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イシス秘儀とセラピス秘儀 [ヘレニズム・ローマ]

<秘儀宗教の普遍化>

秘儀宗教は、「秘儀神話とは」で書いたように、主に神の「死と再生」というテーマの神話を演劇的・儀式的に再現し、それを信者に体験させることで、死後の祝福、神的生を約束する宗教です。

ヘレニズム・ローマ期には、各地の秘儀的な宗教が、その地域性を脱して、普遍宗教化していく動きが起こりました。
具体的には、カルデアン・マギの階層的な宇宙像と死後観を受け入れて、従来の神話の解釈を変容させていきました。

つまり、人間の霊魂の神的な部分は、天上の神の世界から、7惑星に対応する7重の魂をまとって、地上に墜ちてきたと考えるようになりました。
そのため、死者の魂は、従来の死後観のように地下冥界へ下降するのではなく、天に向かって上昇します。
具体的には下記のイシス秘儀の部分を参照してください。

これに伴い、神々は、特定の自然の循環を司る存在から、それらを含む惑星神や天上の神として、宇宙的な存在となりました。


BC205年にローマがポエニ戦争に負けた時、アポロン神殿でフリギア起源の女神キュベレだけがローマを救う、との神託下り、すぐさまフリギアからキュベレがローマに呼ばれました。

キュベレ秘儀は、ディオニュソス秘儀に似て、牡牛を殺したの血を神官が浴び、聖餐ではその血を飲み、また、男根を切り取って女神に捧げるような、荒々しく狂気に満ちたものでした。

これが1つの契機にもなって、オリエントの他の女神の信仰や秘儀が、ローマ領の各地に広がっていきました。
中でも有力なのは、キュベレ秘儀より洗練された、イシス秘儀、ミトラス秘儀、セラピス秘儀などです。

セラピス神はアレキサンドリアのプトレマイオス朝の国家神で、その秘儀はエジプトの秘儀とエレウシス秘儀を統合するような内容でした。
セラピス秘儀の元になったエジプト起源のイシス秘儀は、1C初頭にローマに、到達しました。

イラン系起源のミトラス秘儀は、トルコ、シリアで1~2Cに成立し、ギリシャを通ってイタリア上陸し、キリスト教最大の競争相手となりました。
ミトラス秘儀は、啓示宗教・救済神話が秘儀化したという特徴があります。
ミトラス秘儀に関しては、「ミトラス秘儀と12星座神話」で扱っています。


<イシス秘儀>

エジプト起源のイシス神はローマ世界で最も広く崇拝された女神です。
ヘレニズム・ローマの文化的中心のアレキサンドリアを経由して、イシスは普遍性のある女神になりました。
イシスは、キュベレやデルメルよりも優和な性質であることからも、広く受け入れられました。

イシスは、エジプト名は「アセト(=座席)」で、穀物やナイルの水を受け止める大地の母神です。
ナイルの増水と太陽の上昇を告げるシリウスの女神でもあり、復活の魔術の神です。

また、その夫のオシリスは、エジプト名「ウシール」で、エジプトの神の中でも最も幅広く信仰されていた神です。
オシリスは、農業とともにシリアから来た、死して復活する神です。
穀物神であり精子としてナイルに水をもたらす豊穰神であり、冥界神です。

そして、二人の子であるホルスは、鷹神であり天空神であり、また地平線を昇降する太陽神でもありました。
豊穰神でもあって、砂漠と不毛の神セトと対立しています。


イシス秘儀のベースになっているのは、次のようなオシリスの神話です。
これは、ギリシャの作家プルタルコスが『イシスとオシリス』で紹介したヴァージョンです。

エジプト王になったオシリスが悪神セトに殺して遺体を14に切り刻んでバラバラに撒いてしまうが、妹で妻のイシスが遺体を集めて復活させた、だが、男根部分は魚に食われてしまっていたので現世に戻ることができず、冥界の王になった。
また、イシスは魔法によってオシリスの子の鷹神のホルスを生み、ホルスがセトを負かし、オシリスの後継者となった。

このプルタルコス版のイシスには、デルメルの神話と類似した部分があり、その影響を受けたものと推測されます。 

オシリスの死と再生は、季節循環の神話としては、「穀物神の死と再生」、あるいは穀物に生命をもたらす「ナイル川の水かさの増減」を表現します。
秘儀宗教としてのイシス秘儀では、オシリスの死は人間の霊魂の神性の死を象徴し、ホルスはその復活する神性を象徴します。

アプレイウスによれば、イシスの姿は次のように描写されます。
イシスは豊かな長い巻き毛を持ち、額の上に輝く月をつけて、毒蛇と小麦の穂をつけた様々な花の冠をかぶり、様々な色に変化する衣服を着て、満月と星々をつけた黒いローブをかけています。
そして、右手にはシストラムという音を出す玩具を持って、左手からは舟形の長方形の容器をぶらさげ、シュロの樹の葉で織った靴を履いています。

この他にも様々な姿のイシスが考えられましたが、その姿はヘレニズムの女神としての様々な象徴性を示しています。

isis.JPG


イシス=オシリスの公の祭儀には、「イシスの船」と呼ばれる春に行われる航海の始まりを知られるものと、「インヴェンティオ」と呼ばれる秋に行われるオシリスの死と復活を演じる演劇的な儀礼がありました。
後者では、オシリスの死を象徴して穀物の束を切り取ったり、復活を象徴して倒してあった「ジェド柱(穀物の束を盛ったもので、日本の稲叢に相当します)」を立てるといった儀礼が行われたと思われます。

これらとは別に個人的なイニシエーションの秘儀が3段階で構成されていました。
それは「イシス小秘儀」と「オシリスの大秘儀」、そしておそらく「奥義秘儀」と呼ばれました。

イシスの祭りでは動物を犠牲にせずに、乳、蜂蜜、薬草が選ばれました。
それに、肉食や飲酒も禁止されました。
このことは、キュベレやディオニュソスの秘儀の荒々しく熱狂的な性質とは異なって、イシス秘儀が洗練され瞑想的な性質を持っていることを示しています。

秘儀の具体的な部分はほとんど分かっていません。
ですが、イシスの秘儀参入を扱ったアプレイウス『黄金のロバ』に記述があります。

これによれば、イシスの「小秘儀」では、秘儀参入者はまず10日間肉食と飲酒を避けます。
そして、新しい麻の服を着て冥界のプロセルピナの神殿を模した地下の部屋に降りて行きます。

次に、月下の煉獄である4大元素の領域を通過して浄化されます。
従来、地下世界で経験すると考えらた様々な試練、つまり煉獄の体験は、4大原素でできている天球の下、「月下の天空」に移されたのです。

次に、参入者は順に7惑星の神々の部屋に昇って行きます。
つまり、魂の様々な性質を7惑星に返しながら天球を上昇していくのです。

そして、おそらく明るい部屋に入って自らをオシリスあるいはホルスと同一視します。

このカルデア的な天球を上昇する過程は、古代エジプト的な、太陽が地下を通る過程と重ねられているようです。
そのため、この部分は「真夜中の太陽を見る」と表現されています。
これは、人間の肉体の中に落ちた魂を、地下の太陽として認識するのでしょう。

そして次の朝、参入者は、12宮を象徴する12の法衣を着てシュロの葉の花冠をいだき、イシス像と司祭の前に立ちます。
この姿は復活するオシリス=ホルス、あるいはイシスの象徴です。
これは、従来の天国、オシリスやラーの元に至ることが、天球の最上部の「恒星天」に移されたのでしょう。

こうして入会者は完全に浄化された魂として再生するのです。

このように、従来の「冥界下り」は「地上への下降」、従来の「地上への復帰」は「天上への復帰」の象徴になったのです。

参入者は1年後にオシリスの「大秘儀」を受けます。
さらに3つめのイニシエーションである「奥義秘儀」がありますが、これらについては不明です。

「小秘儀」は、恒星天にまで至る演劇的な象徴的行為による儀礼ですが、「大秘儀」や「奥義秘儀」は、恒星天を通り抜けた神の世界に至ることがテーマとしたり、より直接的な瞑想的トリップ体験が求められたのかもしれません。
言い伝えによると、参入者は3日間に渡って仮死状態となって実際に魂世界、霊的世界を体験したと言われています。


<セラピス秘儀>

セラピス神はアレキサンドリアのプトレマイオス朝の国家神で、エジプト名は「アサル・ハピ」です。
その秘儀はエジプトの秘儀に通したエジプト人神官のアネトとエレウシス秘儀に通じたギリシャ人のティモテウスが作成しました。
セラピス神の信仰は、ギリシャ、ローマにも広がりました。

ヘルメス文書の作成者の多くは、セラピス神殿の神官たちである可能性があり、セラピス秘儀とヘスメス主義には共通する世界観があったはずです。

セラピス神は、エジプトとギリシャの宗教の習合を表現しています。
彼は、オシリスの化身である聖牛アピスが再擬人化された神格で、ゼウスやプルート、アスクレピウスの性質も習合した最強の神です。
ですから、豊穣と冥界の神であり、治療と夢占いの神であり、また、太陽神でもありました。

セラピス神は、男性的な強さと女性的な優しさを合わせ持ち、表情は物思いに沈み、髪の毛は女性的な結い方をしています。
ナイル鰐に乗り、頭に載せた穀物の籠はナイルの豊穣を表現します。
左手に持つ尺はナイルの水位を測るためのもので、右手に持つオオカミ、ライオン、甘える犬の3頭は過去・現在・未来を、それに巻き付く蛇は時を表現します。
左右に鷲と冥界の番犬ケルベロスが付き添う場合もあります。

serapis.JPG


セラピス神の秘儀については、まったく記録が残されていません。
ですが、イシス秘儀やエレウシス秘儀と似た象徴と物語があり、ヘルメス主義的な世界観を表現するものだったと思われます。

セラピス神殿は、385年のテシオドス帝が出した勅令によって、キリスト教徒によって破壊され、70万巻の蔵書を誇った大図書館も焼かれました。


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プロクロスの三性と帰還 [ヘレニズム・ローマ]

プロクロスの階層と系列」に続いて、プロクロスの哲学について、「三性」と「帰還」をテーマにまとめます。
そして最後に、プロクロスの後を継いてアカデメイアの最後の学長となったダマキオスについて紹介します。


<三性>

プロクロスはプロティノスの流出の思想を3つの原理「三性(トリアス)」として理論化しました。

まず、一者が生み出したものには一者が内在するので同じ(あるいは類似した)性質を持っていることが「止留」です。
次に、生み出されたものが、一者に劣って相違することが「流出(発出)」です。
最後に、一者から生み出されたものが、一者を振り向き、形成され完成されることが「帰還」です。

「止留」は「有」、「流出」は「生命」、「帰還」は「知性」に対応します。

この「三性」はキリスト教の「三位一体」に相当する新プラトン主義の大原理とされました。
また、この「三性」はヘーゲルの弁証法にも影響を与えました。 
 

<帰還>

プロクロスはプロティノスとは違って、人間の個別的霊魂は全体として物質世界に下降していて、ヌースの世界に残っている部分はないと考えていました。
これは、イアンブリコスを継承するものです。

プロクロスにとって一者へと至る道は、プロティノスのそれと似ていますが少し異なるところもあります。
彼はその過程を3つに分けました。

まず、肉体的、社会的な欲望を捨てて魂の美を求める「エロース」。
次に、数学的思考や弁証法、ヌースによる純粋思考などによって真理を求めて有にまで至る「哲学的生活」。
最後が、一者との合一に至る「信仰」です。プロクロスはキリスト教と同じく一者からの照明を強調します。
 
また、プロクロスは哲学的な観照の道だけでなく、神の力を地上に降ろす魔術的方法である「降神術」をも重視していました。
霊魂よりも低い動植物が、高い存在と関係しているという構造は、動植物を使う魔術を正当化するを論理をも提供したのです。
 

<ダマキオス>

ダマキオスは、462年頃にシリアで生まれ、アレキサンドリアを経て、アテナイに移りました。
彼は、プロクロスの後を継いでアカデメイアの学長になったのですが、プロクロスよりも、イアンブリコスを評価しました。

ダマキオスは、イアンブリコスを継承して、「第一原理」を「一者」とは別に、それより上に置きます。
「第一原理」は、属性を持たない最も単純なものとされ、「ヌース」には認識可能とも不可能とも言ず、予感することしかできまえせん。

そして、「一者」の下に、下のような3原理を置きますが、これらは、同じ存在の3側面です。

・一にして全体 :「限定」に当たるもの
・全体にしてい一:「無限」に当たるもの
・一になったもの:「混合」、「帰還」に当たるもの

また、ダマキオスには、不可知論的なところがあり、彼が行う哲学的な説明も、仮のものでしかないと考えました。

また、ダマキオスには、「第一原理」と世界との関係について、「展開」、「包み込み」という概念があります。
これらは、中世・ルネサンスのキリスト教神学や、スピノザ、そして、現代のジル・ドゥルーズにも影響を与えました。

ドゥルーズによれば、これらの概念は、流出論的というより、汎神論的、内在論的な思想を表現しています。
つまり、彼によれば、これらの概念は、階層的な垂直的な関係を表現するものではなく、ベルグソン的な強度の深さ・奥行きの関係を表現するものなのです。
同様に、プロクロスの系列の関係も、垂直的な関係ではなく、深さ・奥行きの関係の表現であると解釈することができるのではないでしょうか。


<アカデメイアの閉鎖>

529年に、ユスティニアヌス帝によってキリスト教以外の宗教や哲学が禁止され、それをきっかけにして、プラトンの創設以来のアカデメイアも閉鎖に追い込まれていきました。
こうして、ヨーロッパ世界(ローマ世界)では純粋な哲学的探究と神秘主義的な古代思想が一旦、終わりを告げたのです。

哲学的探究はイスラム世界に受け継がれましたが、ヨーロッパ世界ではキリスト教神学という形でしか生き残りませんでした。
ヨーロッパ世界で哲学的探究と古代思想が本格的に復活するには、ルネサンス時代を待たないといけません。


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プロクロスの階層と系列 [ヘレニズム・ローマ]

プロティノス以降の新プラトン主義者の中でも特に重要なのは、ビザンチンで生まれ、アレキサンドリアからアテナイに行き、プラトンの学園アカデメイアの学頭になった5世紀の哲学者プロクロス(412-485)です。
彼はプロティノスの哲学や他の新プラトン主義者の哲学を、精密かつ総合的に体系化して、後世に大きな影響を与えました。
プロクロスの階層の考え方で興味深いのは、上下対象の関係があることです。


<階層>

プロクロスは、イアンブリコスが「一者」のさらに上に存在を置いたことを否定しました。

ですが、イアンブリコスの、「有(存在)」、「生命」、「知性(ヌース)」という順の階層を継承しました。
これは、プロティノスでは、「ヌース」の3側面、「認識対象」、「認識作用(活動)」、「認識主体」に当たるものです。
これらが、プロクロスにおいては、「可知的なもの」、「知性的なもの」、「可知的で知性的なもの」と表現され、「ヌース」の3階層となります。
 
また、「魂」に関しては、大きく「神的霊魂」、「鬼神的霊魂」、「人間霊魂」の3つに分けます。

そして、さらに「神的霊魂」を「宇宙霊(純粋霊魂)」、「世界霊魂」、「天体霊魂」、「月下の神々の霊魂」の4つに分けます。
「鬼神的霊魂」は「天使霊魂」、「鬼神霊魂」、「半神霊魂」の3つに分けます。

動植物は「魂」を持たず、「魂」の似像しか持たないとしました。
つまり、プロクロスにとっては「魂」と言えるのは「理性的」段階以上だったのです。

また、プロクロスは、霊魂が地上に降りるには、順次に2つの霊体を身につけると考えました。
1つ目は「輝く霊体」、2つめは「暗い霊体」です。
後世に、前者は「アストラル体」、後者は「エーテル」体と呼ばれるようになりました。


<階層の上下対称性>

最初に書いたように、プロクロスの階層で興味深いのは、上下が対象の関係にあることです。

霊的知性界では上の存在ほど単純で、物質界では下の存在ほど単純なのです。
そして、ある階層の存在はその1つ上の存在から影響を受けるだけではなくて、上下対象の関係にある下の存在は上の存在からも影響を受けるのです。

「一者」は形・性質を持たない点で「純粋素材」と同じで、「純粋素材」は「一者」からも直接生み出されます。
「無生物」は「有」と同様に単に存在して認識される対象となるという性質のみを持っています。
「植物」と「生命」はこれに加えて成長するという性質を持っています。
「動物」と「霊的知性」はこれに加えて非理性的(直観的あるいは直感的)な思考を行うという性質を持っています。
「魂」は中間にあって、物質的世界と霊的世界の両方に向き合うことができて、理性的な思考を行う存在です。

この上下の対象性は、ルドルフ・シュタイナーの思想に影響を与えました。

proc_hiera.jpg

<系列と神々の体系>

また、プロクロスは同じ階層内でも「一」から「多」へと展開する系列構造を考えました。
この系列構造は、「一者」の階層にも存在します。

プロクロスは、各階層内の構造に関して、「分有」という概念を独自な形で用いて考えます。
「分有」の観点から、次のように、存在を4つに分けます。

1 分有されないもの
2 分離した形で分有されるもの
3 分離せずに分有されるもの
4 分有するもの

1は、その階層の存在すべてに共通する部分であり、各階層の筆頭的存在であり、「第一のもの(単位的なもの、ヘー・モナス)」と呼びます。
「第一のもの」は特別な存在で、その階層では、最も上位の階層の性質を反映します。

2は、1から発する「多なるもの」であり、「系列」と呼びます。
「多なるもの」は、「限定」と「無限」から合成された「混合されたもの」で、それぞれで「限定」と「無限」の優勢具合が異なります。
「一者」の階層では「単一者(複数形のヘナデス)」と呼ばれ、最高次元の神々に相当します。

3は、下位の階層に内在して力として発現されるものです。

4は、内在させる下位の階層の存在です。

また、「多なるもの(混合されたもの)」には、「限(形・性質)」の優勢なものと、「無限(素材性)」の優勢なものがあります。
「第一のもの」だけでなく、先頭に近いもの(限の優勢なもの、より深層なもの)ほど、上位の階層の性質を反映します。

proc_kuyuki.jpg


プロクロスはヘルメス主義的な傾向、つまり、多神教的で魔術的な伝統にも親しんでいました。
当時支配的になったキリスト教に対しては、哲学も秘儀宗教もギリシャ神話もヘルメス主義も同じ伝統的な思想に属していたのです。

ですからプロクロスは、伝統的な神々の存在を認め、神々を哲学的に体系化しました。
彼は、神々を、様々な階層に渡る14の序列に分類しました。

「一者」の階層の「単一者(ヘナデス)」は、神々が最高の次元においてとる姿と解釈したのですが、神々が様々な性質を持っているように、「単一者」も「父/生産/完全/守護/生命/高めるもの/浄化/制作/帰還」などの性質を持っています。

このプロクロスの神々の階層的な体系は、3×3の構造を含んでおり、偽ディオニシオスのキリスト教天使論にも影響を与えました。


プロクロスの三性と帰還」に続きます。


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イアンブリコスと降神術 [ヘレニズム・ローマ]

イアンブリコスは『カルデア人の神託』などのズルワン主義=カルデア神学やヘルメス主義に大きく傾倒して、高等魔術としての降神術(テウルギア)を理論的に擁護し、新プラトン主義の潮流を大きく変えました。


<ポリピュリオス>

新プラトン主義は、プロティノスからポリピュリオスへ、そして、イアンブリコスへという師弟関係で継承されました。

ポリピュリオスは基本的にプロティノスの哲学をそのまま継承しました。
ですが、異なる部分もあります。

「ヌース」に関して、プロティノスは、「認識対象」、「認識主体」、「認識作用」という3つの側面を語り、あるいは、「存在」、「知性(ヌース)」、「生命」という3つの側面を語ることもありました。
ですが、ポリピュリオスは、「存在」、「知性(ヌース)」、「生命」の3つを、はっきりと原理的に区別しました。
これは、「カルデア人の神託」の「父/力/知性」の3存在の影響を受けたものかもしれません。

また、「魂」に関しては、プロティノスが神々、人間、動物の魂を同質なものと考え、人間が動物に転生することも認めたのに対して、ポリピュリオスはそれぞれの魂の違いを主張しました。
そして、全体魂と個別魂の区別も主張しました。

 
<イアンブリコスの哲学>

イアンブリコスは、「一者」と区別して、さらに上に「語りえざるもの」を想定していたようです。

また、彼は、「一者」の下に「限定」、「無限」の2原理を置きました。
この「無限」は、産出力を持つ存在であり、存在の各階層に受け継がれます。

イアンブリコスは、「ヌース」に関して、「存在」、「生命」、「知性」という順番に階層化して考えました。

また、彼は、「魂」と「ヌース」の階層の違いを厳密に考えました。
ですから、彼は、プロティノスが主張した、人間の「魂」の一部が叡智界にとどまっていることを否定しました。
そして、「魂」は「感性界」に下降することで、全体が本質的に変化したと考えました。

また、イアンブリコスは、プラトンの太陽の比喩を継承しながら、それを光の神学へと発展させました。
ここにはペルシャ、カルデアの神学の影響もあるでしょう。
神の光は「一」であり、神々は外からすべてのものを照らし包みます。

イアンブリコスの存在の階層は、「神々/大天使/天使/ダイモン/英雄達/惑星魂/魂」と続くものです。
神々の光はこの系列に沿って下降して人間の魂を照らします。


<降神術>

ポリピュリオスは降神術に否定的で、イアンブリコスとの間で降神術の是非に関する論争がありました。
ポリピュリオスが公開質問状を出し、イアンブリコスがこれに エジプト人の名で答えたのが俗に『エジプト人の秘儀について』と呼ばれる書です。
あえてエジプト人の名で答えたのは、新プラトン主義内の分裂を共通の論敵であったキリスト教徒に見せないためでした。

イアンブリコスは『カルデア人の神託』の論理を受けて、降神術は神々の方から自発的に人間の魂を光に照らし、上方に引き上げ、人間自身を超越させて神々と合一させるものだと主張しました。
人間の魂の中に「象徴」として先在している神々が、神名と祈りによって喚起され、秘密のエネルギーを働かせ、神々が固有の像を見い出し、光によって魂を照らすのです。
彼は現実的な力としての「象徴」を降神術のキーワードとして考えたのです。

また、『エジプト人の秘儀について』では、降神術では、神的なしるしによって上空に引き上げられ神々の姿をまとった者が術を行う場合には、人間より上位の存在に命令することもできると書いています。
その一方で、降神術では、「友愛」の関係によって、支配関係がなくされるとも書いています。

そして、イアンブリコスは、言葉は他の言語に翻訳されると、同じ力を持たなくなるとして、神名や呪文などの魔術的な言語の意味を強調しました。
エジプト人やアッシリア人は、神々を分有した最初の民族であり、その言葉は特別なものなのです。

また、彼は、音楽の力をも重視しました。
ピタゴラス以来、音楽は天体の調和を表現したものですが、イアンブリコスは、特定のハーモニーは特定の階層の特定の神々に結びついているとして、魔術的に解釈しました。

降神術による神との合一によって得られる知が「予言術」です。
これは知性による認識に先立つもので、神々の知に直接あずかるものなのです。
そして、神々の照明に反応し、「予言術」として神々の知識を得るのは、知性と感覚の中間に位置する人間の表象能力(創造的な想像力)なのです。

イアンブリコスが神的な想像力を重視したことは歴史的な意味があると思います。
これは後のイスラム哲学と類似する考えで、啓示や預言を理論づけることにもつながります。


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プロティノスの流出と帰還 [ヘレニズム・ローマ]

プロティノスの一者と階層」に続き、「流出」と「帰還」をテーマに、プロティノス哲学をまとめます。
 

<流出>

プロティノスの第2の特徴は、世界が至高存在から段階的に順次一つ下位の存在が上の存在から生み出されるという世界観を、初めて哲学的に体系化したことです。
この世界観はアレキサンドリア思想の特徴でもあります。

プラトンは日常意識から至高意識へと至る神秘体験の上昇のプロセスのみを、霊魂の復帰として語りました。
プロティノスはこれに加えて、至高意識から日常意識へという神秘体験の下降のプロセスを、宇宙生成の諸段階として語り、形而上学的に哲学化したのです。
これはプラトンやアリストテレスが「思索」の結果、宇宙の階層性を形・性質の実現度や普遍性の度合として語ったのとはまったく異なります。

そして、プロティノスは、至高存在である一者が世界を生み出すことを、泉から水が自然に溢れることに喩えて「流出(発出、プロオドス)」と表現しました。
ですから、一者とすべての世界は一体で連続しています。無である一者はその充填する性質から自然に無目的に流出を起こし、無限的な存在からしだいに限定されて宇宙が形成されていきます。
そして、一者は世界に内在して、また逆に、世界の一切は一者を憧れて観照することによってそこに「帰還」します。

ですが、この流出は過去のできごとではなくて、帰還も未来のできごとではありません。
流出と帰還は無時間的に常に起こっているのです。
つまり、プロティノスの宇宙論にはゾロアスター教のような直線的な時間も、ズルワン主義のような循環する時間もなく、宇宙は永遠に存在し続けるのです。

一者は流出による創造を行なっても、一切、不変不動です。
また、一者は下位の存在には無関心です。
これはキリスト教の神が愛(恩恵)によって積極的に下位の存在に関わることと対照的です。
一者に限らず、流出による創造は2段階で行われます。

まず、素材として生み出され、次にその素材が自ら上の存在を「振り返る」ことで形作られます。
この「振り返り」と「帰還」は同じことであり、形作られることなのです。
ですから、素材はそれぞれの段階にあって階層性があることになります。

また、流出されたものは上位の存在と「類似」していて、「似像」と呼ばれます。
そして、生み出された形成された存在は上位の存在を見ることだけで、さらに下位の存在を生み出します。
下位の存在は創造力の点で上位の存在に劣り、最下位の存在である「質料」は何も生まないので、したがって「悪」だとされます。

プロティノスによれば一者からの創造は自然なもので、また、人間の魂が物質界へ下ることも、罪によって堕落した結果ではなくて必然的な過程だとされます。
ですが、魂がヌースに向かわずに身体に縛られてしまうことは悪です。
プロティノスは「魂が父を忘却したのは、最初の差別を立てて、自分を自分だけのものにしようと欲したから」と書いています。
魂は物質界に下ることによって、物質界の不完全さ、ヌースの世界の完全性を認識することができるようになります。
そして、人間は全自然が一者を憧れ目指すことの代表者として、一者に帰還する観照体験によって全自然に満足を与える存在なのです。

<帰還>

プラトン、アリストテレスにとっては、至高存在との合一的体験は、霊的知性(ヌース)の働きである直観的体験でした。
そしてそれは、霊魂が自らのもっとも純粋な本質である霊的知性としての部分に目覚めることでした。
ですが、プロティノスにとっては、一者は霊的知性を超えた存在です。

ですから、一者に帰還する一者との合一的な体験は、霊魂が霊的知性として純粋化するうちに、突然の飛躍によって、霊的知性の働きそのものを消滅させて、自らの外に出ることで体験されるのです。
この飛躍は霊的知性の意識的な努力によるものでもなければ、一者の働きかけによるものでもなく、自然に偶然に起こります。
一者それ自体は常に超越的な状態になるので、下位の存在に思いをこらすような存在ではないのです。
 
プロティノスは一者との合一に至る過程を3つに分けて考えています。
倫理的な行為などの「浄化(準備)」、次が魂本来のヌースの世界を見る「観想(テオリア)」、最後が一者と合一する「忘我(エクスタシス)」です。
 
この魂の合一体験は、「上昇」とも表現されますが、実際に魂がヌースや一者といった上位の存在になるのではありません。
魂はどこまでいっても魂なのです。
ですから、上昇/忘我はあくまでも、魂に内在するヌースや一者が健在化する過程が、そのように体験されるということです。


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プロティノスの一者と階層 [ヘレニズム・ローマ]

プロティノス(205年頃-270年頃)は、先に書いたように、エジプトに生まれ、アレキサンドリアでアンモニオスの弟子となりました。
ペルシャ、インドには行くことはかないませんでしたが、オリエントの様々な神秘思想の影響を受けたと想像されます。

ですが、彼はあくまでも中期プラトンの神秘哲学の継承者として語りました。
そして、スペウシッポスやアルビノスの思想を受け継ぎながら、ギリシャ系神秘主義哲学の古典期における大成者となりました。

彼はプラトンが至高存在について語ることをためらったのと反対に、至高存在について可能なかぎり徹底的に語り、プラトンの秘教的な部分を発展させたのです。
また、アリストテレスの自然神秘主義的側面をも受け継いでいます。

プロティノスの著作は、ポリピュリオスが54篇からなる全集「エンネアデス」として編集しました。


<一者>

プロティノスの第1の特徴は、まず、プラトンの「善イデア」とアリストテレスの「思考の思考」を超えたもの、「ヌース」を超えたものとして「一者(一なるもの、ト・ヘン)」を置きます。
そして、それを「無」として否定的にしか表現できないものとして明確に捉えことです。

プラトンが最もつっこんで至高存在について書いたのは「国家」です。
プラトンはそこで至高存在を「善なるもの」と表現し、実在を越えた存在としました。
つまり、プラトンはここでのみ至高存在を「善のイデア」ではなくて、イデアを越えた「善なるもの」だと語っているのです。
また、「パルメニデス」では「一」を「有(存在)」も持たず、知識の対象にならないものと表現しています。
プロティノスはこれらの記述と不文の教説を受け継いだと言えます。

プロティノスは一者を、たいていは「かのもの」と呼びます。
これは一者が表現しえないものだからです。
彼がそれを「一者」や「善なるもの」と呼ぶのは仮の表現だとも言えます。

彼は、例えば、まずプラトン同様に「善そのもの」と仮定的に言って、すぐに「善でない」、「善を越えた存在」とそれを否定し、最後に「善を越えた善」として再度肯定するような仕方で表現しました。
つまり、プロティノスはプラトンと同様な道を辿りながらプラトンを越えたところまで上昇して、再度下降してくるのです。
これはアルビノスの言う「肯定の道」と「否定の道」を総合するものかもしれません。

また、アリストテレスが至高存在を「思考の思考」として捉えましたが、これは直観的な思考を行う存在と思考される対象の2つが一体になっていると言う意味です。
ですが、プロティノスの一者はこの思考を生み出す原因です。
彼はこれを絶対的に一なる思考として、「絶対思考」とも表現しました。 

アリストテレスが至高存在をあらゆる形・性質が実現したものとしたのに対して、プロティノスの一者は形・性質が存在しない「無(無相)」なのです。
ですが、プロティノスの一者は決して形・性質を受け入れる素材ではなく、それを生み出す存在です。
プロティノスの階層では最上部において形・性質がなくなるのですから、彼の哲学はプラトン、アリストテレスの哲学を受け継ぎながら、彼らにように形・性質を絶対視しないという性質を持っているのです。


<存在の階層>

プロティノスは世界をプラトン同様に霊的知性界と物質界(感性界)の2つに大きく分けました。
そして、霊的知性界は至高存在である「一者」、「霊的知性(ヌース)」、「魂」の3つからなります。 
 
ヌースの世界は、すべての部分がすべてを含んでいて、すべてがすべてに対して透明で明瞭な世界です。
ですから、すべての相手の中に自分を見るような世界なのです。
この世界観はインドから伝わった仏教の「華厳経」の世界観の影響かもしれません。
当時、クシャーナ朝は西方に向けて仏教を積極的に布教していました。

ヌースは全体として一体の存在ですが、その様々な側面を分けて考えることはできます。
 
一者はまず、ヌースを素材的な存在として「流出(発出、プロオドス)」、つまり、自らの中から生み出します。

流出されたヌースは無形で、質料的な存在であり、プラトンの「不定の二」に類した存在です。
知性であるヌースは、「認識(思考)」、あるいは「認識(思考)作用」とも表現されます。
一方、一者はヌースの「原因」であり、「認識(思考)原因」とも表現されます。

この無形のヌースは、すぐに一者の方を「振り向き」、認識して形成されます。
この認識し形成されたヌースは「認識(思考)主体」となります。
一方、一者は「認識対象」でもあるのです。
ヌースが認識対象とするのは一者か、ヌース自身です。

このように、ヌースには「認識主体」、「認識作用」、「認識対象」という3つの側面があります。
ヌースは「認識主体」と「認識対象」が同じで一体なのですが、ここにはある種の分離があるのです。
グノーシス主義が最初の創造を、「認識主体」と「対象(像)」の分離と考えたように、プロティノスも原初の創造を分離として考えています。
 
次に、ヌースは一者を見ることで下位の存在である魂を創造します。
ヌースが魂の世界を創造するという側面から見ると「創造神(デミウルゴス)」と表現され、この創造の模範という側面から見ると「イデア」と表現されます。
そして、霊的知性の世界から生まれて魂を形作るものが「ロゴス」です。
「ロゴス」は生命なき自然にも浸透しますが、特に生命を形作る「ロゴス」をストアの言葉である「種子的ロゴス」で表現します。
 
「魂」にはその本来の場所である霊的知性界に存在したままの清浄な存在で、すべての魂の根源になる「純粋霊魂(全体霊魂)」と、それから生まれて物質界に下降していはいますが、それからほとんど離れていない宇宙全体の魂である「世界霊魂」、そして「純粋霊魂」から離れてしまっている星や人間、動植物のような個的な生物の魂である「個別霊魂」があります。

「純粋霊魂」はヌースとほとんど同次元の存在なので、その女性的側面と考えることもできます。
また、「世界霊魂」と「個別霊魂」は「姉妹」の関係にあると表現されます。
ヌースは「父」とも表現されるので、「純粋霊魂」は「母」と表現できるかもしれません。
ちなみに、彼はギリシャ神話を解釈して、天神ウラノスを「一者」、クロノスを「ヌース」、ゼウスを「世界霊魂」に相当する存在と考えました。
また、ゼウスを「ヌース」、アフロディテを「純粋霊魂」に相当するとしていることもあります。

また、プロティノスは魂は単純に下位の存在ほど劣るというわけではなく、下位の存在はその分、宇宙的な法則に従っていると考えました。
例えば、植物魂は世界霊魂から直接生まれるのです。
 
人間の「魂」に関しては、プロティノスは、新プラトン主義の伝統にさからって、霊魂の一部は常に霊的知性界に残っていると考えました。
ここには、霊魂の本質は宇宙の外の神の世界にあるとしたグノーシス主義の影響があるかもしれません。
また、人間の魂は死後に霊的知性界に戻りますが、普通の人間の魂は、因果の法則によってまた物質界に生まれ変わります。
 
このように魂の上部は霊的知性界に留まり、下部は物質界に下って、上の向いてはヌースを観照し、下を向いては質料に生命を与えて支配します。
物質界を生むので魂の中の最下部にあたる「植物魂」です。
「植物魂」はまず、暗黒の無形の物質世界を生み、2度目にこれを見て形を与えてその中に入ります。
通常は下位の存在が上位の存在を振り返るのですが、存在の最下位である質料にはこれができないので、「植物魂」が見るのです。
 
物質的な自然は形を持たない最下位の存在である「質料」から構成されます。
「質料」もまた形の一つでもあるのですが。プロティノスは「素材」や自然を、非物体的、非存在と考えました。
「質料」は魂が働くための単なる「場所」、魂を移す「鏡」のような存在と考えました。「質料」は「闇」のようで、「悪」なのです。
つまり、至高存在(形・性質)と素材、という2元論的な見方や、ペルシャの思想やグノーシス主義が考えるような実体としての悪の存在をも否定した、徹底的な一元論なのです。

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プロティノスの流出と帰還」に続きます。


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新プラトン主義 [ヘレニズム・ローマ]

「新プラトン主義」は古代哲学の最後を飾る哲学で、ギリシャの神秘主義的な哲学の大成された形を示しています。
そして、中世以降のイスラム世界や西欧世界の神智学、神学、哲学に大きな影響を残しました。

「新プラトン主義」という呼び名は後世の学者によるもので、アレキサンドリア、シリア、ローマ、アテナイなど各地で約300年に渡る活動を総称したものなので、その思想内容は様々です。

新プラトン主義は、異教哲学を否定する529年のユスティニアヌス帝の勅令を機に、衰退しました。

新プラトン主義は、アレキサンドリアの神智学者アンモニオス・サッカス(175年頃243年頃)に始まります。
「サッカス」という名前は、5Cの文献に初めて現れるもので、「粗衣をまとう」という意味だとされますが、サカ族の出身者ということを示しているという説もあります。
サカはペルシャ系の遊牧民族で、2-5Cには西北インドに王朝を立てました。
ですから、彼のバックボーンにはペルシャやインド思想があったかもしれません。
彼は著書を残しませんでしたが、プラトンとエジプト神学の影響を受けたようです。
先に書いたように、「神智学」という言葉を使い始めたのは、アンモニオス・サッカスの一派です。

新プラトン主義を代表する神智学的な哲学者のプロティノスは、エジプト内陸部に生まれ、アレキサンドリアでアンモニオスの弟子となり、ペルシャとインドに行こうとしてペルシャヘの遠征軍に参加しましたが、これを果たせず、その後ローマで活動しました。
もしペルシャに渡っていると、マニとの歴史的な出会いを果たしていたかもしれません。
抽象的思考に長けた哲学的神智学の天才プロティノスと、神話的思考に長けた啓示宗教的神智学の天才マニが出会っていると、神智学の歴史は大きく変わっていたでしょう。

プロティノスの弟子のポリピュリオスはシリアで生まれ、ローマでプロティノスの弟子となりました。
また、ポリピュリオスの弟子イアンブリコスはシリアで活動しました。
新プラトン主義の最後の大哲学者プロクロスはビザンティンで生まれ、アテナイで活動しました。
そして、アテナイのアカデメイア最後の学長のダマキオスは、シリアで生まれ、アレキサンドリアを経て、アテナイに移りました。

プロティノスは純粋な哲学者で、プラトン的な観照と抽象的な思考を重視しました。
ですが、他の多くの新プラトン主義者、特にイアンブリコス以降はズルワン主義やヘルメス主義の影響を強く受けて、プラトンの著作と共に『カルデア人の神託』を聖典していました。
彼ら自身は自分達の思想をプラトン神学というよりもカルデア神学だと考えていたかもしれません。
彼らは秘儀の伝授を受け、降神術(高等魔術)も重視していました。


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マニ教 [ヘレニズム・ローマ]

マニ教はバビロニア生まれのマニが3Cに興した宗教で、ズルワン主義=ミスラ教のヘレニズム的形態です。
マニ教については、姉妹サイト「神話と秘儀」の「マニ教とオフルマズドの犠牲」も参照してください。

「マニ」という言葉もミスラに由来します。
一般に、グノーシス主義のイラン的形態と言われていますが、マニ教は世界を悪神によって創造とされたと考えませんので、グノーシス主義とは言えません。
ですが、世界が悪魔の死体から作られたという点では、現世否定的で、グノーシス主義的傾向があるとは言えるでしょう。

また、マニ教にはミトラ教、キリスト教、仏教、グノーシス主義などを取り入てた折衷的な宗教で、神格を固有名詞ではなく普通名詞で表現して世界各地で布教しました。
後の節、章でも触れるように、マニ教はユーラシア的規模で、特に中央アジアから中国まで、東方世界で大きな影響を残しました。

マニ教の神話については、姉妹サイト「神話と秘儀」の「マニ教とオフルマズドの犠牲」をお読みください。
この項ではそれとは別に、神智学的観点から紹介しましょう。

まず、マニ教はズルワン主義やマズダ教とは違って、原初に善悪の2つの原理「偉大な父/闇の王」を立てるので、「絶対的2元論」だと言えます。

光の国の「偉大な父」の回りには、5つのシェキナー(光輝・住居)である「知性/知識/思考/思慮/決心(あるいは柔和/奥義/洞察)」がいます。
これらはゾロアスター教のアムシャ・スプンタの相当する大天使的存在で、これらは光の国の大気を形成しています。そして、光の国の大地は光の5元素である「空気/風/光/水/火」で構成されています。

一方、闇の国の「闇の王」の回りには、5つのアイオーン(悪霊)であり闇の大地を構成するや闇の5元素である「煙/火/風/水/闇(あるいは霜/熱風)」がいます。
その後生まれる宇宙はこの光と闇の5元素の混合体です。
このように、ロゴスやイデアの有無ではなく、元素まですべてを善悪の2つの原理で考える点がマニ教の絶対的2元論の特徴です。

ズルワンに相当する「偉大なる父」は、アナーヒターやソフィアに相当する「生命の母」を、そして、息子でアフラマズダやミスラ、ロゴスに相当する「原人間」を、次に5大元素の大天使に相当する「5人の息子」を生み出します。

「原人間」は「5人の息子」をにして、「闇の王」とその「5人の息子」と戦い、まるで毒を盛るように、自ら彼らに食われます。
つまり、「原人間」やそれから生まれる霊魂は、堕落によるのではなく、自ら悪を克服するために悪の中に身を落としたとする点がマニ教の大きな特徴です。

「偉大なる父」は、「原人間」達を救済するミスラに相当する「光の友」、「偉大な建築者」、「生ける霊」を生みます。この3者にはほぼ共に働くので、一体の存在とも考えられます。
宇宙は闇の中に残った光を分離するための機械として、悪のアルコーン達の遺体から作られます。
宇宙はゾロアスター教のように悪を閉じ込めて撃退する「牢獄」ではなく、光の「分離器」なのです。太陽と月は分離した光の集積所です。

また、12宮の霊である「12人の処女」は抽象的に「王権/知恵/勝利/確信/廉直/真理/信心/寛容/正直/善行/正義/光」と呼ばれます。
そして、宇宙には10天と8地があります。

次にやはりミスラに相当する「第3の使者」が生み出され、彼が宇宙を働かしま悪魔達の情欲を刺激して光を回収しますが、悪達は光の回収を防ぐために光を人間に集めて欲を植え付けます。
つまり、人間が生殖によって子孫を残すことは、光を奪われないための悪魔の陰謀なのです。
この考え方にも徹底的な現世否定主義的な絶対的2元論があります。

次に「輝くイエス」が人間に対する啓示者として現れます。
彼は、「偉大なる父」からの使者であると同時に、「闇」の中に堕ちた「光」の人格化でもあって、「原人間」の受苦の象徴でもあるのです。
その後に現れたマニ自身は、キリスト教のヨハネ福音書に語られる「救いの霊」、「真理の霊」だと考えました。そして、終末には「光の狩人(大いなる思考)」が最終的な救済者としてやってきます。

(マニ教の神格の展開)
偉大なる父
生命の母/原人間/5人の息子
光の友/偉大なる建築者/生ける霊
第3の使者/12の処女
輝くイエス
真理の霊・救いの霊
光の狩人(大いなる思考)

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カルデア人の神託 [ヘレニズム・ローマ]

ズルワン主義のヘレニズム的形態として、2C後半にトルコで生まれたのが『カルデア人の神託(カルデアン・オラクル)』です。
この書はゾロアスターがミスラから得た知識という形式で、ユリアノスが降神術による啓示によって書きました。
原本自体は失われてしまいましたが、後期の新プラトン主義者によって聖典とされたために、彼らの解説などによってその内容が伝えられています。

その内容はヘレニズム独特の折衷主義的なもので、ズルワン主義の他にプラトン主義、グノーシス主義、ヘルメス主義などの影響を感じさせます。
そして特徴的なのは、降神術/高等魔術に関して体系的に述べた最古の書であることです。

『カルデア人の神託』によれば、至高存在は「父=深淵=始原=知=一者=善」と呼ばれ、これが「父/力/知性」という3つの存在に展開して現れます。
「力」は女性的存在で「父」と「知性」を媒介します。
「知性」は「父=知」に対する第2の知性で、イデアに基づいて世界を形成する創造神(デミウルゴス)です。
これらはぞれぞれズルワン主義の「両性具有のズルワン」/「父ズルワン/アナーヒター/ミスラ」に相当します。

世界は直観的知性による「浄火界」、天球に相当する「アイテール界」、物質的世界である「月下界」の3つから構成されています。
そして、それぞれは「超宇宙的太陽」、「太陽」、「月」によって支配されています。知的諸階層のそれぞれにはその階層を統合する「結合者」がいます。
また、3つの世界のそれぞれにも「秘儀支配者」がいます。
後者は「超宇宙的太陽」、「太陽」、「月」と同じかその霊的実体です。
そして、「天使」、「ダイモン」、「英雄」が神と普通の人間の間に階層をなして存在して、人間を天上に引き上げる働きをします。

また、「イウンクス」なる道具が魔術に重要な働きをします。
これはうなり音を発するコマのようなもので、そのうなり音を変化させることによって、魔術の目的に合った天上の様々な霊的な力に共鳴してそれを働かせるのです。
「イウンクス」はこの地上の道具であると同時に、天上の存在でもあります。
この天上の「イウンクス」はイデアに相当し、神と地上世界を媒介する存在なのです。

『カルデア人の神託』が述べる魔術は主に神像や人間に神を降ろして、聖化したり質問をしたりすること、つまり、降神術です。
その方法論は照応の理論によるもので、特定の神格と同調する動・植・鉱物を利用したり、「イウンクス」同様に神格と同調する波動を発する呪文や神名を発することです。

(カルデアン・オラクルの存在の階層)
父=深淵=一者
 
 
 
知性=デミウルゴス
 
浄火界
超宇宙的太陽
─ 結合者 ─ 
大天使
アイテール界
太陽
─ 結合者 ─ 
天使
月下界
─ 結合者 ─
ダイモン
 
英雄
 
人間
 
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プトレマイオス派グノーシス主義 [ヘレニズム・ローマ]

グノーシス主義はヘレニズムの階層的な宇宙論をほぼそのまま採用しながら、その宇宙が悪神によって作られた悪の世界として否定します。
グノーシス主義については、姉妹サイト「神話と秘儀」の「グノーシス主義とソフィアの堕落」もご参照ください。

グノーシス主義はオリエントの反ローマ的な土壌に生まれた特殊な思想で、ユダヤ教、キリスト教、ヘルメス主義、ペルシャ系の宗教など、様々な宗教を越えて発展しました。
もともとはシリア内陸部北部からクルディスタン西部にかけての地域でヘレニズム的なズルワン主義の影響のもとに生まれて、シリア・イスラエルの沿岸地帯をとおってエジプトに持ち込まれました。
そして、その多くが堕落・救済神話を持っています。

グノーシス主義の神格(アイオーン)は、最初は「父」と「母」の2つでしたが次々と増加して複雑化していき、30を越えるまでになりました。
この複雑化は、ヘレニズム期に交流した様々の宗教が語る神の性質を次々と神格として取り入れて体系化した結果でしょう。
多くの派でのこのアイオーンの構造の特徴は、男女でカップルをなしているこです。
そして、最も高いレベルのアイオーンが4つの段階(8アイオーン)もしくは5段階(10アイオーン)で構成されることです。

また、グノーシス主義は中期プラトン主義を取り入れて、それを神話化している部分があります。
もちろん、存在を3層に分けるのはプラトン主義に由来するヘレニズム共有の宇宙論です。
ですが、もっと重要なのは、アルビノスの否定神学の影響を受け継いでいる点です。
グノーシス主義のいくつかの派では、至高存在を「語りえないもの」、「認識しえないもの」と表現します。

そして、物質的な宇宙は、「ソフィア」などの女性的なアイオーンが、本来の伴侶を無視して、認識しえない「原父」を認識しよう(交わろう)という階層を無視したおごりの結果、本来的な秩序を持たないものとして生まれます。


グノーシス主義の中でも最も体系化されたプトレマイオス派について紹介します。
その神話は、姉妹サイト「神話と秘儀」の「プトレマイオス派の堕落・救済神話」をお読みください。
この項では神智学的な別の観点から解説します。

至高存在は否定的な表現で表現されます。
最初の2神の「原父/思考」は「深淵/沈黙」という否定的な表現の名前も持っています。
この2神のこの側面は至高存在の静的次元であると考えることができます。
「原初の父=深淵」は表現も認識もできない存在です。
ですが、「原初の父」の「一人子」と呼ばれる「ヌース」だけが認識できます。
この点はアルビノスと同じです。
プトレマイオス派では、この「原父」が「認識できないという認識」が「グノーシス=英知」なのです。
そして、「思考」がアイオーンに「原父」を認識させようと欲した結果、最下位のアイオーン「ソフィア」が行動に出てしまうのです。

また、「境界」と呼ばれる存在があるのが特徴的です。
この「境界」は、至高の2神「深淵/沈黙」と他のアイオーンの神々との間と、神々と宇宙(中間界、物質界)との間に存在し、それらを隔てて秩序を保たたせています。
この「境界」は、マニ教ではアフリマンを閉じ込める牢獄としての宇宙という考えに、ユダヤ、キリスト教では神と被造物の間の断絶や、神の玉座にかかる幕として存在します。

そして、個々の存在が「形」と「認識」の2つで成り立っていると考えます。
プラトン主義では「形(イデア)」と「認識(ヌース)」は同時なので、これはプトレマイオス派独特の考え方です。
「ソフィア」が認識できないはずの「原初の父=深淵」に向かい「形」を失いかけた時、「境界」が現われてその働きによってに固められます。
そして、キリストがアイオーンの様々な存在に「認識」を伝えます。
ですが、この「認識」とはあくまでも「原初の父=深淵」が認識できないという認識なのです。

また、「ソフィア」から切り離された「意図」が無形な存在としてアイオーン界から放出され時、キリストがこれに「形」を与えて、イエスが「認識」を与えて救います。
また、「意図」が霊を生んだ時、天使からその「形」を受け取りました。
そして、霊魂が完成するのはロゴスによる「認識」を受け取る時です。こうして、この2つを兼ね備えた存在は、男性的存在と女性的存存在でカップルになります。
これで完成された構造なのです。
このように、グノーシス主義の「認識」とは、霊魂の本来的な神性の認識であり、ロゴスの認識であるのですが、同時に「原初の父=深淵」は認識できないという限界認識でもあるのです。

もう一つの特徴は、救世主が3つの次元で考えられていることです。
これはズルワン主義でミスラが3つの次元で現われることと同じです。
まず、「キリスト」は神の世界を救う存在です。
「境界」も「キリスト」と似た働きをします。次に、「イエス・救い主」は中間世界を救う存在です。
最後に、「イエス・キリスト」は人間を救うために受肉して物質世界にも現われる存在なのです。
「イエス・キリスト」は人間と同じく、「霊/魂/体」の3要素と、「救い主」の要素を持つとされます。

プトレマイオス派の神話は、「原父」は世界(アイオーン界)を生み出そうと思って、彼と共に最初から存在した「思考」の中にその種子を孕ませることで、「ヌース」以下の存在を生み出します。
ですが、別のグノーシス文献である「ヨハネのアポクリュフォン」は、至高神自身の認識と創造について興味深い神話を語ります。
これは至高神からプトレマイオス派の「思考・沈黙」に似た「大いなる流出(バルベーロー)・思考」が生まれる過程です。
この両者は男性と女性ではなく両性具有的存在だとされます。

「ヨハネのアポクリュフォン」によれば、至高神の「神的な光」が自分を「取り巻く光の水」の中に自身の「像」を見て認識した時、その「思考」が活発になって至高神の前に歩み出ます。
これは至高神の光神の「似像(影像)」です。
つまり、ヘルメス主義の「ポイマンドレース」でアントロポスが至高神の「似像」だったのと同じですが、その創造過程を「認識・思考」として、「主体と客体の分離」として描いているのです。
ここにはプラトン主義の「ヌース」に関する考え方の影響があるのでしょう。

 *プトレマイオス派では、8+10+12=30のアイオーンを数えます。
30という数字は、一月の日数から来ているようです。
アイオーンは、15の男女カップルになっています。
・8アイオーン(原父/思考、知性/真理、言葉/生命、原人間/教会)
・10アイオーン(深み/交合、不壊/配慮・反省、自己成長/喜び、不動/相互混合、独り子/幸福)
・12アイオーン(仲介者/信仰・誠実/父性、希望/母性、愛/理法、結合/伝道、幸福/意欲/智慧)

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