真言乗と真言宗 [日本]


空海の歩みと山岳仏教・神仏習合の潮流」に続くページです。

空海が招来した「真言宗」は、中国で生まれた思想に、空海が命名して宗派としたものであり、「真言乗」の中の一宗派です。

「真言乗」は、空海以前に、最澄が日本に持ち帰りました。

このページでは、「真言乗」と「真言宗」について、簡単にまとめます。
その中で、空海と最澄との関係、インド、中国、空海の両界曼荼羅とその行法などについても触れます。


<真言宗と恵果>

「真言宗」は、「大日経」と「金剛頂経(真実摂経)」を不二として統合する立場の宗派です。

この思想が誰によって作られたかについては、諸説があります。
恵果という説、その師の不空三蔵という説、あるいは、インドですでにあったという説。
おそらく、徐々に形成されてきて、恵果によって大成されたのでしょう。

ですが、両経典は、もともとそのような意図で作られたわけではありません。

恵果は、「大日経」をインド僧の善無畏三蔵の弟子の玄超から、「金剛頂経」はインド僧の不空三蔵から伝授されました。

・大日経 :善無畏三蔵→玄超  →恵果→空海
・金剛頂経:金剛智三蔵→不空三蔵→恵果→空海

そして、空海がこれを継承して日本に持ち帰り、「真言宗」と命名しました。


<真言乗と真言宗>

日本の伝統的な密教史の区分では、「大日経」や「金剛頂経」より前の密教を「雑密」と呼び、以降の密教を「純密」と呼びます。
「純密」は、大日如来を主尊とし、主に成仏を目指す、体系化された密教です。

また、学問的な密教史の区分では、「雑密」を「初期密教」、「純密」を「中期密教」、そして、日本に招来されなかったその後の密教を「後期密教」と呼びます。

インドの伝統的な密教史の区分は、「クリヤー・タントラ」、「チャリヤー・タントラ」、「ヨガ・タントラ」、「マハーヨガ・タントラ」、「ヨーギニー・タントラ」という5段階とされ、「大日経」は2段階目、「金剛頂経」は3段階目に当たります。

 (インドの区分)   (日本の区分)
・クリヤー・タントラ :雑密・初期密教
・チャリヤー・タントラ:純密・中期密教 ⇒大日経
・ヨガ・タントラ   :純密・中期密教 ⇒金剛頂経
・マハーヨガ・タントラ:後期密教
・ヨーギニー・タントラ:後期密教

ですから、段階の違うこの二経典を不二統合とする考えは、インドにもチベットにも、ほとんどありません。
チベットで不二統合と言えば、「マハーヨガ・タントラ(父タントラ)」と「ヨーギニー・タントラ(母タントラ)」を統合する「不二タントラ」です。

「真言乗(マントラ・ヤーナ)」という言葉は、密教全体について使える言葉です。
ですが、インドの第3段階以降の「金剛頂経」系の密教については、「金剛乗(ヴァジュラ・ヤーナ)」と表現します。

ですからこのページでは「真言宗」という言葉は、両経を不二とする恵果、空海らの宗派について使い、「真言乗」という言葉は密教全体について使います。


<真言乗と最澄>

「純密」段階の「真言乗」を正式に、最初に日本に招来したのは、空海ではなく最澄です。
彼は、インド僧の善無畏の法系を継ぐ順暁から、金剛界系の灌頂(五部灌頂曼荼羅壇)を受けて経典などを持ち帰りました。

そして、806年、桓武天皇は、天台法華宗に、「大日経」を学ぶ「遮那業」と、「摩訶止観」を学ぶ「止観業」の年分度者(国が割り当てる出家得度者)を各一名、公認しました。
つまり、最澄の「真言乗」を国家として公認したのです。

天台宗は法華一乗の立場から仏教諸派を統合する思想を持っています。
ですが、中国の天台宗は、そこに密教を含んでいません。
最澄は一行の「大日経疏」を読んで、天台と真言乗の一致を確信していたため、密教を統合すべきものと考えていたのです。

ですが、最澄が順暁と出会ったのは帰国直前であり、彼が持ち帰った密教は不十分なものでした。
彼は空海の「請来目録」を見て驚き、空海の助けを得て、天台の密教(遮那業)を完全なものにしようとしました。

809年、嵯峨天皇が即位して、空海が上京すると、最澄は高雄山寺へ空海を誘い、空海から経典の借り受けを始めました。
最澄は、身分も歳も空海より上でしたが、空海の書状に「永世弟子最澄」と記したように、密教に関しては空海には礼を尽くし、弟子として接しました。

そして、812年に、空海から両部の受明灌頂を授かりましたが、伝法灌頂は受けられませんでした。

そして、翌年、最澄が「理趣釈経」などを借り受けようとした時、空海はこれを拒否して、二人の関係は途絶えました。
空海からは、最澄が書で密教を勉強しようとしているように見えたのでしょう。
密教のルールでは、伝法灌頂を受けていな者には、貸し出せない書があります。

もちろん、最澄が天台一乗の中に密教を包括すると考えていたのに対して、空海は密教の中に顕教を包括すると考えていたので、この点でも、根本的に密教観が異なります。

ちなみに、空海が真言宗としての年分度者を申請し、公認されたのは、亡くなる直前の835年で、金剛頂業、胎蔵業、声明業が各一名でした。
空海は、821年に隠棲を申し出て断られていたり、827年に仏教界の最高位の大僧都に任命されたりしていますから、なぜか、それまで年分度者にこだわっていなかったようです。

また、天台の密教(台密)は、三代目座主の円仁が、金・胎の二経に加えて「蘇悉地経」を最も重視して、三部秘経としました。
ちなみに、「蘇悉地経」は、真言宗も、インド、チベットの密教でも高い評価はしません。

そして、五代目座主の円珍は、「理劣事勝」という実践重視の姿勢から、事実上、密教を優位として、密教の実践を充実させました。

そしてその後の安然が、台密教学を大成しました。
安然は、「真言宗」という呼称を使って密教を重視し、「即身成仏義」や「声字実相義」などの空海の著作を引用するなど、空海の影響も受けています。
ですが、空海の「真言宗」とは異なり、「一教」として顕教と密教を統合する立場でした。


<両界曼荼羅>

「大日経」に基づく「胎蔵界曼荼羅(大悲胎蔵生曼荼羅)」は、初期の形式である三尊形式の流れを引きながら、「金光明経」の四仏と、八菩薩信仰を取り入れて五部化、三層化したものです。
また、三密に対応して、尊格の形像を描く「大曼荼羅」と、「種子曼荼羅」、「三昧耶曼荼羅」の三曼荼羅を説きます。

ですが、空海が招来した「胎蔵界曼荼羅」は、「大日経」の通りではなく、おそらく恵果らが「不空羂索神変真言経」、「一字仏頂輪王経」などを取り入れて改変したものです。

主尊を「法身大毘盧遮那如来」としますが、経典に忠実なチベットの解釈では「現等覚身の毘盧遮那仏(華厳経に基づく成道直後の仏)」です。
また、「大日経」に忠実なチベットの胎蔵界曼荼羅は、上下左右が対称(90度の回転対象)ですが、空海が招来したものは、三尊形式を残していて上下と左右が異なります。

一方、「金剛頂経」に基づく「金剛界曼荼羅」は、密教で始めて五部の体系化がなされたものです。
三十七尊を中心とし、陀羅尼をその三昧耶形の尊格、明王を憤怒形の尊格、変化観音を蓮華部菩薩形の尊格として体系化しています。
また、三曼荼羅に羯磨曼荼羅を加えた四曼荼羅となります。
羯磨曼荼羅は菩薩を供養天女の姿で描きます。

四曼荼羅を構成するのは、形像(身体の姿)、印(象徴)、字(種子真言)、威儀事業(以上の三種に備わる働き)です。
「大日経」は、これらを「秘密身」と表現します。

 (曼荼羅)  (相)  (秘密身)(三密)
・大曼荼羅  :形像  =大曼荼羅身:意密
・三昧耶曼荼羅:印・標識=三昧耶身 :身密
・種子曼荼羅 :字   =法曼荼羅身:語密
・羯磨曼荼羅 :威儀事業=羯磨身

空海が招来した金剛界の曼荼羅は5種ありますが、その中の「九会曼荼羅」の現在伝わるものは、以下のような九会の曼荼羅を3×3に配置したものです。

・成身会 :大曼荼羅
・三昧耶会:三昧耶曼荼羅
・微細会 :法曼荼羅
・供養会 :羯磨曼荼羅(象徴で供養と表現)
・四印会 :形像が五仏のみの簡略形
・一印会 :形像が大日如来のみの簡略形
・理趣会 :金剛薩埵を主尊として理趣経を表現
・降三世羯磨会 :降三世品の曼荼羅
・降三世三昧耶会:降三世品の三昧耶曼荼羅

九会の曼荼羅の配置は、上記の順に、中心の「成身会」から下に降りて右回りに右下の「降三世三昧耶界」に至る方向で下向を、反対の方向で向上(修行による悟りへの過程)を意味するとされます。
この上の4つの配置は、空海による独創のようです。


空海の「十住心論」などによれば、両界曼荼羅には、次のような対照性があります。

・胎蔵界:理:本覚:即身:自身の数量の証悟
・金剛界:智:初覚:成仏:自心の源底の覚知

一般に、日本では、慈悲の展開としての胎蔵界を女性原理、金剛界を男性原理として捉えます。
ですが、インド密教の考えでは、逆で、慈悲・方便は能動的が男性原理(仏)、智恵は静的な女性原理(仏母)とされます。


曼荼羅は、高野山や東寺に表現されています。

高野山には、両界に対応する二塔の仏塔があり、それぞれに5仏が配置されています。

一方、東寺の講堂には、「金剛界曼荼羅」を再現していますが、諸尊をそのままに配置せず、中央に如来、右に五菩薩、左に五明王を配置しています。
拝観者から見やすくしたからかもしれませんが、空海が、曼荼羅の構造そのものをさほど重視していなかったからかもしれません。


<両界曼荼羅の行法>

真言宗の主要は行法は、「十八道」としてまとめられています。
これは恵果の口説による18の印明に基づいています。

これは基本的に、仏を招いて供養し、送り返すもので、次の9段階にまとめられています。
「荘厳行者法(護身法)」、「普賢行願法」、「結界法」、「荘厳道場法」、「勧請法」、「結護法」、「供養法」、「念誦法」、「後供方便法」、です。
この「念誦法」の時に、「本尊加持」や「入我我入観」などの仏との一体化を行います。

両界曼荼羅には、複雑な次第の行法があり、三密加持を行じます。

「金剛界曼荼羅」の中心的な行法としては、「成身加持分」で「五相成身観」を行じます。
また、「供養讃嘆分」では大日如来となって三十七尊の三昧に入ります。

この時、身密としては「入我我入観」を行じます。

語密としては「正念誦」で阿・鎫・吽の三身の種子、本尊の真言を念誦しますが、この時、真言が口から出て法界に遍じて、自他の業障を破ると観想しながら108回行います。

意密としては「字輪観」で、心月輪中(球体)に阿字を中心に四字を観じ、また、阿字より万物が生じて帰す、阿字が息として入り心月輪の阿字となり、宇宙に展開して、万象の息と一つになって阿字となり、息として鼻から出る、と観じます。

一方、「胎蔵界曼荼羅」の中心的な行法は、「念誦修習分」で、身密として「入我我入観」ではなく「入本尊観」を行じます。
この時、法界定印(胎蔵界と一体に)、大日剣印(五仏・五智の宝冠を頂く)、無所不至印(福智の集積、六大・四曼荼羅・三密を蔵する)を行じます。

語密としては「正念誦」は、五つの種子で行う以外は、「金剛界曼荼羅」の行法と同じです。

意密の「字輪観」では、九重の満月輪を心内に観じますが、これは中台八派の九尊に対応し、九識を積み上げて如意宝珠の形にします。


<密教錬金術と水銀薬の可能性>

空海を高く評価した嵯峨天皇は、不老長寿や錬丹術に興味を持っていました。
天皇は、この分野でも空海に期待したものがあったのかもしれません。

「大日経」を初めとしていくつかの密教経典には隠語で錬金術が説かれているという説があります。
錬金術は世界的に隠語で記されますし、仏教経典は性ヨガについては隠語で記しています。

「虚空蔵求聞持法」にも、銅器の中でいくつか材料を撹拌して神薬を得てこれを飲めば聞持(記憶力)を得ると書かれていて、錬金術、あるいは煉丹術を表現しているように読めます。
ヒンドゥー教では、シヴァ神が錬金術の主宰神ですが、仏教では虚空蔵菩薩がこれに相当するとする説があります。

錬金術ではなくても、仏教医学やヒンドゥー教のシッダ医学では、水銀を薬の素材として使います。

高野山は鉱脈地帯で、銅や水銀が多く取れます。
高野山の北西には丹生都比売神社(総本社)があり、金剛峯寺を建立するにあたって丹生都比売が勧請されました。
丹生都姫は水銀の女神です。


*「空海の思想」に続きます。

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