So-net無料ブログ作成
中世インド ブログトップ
前の10件 | -

イスマーイール・パミール派 [中世インド]

イスラム教シーア派の中でも、より秘教的で、ミトラ教などのイラン系神智学の影響を受けた派は、スーパー・シーア派と呼ばれます。
その中のイスマーイール派のさらにその一派で、暗殺教団としても知られる「ニザーリー派(ニザール派)」は、イラン高原のアラムートなどを拠点にし、そこでは独立政権を樹立していました。
13C半ばに、そこにモンゴル軍が侵入する直前、タジク、パミール地方に脱出し、さらにインドにも入って布教したのが「パミール派」です。


パミール派の大師(指導者)は、ムガル帝国のアクバル大帝の側近にもなりました。


イスマーイール・パミール派に関しては、情報が少ないのですが、イラン、インドの神智学の統合としては興味深いものです。
パルシー(インド・ゾロアスター教)の秘教派と共に、後の、ブラヴァツキーの神智学にも影響を与えているかもしれません。


パミール派の創始者はナーシル・ホスローで、彼は、「2つの智慧の統合の書」を著し、スーパー・シーア派とヒンドゥー教を統合した思想を展開しました。


例えば、パミール派によれば、「イマーム」はヴィシュヌの化身であり、「マフディー」=ミトラは、ヴィシュヌの第10の化身のカルキであると考えました。
実際、「カルキ」は、パミール派がインドに入る前に、イラン系の神智学の影響で生まれた信仰だろうと思われますが。


パミール派は、下記のように、ミトラ教とヒンドゥー教のパンテオン(神々)を対応させました。


・イエッラー・ミール=ブラフマン
・ズルワン     =シヴァ
・ミトラ      =ヴィシュヌ
・ソフィア     =ブラフマー


ソフィアに対応するのはシャクティが適当だと思いますが、ヒンドゥーのトリムルティに合わせているので、ブラフマーとなっています。


マニ教やミトラ教と同様に、パミール派は現地の神々の名前を使うため、表面的にはヒンドゥー教のように見えます。
しかし、パミール派には、グノーシス的神話、7大大師など、西方的な要素もあります。


nice!(0)  コメント(0) 

シク教(カビールとナーナク) [中世インド]

シク教は、16Cにインドのパンジャーブ地方で、ナーナクを開祖として誕生した宗教です。
その本質は、ヒンドゥー教とイスラム教を、普遍主義的で、神秘主義的な内的体験重視の観点から統合しようとしたものです。


シク教は、イスラム教徒が侵入したインドの西北地域での、ヒンドゥー教との交流の中で誕生しました。
一神教で偶像を否定するイスラム教、多神教的で偶像(地上で活動すること)を肯定するヒンドゥー教は、一見まったく異なります。
シク教は、異質な2つの宗教の、その表面的、儀式的な部分を徹底的に否定します。
そして、神秘主義的な体験をもとに、神の唯一性、内在性を基本とする単純な教義によって両宗教を統合しました。



第二次大戦後、英領からヒンドゥー教のインドと、イスラム教のパキスタンが分離独立した時、シク教のパンジャーブは独立を勝ち取れず、多くのシク教徒が世界に移住しました。
ターバンに象徴されるインド人の姿は、この移住したシク教徒から来ています。


シク教には、大乗仏教と似たところがあります。
大乗仏教は、クシャーナ朝などのイラン系の王朝がインド西北から侵入したことによって、イランの宗教とインド仏教が習合して生まれました。
シク教は、ムガル朝に至るイスラム系王朝がインド西北から侵入したことによって、イスラム教とインド・ヒンドゥー教が習合して生まれました。
両宗教は、習合という点以外にも、カースト制を否定する点、在家主義の点でも似ています。


ですが、新仏教を創出したアンベードカルは、最初、アウトカースト民と共にシク教に改宗しようとして、拒否されたため、新仏教へ至ったといういきさつがあります。



<背景>


シク教のバックボーンには、スーフィズムとバクティ信仰があります。
この2つには神に対する愛を特徴としている点で、似ていますし、バクティ信仰にもスーフィズムの影響があったでしょう。


8Cからイスラムのインド侵入が始まりますが、同時に、スーフィー達が、インド民衆に対して布教を開始しました。
バクティとズィクル(神の名を唱える)を説くというシンプルなものでした。
初期のスーフィーでは、11Cのイスマーイール派のヌールディンが有名です。
そして、12C以降には、各地にスーフィー各派の道場ができました。


13Cからは、奴隷王朝、デリー=スルタン朝などのイスラム王朝が次々生まれることになり、16Cにはムガル帝国によって、インドのイスラム王朝は安定期を迎えます。
ムガル帝国のアクバル大帝は、神秘主義的宗教から強い影響を受け、諸宗教を統合する志向を持っていて、それはディーニ・イラーヒーが記した「神の宗教」に残されています。



シク教の教祖のナーナクの思想は、その先駆をカビールに見ることができます。
さらに、そのカビールは、ラーマーナンダに影響を受けました。


ラーマーナンダは、1400頃、プラヤーガに生まれました。
シュリー・ヴァインシュナヴァ派の教師に教わり、南インドに行ってラーマーヌジャ派に参入したようです。
その後、彼は、バクティを北インドに持ち込み、ヴィシュヌ派バクタとして活動しました。
彼の特徴は、異教徒やアウトカーストも弟子にしたこと、沐浴のような形式的な行為を否定したことです。


カビールは、1440頃、バナーラスに生まれました。
ナート派からイスラム教に改修した親に育てられ、ラーマーナンダの弟子になりました。
そして、在家の宗教詩人として活躍しました。


彼は、はっきりと、イスラム教とヒンドゥー教の統合を目指しました。
その普遍主義的な観点から、両宗教を批判し、両宗教の儀礼を否定し、聖典の不要を訴えました。
あらゆる形式的なもの、寺院も礼拝堂も、沐浴も巡礼も不要だと訴えました。


彼の思想の特徴は、神の唯一性、内在性です。
そして、どのような名でも良いから神の名を唱えること(ズィクル)を説きました。


彼の思想は、直弟子のバグワーン・ダースによる「ビージャク」や、シク教聖典の「アーディ=グラント」に記されています。
シク教は、先駆者としてカビールを大きく評価しています。



<ナーナク>


グル・ナーナク(1469-1538)は、パンジャーブ地方のラホール近くの村に生まれました。
幼い頃からイスラム教とヒンドゥー教の両教に接して育ち、30歳の時に神秘体験によって開眼しました。
その後、インド、ペルシャ、アラビアを回る25年の巡礼に出かけます。
この途中、カビールに会ったという伝説がありますが、確実な証拠はありません。
また、多くのスーフィーと交渉を持ちました。
その後、カタルプールで教えを説き始め、シク教が誕生します。


ナーナクの思想は、カビールとほとんど同じです。
普遍主義と、神秘主義的な内的体験重視の観点から、イスラム教、ヒンドゥー教の統合を目指しました。
そして、人類の同朋性、男女平等を説きました。
また、在家主義という点も、カビールと同じです。


彼の思想は、「ヒンドゥーでもなければ、ムスリムでもなく、唯一の神のみ」という言葉に表れされています。


彼も、儀礼や巡礼のような形式的な行為を否定します。
聖典は否定しませんでしたが、神の代弁者のグルの言葉を信じるようにと訴えました。
そして、心の中に内在する神との合一体験を重視し、神への帰依(バクティ)、神の名を繰り返して唱えるズィクルを説きました。


おそらく輪廻とカルマを信じていましたが、来世の救済は神の御業なので、そのことを考えず、今この世の一瞬一瞬を主体的に生きることを説きました。


シク教に至る神秘主義的なイスラム教とヒンドゥー教の統合は、「カーラチャクラ・タントラ」やイスマーイール・パミール派のような、イラン系神智学とインド神智学を統合した派とは正反対のベクトルを持っています。
民衆に親しみやすいシンプルな教義と実践が特徴で、むしろ、神智学的を不要としています。


nice!(0)  コメント(0) 

ゾクチェン [中世インド]

「ゾクチェン」は、7C頃に、中央アジア~西北インド~西チベット辺りに存在したシャンシュン王国(都はキュンルンで、北はコータン、東はギルギット、南はムスタン、東はナムチョに至る)のウッディヤナ(パキスタンのスワット渓谷と考えられている)で生まれたと考えられる思想です。
初期の経典は、今は伝わっていないこの国の言語で書かれています。

「ゾクチェン」はチベット語ですが、サンスクリット語は「マハー・サンティ」で、漢訳は「大円満乗」、「究竟乗」です。

シャンシュンなどのこの辺りの中央アジアは、文明の十字路であり、中世には、東からはゾロアスター教、マニ教などのイラン系宗教とイスラム教、南からはシヴァ教や仏教、東・北からはトルコのシャーマニズム、中国禅などの影響があり、宗教の坩堝の中から、様々な新しい宗教思想を生み出しました。

ガラップ・ドルジェ(サンスクリット名は「プラハルシャ・ヴァジュラ」、もしくは、「プラへーヴァジュラ」)が開祖とされていますが、伝説的な存在であり、実際の開祖は、マンジュシュリー・ミトラの可能性が強いようです。

「ゾクチェン」は、チベット仏教ニンマ派とボン教で、最奥義として伝えられており、ゲルグ派のダライ・ラマも重視しています。
この思想は、仏教に属するという見方もできますが、仏教とは異なる独自の思想であるとの見方もできます。
チベット仏教、ボン教の両方に伝わっていることからも分かるように、普遍性の高い思想で、その基礎概念は、仏教の基礎概念と共通する部分と、相違する部分があります。

「ゾクチェン」は、「マハー・ムドラー」と同様に、近年までその存在がほとんど知られていませんでした。
しかし、中国のチベット侵略後に亡命したチベット僧、例えば、アメリカに亡命したタータン・トゥルク、イタリアに亡命したナムカイ・ノルブなどの活動によって知られるようになり、日本にはネパールで伝授を受けた中沢新一によって伝えられました。
その後は、牧野宗永、新井サンポ、箱寺孝彦(ボン教ゾクチェン)らも、ぞれぞれに伝えています。


<ゾクチェンの思想>

「ゾクチェン」の思想の本質は、まず、仏教が「仏性(自性清浄心)」と表現したように、心の基盤は本来的に清浄である、ということです。
この心を、「原初の境地」、「心の本性」、「リクパ(明知)」、「菩提心」などと表現し、これが「初めから清らか」であるとします。

そして、この心には、智慧や気づきがあり、それを「リクパ(明知)」と表現します。
また、この心は、汚れることも、隠れることもない、ただ、その自覚がないだけである、と考えます。
逆に、その気づきを自覚した状態を「三昧」と呼びます。
ゾクチェンは「原初のヨガ(ウッディヤナ語で、「アティ・ヨガ」)とも呼ばれます。

次に、この「心の本性」は、様々な心を縁によって生み出しますが、その現れる心は、たとえ煩悩によって生まれた汚れたものでも、気づきの自覚がある状態ならば、あるがままで清浄なものになりうる、と説きます。
これを、「自然成就(自己解脱、任運成就)」と言い、「あるがままで完璧」と表現します。

そして、顕教が「放棄の道」、密教が「変容の道」であるのに対して、ゾクチェンは「自己解脱の道」であると考えます。
それゆえに、「無努力」の教えと言われます。

これは、煩悩があっても、煩悩の結果が現れないようにすることができるということです。
そのため、インドのカルマの思想を超えた、「因果の法を超越した」革命的な思想だと言われます。

ゾクチェンでは、心の現れを、「戯れ」とも表現します。
世界創造をシヴァ神の「戯れ」と表現するカシミール・シヴァ派の影響があるかもしれませんが、ゾクチェンは無神論です。

ゾクチェンは、この気づきの自覚がある清浄な心の状態に、常に留まることを目指します。

その結果、最終的に得られる身体は、仏の三身に「虹の身体」がプラスされます。
「虹の身体」は、カルマのない、根源的な元素のエレメントである光の次元の身体で、「報身」よりも活動的で、他者と直接的に接触して救済することができる存在です。


<ゾクチェンの歴史>

ゾクチェンの相承の系譜の最初の3人は、
 原初仏サマンタバトラ(チベット語で「クンツサンポ」)→金剛薩埵→ガラップ・ドルジェ
です。
サマンタバトラは、青い肌の裸の姿で、坐った合体尊の形で描かれます。
ガラップ・ドルジェは、最初の生身の人間で、処女懐胎でウッディヤナに生まれたとされています。
ですが、この3人は、法身→報身→变化身の象徴であり、ガラップ・ドルジェは実在しない人物と考えられています。

その後の系譜は
 マジュシュリーミトラ→シュリー・センハ
です。

マンジュシュリー・ミトラは、7C頃セイロン生まれで、彼が実在するゾクチェンの開祖と考えられていて、「石を精錬した金」を著しました。
次のシュリー・センハは、中国系で、「リクパのカッコウ」、「偉大な匠」、「金翅鳥」、「沈むことのない勝利の幟」を著したと考えられています。

ゾクチェンの思想は、禅に似ていて「菩提心」の概念を重視する「セムデ(心部)」、後期密教の影響を受けた「ロンデ(界部)」、心の現れをより重視して光として体験する「メンガキデ(秘訣部)=ニンティク(心滴)=ウパデシャ」という3種類の体系、3段階で発展してきました。

マンジュシュリー・ミトラは、この3部の分類をしたとされますが、彼の思想の中心は「セムデ」であり、シュリー・センハの思想の中心は「ロンデ」であると見られています。

その後、8C頃に、インド人のヴィマナミトラと、ウッディヤナ人のパドマサンバヴァによって、「ニンティク」がチベットに伝えられ、中央チベットで発展しました。
同時に、チベット人のヴァイローチャナによって、「セムデ」、「ロンデ」が伝えられ、東チベットで発展しました。

パドマサンバヴァの「ニンティク」には、グノーシス主義のバシレイデス派の影響があると言う学者もいます。
また、彼の弟子のゾクチェンの相承者の系譜には、無住の保唐宗などの中国禅の相承者の系譜に重なる師もいました。

その後、14C頃に、チベットのロンチェン・ラプジャン(ロンチェンパ)によって、様々な流れが統合され、体系化されました。
彼の主著である「四部からなるニンティク(ニンティク・ヤン・ラー・シ)」は、別々に伝えられ、あるいは、創造されてきた4種の「ニンティク」をまとめ、さらに、彼自身が創造した「カンドゥ・ヤンティク」を加えて説いています。


<ゾクチェンの神智学>

ゾクチェンの思想については、上に簡潔に述べました。
また、姉妹サイトでもかつて書きました。


ここでは、神智学的側面を書きます。

ゾクチェンは、意識と存在の基盤である「心の本性」、仏教用語で言えば「法界」、本サイトの表現で言えば「原初神の階層」を、次の3段階で考えます。

・本体=空    :何も存在しない未発の母体の状態(静的次元)
・自性=光明   :存在を創造する力(核的次元)
・慈悲=エネルギー:存在が生まれ続いている状態(動的次元)

この3つ「本体/自性/慈悲」は、「青空/太陽/太陽光」とか、「鏡/鏡の反射力/鏡に映る映像」と比喩されます。
そして、それぞれは、「初めから清らか」、「あるがままで完璧」、「無碍・遍満」と表現されます。

根源存在を、ヒンドゥー・タントラでは「シヴァ/シャクティ」、密教では「智慧(仏母)/方便(仏)」の2元論で考えます。
ですから、ゾクチェンの3元論はインド的伝統ではなく、イラン系のズルワン主義的な3元論の伝統上にあるのかもしれません。

ゾクチェンの「空」の見解は、鏡のような「心の本性」の「本体」が、縁によって、心を現し続ける、というものです。
現れは、あくまでも、目の前に何かが現れてそれが目に映るといった、副次的な要因によって生まれます。
これは、中観派から後期密教、マハー・ムドラーに至る「空」の見解とは異なります。

途絶えなく遍満して現れる「慈悲」の「エネルギー」のあり方は、「イェシェ(原初の智慧)」とも呼ばれます。

ゾクチェンは、心身の止滅を目的とせず、自然な創造を肯定するので、インド・仏教的思想としては、現世肯定的側面が強いのが特長です。

心の現れの「エネルギー」は、3つのあり方で現れます。
・ダン :無形な、音、光、光線としての現れ
・ロルパ:内的なイメージとしての、元素のエッセンスとしての光の現れ
・ツェル:外部に投影された主客2元的な、煩悩性の現れ
です。

「ツァル」の現れは、煩悩によって生まれたものなので、「リクパ(明知)」をもって体験することで、それを解放する必要があります。


<ゾクチェンの瞑想法>

先に書いたように、ゾクチェンでは「リクパ(明知)」の自覚を保った状態を「三昧」と呼びますが、ゾクチェンの修行は、次の4段階で構成されます。

1 三昧に入る
2 三昧に対して疑いをなくす
3 三昧を持続する(テクチュー=突破する)
4 三昧を深める(トゥゲル、トゥカル=跳躍する)

「三昧の疑いをなくす」というのは、気づきを増して、体験をよりはっきりと理解するというものです。

「三昧を維持する」というのは、単に時間的に維持するのではなく、あらゆる体験においても気づきを保つことで、「三昧に体験を統合する」と表現されます。
つまり、思考が生まれても、同じ気づきのある状態を維持するのです。

「三昧を深める」というのは、カルマなしに自然に現れるエネルギー、根源的な元素のエレメントである光の次元に意識と体を転移するというものです。

分析的で、禅に近い止観を行う「セムデ」は、1から始め3に至ります。
ハタ・ヨガ・後期密教的で、象徴を重視する「ロンデ」は、2から始めて4に至ります。
直接的な伝授(直指)を行う「メンガキデ」は、3から始めて4に至ります。

「セムデ」では、心を対象にしたシンプルな「止観」の方法で、現れのない心、心の現れを観察しながら、気づきを維持します。
そして、様々な行動をたり、様々な言葉を話したり、様々に思考をしながら、それを維持できるようにします。

「ロンデ」では、後期密教の究竟次第を行いながら、気づきを維持できるようにします。

「メンガキデ」では、三昧を持続する瞑想は「テクチュー」と呼ばれます。
様々な姿勢、様々な視線、様々な体験をしながら、気づきを維持できるようにします。

三昧を深める瞑想は、「トゥゲル」と呼ばれ、「虹の身体」を得ることを目指します。
ハタ・ヨガのような、特殊な体位、呼吸、視線、気の操作などを駆使します。
青空や、太陽の近くや、何もない空間を凝視したり、何日も暗闇の部屋に籠って暗闇を凝視したりして、瞑想を行います。
そして、視覚神経と胸や眉間のチャクラを結ぶ脈管などを刺激して、光の微粒子を放出して、光の顕現の4段階を順次体験していきます。

光の顕現の4段階は、「法性の顕現」→「顕現の増大」→「顕現の完成」→「顕現の消滅」と呼ばれます。
この光の顕現は、「心の本性」と呼ばれる母体からの、カルマが完全になくなった現れであるとされます。
そして、日常的な心の様々な顕現を、その光の顕現一体化することで、心の様々な顕現をより完全に開放したものにします。

詳細は、姉妹サイトの下記をご参照ください。



nice!(0)  コメント(0) 

タミルの18人のシッダの伝統 [中世インド]

南インドのタミル地方で、「18人のシッダ(パッティネットゥ・シッダ)」と呼ばれる伝統的な思想潮流があります。
シヴァ神を信仰するので、シヴァ教の一派、特に「聖典シヴァ派」とも言えますが、ヨガ、医学(シッダ医学、シッダ・ヴィディヤー)、錬金術、哲学、占星術などが複合した独特の伝統です。
パラマハンサ・ヨガナンダ(ビートルズやスティーブ・ジョブズが傾倒していたことでも知られる)に代表される「ババジ」の信仰や「クリヤー・ヨガ」も、この潮流から生まれました。
ですが、南インドのタミル語の思想は、近・現代的な研究が、まだほとんどなされていないため、明確なことが分かりません。

「18人のシッダ」の伝統は、海に沈んだ古代大陸クマリ・ナドゥに発するという伝説(1Cのタミルの叙事詩「シラッパディハーラム」に記載)があります。
この教えは、シヴァ神がナンディやアガスティヤルに伝えたのが最初とされます。

「シッダ」とは、悉地(神通力、超能力)を獲得した成就者(解脱者)です。
「18人のシッダ」の伝統では、「八大悉地(八大成就)」と共に、「カーヤカルパ(身体成就)」と呼ばれる「不死の身体」を伴う解脱「ソルバ・ムクティ」を目指します。

そのための方法は、錬金薬、呼吸法や、チャクラへの集中、クンダリニー・ヨガなどのヨガです。
ちなみに、「18人のシッダ」の伝統として現代に伝えられている「クリヤー・ヨガ」は、動きのあるハタ・ヨガ(ヴィンヤサ・ヨガ)、マントラ・ヨガ、バクティ・ヨガ、クンダリニー・ヨガ、ディヤーナ・ヨガ(観想法)などの総合ヨガです。


<18人のシッダ>

18人のシッダの名前は、必ずしも定説となっておらず、場合によっては、18人以上が挙げられることもあります。
多くは、実在性に関しても良く分からない、伝説的な存在です。

まず、実在すれば、3-5C頃の人物を思われる、初期の重要な4名のシッダを紹介します。

ナンディ・デーヴァルは、シヴァの第一の弟子であり、カイラス山の守護者であり、一千万年の苦行をして、シヴァの乗り物である「雄牛」になったとされます。

ティルムラルは、カイラス出身の人物で、ナンディを師とします。
最古の医学的な詩の文献「ティルマンティラム」を著し、ここでは、10のヴァーユ(プラーナ)、10のナーディ、胎生学などを記しています。
彼は、「身体は神の歩く神殿」であり、「神体を傷つけると魂も傷つける」と書いています。

「タミルの守護聖人」であるアガスティヤルは、「タミルのヒポクラテス」とも呼ばれる医学の大成者で、彼に帰される342の医学書があるとされます。
また、タミル語の文法論を定式化したとされます。
「リグ・ヴェーダ」にもミトラの息子のアガスティアという聖仙が記載されており、時代は違いますが、彼は同一人物とされます。

ボーガル(ボーガナタル)は、タミル生まれで、錬金術に熟達し、合成薬の製造法を記した「ボーガル・サラック・ヴァイプ」、身体の保護と霊薬を記した「ボーガル・カルパム」、呼吸法を記した「ボーガル・ヴァシヨーガム」など著しました。
中国に赴いて老子になったとも言われています。
アガスティアを師とします。

その他のシッダも紹介します。

通常、18人に入れられないのですが、ババジ・ナガラジは、3Cにタミルに生まれた人物とされますが、伝説的なシッダで、様々な時代に様々な場所に現れ教えを説いたとも言われます。
父はシヴァ寺院の僧侶でしたが、ババジは子供の頃にさらわれて奴隷として売られ、その後、サンニャーシン(サドゥー、遊行の修行者)に加わり、スリランカのボーガルの寺院で彼に出会います。
ボーガルに指導を受けた後、アガスティヤルに呼吸法を習うように言われ、タミルでアガスティヤルの指導を受け、不死の解脱(ソルバ・サマディ)を獲ました。
その後は、時代を越えて姿を現して、シャンカラ、カビール、ラヒリ・マハサヤ(パラマハンサ・ヨガナンダの師の師)、ヨーギ・ラマイアなどに指導を行ったとされます。

また、「ヨガ・スートラ」を著したパタンジャリも、「18人のシッダ」に入れられ、ナンディの弟子とされます。
「ヨガ・スートラ」と「18人のシッダの伝統」の思想は明らかに異なりますが、有名人物ということで、入れられているのでしょう。

ハタ・ヨガの創始者のゴーラクナート(ゴーラクシュ・ナータ)の名も見られますが、同じ人物かどうかも含めて、良く分かりません。


<錬金術とシッダ医学>

「18人のシッダ」の伝統の身体観・自然観は、粗大・微細な五大元素をベースにした、マクロコスモスとミクロコスモスの照応です。
それらは、錬金術や占星術、医学でにおいても見られます。

南インドの錬金術(ラサ・シャーストラ)は、アラビアや中国の錬金術の影響を受けながら、8Cに最盛期を向かえました。
水銀を「シヴァ神の精子」、硫黄を「パールヴァティの卵子」、丹砂(硫化第二水銀)を2人の合体であると考えました。
また、水銀を精錬した金属灰(バスマ)はマントラと同じであるとしました。

一方、北インドの伝統医学アーユル・ヴェーダに対して、南インドの伝統医学は、「シッダ医学(シッダ・ヴィディヤー)」と呼ばれます。
もちろん、薬草は重視されますが、錬金術を重視し、解脱への行法と一体で、不死の身体の獲得を目指すものであるため、より秘教的性質が高いと言えます。

nice!(0)  コメント(0) 

シャクティ教シュリー・ヴィディヤー派 [中世インド]

シュリー・ヴィディヤー派は、シャクティ教の中でもタントラ色の濃さで代表的な宗派です。
カシミールのシヴァ派文献は、「シャイヴァ・シッダーンタ」と呼ばれるものが顕教、「バイラヴァーガマ」と呼ばれるものが密教という側面があり、シュリー・ヴィディヤー派は後者に属します。

タントラ派はどの派でも、外的儀礼を内的儀礼化します。
つまり、神を招いて供養する儀礼は、神に一体化する成就法とします。

神を招くことは、観想として行なわれます。
飲食物の供養は、マントラとムドラーを捧げることとなります。
こうして三密によって一体化します。
具体的には、多くの場合、「ニヤーサ」と呼ばれる、マントラをヤントラや神像などに布置していく作業が中心となります。

同時に、プラーナをコントロールするヨガをそこに付け加えます。
儀式において使われる「火」は下部のチャクラから上昇する「クンダリニー」、「水」は頭部のチャクラから下降する「アムリタ」に対応させて実践します。


以下、シュリー・ヴィディヤー派の内的儀礼=成就法について紹介します。

<アルグヤ儀礼の内的儀礼化>

甘露を象徴する女神(アムリテーシー)とその忿怒の配偶神(アーナンダヴァイラヴァ)に、水を献供する儀礼を、内面化した成就法です。

器に入った水は、ヤントラ(この派ではマンダラという言葉も使われます)の中心に置かれます。
ヤントラは、上向き、下向きの三角形の組み合わせで作られ、その回りが円、その回りが四角形で囲まれています。
ヤントラの外側から内側に向かって、四角→三角→中心の器→水、とマントラ(ヴィディヤー)を順にニヤーサ(配置)します。

この外から内に向か4段階は、内面化されて、体の中で中央管を上昇する4段階に対応させます。
具体的には、中央管の外の6肢→ムーラダーラ・チャクラ→アナハタ・チャクラ→アジニャー(ヴィシュダ)・チャクラ、です。
3つのチャクラは、火(クンダリニー)、太陽、月(アムリタ)という3つの輝きに対応します。

1 外の四角:6肢(頭、髭、心臓、眼、鎧、武器)
2 三角  :ムーラダーラ:火 :クンダリニー
3 中心の器:アナハタ  :太陽
4 中心の水:アジニャー :月 :アムリタ

各チャクラにマントラを置くだけなら、中期密教の五字厳身観に近い行法ですが、プラーナのコントロールを行なって、クンダリニー・ヨガを伴わせることも行えば、後期密教の行法に近いものになります。


<プラーナーヤーマの内的儀礼化>

呼吸法にビンドゥ・ヨガを組み合わせた行法です。

次のようにプラーナをコントロールして、呼吸を行います。

1 マントラ念誦を行いならが、左鼻から息を吸い、イダー管にプラーナを入れる。
2 プラーナを中央管に入れて保持する。
3 プラーナをピンガラ管に出して、右鼻から息を吐く。

同時に、3つのチャクラに、下記3根本マントラを、赤く光らせながら観想します。

・ブラフマランドラ   :月 :サウフ
・フリダヤ・チャクラ  :太陽:クリム
・ムーラダーラ・チャクラ:火 :アイム


<クンダリニー・ヨガ>

クンダリニー・ヨガでは、ムーラダーラからクンダリニーを上昇させ、眉間でアムリタを垂らします。 
ですが、シュリー・ヴィディヤー派では、下記のように3つのチャクラに3種類のクンダリニーが眠ると考えます。
ムーラダーラ・チャクラに眠るクンダリニーは「クラクンダリニー」と呼ばれ、アジニャー・チャクラにあるものは「アクラクンダリニー」と呼ばれます。
「クンダリニー」という概念が、プラーナの凝縮したエネルギー、あるいは、溶解液として、広義に使われているのでしょう。

・アジニャー・チャクラ :月のアクラクンダリニー:シヴァ、アムリタ
・フリダヤ・チャクラ  :太陽のクンダリニー
・ムーラダーラ・チャクラ:火のクラクンダリニー :シャクティ


<プラーナーヤーマ的クンダリニー・ヨガ>

シュリー・ヴィディヤー派では、マントラとクンダリニーが、同一視できる存在と考えられています。
シュリー・ヴィディヤーのマントラの念誦を、中央管内のエネルギーの集中に対応させます。

具体的には、上記の3つのチャクラにある3つのクンダリニー・エネルギーと、3部分に分けられたマントラを対応させます。
そして、下から順に、3部分のマントラを唱えながら、音とエネルギーを、中央管の3チャクラに集中して満たします。
この時、クンダリニーを上昇させるのではないようですが、上昇のベクトルを持って、3部分へ順に集中させるようです。


<チャクラ・プージャーの内的儀礼化>

ヤントラを使った「チャクラ・プージャー」という瞑想法を紹介します。
12Cの聖典『ヨーギニーダヤ』を元に、その概要を説明します。

この瞑想法は、女神を招き・供養する日常的な儀礼を、内面的に解釈して解脱を目的とする修行的な瞑想法にしたものです。

「チャクラ・プージャー」で使われるのは「シュリー・チャクラ(シュリー・ヤントラ)」というヤントラです。
「シュリー・チャクラ」は、同心円状に9の部分(=チャクラ)から成ります。
これは宇宙論的な階層でもあり、そこに勧請する(それぞれに対応する)神格も階層的です。
上向きの三角はシヴァ、帰滅を、下向きの三角はシャクティ、創造を象徴します。

瞑想では、最高女神「トリプラスンダリー」とその他の女神たちなどを、外から順に観想します。
階層の低い女神から、根源である最高女神(シャクティ、プラクリティ)へと帰滅することが解脱となります。

9のチャクラは、外から、3重線、16弁の蓮華、8弁の蓮華、14個の三角形、10個の三角形、10個の三角形、8個の三角形、中央の三角形、中央の点から成ります。
花弁や三角形には、それぞれに女神たちなどが勧請(観想)されます。

観想される神などは、1人の「主宰女神」と、複数の「従属女神」と、その他の3つに分けられます。

1 3重線   :主宰女神、8母神(従属女神)、10のシッディ女神
2 16弁の蓮華 :主宰女神、16人の従属女神
3 8弁の蓮華 :主宰女神、8人の従属女神
4 14個の三角形:主宰女神、14人の従属女神
5 10個の三角形:主宰女神、10人の従属女神
6 10個の三角形:主宰女神、10人の従属女神
7 8個の三角形 :主宰女神、8人の守護女神(従属女神)、9人の師
8 中央の三角形:主宰女神、3人の聖地の女神(従属女神)、4つの武器
9 中央の点  :最高女神

「主宰女神」はマントラとムドラーで供養し、「従属女神」はマントラだけで供養します。
マントラとムドラーは各女神に固有のものです。
9つのチャクラで観想・供養される「主宰女神」は、それぞれ別の女神ですが、すべて「トリプラ」で始まる名前なので、実際は最高女神「トリプラスンダリー」の化身です。


nice!(0)  コメント(0) 

シャクティ教シュリー・クラ派 [中世インド]

シュリー・クラ派は、シャクティ教の中で、最も古くその思想を体系化した派です。

シュリー・クラ派は、「シャクティ」から展開した次の4側面のそれぞれが照応すると考えます。

・「対象からなるもの」  :36原理から展開されたマクロコスモス(世界)
・「語からなるもの」   :「最高の語」からの次の4段階で展開された言葉
・「チャクラからなるもの」:シュリー・チャクラなどのヤントラ
・「身体からなるもの」  :チャクラ、クンダリニーからなる人間の身体 
 
「語からなるもの」は、「最高の語」<「世界の青写真」<「展開中の不分明な世界」<「分節化された世界」という言語の4階層からなります。
ヴェーダーンタ哲学のバルトリハリの言語神秘主義哲学の影響を感じます。

この派の宇宙創造論として、2種類を紹介します。
まず、おそらく古いと思われるもの(下記表B)です。

最初に、ア字で象徴される「シヴァ」と、ハ字で象徴される「シャクティ」がいます。
次に、質料である「ビンドゥ」、音・言葉である「ナーダ」の2つ(この2つは一体で「複合ビンドゥ」とも呼ばれます)、そして、「白い男性の心滴」、「赤い女性の心滴」が生まれます。
この4者が合体して、「カーマ・カラー」という愛の力が生まれます。
これが、主神の「トリプラスンダリー」、あるいは「ラリター」です。

この女神は、「シヴァ」と「シャクティ」の合体であり、個性を持った存在で、「個我」はこの女神から生まれ、実体として展開されます。

次に、より精密な、36原理の展開による宇宙創造論(下記表A)です。
これは、タントラの他派と同様に、サーンキヤ哲学の25原理の上に、有神論的な原理を置くものです。

まず、「シヴァ」と「シャクティ」の一体の存在があります。
そこから、「永遠のシヴァ」、「限定されない能力」、「限定されない知」の3原理が生まれます。
次に、「物質創造原理(マーヤー)」、「限定された能力(カラー)」、「限定された知(ヴィディヤー)」の3原理が生まれます。
次に、「特定の対象に対する執着(ラーガ)」、「時間(カーラ)」、「特定の業の影響を被る被限定者性(ニヤティ)」の3原理が生まれます。

以上で11原理です。
次の展開は、ほぼサーンキヤ25原理と同じです。

シュリー・クラ派の実践としては、
・シヴァのひざに乗った女神の観想
・チャクラ・プージャー(「シュリー・チャクラ」などのヤントラを利用した女神の供養の儀礼)
・教義の学習
などがあります。


宇宙論の階層A 宇宙論の階層B
シヴァ/シャクティ シヴァ/シャクティ
永遠のシヴァ
限定されない能力
限定されない知
ビンドゥ
ナーダ
マーヤー
カラー
ヴィディヤー
白い男性の心滴
赤い女性の心滴
ラーガ
カーラ
ニヤティ
トリプラスンダリー
(カーマカラー)
サーンキヤ哲学25原理 サーンキヤ哲学25原理

nice!(0)  コメント(0) 

シヴァ教カシミール派 [中世インド]

8-9Cのヴァスグプタによる「シヴァ・スートラ」に始まるのがシヴァ教の「カシミール・シヴァ派」です。
カシミールは、古来シヴァ信仰が盛んな地です。

カシミール派には、さらに次の2つの分派があります。
「振動派(スパンダ・シャーストラ)」は、上述したヴァスグプタの流れを組む派で、シヴァは自らの意志だけで創造を行うとします。
「再認識派(プラトヤビジュニャーナ・シャーストラ)」は、「シヴァ・ドリシュティ」を著したソーマーナンダに始まる分派で、アビナヴァグプタを代表的な思想家とします。

カシミール派の思想は以下の通りです。

カシミール派は、本来二元論的なシヴァ派の伝統的な聖典の「アーガマ」を、シャンカラの影響を受けて一元論的に解釈します。

「最高シヴァ」が、自由意志で「創造」、「維持」「帰滅」、「隠蔽」、「恩寵」という5つの働きを行うとしますが、これは「シャイヴァ・シッダーンタ」と同じです。

また、「最高シヴァ」と「個我」の同一性の知識が解脱であり、それがないことが束縛であること、「最高シヴァ」が、「個我」を救うために世界を創造し、「汚れ(マラ)」が弱まった時点で、グルの姿となったシヴァの恩寵によって儀礼(解脱を与えるディークシャー)を行なって取り除くとします。

カシミール派も「恩寵」を重視しますが、「無知」も含めて、その除去(宇宙創造)の全体は、「最高シヴァ」の「遊戯」であるとも表現されます。

カシミール派は、一元論的な「最高シヴァ」から、「パティ(主)」=シヴァ、「パシュ(家畜)」=個我と現象世界、「パーシャ(縄)」=6つの覆い、という3実体、細かくは36原理を、実体として展開します。

カシミール派の宇宙創造論は、有神論的な原理をサーンキヤ哲学の25原理の上に置くという点で、ヴィシュヌ教の「パーンチャラート派」と同じです。

まず、「最高シヴァ」は、まず、純粋観察者で、静的で、光輝である「シヴァ」と、自己反省を本質して、動的で、世界を生む「シャクティ」が一体なる状態に展開します。

次に、そこから「永遠のシヴァ(死体が象徴)」、「主宰神」、「清浄な知」という3原理を生み出します。

次に、「6つの覆い(カンチュカ)」と呼ばれる、原物質の「マーヤー」と「5つのパーシャ」を生み出します。
「5つのパーシャ」は、「ニヤティ(被限定者)」、「カーラ(時間)」、「カーマ(執着)」、「ヴィディヤー(限定された知)」、「カラー(限定された能力)」です。

以上は、「清浄な道」と呼ばれる段階ですが、「6つの覆い」が、以下に展開されるサーンキヤ哲学の「25原理」を制限します。
ですから、「プルシャ」も、純粋な観察者ではなく、制限された行為の主体でしかありません。


実践においては、ヨガは「内的供養」、儀式は「外的供養」と表現されますが、前者が後者の前提となります。
「内的供養」は、マントラを身体に置いていく「ニヤーサ」による自己神化を本質とします。
マントラはエネルギーの人格化であり、神格そのものであると考えます。

「内的供養」では、観想とマントラを唱えながら、指先で自分の身体の各部分に、対応する神のマントラを置いていきます。
足先から順番に、36原理を上昇していくのです。

上昇による自己神化で終わらず、その後に下降がありますが、これの過程は、「清い原理の創造」と呼ばれます。

救済のプロセスは、まず、シヴァの自由意志による「恩寵の降下(シャクティパータ)」があります。
これによって、シヴァへのバクティ(信愛)の念が起こります。
そして、「ディークシャー(儀式)」を受けたいという気持ちが生じます。
そして、自身がシヴァであることを思い出して(再認識)、解脱に至ります。

この「再認識」は、「恋にこがれる美人」に喩えられます。



宇宙論の階層
最高シヴァ/シャクティ
永遠のシヴァ/主宰神/清浄な知
マーヤー、5つのパーシャ
サーンキヤ哲学25原理

nice!(0)  コメント(0) 

シャイヴァ・シッダーンタ(聖典シヴァ派) [中世インド]

「シャイヴァ・シッダーンタ(聖典シヴァ派)」は、8Cにカシミールで、パーシュパタ派を母胎として徐々に成立しました。
派の名前は、「確立されたシヴァ教の教え」という意味です。
シヴァ聖典を解釈する学派のような存在です。

カシミールを中心としたサンスクリット語を使う「サンスクリット・シャイヴァ・シッダーンタ」と、南インドのタミル語を使う「タミル・シャイヴァ・シッダーンタ」があります。

タミルには10Cに伝来し、チョーラ朝と結びついて発展しました。
聖典は12Cからタミル語で書かれるようになり、タミルに特徴的なバクティ思想の影響を受けながら、多様に展開しました。
タミルの「シャイヴァ・シッダーンタ」の初期の重要な人物は、メイカンダールです。

「シャイヴァ・シッダーンタ」の思想は次のようなものです。

存在を、「パティ(主)」である最高神のシヴァ、「パシュ(家畜)」である「個我」(本来はシヴァと一体)、そして、「パーシャ(縄)」である「個我」をシヴァから離し制限する覆い、3つに分けることは、パーシュパタ派を継承しています。

「パーシャ」には、「個我」の根源的な汚れ「マラ」、原物質・質料因の「マーヤー」、「カルマ(業)」があることも同じです。


「最高シヴァ(パラマ・シヴァ)」は妃の「シャクティ」と一体の存在で、「個我」を救済するために「創造」、「維持」、「帰滅」、「隠蔽」、「恩寵」という5つの働きを行います。

「シヴァ」は「シャクティ」を通して「マーヤー」に働きかけて世界創造を行います。
「マーヤー」は神自身のエネルギー(シャクティ)ではなく、「ビンドゥ」から発生したものです。
この考え方は、「シヴァ」の純粋性を保持するものであり、二元論的な思想です。


「個我」の汚れが弱まった時点で、シヴァが人間のグルの姿で現れて、「ディークシャー(儀式)」を行なって、「個我」の汚れを切り離します。
これによって、死の際に解脱をします。

「個我」は、「シヴァ」の「恩寵」を契機として、自身と同一の「シヴァ」の本質を理解して、救済されます。
ですから、「恩寵」と善行(徳目)を重視し、儀礼やヨガは重視しません。

nice!(0)  コメント(0) 

ヴィシュヌ教パーンチャラートラ派 [中世インド]

ヴィシュヌ教の中でタントラ色のある「パーンチャラートラ派」は、北インドで生まれ、南インドに伝播・普及しました。
この派の名前の意味は「五夜」であり、「五夜かけて行われる五の談義」などと解釈されています。
同じヴィシュヌ教の「パーガヴァタ派」との関係がはっきりしませんが、「パーガヴァタ派」の中でもタントラ的性質を持った一分派が「パーンチャラートラ派」のようです。
パーンチャラートラ派には、バラモン的要素とタントラ的要素があります。

基本的な聖典は、「パンチャラートラ・サンヒター」と総称されますが、その三宝とされるのは、6-7Cに書かれた「サートヴァタ・サンヒター」、「パウシュカラ・サンヒター」、「ジャヤーキヤ・サンヒター」です。
また、「ヴィシュヌ・プラーナ」もパンチャラートラ派の文献とされています。

パーンチャラートラ派に限りませんが、ヒンドゥー系の聖典(アーガマ)には、「知識(ジュニャーナ)」、「瞑想(ヨガ)」、「勤行(チャリヤー)」、「儀式(クリヤー)」という4つのテーマがあります。


「知識」に属するものですが、パーンチャラートラ派には、次のような宇宙創造論があります。


・第一の創造

最初に、最高神「ヴァースデーヴァ(=静寂なブラフマン)が自身を目覚めさせて宇宙の展開が始まります。
活動エネルギーの「ラクシュミー(シャクティ)」が生まれ、質料因「ブーティ(ソーマ)」と手段因「クリヤー(アグニ)」に分かれ、さらに、6つの属性「全知・支配力・能力(シャクティ)・力・勇猛・威光」となります。

次に、これら属性の2つずつを持つ3つの顕現神である「ヴューハ神(サンカルシャナ、プラデュムナ、アニルッダ)」とその妃が生まれます。
これら3神は、クリシュナの長兄、息子、孫でもあります。
「ヴァースデーヴァ」と「ヴューハ神」の4神は、第四位・熟睡・夢睡眠・覚醒という四段階の意識状態を司ります。

「ブラフマン」から「アルニッダ」までは、宇宙軸の一本の光の束「ヴィシャーカユーパ」と呼ばれます。

さらに、12の副次的「ヴューハ神」と、12の「ヴィディヤー・イーシュヴァラ」神が生まれます。
さらに、39の顕示神(化身)が生まれます。

そして、ヴィシュヌの最高天ヴァクンタが生まれますが、これはヴィシュヌの3/4の顕現であり、残り1/4が俗なる世界となります。

・第二の創造

次に、「プラドゥユナム」が生まれます。
そこから、個我の集合体である「クータスタ・プルシャ」と原材料の「マーヤー・シャクティ」が生まれます。
らさに、万物の運動を制御する原理の「ニヤティ」と、3種の「グナ」が生まれます。

・第三第の創造

これ以降は、微細と粗大な物質的な宇宙の創造ですが、ほぼ、サーンキヤ哲学の25原理と同じです。
しかし、質料因としての「プラクリティ」に、時間の「カーラ」が付け加えられます。

・四の創造

粗大な五元素から、「宇宙卵」が生まれ、そこから「梵天」が生まれ、「世界」が作られます。

このように、宇宙創造論で、サーンキヤ哲学の25原理の上に、人格神と抽象原理を一体化した様々な存在を置くことは、パーンチャラートラ派に限らない、ヒンドゥー系のタントラの宇宙論の特徴です。
そのため、サーンキヤ哲学のプルシャ、プラクリティを、限定された存在として矮小化しています。

上記の宇宙創造論には、神格の位格(階層)があります。
パーンチャラートラ派では、身分によって、拝むべき神格が決められています。

1 八支ヨガに長けた者 :胸に蓮華の中のマントラとしての最高神ヴァースデーヴァ
2 バラモンの祭祀者  :形を備えた最高神ヴァースデーヴァ
3 儀礼をおこなう祭祀者:マントラを伴うヴューハ神
4 下位3カーストの者 :マントラを伴わないヴューハ神
5 知識はないがバクティを捧げる4カーストの者:39の顕示神


観想やプラーナの操作する「ヨガ」は、「内的崇拝」と呼ばれ、外的な儀礼と対応関係にあります。
例えば、儀式のおける「火」は、「ヨガ」における「クンダリニー」が対応します。
これは、パーンチャラートラ派に限らない、ヒンドゥー系のタントラの特徴です。


パーンチャラートラ派に限りませんが、タントラでは「三密」、特に、「マントラ」が重視されます。
マントラは長さから4分類されます。
・ヴィージャ(種子)  :一音節の母音のみもしくはプラス子音
・ピンダ(団塊)    :複数の母音、子音の結合したもの
・サンジュニャー(名称):神の名前
・パダ(句)      :神の属性を含む句

マントラの「オーム」は、最初に顕現したブラフマンと同一とされます。
また、字母である音素を配列した車輪の形をした「チャクラ」というものがあり、そこから一定の規則で各神のマントラが抽出されます。
ヴァースデーヴァの6つの属性は、神の6つの肢体と、6つの「肢体マントラ」に対応します。


宇宙論の階層
ヴァースデーヴァ(ブラフマン)
 ↓
ラクシュミー(シャクティ)
 ↓
質料因ブーティ、手段因クリヤー
 ↓
6の属性
 ↓
3人のヴューハ神
 ↓
12人の副次的ヴューハ神
12人のヴィディヤー・イーシュヴァラ神
 ↓
39の顕示神(化身)
プラドゥユナム
 ↓
クータスタ・プルシャマーヤー・シャクティ
 ↓
ニヤティ、3グナ
プラクリティ、カーラ
 ↓
ブッディ以下18原理
 ↓
粗大な5元素
 ↓
宇宙卵
 ↓
梵天
 ↓
世界

nice!(0)  コメント(0) 

ヴィシュヌ教、シヴァ教、シャクティ教 [中世インド]

一般に、「ヴァイシュナヴァ」、「シャイヴァ」、「シャークタ」は、ヒンドゥー教の「ヴィシュヌ派」、「シヴァ派」、「シャークタ派」と表現されます。
ですが、それぞれは主神が異なり、特に前2者はそれぞれを至高神とし、一元論的な思想も持つため、当サイトでは、「ヴィシュヌ教」、「シヴァ教」、「シャクティ教」と表現します。

一般に、後者ほど、中世において、タントラ、つまり、神秘主義的傾向が強くなります。


<ヴィシュヌ教>

ヴィシュヌ教(ヴァイシュナヴァ)は、様々な信仰の対象を、ヴィシュヌが「化身(アヴァターラ)」した存在であるとし、その信仰を取り入れつつ大きくなりました。
中心となるのは、クリシュナ信仰、ヴァースデーヴァ信仰、ラーナーヤナ信仰、ラーマ信仰です。
これらを除くと、純粋なヴィシュヌ信仰というのは、あまり内容のないものになります。

ヴィシュヌ神は、ヴェーダにおいては、雷神インドラに協力する神で、偏在する太陽光の神格化とされますが、あまり重要な神ではありませんでした。
最高神に上り詰めるのは、他の信仰を取り入れたプラーナ文献の時代です。

ヴィシュヌ教の源流は、西北インドの非アーリア系クシャトリアのヤーダヴァ族のクリシュナが始めた「バーガヴァタ教」です。
これは太陽神「バガヴァット(=ヴァースデーヴァ)」を信仰するもので、-8C頃に生まれました。
神格化された父の「ヴァースデーヴァ」、その兄「サンカルシャナ」、息子「プラドユナム」、孫「アニルッダ」は、元来は同族の実在人物だったようです。
この信仰では、神へのバクティ(親愛)を重視します。

一方、「ナーラーヤナ」は、「神々の休息所」とも言われ、「原初の水」と関係し、未顕現な存在であり、ブラフマーとも同一視される神です。
「マハーバーラタ」と諸「プラーナ」では、世界創造の最高神として、乳海の中で蛇のベッドの上で横たわる「ナーラーヤナ」の姿が描かれます。
この姿は、後に、ヴィシュヌやトリプラスンダリー信仰にも取り入れられます。
そして、「ナーラーヤナ」の4つの相の内の1つが「ヴァースデーヴァ」とされました。

また、叙事詩時代に、「ヴァースデーヴァ」が「ヴィシュヌ」と同一視されるようになりました。
必然的に、「ヴィシュヌ」は「ナーラーヤナ」とも同一視されます。

その後、クリシュナと、アービーラ族の牧童信仰が習合した「クリシュナ」信仰が広がり、「ヴァースデーヴァ」=「ヴィシュヌ」の化身とされるようになります。
さらに、「ラーマーヤナ」の主人公で理想の君主である「ラーマ」も「ヴィシュヌ」の化身と考えられるようになりました。

「バガヴァッド・ギーター」は、様々なバラモン哲学、ヨガの影響を受けた聖典ですが、その原型は、バ―ガヴァタ教(ヴィシュヌ教バーガヴァタ派)の文献です。
教えを説くクリシュナがヴィシュヌの化身ですので、ヴィシュヌ教の、その神学が体系化する以前の表現であるとも言えます。
そして、解脱を獲得するための方法として、「カルマ・ヨガ」、「バクティ・ヨガ」、「ジュニャーナ・ヨガ」が説かれます。
「カルマ・ヨガ」は、私欲を離れて結果を期待せずに仕事などの行為を行う道で、それによって、ダルマに一致し、カルマの影響を受けないとします。
「バクティ・ヨガ」は、最高神への「親愛」、「帰依」を行う道です。

*各ヨガについては姉妹サイトをご参照ください。
 カルマ・ヨガバクティ・ヨガジュニャーナ・ヨガ

ヴィシュヌ教では、どの派も「ヴァースデーヴァ」を最高神としますが、「ラーナーヤナ」、「クリシュナ」、「ラーマ」については、諸派によって重要度が異なります。
哲人でも、ラーマーヌジャは「ナーラーヤナ」、マドヴァは「ラーマ」、ヴァッラバは「クリシュナ」と、重視する信仰が異なります。

<シヴァ教>

シヴァ神は、インダス文明や狩猟文化にまで遡る神ですが、その後、「ヴェーダ」の非アーリア系の神である暴風雨神ルドラと習合して生まれた神です。

ヴィシュヌ教が「化身(アヴァターラ)」という論理で様々な信仰を統合しきましたが、シヴァ教は「相(ムールティ)」という論理で、様々な信仰を統合したという側面があります。
そのため、シヴァは、「マヘーシュヴァラ(大自在神)」、「ヴァイラヴァ(:シヴァの畏怖相)」、「マハーカーラ(大黒)」、「パシュパティ(獣主)」、「リンガ(:シヴァの男根相)」、「ナタ・ラージャ(舞踏王)」などなど、様々な名で呼ばれ、様々な相を見せます。

また、シヴァ教(シャイヴァ)はその妃を崇拝するシャクティ教と不可分であり、各地の女神信仰を、シヴァの妃であるシャクティとして取り込んで発展しました。
第一の妃は、パールヴァティですが、様々な女神がパールヴァティの生まれ変わりとされます。
また、シヴァの畏怖相の「ヴァイラヴァ」は、「七母神」や「八母神」と呼ばれる「母神(マートリ)」の夫となりました。

「ヴェーダ」では、恐ろしいルドラの温和な姿が「シヴァ」と呼ばれました。
ですが、ヒンドゥーでは、ヴィシュヌが温和、シヴァが恐ろしい姿を代表します。
ルドラは火葬場や森といった恐ろしい場所の神になり、それらの場所の人々の神になったためでしょう。

シヴァは、「アタルヴァ・ヴェーダ」ではすでに最高神になりました。
リンガという男根相は、地方土着のニシャーダ族の信仰が習合したものです。

シヴァには、遊行の苦行者、水の主、狩猟の神などの性質があります。
シヴァは、苦行者の巻き髪をし、天からのガンジスを頭で受け止める、虎の皮を腰に巻き、三日月の飾りをつけ、三叉戟とダルマ太鼓を持ち、牛を連れ、遺体の灰を体に塗って青白い肌の色をしています。

シヴァ教は、その遊行苦行者などの性質から、ヴィシュヌ教よりもタントラ的要素が大きく、また、第4カーストやアウトカーストの要素が強い宗教です。
一般に、シヴァ教には、「パーシュパタ派」、「聖典シヴァ派」、「カシミール・シヴァ派」、「ヴィーラ派」、「カーパーラ派」、「カーラームカ派」、「ナータ派」などがあります。

シヴァ教の古層をなすパーシュパタ派は、「パーシュパタ・スートラ」を著したラクリーシャを開祖的存在とし、2C頃に西北ンドで生まれ、後に、インド各地に広がりました。

パーシュパタ派には、次のような特徴があります。
苦の克服を重視する、日に三度の灰の沐浴を日課とする、高笑い・歌・踊り・牝牛の唸り声・礼拝・頌を唱えるという6種の奉納を勤めとする、市中で様々な奇行を行って非難に耐えることで業を浄化することを重視するなどです。

また、パーシュパタ派は、単なる苦の滅だけでなく、高次の心の能力を得ることも目的としています。
死期には火葬場に住んで、ルドラ=シヴァを観想し、死後に、シヴァと一体化する、もしくは、シヴァの御足に達することを目指します。

パーシュパタ派は、存在を3つに分けます。
「パティ(主)」である最高神のシヴァ、「パシュ(家畜)」である「個我」(本来はシヴァと一体)、そして、「パーシャ(縄)」である、「個我」をシヴァから離し制限する覆いです。

最後の「パーシャ」には、次の3つがあります。
「個我」の根源的な汚れ「マラ」、原物質・質料因の「マーヤー」、「カルマ(業)」です。
「カルマ」は、「個我」を世界に縛り付けるという悪業・悪行の意味だけでなく、「個我の汚れ」を落す善業・善行でもあります。

<シャクティ教>

シャクティ教(シャークタ)は、シヴァやその畏怖相のヴァイラヴァの妃を信仰するタントラの一派です。
ですから、シヴァ教と明確に区別することは困難です。
シャクティ教は、シヴァ教の中のタントラ的要素が強い派であるという側面もあります。

様々な各地の女神をシヴァの妃として、パールヴァティの生まれ変わりとして統合して大きな勢力となった点は、シヴァ教やヴィシュヌ教と似ています。

女神の本質はシヴァの「シャクティ」とされますが、これは、「力」、「威力」、「能力」、「エネルギー」、「精力」、「創造力」などを意味します。

シャクティ教の主神は、派によって異なりますが、「アーナンダヴァイラヴィー」、「マハーヴァイラヴィー」、「トリプラスンダリー」、「ラリター」などです。
「ヴァイラヴィー」は畏怖相を意味する名前で、「ラリター」は温和相の女神です。
「トリプラスンダリー」は、金と銀と鉄でできた阿修羅の住む3都市トリプラの女神で、ドゥルーガーの一つの姿とされます。

女神は、甘露の海の中にある宮殿で、シヴァを寝椅子にして横たわる姿として描かれることがあります。
これは、ナーラーヤナ、ヴィシュヌと同様の姿で、非顕現な宇宙の創造力を象徴します。

シャクティ派の聖典となる「デーヴィー・マーハートミャ(女神の偉大さ)」は、6C頃(5~8Cの諸説あり)北インドで成立しました。
この聖典は、様々な神々の体から生まれるエネルギー「シャクティ」としての女神・女性原理が悪神を倒す物語が語られます。
この女神は、「デーヴィー」、「ドゥルーガー」、「カーリー」、「サプタ・マートリカー(七母神)」などの姿になり、「チャンディカー」=「激しく怒る者」など様々な呼び名で呼ばれます。
女神には、温和な相、官能的な相(シャクティ)、恐ろしい相(ヴァイラヴィー)、少女相(クマ-リー)などがありますが、「デーヴィー・マーハートミャ」やシャクティ教では、その忿怒、調伏の性格が強調されています。
これらの女神は、死と創造が一体の、エネルギーで、農耕文化の地母神の性質を受け継いでいるようです。

「デーヴィー・マーハートミャ」は、3話からなりますが、いずれもアスラを倒す物語が中心です。

第一話の主人公は「デーヴィー」で、宇宙創造時の秩序回復者とされ、「闇の女神」、「シャクティ」、「プラクリティ」、「世界を創造し、守護し、食べる者」などと呼ばれます。

第二話の主人公は「ドゥルーガー」で、神々の体から飛び出した熱光が集まり、光る女神になります。

第三話の主人公は「カーリー」で、パールヴァティの体から生まれ、「チャンディカー」、「アンビカー」、「チャームナンダー」などと呼ばれ、また、「サプタ・マートリカー(七母神)」も登場します。 



<3教の宇宙論>

各項目で紹介する各派の宇宙創造論の階層を先に、参考に掲載します。
サーンキヤ哲学の25原理の上に、有神論的な原理を置くという共通性があります。


ヴィシュヌ教
パンチャラートラ派
シヴァ教
カシミール派
シャクティ教
シュリー・クラ派
ヴァースデーヴァ/ラクシュミー 最高シヴァ/シャクティ シヴァ/シャクティ
ブーティ、クリヤー
 ↓
6の属性
 ↓
3人のヴューハ神
永遠のシヴァ
主宰神
清浄な知
永遠のシヴァ
限定されない能力
限定されない知
12人の副次的ヴューハ神
12人のヴィディヤー神
 ↓
39の顕示神
 ↓
プラドゥユナム
 ↓
プルシャ、マーヤー
 ↓
ニヤティ、3グナ
マーヤー
カラー
ヴィディヤー
ニヤティ
カーラ
カーマ
マーヤー
カラー
ヴィディヤー

ニヤティ
カーラ
ラーガ
サーンキヤ哲学25原理
(プルシャの代わりにカーラ入る)
サーンキヤ哲学25原理 サーンキヤ哲学25原理

nice!(0)  コメント(0) 
前の10件 | - 中世インド ブログトップ