがすると、それで合っています。

5:問いかける

「フェルト・センス」にそれが何なのか、何が問題なのか、どう解決するのか、などを問いかけて、反応を待ちます。

6:受け取る

「フェルト・センス」が何かの反応、例えば、ざわめくような変化があれば、それをそのまま受け止めます。
ですが、それは答えではなく、一歩でしかありません。


ちなみに、ジェンドリンの弟子のアン・ワイザー・コーネルは、「フォーカシング」の方法を、一般の人がより使いやすいように改良しました。
これについては、姉妹サイトの記事をご参照ください。

コーネルのフォーカシング


<夢のフォーカシングの4ステップ>

ユージン・ジェンドリンは、夢をきっかけにした「フォーカシング」も薦めています。
 
彼は、夢は「体験過程」の表現であり、夢の中には「フェルト・センス」が含まれていると考えます。
夢の枠組み自体は、現在の布置を表しているのですが、その中にある「フェルト・センス」は「変化の芽生え」なのです。
 
夢の中の「フェルト・センス」に「フォーカシング」を行うと、徐々に人格が変容し、それに伴って、見る夢も少しずつ変わっていきます。

ジェンドリンは著「夢とフォーカシング」で、夢の変化に3つのステップがあると書いています。
ですが、そこに、彼が「統合」と呼ぶ段階を加えて4つのステップで考えることもできます。

1:気づき
 
まず、夢の中にある「フェルト・センス」を見つけます。
夢を思い出して、気になる感じ、気になる登場人物に注目します。

ジェンドリンによれば、夢は新しいものを表現しているので、現在の自分の価値観から解釈すると必ず間違います。
「フェルト・センス」を体験して自分が変わって初めて、夢を理解することができます。
 
2:新しいものを得る
 
夢のイメージは何度も繰り返して「フェルト・シフト」をもたらしてくれます。

ですから、「フォーカシング」を行っていると「開け」を感じても、さらに「体験過程」を進めてくれる部分を探して「フォーカシング」を続けます。

夢の中では、最初、新しいものは、悪いものとして現れます。
ですから、自分が好ましくないと思っている存在や行動に「フォーカシング」することが重要です。
あるいは、常識的な考えて、最も奇妙で馬鹿げていると思える部分が重要だったりします。

ですから、夢を解釈する場合も、価値観を反対にすることが必要になります。
ジェンドリンはこの逆転の方法を、「バイアスコントロール」を呼びます。
夢の解釈が正しいと、しっくりした感じ、何か開けたような感じがします。

3:成長
 
なかなか前に進めない時は、その「妨げ」、「できない」こと、「進みたくない」、「フォーカシングしたくない」、という気持ちに「フォーカシング」するのも方法です。
 
ジェンドリンは、夢では成長のステップはあまり表現されず、むしろ、どのように物事が行き詰まっているのかを描く、と書いています。
成長した後に、事後的に、夢はステップを歩んだことを示すのです。
 
成長の前には、新しいものは、否定的なもの、人間に遠いもの、動物や虫として現れる傾向があります。
また、それが何を象徴しているのか、理解しにくいものであることが多いようです。

しかし、新しいものを受容し、成長した後では、それが変化します。
否定的なものは肯定的なものに、人間から遠いものは人間に、分かり難い象徴は分かりやすい象徴に変化します。
分かりやすい例では、童話でガマガエルが王子様に変わるようなものでしょう。
 
他にも、分かりやすい成長の例としては、できなかったことができるようになる、誰かから何かをもらう、誰かから褒めてもう、敵対していた人と友好的になるなどがあります。

4:統合
 
夢にステップが現れたとしても、それで終わりではありません。
そのステップを表現するものを対象にした「フォーカシング」が必要です。
それによって、体を通した全体的な機能を伴った成長を得ることができるからです。
 
つまり、夢の意識状態で何かを象徴的に得たとしても、それを日常的な意識の状態で生かすには、もう一つのプロセスが必要なのです。
ジェンドリンはこれを「統合のジレンマ」と呼びます。

ですから、夢に現れた成長のステップも、日常の意識により近い「フォーカシング」によって、しっかりと身に付ける必要があるのです。

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