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シュタイナーの霊学自由大学の秘教講義 [近代神智学・人智学]

ルドルフ・シュタイナーは、「クリスマス会議」で設立された「霊学のための自由大学」の第一学級の講義を、1924年の2月から8月にかけて、ドルナッハで19回に渡って行いました。
9月には2度目の講義を始めましたが、多分、病に伏して途中で中断になりました。
また、他の場所でも、簡略的、不完全な形で、何度か講義を行ないました。

シュタイナーは、「霊学自由大学」をミカエルの要請で作ったものだと言っており、このクラスも「ミカエル学級」と呼ばれました。
また、講義の際には、何度も、実際にミカエルが臨席していると述べています。

そして、シュタイナーは、この学級の目的を、秘儀を復興することだとも述べています。

第一学級の講義の内容は、「霊界参入(イニシエーション)」の際に「境域の守護霊」から伝えられる警告、助言の言葉であるマントラを、伝授し、それを解説することでした。

シュタイナーは、講義中に、何度も何度も、「愛する皆さん」と語りかけました。
このことも、この講義の特徴です。

「霊学自由大学」には、面接を受けて認められた者だけしか参加できませんでした。
また、受講生がつけたこの講義のノートは、マントラを例外として、8日以内に破棄することが義務付けられました。
そういういきさつがあったため、この講義は、長い間、非公開でした。
ですが、現在は、「秘教講義I、II」として一般に向けて出版もされています。

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<マントラ>

先に書いたように、講義の内容は、「霊界参入」の際に「境域の守護霊」から伝えられる警告の言葉であるマントラを、伝授し、その解説をすることでした。
この「境域の守護霊」はミカエルの代弁者なので、マントラはミカエルから伝えられた言葉でした。

19回に渡った講義では、毎回のように、順次、マントラが伝えられました。
マントラは、数十行の詩の形式をしています。

マントラは、瞑想しながら、それを自分自身と一致させることが求められました。

霊界に参入する前に、霊界を見るためのマントラによって「状況瞑想」を行うことで、あらかじめそれを知っておくのです。

まとまったマントラ全体を掲載することは避けますが、例えば、一番重要で、何度も読まれたマントラの一部を抜き出すと、次のようなものです。

「おお、人間よ、汝自身を知れ!
宇宙からの言葉が響く。

この言葉を創造するのはお前自身なのか。

思考の力を失っているのは、お前自身なのか。」

深淵を越えた向こう側の霊界で、生きた言葉の創造と共に、人間の本源を見出せ、ということでしょう。

以下、どうしても抽象的になりますが、マントラの「内容」を、部分的ではありまますが、順に取り上げて、概略をまとめます。
ですが、マントラは、このように頭だけで理解すべきものではありません。


<3つの獣>

「境域の守護霊」からの最初の警告は、「3つの獣」に関するものです。

この「境域の守護霊」は、シュタイナーの著作「いかにして超感覚的認識を獲得するか」では、「境域の大守護霊」と表現されていた存在です。

一方、「獣」の方は、「境域の小守護霊」と表現された存在に当たります。
境界を越えることを好まず、妨害する内なる自分の心の働きが、宇宙エーテルに刻印されて、醜い獣の姿で現れるのです。

霊界参入の「境域」には、「深淵」が広がっています。
この「深淵」から、「3つの獣」が立ち現れます。
彼らは、認識の敵であり、彼らを克服することで、深淵を飛び越える翼を得ることができます。

この「3つの獣」は、自分自身の悪しき「意志」、悪しき「感情」、悪しき「思考」の現れです。

第1の獣:悪しき意志:汚れた青色:恐怖
第2の獣:悪しき感情:汚れた黄色:憎しみ・嘲笑
第3の獣:悪しき思考:汚れた赤色:疑惑・無気力

汚い青色の第1の獣は、霊の創造力、認識への恐怖が、「意志」の中に生み出したものです。
この獣は、霊的認識への勇気によって克服できます。

薄汚れた黄色い第2の獣は、霊界の開示、認識への憎しみが、「感情」の中に生み出したもので、恐怖を隠す嘲笑の態度へ誘います。
この獣は、認識への正しい情熱によって克服できます。

汚れた赤い第3の獣は、霊の光の力、霊界への懐疑が、「思考」の中に生み出したもので、無気力に誘います。
この獣は、霊的な認識の創造力によって克服できます。


<思考、感情、意志の分離と変容>

人間が、物質世界に降りてくる以前、「思考」、「感情」、「意志」は、独立して働いていました。
物質世界では、肉体によって3つのものが結びつきました。
ですが、「思考」は死体のようになり、「意志」は眠った芽生えのように、「感情」は夢見のような状態になりました。

ですが、霊界に参入すると、これらはまた、バラバラに働くようになります。
それにつれて、人間は宇宙の諸力との結びつきを深めていきます。

「思考」は、宇宙の彼方へ去っていき、宇宙思想に変わってしまったかのように、そして、エーテルが吹く中に漂っているように感じられます。
ですが、「思考」に目を向けて、「思考」はまだ仮象ですが、その中に沈潜して、霊の指導力を敬わなければいけません。

「感情」は、思考に浸透されることがなくなって、時間を遡って、誕生前にいた霊界に戻っているように感じられます。
「感情」の流れに耳を傾けて、「感情」は仮象も実在も混ざり合っていますが、その中に沈潜して、魂の中の生命力を大切にしなければいけません。

「意志」は、前世の中にいるように感じられ、低級な部分に引き寄せられます。
「意志」は生きた燃焼過程です。
「意志」を働かせて、仮象の中から宇宙創造者の作用力を捉えなければいけません。


上方(恒星)を向けば、「思考」の領域には、「光と闇」の戦いを見ることができます。
水平方向(惑星)を向けば、「感情」の領域には、「暖と冷」の力を見ることができます。
下方(大地)を向けば、「意志」の領域には、「生と死」の力を見ることができます。

これらは、ルツィフェルとアーリマンの力であり、両者の均衡を取る必要があります。


<思考、感情、意志の再結合>

私達が肉体から抜けでると、「思考」、「感情」、「意志」は変容してバラバラになります。

肢体の中で、「意志」は「意志の魔術」となって思考が働きます。
4大元素に集中して「体」を実感すると、「意志」は「地球(4大)」の力に自らを組み込みます。

心臓部に位置する「感情」には、宇宙から出入りする「宇宙生命」があります。
「惑星」に集中して「魂」を実感すると、「感情」は「惑星」と共に周期運動を繰り返します。

頭部の死んだ「思考」の背後に、生きた思考があり、「宇宙思考」になります。
「恒星」に集中して「霊」を実感すると、「思考」は「恒星」のもとに安らぎます。

思考:宇宙思考 :恒星
感情:宇宙生命 :惑星
意志:意志の魔術:大地・4大元素

このように、恒星を自分の「思考」であり、惑星が自分の「感情」であり、大地が自分の「意志」であるように感じて、バラバラになります。

ですが、1つにまとめるために、それぞれに他のあり方を伝えて、結びつける必要があります。

「星々」すべてを心の中で運動させ、「星々」に引き寄せられる自分を感じます。
「惑星」は、逆に停止させて、胸部と一体化させます。
「地球」は、運動させて、自分が「地球」を担うようにイメージし、次に、停止させて恒星になるように瞑想します。

こうすることで、私自身の体を宇宙の中に感じるようになり、「思考」、「感情」、「意志」を結びつけます。


<天使との会話>

霊界の中にいると感じるためのマントラの瞑想を行うことによって、私たちは前進することができます。
そのための3つの警告が発せられます。
私たちは、魂を沈黙させて、その、宇宙と守護霊と諸位階の天使たちの声を聞きます。

まず、宇宙が、「思考の分野に耳を傾けよ」、と語ります。

そして、「天使」が、「お前の感覚の輝きに眼を向けよ」、と語ります。
「大天使」が、「お前の思考の働きに眼を向けよ」、と語ります。
「人格霊」が、「思い出の像の姿に眼を向けよ」、と語ります。

次に、宇宙が、「感情の分野に耳を傾けよ」、と語ります。

そして、守護霊が、「思考内容となって宇宙を生きよ」、と語ります。
「形態霊」が、「お前の呼吸の生命の活動を感ぜよ」、と語ります。
私たちの「自我」は、「形態霊」の思考内容なのです。

守護霊が、「星々の生命で宇宙を生きよ」、と語ります。
「運動霊」が、「お前の血液の波打つ流れを感ぜよ」、と語ります。
私たちが霊的でありうるのは、「運動霊」が星々から受け取る生命力を働かせているからなのです。

守護霊が、「土の意志から霊を創造しようと欲している」、と語ります。
「叡智霊」が、「地の強力な反抗を感ぜよ」、と語ります。
私たちの意志が天に引き上げられると、地上の意志が再び与えられるのです。

最後に、宇宙が、「意志の分野に耳を傾けよ」、と語ります。

そして、雲の動きの中から、「トローネ(意志霊・座天使)」が、「お前の衝動の火に眼を向けよ」、と語ります。
「トローネ」は、睡眠中の行動を担ってくれています。

雲から光る稲妻の中から、「ケルビム(調和霊・智天使)」が、「良心による魂の導きに眼を向けよ」、と語ります。
「ケルビム」の働きかけの中に、魂の奥底の良心の声が生きています。

稲妻の熱の中から、「セラフィム(愛の霊・熾天使)」が、「お前の運命の霊の試練に眼を向けよ」、と語ります。
「セラフィム」は、私たちの転生とカルマに力を及ぼしています。


<4大元素に向かい合う>

霊界への正しい道標となる「4大元素」とどう向かい合えば良いのか、「境域の守護霊」が語ります。

物質界での「4大元素」の働きは、「大地」の固い支え、「水」の形成力、「空気」の刺激力、「火」の浄化です。

物質界での「4大元素」のあり方は、霊界では変化します。
肉体を抜け出ると、「4大元素」の区分はなくなります。
私たちはどんどん大きく広がり、同時に「4つの元素」の中にいることになります。

ルツィフェルは、物質界での4大元素の働きが必要ないと、私たちに言います。
一方、アーリマンは、それを霊の領域に持ち込むようにと、私たちに言います。
ですが、キリストは、霊にゆだねている限りは必要ないと、私たちに言います。


<4大元素の変容>

そして、「境域」を飛び越えた私たちが、霊界で「4大元素」に向かい合うことで、何を感じ、知るべきかを、諸天使たちが語ります。

「大地の固い支え」に向かい合うことで、第3ヒエラルキアの天使たちが、私たちの霊の中で生きていることを知ります。

「水の形成力」に向かい合うことで、第2ヒエラルキアの天使たちが、私たちの内部で創造して霊を発達させてくれていることを知ります。

「空気の刺激力」に向かい合うことで、第1ヒエラルキアの天使たちが、私たちに支えを提供して、温め、輝く力をくれることを知ります。

こうして、霊界の暗闇は、少しだけ明るくなってきます。

「火の浄化力」に向かい合うことで、私たちの地上生活のすべてを記した宇宙エーテルを読み取ります。
また、「死の門」を通ったことで、地上の体験を逆に辿ります。
そして、カルマの救済を願います。

こうして、私たちは自分を知るようになります。
そして、私たちにはまだ見えませんが、守護霊と直接向き合っていることを感じます。

守護霊は、これまでに「霊」と「魂」と「体」が理解したことについて、そっと問いかけをします。それに対して、敬虔に向かい合って、次のように答えなければいけません。

「霊」の働きが、「自我」を輝かしますように。
「魂」の調和の響きが、私の「自我」を創造しますように。
人の「行為」を裁く言葉が、私の「自我」を導きますように。


<天使同士の語らい>

私たちは、人間の本性の生命に満ちた光の中にいる自分を感じます。
そして、霊眼に映じる光が立ち現れてきます。

次に、万象の中から「虹」が現れ、消えます。
守護霊は、この「虹」の印象を、感覚世界への思い出として保っているように語ります。
「虹」は、人間が地上で行なった「思考」です。

そして、宇宙の彼方から「虹」を振り返って見ると、それは巨大な「器」になって現れます。
その中には、いろいろな色が入り混じって溢れています。
この「宇宙の器」は、明るくなって「太陽」になります。

私たちは、とうとう、天使同士の語らい合いを聴きます。

第3ヒエラルキアの天使たちは、この色彩を吸い込み、これをもって第2ヒエラルキアの天使に奉仕します。
第3ヒエラルキアの天使たちは、「死んだ思想」を「生きた思想」にして、第2ヒエラルキアの天使たちに供犠するのです。

第2ヒエラルキアの天使たちは、供犠を受け取り、星々のきらめき、太陽の輝きの中で営まれる「愛」を、第1ヒエラルキアの天使たち託します。
第1ヒエラルキアの天使たちは、「愛」、つまり、宇宙の創造力を受容し、新しい宇宙を創造するための「素材」にします。

第1ヒエラルキアの天使たちは、「思考」によって創造し、人間に宇宙の言葉を注ぎます。
私たちは、宇宙創造の「霊言」の中にいて、私自身の内なる本性にもそれが浸透しています。


また、第2ヒエラルキアと第3ヒエラルキアの天使たちの語らい合いを聴きます。

「運動霊」が「天使」に「高みの光(思考の輝きの力)」を与えます。
それが人間の「思考」を明るくします。

また、「叡智霊」と「形態霊」が「魂の熱」を「大天使」に与えます。
「大天使」がその「熱」で人間の「感情」を働かせます。

そして、「叡智霊」、「運動霊」、「形態霊」が「深みの力」を「人格霊」に与えます。
「人格霊」がそれで人間の「意志」を働かせます。


<守護霊の最後の語り>

最後に、守護霊が遠くから語ります。

星々の光輝体が、霊言を語ります。
人間の心は、セラフィムの、創造する霊火の言葉であり、それが私であることを見出します。

霊言の中で、星々の光輝体が考えます。
人間の頭が、ケルビムの、思考する魂の形成作用であり、それが私であることを見出します。

霊言の中で、星々の宇宙体が働きます。
人間の肢体は、トローネの、宇宙の担い手の力であり、それが私であることを見出します。

こうして、私たちは、第1ヒエラルキアの天使たちの中で、真の人間自我を把握できる終着点にまで至ります。

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ルツィフェルとアーリマン、ミカエルの時代 [近代神智学・人智学]

ルドルフ・シュタイナーは、2つの対照的な悪魔的存在として、「ルツィフェル」と「アーリマン」について語ります。

ですが、どちらも絶対的な悪ではなく、本来は宇宙的な使命に従がった働き、進化において役割を果たす存在ですが、時と場合によって悪になってしまうのです。
シュタイナーは、「キリスト」的なものは「ルツィフェル」と「アーリマン」の均衡を取ると言います。
人間の中で両者の均衡が崩れた時、彼らは「悪」になるのです。

シュタイナーは、現在が「ミカエルの時代」であり、「ミカエル」と「アーリマン」の戦いが続いているとも語っています。
そして、「ミカエル」は「ルツィフェル」の誤謬と「アーリマン」の誘惑に対して人間に正しい位置を示すのです。

また、シュタイナーは、マニが、悪の中に入って悪を解放、克服すると考えたことを評価します。

これらの悪魔的存在と天使のテーマは、シュタイナーの人智学にとって核心的なテーマであり、神智学協会と異なる点でもあります。

この項では、「ルツィフェル」と「アーリマン」などの悪魔的存在、そして、「ミカエルの時代」などについてまとめます。


<ルツィフェルとアーリマン>

シュタイナーによれば、「ルツィフェル(ルシファー)」は、人間の魂を高揚させて、幻想に閉じこめます。
人間を物質界から遠ざける側面と、感覚世界に降ろす側面があります。

一方の「アーリマン(サタン、メフィストフェレス、マモン)」は、人間に物質界を志向させ、唯物論を信じ込ませます。
そして、小さな党派に分裂させて争わせます。

肉体的には、「ルツィフェル」は軟化させ若返らせますが、「アーリマン」は硬化させ、老化させます。
魂においては、「ルツィフェル」は、神秘主義や芸術を志向させ、「アーリマン」は、俗物主義や科学を志向させます。
精神においては、「ルツィフェル」は眠りを誘い、「アーリマン」は覚醒を促します。

人間が物質界・感覚界との関係において自由でいられるのは、「ルツィフェル」的な力を通して自分の魂の一部が霊的領域に留まることができるからです。
グノーシス主義は「ルシファー」的な力から衝動を受け取っていました。

一方、すべての自然認識は「アーリマン」的な活動によって可能となります。
また、「アーリマン」は「死」を霊界から合法則的にコントロールする使命を果たす、感覚界における「死と消滅の主」です。
ですが、「死」には「意識魂」を育てる役割があります。

人間はこの二つの力の均衡を取ることで、高次な存在段階へ進化していくことができます。
「キリスト」的なものは、この均衡を取らせる原理です。


二つの力は、時代の経過の中で、交代で優位を占めてきました。

「ルツィフェル」は、太陽紀から月紀にかけての「天上の戦い」で、「妨害の神々」となった「運動霊」の誘いに乗り、その後、月から分離した太陽の影響に反抗して自由になった存在です。

「ルツィフェル」は、レムリア時代に人間の「感覚魂(アストラル体)」の中に住み着いて、自由と感覚的欲望を与え、感覚的世界へと引きずり下しました。
「ルツィフェル」のせいで人間は予定よりや早く物質界に降り、自然の背後の霊的世界を見えなくなりました。
「原罪」の本当の意味は、この出来事です。
ちなみに、ブラヴァツキー夫人にとっては、「原罪」は、レムリア期からアトランティス期に人間が「メンタル体」の知性を持つようになったことです。

一方、「アーリマン」は、アトランティス時代に人間の「悟性魂」の中に住み着いて、物質的なものへの志向を与えました。
そして、人間に霊的世界の認識をできなくしました。

また、「ルツィフェル」は、後アトランティス時代の第3(カルデア・エジプト)文化期に、中国の人間の中に受肉しました。

一方、「アーリマン」は、第5(ゲルマン)文化期の15C以降に強力になってきました。
そして、1841年に、ミカエル達と「アーリマン」達の戦いが始まり、1879年に、ミカエル達が「アーリマン」達を地上に投げ落とした結果、「アーリマン」は人間の一人一人の中に侵入するようになりました。
そして、19Cには、唯物論が当たり前になってしまいました。


<ブラヴァツキー夫人とシュタイナー違い>

ブラヴァツキー夫人が作った神智学の機関紙も、シュタイナーが作った人智学の機関紙も、そのタイトルは「ルシファー(ルツィフェル)」でした。
両者は、堕天使に関して、独特の解釈をして、重視しています。

「アフラ・マズダ」は、シュタイナーにとっては「太陽ロゴス」ですが、ブラヴァツキー夫人では「高級自我」となった「モナド」です。
シュタイナーはマズダ教に従い、神智学はより古いミトラ教に従っています。

「ルツィフェル」と「アーリマン」は、人智学では2つの対照的な霊ですが、神智学では「アーリマン」は「低級マナス」=「メンタル体」であり、「ルシファー」は「マフラ・マズダ」同様に「高級自我」です。

両者の「アーリマン」は働きとして似ていますが、シュタイナーでは実体を持つ霊的存在であるのに対して、ブラヴァツキー夫人においては、あくまでも比喩的表現です。

シュタイナーの「ルツィフェル」は、反逆して自由を獲得した点では、神智学の、レムリア期に人間に受肉することを拒否した「アグニシュバッタ(アスラ)」に相当します。

人類史の転換点は、ブラヴァツキー夫人にとっては、レムリア期に金星からサナート・クマーラ達が地球に来訪して「世界主」になり、人間の「メンタル体」を準備したことです。
シュタイナーにとっては、キリストがイエスに受肉して、ゴルゴダの秘跡で地球霊になったことです。 

「天使の堕天」は、ブラヴァツキー夫人にとっては、人間に受肉したマナスが、アストラル体に染まって分裂したことです。
ですが、シュタイナーにとっては、まず、月紀に、ルツィフェルが進化から取り残された存在になったことであり、次に、1879年にミカエル達がアーリマン達を地上に投げ落としたことでしょう。


<ソラトとアスラ>

シュタイナーは、1995年に公開された講演の中で、「ヨハネ黙示録」が語る「666」の数字を持つ「獣」について、それが太陽の悪魔「ソラト」であり、「アーリマン」的な悪魔のグループであると言っています。

「ソラト」は666年に、ペルシャ帝国の中心地ゴンディシャプール(ジュンディーシャープール、マニが処刑された地)の哲学者達(アヴェイロスのような)に、唯物論につながる教義を生み出させました。
そして、666の倍数の1332年には、キリストを太陽存在とする教義を復活させようとしていたテンプル騎士団を攻撃して破滅させました。

シュタイナーは、666の3培数の1998年には、3回目の攻撃があると予言していました。
人間がエーテル体の「キリスト」を見ることを妨害することもその攻撃の目的です。

そして、西暦3千年紀に、「アーリマン」は西洋の人間に受肉すると予言されています。
これは受肉とは言っても、魂に浸透し、肉体を貫くことを意味します。
受肉したアーリマンは、見事な技術を使って、魔術的に人間を霊視者にしますが、これによって、人間が無意識的に欲している悪を実現してしまいます。

また、シュタイナーは、1909年に行った講演「キリストの行為と、キリストに敵対する霊的な力としてのルツィフェル」、アーリマン、アスラについて」で、もう一つ別の悪魔的存在「アスラ」について語っています。
そこで彼は、「アスラ」は、もうすぐ「意識魂」と自我の中に忍び込み、自我の一部をもぎ取り、唯物進化論的な人間観を強化するといいます。

シュタイナーは、別のところで、「アスラ」を天使の第7位階の「人格霊」であると言っています。

ちなみに、シュタイナーは、「ルツィフェル」はインドの「デーヴァ」、「アーリマン」は「アスラ」に当たると語っています。
上の講演では「アーリマン」と別に「アスラ」を語っていますが、同類の存在ということなのでしょう。

シュタイナーは、インド人が「デーヴァ」を崇拝したのに対して、ペルシャ人が下位の存在とした「アスラ(アフラ)」を崇拝したと言います。
それは確かにそうですが、実際には、「アフラ」の方が本来の上位の神格で、「アフラ・マズダ」も「アフラ」族ですし、「アーリマン」は本来、アーリア人の民族霊なので、シュタイナーの説とは矛盾します。

上に書いた1909年の講演では、シュタイナーは、もう一方で、人間は「キリスト」を認識することで、自分自身と「ルツィフェル」を救う、と語っています。
その時、「ルツィフェル」は、自立した認識、知恵に満ちた認識の霊として、高次な栄光のうちに復活し、「聖霊」として「キリスト」と一体化すると。


<ミカエルの時代>

シュタイナーによれば、人間の指導を、一つの時代に一人の天使が行います。
7大天使が順に交代し、2160年周期で一周します。
そして、1879年に「ミカエルの時代」が始まったと言います。
「ミカエル」は、自由と創造の天使です。

「ミカエル」は、霊的宇宙の中で諸理念をBC9Cまで管理していました。
人間にとっては、思考内容は「ミカエル」の啓示でした。

ですが、「ルツィフェル」と「アーリマン」の働きによって、人間は、宇宙の諸力から切り離されました。

そして、「キリスト」によるゴルゴダの秘跡を経て、AD9C以降、人間は、唯名論の考え方に代表されるように、自分が「思考内容」を形成すると感じるようになりました。
「自由」の意識を育てることができるようになったのです。

ですが、15C以降、「アーリマン」の力が強まって、思考は霊的に死んだ構成体になりました。

そして、19Cの唯物論的が強まる中で、「ミカエル」達が「アーリマン」達と戦い、「アーリマン」達を地上に投げ落としたことで、「ミカエルの時代」が始まりました。
ですが、「アーリマン」達は力を失ったわけではなく、人間の一人一人の中に侵入しました。

「ミカエル」は、人間の魂の中で生き、思考内容を形成しようとします。
ですが、「ミカエル」自身は何も啓示しません。
人間による「自由な創造」を促し、その結果に同意のまなざしを送り、その中に生きます。

そして、人間が創造した行為を受け取り、それを宇宙的な行為にします。
古代の秘儀参入者は、神々が人間の内面に書き込んだものを読み、それを外界のアストラル光に書き込みました。
ですが、「ミカエル」の秘儀は、外界のアストラル光を読み、それを神々にもたらします。

また、「アーリマン」は人間の民族主義を強めて分断を計りますが、「ミカエル」は、血縁や地縁の代りに霊的な縁のつながりを生じさせ、民族間の差別なしに生きていくことを促します。

「アーリマン」は、太古の時代から独立した宇宙存在で、「アーリマン」が知性を獲得した時、知性は心や魂と関係させることをしませんでした。
ですが、「ミカエル」にとって、知性は魂の表現であると共に、頭と精神の表現ともなりうるものです。

また、「ルツィフェル」は外界の印象を強めて、意識の中で表象となって輝かせます。
ですが、「ミカエル」はこの「ルツィフェル」の力を霊視力に転化しようとします。

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シュタイナーのキリスト論とイエス論 [近代神智学・人智学]

神智学協会では、「キリスト」は白色同胞団の「世界教師」という一役職であり、イエスは「キリスト」が宿った何人かの一人に過ぎません。
ですが、シュタイナーにとっては、「キリスト」は「太陽ロゴス」であり、「イエス」はそれを宿した唯一の存在であり、ゴルゴダの秘跡は地球史における唯一の出来事です。

シュタイナーは、「神秘的事実としてのキリスト教と古代秘儀」以来、それぞれの福音書に関する講演、その他多くの書で、「キリスト」と「イエス」について語りました。

これは、シュタイナーの人智学の核心に関わるテーマであり、神智学協会の思想との違いでもあります。
この項では、シュタイナーのキリスト論、イエス論について、まとめます。


<キリスト>

シュタイナーは、イエスがヨルダン川の洗礼の時に「キリスト」が受肉し、ゴルゴダの十字架上で血を流した時に、「キリスト」が地球と一体化したと言います。

シュタイナーは、「キリスト」とは「太陽ロゴス」であり、地球と一体化して「地球霊」となり、人間の中にも入ったのだと言います。
そして、地球、大地は「キリスト」の肉体となりました。

ですが、シュタイナーの言う「キリスト」は、神智学が言う白色同胞団の「世界教師」という一役職でもなければ、キリスト教が言う三位一体の子なる神でもないようです。
また、「太陽ロゴス」も、神智学の言う「太陽ロゴス」、つまり、太陽系の最高神とは違うようです。

シュタイナーが「キリスト」を「太陽ロゴス」とするのは、「ヨハネ福音書」やフィロンなどのギリシャ系神智学、秘教的キリスト教の伝統を継承してはいます。

ですが、シュタイナーは「キリスト」を、太陽紀に人間の段階にまで進化した「火の霊」を率いた大天使(第8位格の天使)であると言っています。
そして、月紀に太陽が分離した時に太陽に移り住んだ6人の光の霊「エロヒム」達が「太陽ロゴス」の本質だとも言います。
そして、地球紀ヒュペルポレアス時代に、地球から太陽が分離した時にも、太陽に移り住んだ存在です。

神智学との対応については、よく分かりません。
もともと、神智学と人智学では、宇宙進化論の中での「太陽」の意味が違います。
また、神智学のサナート・クマーラ達は「炎の主達」と呼ばれますで、これと「火の霊(大天使)」は、対応しているのかもしれません。


シュタイナーによれば、ゴルゴダの秘跡以前の多くの宗教は、太陽神として「太陽ロゴス」たる「キリスト」を崇拝しました。
ゾロアスター教のアフラ・マズダ、エジプトのオシリス、ギリシャのゼウスも同様の存在であると言います。

そして、古代の秘儀では、3日間の仮死状態の中で、太陽神を見ました。
ですが、「太陽ロゴス」が「地球霊」になって以降、これを行うことができなくなったと言います。

シュタイナーは、ゴルゴダに秘跡は、従来は少数者だけが秘儀で体験した「太陽ロゴス」との合一を、全人類に開かれた認識の道に変えたと言います。

つまり、こうして、人間は、肉体を持った目覚めた意識の中で、言葉を通して霊的なものを認識し、「意識魂」を育てる時代になったのです。

また、「キリスト」は1909年にエーテル界に出現したと言います。
そして、人智学はエーテル体のキリストを見えるようにするため、人々の霊視能力の獲得に尽くす使命を持っているのです。


<イエスの生涯>

シュタイナーは、福音書が語るイエスは2人いて、「キリスト」以外に、仏陀やゾロアスターも宿ったと言います。
つまり、「キリスト」を宿すために、イエスには二つの霊統が流れ込んで、準備がなされたのです。

「ルカ福音書」が語る「ナザレのイエス」は、ダヴィデ家の司祭系、「ナータン系」の生まれです。
そして、もう一人は「マタイ福音書」が語る「ベツレヘムのイエス」で、ダヴィデ家の王系、「ソロモン系」の生まれです。

「ナータン系のイエス」の母は、浄化されたアストラル体を持っていました。
浄化されたアストラル体は「処女ソフィア」と呼ばれる存在で、「宇宙自我」=「聖霊」の光を受け取ることができます。

また、仏陀は同情と愛を霊的領域から人間の中に流し込むことを任務としていたのですが、「ナータン系のイエス」のアストラル体に、仏陀の応身(アストラル体)が働きかけました。
ちなみに、仏教では、一般に「応身」は肉体の仏、「報身」がアストラル体の仏ですが、シュタイナーは反対の意味で使っています。
多分、この使い方は、神智学から継承したものでしょう。

ゾロアスターは、太陽神を説きましたが、死後、アストラル体はヘルメスに、エーテル体はモーゼに与えました。
そして、ゾロアスターの自我は、カルデアのザラトスを経て、「ソロモン系のイエス」に受肉しました。
「ソロモン系のイエス」は、エジプトに行って、ヘルメスとモーゼを通して与えられた力を取り戻しました。

12歳の時、ゾロアスターの自我は、「ナータン系のイエス」に移り、「ソロモン系のイエス」は亡くなりました。
同時に、仏陀の応身は「ナータン系のイエス」の母に結びつき、その後、母は亡くなりました。

仏陀の後を継ぐ菩薩は、エッセネ派のパンディラのイエス(異端として処刑された人物)に受肉して、イエスの準備をしていました。
ちなみに、この菩薩は3千年後に弥勒菩薩として仏陀になります。

「ナータン系のイエス(以下「イエス」)」は、エッセネ派から秘密を教授されました。
ですがその後、「イエス」に仏陀が現れ、自分がエッセネ派のような教団を作って、教えを少数の者に限定したのが間違いだったと伝えました。
また、「イエス」は、エッセネ派は教団から悪魔的存在の「ルツィフェル」と「アーリマン」を追い払っても、他の人間のところに行くだけだということを知りました。

「イエス」が20歳の頃、「ソロモン系のイエス」の母がイエスの義母になりました。
彼女は、ゾロアスターの教えをイエスに伝えました。
また、「イエス」は、ミトラス教が悪魔的な力の支配下に置かれるようになったことを体験して知りました。
シュタイナーはマニ教を評価しますが、その西方版ミトラス教は評価しないようです。

その後、「イエス」からゾロアスターの自我が去りました。
そして、洗礼者ヨハネからヨルダン川で洗礼を受けました。
この時に「キリスト」が「イエス」に受肉しました。

同時に、「イエス」の母の霊(=聖母マリア)が義母に宿りました。
「キリスト」が受肉した「イエス」は、荒野で「ルツィフェル」と「アーリマン」と戦いました。

そして、ゴルゴダの秘跡に至ります。

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シュタイナーの薔薇十字の修行法とイニシエーションの階梯 [近代神智学・人智学]

ルドルフ・シュタイナーは、1904-5年の「いかにして超感覚的世界の認識を得るか(以下「いかにして」と略す)」、1906年の講演「神智学の門前にて」、1907年の講演「薔薇十字会の神智学」、1910年の「神秘主義概論」中の「高次の諸世界の認識」などで、修行法とイニシエーションの階梯について語っています。

これらでシュタイナーが勧めている修行法を、彼は薔薇十字会系のものであると語っています。
ただし、「いかにして」や「神秘主義概論」では、「薔薇十字」という表現は使っていません。

薔薇十字の修行法は、思考を通した認識や自由を重視するもので、シュタイナーは、この修行法が、現代の西洋人に適した道であり、人智学の「精神科学(霊学)」に合った道だと考えました。
この方法を説くことは、シュタイナーの歴史観の帰結であり、「東洋の道」を重視する神智学協会と根本的に相違する点でもあります。


<3種の道>

シュタイナーは「神智学の門前にて」、「薔薇十字会の神智学」などで、3種類の修行の道について述べています。
「東洋(ヨガ)の道」、「キリスト教の道」、「薔薇十字の道」の3つです。

「東洋の道」はパタンジャリの「ヨガ・スートラ」の八支則のことです。
シュタイナーは、単純にこれを「東洋の道」とします。
神智学協会が「ヨガ・スートラ」を重視していることが、その理由の一つかもしれません。
シュタイナーは、この道を、完全にグルに頼る方法であると言います。

「キリスト教の道」は、「ヨハネ福音書」を通して、ロゴスの力、キリストの生涯を内面的に魂で体験する方法です。
キリスト=ロゴスが地球の霊となり、肉体の中に入って私たちの下に住んだことを信じることが前提となる道です。
シュタイナーはこれを秘儀の7つの段階と考えます。

1 洗足   :謙虚さ、動・植・鉱物に感謝
2 鞭打ち刑 :断固として立ち向かう
3 茨の戴冠 :馬鹿にされても毅然と耐える
4 磔刑   :身体に対する無関心
5 神秘的な死:地上的なものに対する死、被造物の苦しみを体験
6 埋葬・復活:地上のすべてを自分の体と感じる
7 昇天   :魂が脳から自由に


<薔薇十字の道>

「薔薇十字の道」は、知識によって信仰から離れた人のための道であり、霊視や霊聴を叡智の源泉とする道です。
グルは助言者に過ぎず、修行者は自立し、霊界との関係こそが第一とされます。
また、「いかにして」などのシュタイナーの著作は、書自身がグルの代りとなるように書かれています。

「薔薇十字の道」は、基本的にはクリスチャン・ローゼンクロイツによって作られ、指導されました。
シュタイナーは、彼を、高次な霊的存在が受肉した、歴史的に実在した人物であると言います。
ですが、より古くは、マニやディオニュソス・アレオパギタなども、この道の形成に力を尽くしたと言います。

もちろん、現在の知見では、クリスチャン・ローゼンクロイツは、ヴァレンチン・アンドレーエが創作した人物で、天使のヒエラルキアについて著した「天上位階論」のディオニュソスは、「偽ディオニュソス」とされます。
また、当時シュタイナーが知りえたマニの情報は限られていましたが、悪に対する考え方に共感しています。

「いかにして」では、最初に次の基本的な2つの道が説かれます。
一つ目は、「畏敬の道」で、真理と認識に対する畏敬の念を持つということです。
二つ目は、「内的生活の開発の道」で、毎日時間を確保して、内的平静を保ち、思考の瞑想を行うことです。

また、「神智学の門前にて」では、「薔薇十字の道」は2つの自己認識が基本であると言います。
一つは、低次の自己認識で、日常の自分を観察し、それが高次な存在でないことを認識します。
二つ目は、高次の自己認識で、高次な自己は外なる世界の中にあると認識します。


<特性を獲得する6つの行>

「薔薇十字の道」には、「6つの行」と呼ばれる方法があります。
また、イニシエーション(霊界参入)が7段階で語られ、それに対応する行法もあります。
「神智学の門前にて」では、この2つは平行して行うべきものと語られます。

「6つの行」は、「いかにして」、「神智学の門前にて」、「神秘学概論」などで語られます。
これは、「魂の特性」を獲得する行で、体と魂を分離させずに霊的に進歩するための基本的な方法です。
一見すると神秘主義や霊能力とは関係なさそうな、精神の基本的な能力を伸ばす訓練です。

具体的には、以下の通りです。

1 思考のコントロール(思考の行)
:一つの概念について論理的に考えていく
2 行動のコントロール(意志の行)
:毎日、決めた時間に決めた行動を行うなど
3 感情のコントロール(感情の行)
:平静を保ち、快不快、喜び・苦しみの表現を統御する
4 積極性
:あらゆる事物・人の中に善・良い点を見つけ、肯定的な態度を身につける
5 信頼・受容
:何事も過去の経験で判断せず、新しい体験に信頼を持って向かう
6 調和
:上の5つの行を通して能力の均衡を形成する


<イニシエーションの7段階と行法>

イニシエーションの7段階とそれに対応する行法については、「神智学の門前にて」、「薔薇十字会の神智学」、「神秘主義概論」などで語られます。
基本的には以下の順番に行いますが、人によって前後して異なる順番で行ってもかまいません。

1 学習、霊学の研究
2 イマギナチオーン認識(霊視的想像力)の獲得
3 インスピラチオーン認識(霊聴的霊感)の獲得
4 イントゥイツィオーン認識(合一的直観)の獲得
5 小宇宙と大宇宙の照応
6 大宇宙との一体化
7 三昧(神的至福)

各段階の意味と、そこに至るための行法は、以下の通りです。

1の「学習」のための行法は、論理的に思考する、読書で著者の論理をたどる、思考展開・思考体系への沈潜などです。

2の「イマギナチオーン認識(想像力・霊視)」の獲得のための行法は、
象徴的形象へ沈潜する、すべて事物を霊の象徴的比喩と見る、植物の成長過程を瞑想するなどです。

象徴的形象へ沈潜は、シュタイナーが勧める方法は、まず、植物と人間の瞑想です。
これは、植物と人間の存在のあり方の違い、植物の完全性と、植物にない人間が持つ感情・欲望の高次性と不完全性をイメージするものです。
そして、植物存在をその緑の樹液に象徴し、人間存在を赤い血液に象徴します。

次が、薔薇と十字の瞑想です。
これは赤い薔薇をイメージし、それが緑の樹液が赤く変化したものであり、それを浄化された感情・欲望として感じます。
次に、黒い十字架の上に7つの薔薇をイメージします。
そして、前者を根絶された低次な感情、後者を浄化された感情として感じます。

重要なのは、イメージに感情を込めることと、イメージの内容よりも想像力自体を問題とすることです。

この認識によって、変化する存在を認識できるようになります。
この段階は「アストラル界参入」と呼ばれます。

3の「インスピラチオーン認識(霊感・霊聴)」の獲得のための行法は、上記の「6つの行」や、「逆向き瞑想」(毎日の出来事を時間を遡りながら客観的に振り返る)、感覚に捕らわれない「純粋思考」などです。
「イマギナチオーン認識」と違って、認識において感覚的な形象との結びつきをなくす必要があります。
また、この段階の認識を意味あるものとするには、宇宙的な象徴への集中や、理念への瞑想の行によって、魂を成長させる必要があります。

この認識では、変化する存在の内的特性、形姿の中に表現される存在同士の内的関係、天球の諧調を認識できるようになります。
また、文字の形の中にある象徴を理解することができるようになります。
そのため、この段階の認識は、「意味文字の解読」とも呼ばれます。
また、思考や概念が、生きた具体性を持ったものとして体験されます。
この段階は「神界参入」と呼ばれます。

4の「イントゥイツィオーン認識(直観・霊的合一)」の獲得のための行法は、形象的な体験だけでなく、霊聴的な体験も含めて、これまでの体験のすべてを消し去った時に、現れたものに対して没頭することです。
この認識では、存在の内面の認識ができるようになります。

また、この段階では、呼吸法によって植物のように炭素を酸素に変換することができるようになります。
そのため、この段階は「賢者の石の製造」とも呼ばれます。

5の「小宇宙と大宇宙の照応」の段階では、身体の各部分に沈潜することで、それが生まれることになった理由、それが照応する外部(大宇宙)を知ることができるようになります。

6の「大宇宙との一体化」は、5の延長上にあるもので、身体の各部分から出発して、それが拡大され、外部の世界の中に沈潜して、そこに神を見出すことです。

7の「三昧(神的至福)」では、6を通して、全宇宙の意志に応じた仕方で自分に対することができるようになります。
思考内容をなくした思考活動で、神的・霊的世界に安らぎます。


<イニシエーションの結果>

イニシエーションの結果として現れる事項に関しては、上記の著作、講演や、「いかにして」で語られます。

具体的には下記のような結果、現象が現れます。

A 霊的器官の形成
B 夢・睡眠中の意識の持続
C 高次の自我と人格の分裂・再結合
D 境域の守護霊との対面

Aの「霊的器官の形成」は、まず7段階の第2段階の結果として、アストラル体の次元でチャクラ(蓮華、輪)が輝き始め、次に回転を始めて、霊視能力が現れます。

シュタイナーはチャクラの種類を下記のように4つ数えます。

・喉のチャクラ :16弁:思考内容の霊視能力と関係
・心臓のチャクラ:12弁:魂の志向、動・植物の諸力の認識と関係
・腹部のチャクラ: 6弁:官能性と霊性の均衡に関係
・鳩尾のチャクラ:10弁:魂の才能や能力の認識と関係

心臓のチャクラは光を照射して、アストラル界を知覚することができるようになります。

次に、第3段階の結果として、エーテル体の次元で、心臓の回りに新しい中心点が意識されるようになり、それが認識器官になります。
これは、チャクラにエネルギーを流すようになり、外部に向かっては、光線を放つようになります。

次に、第4段階の結果としては、肉体の次元で変化が起こります。


Bの「夢・睡眠中の意識の持続」は、まず、第2段階の結果として、夢に変化が起こります。
最初に、物質世界を反映した夢も霊的世界を反映した夢も規則的になります。
次に、夢の中で目覚める(意識を保つ)ことができるようになります。
そして、物質界に属さない情報が夢の中に現れます。
また、夢のイメージが日常世界に入ってくるようになり、そのイメージを意識的にコントロールできるようになります。

次に、第3段階の結果として、夢のない眠りにも意識を持続させることができるようになります。
すると、イメージに音と言葉が加わり、イメージは自分が何者であるかを語り、霊的事項の「原因」が打ち明けられます。
日常と関係した事項の場合はそれが解明され、日常と無関係な事項の場合は喜びを感じます。

Cの「高次の自我と人格の分裂・再結合」は、はっきりとどの段階とは言えませんが、まず、第2段階の結果として、「高次の自我」が形成されます。

その後、従来の「意志」、「感情」、「思考」の結びつきがバラバラになり、それぞれが独立して働くようになります。
「高次な自我」が、それらを制御し、育てて、再度、結びつけます。

普通、覚醒時には高次の世界の刺激は無意識に受け取っていて、自分より上級の霊的存在に導かれています。
ですが、これを意識化すると、自立することになるので、この時、「意志」、「感情」、「思考」の再結合が行われるのです。
そして、人は自分の責任で行動して、霊的な世界の事項を地上に移し入れる使命を果たすようになります。

Dの「境域の守護霊との対面」もはっきりとどの段階とは言えませんが、「小守護霊」と「大守護霊」の2段階があります。

「境域の守護霊」は、人が霊的な世界に入る時に出会う存在で、「ドッペルゲンガー」とも呼ばれます。
人がまだ準備ができていない場合は霊界に入ることを拒否したり、忠告をして、進める状態に促したりします。

「小守護霊」は、エーテル体とアストラル体で、「意志」、「感情」、「思考」の結びつきが解け始めた時に現れます。
「小守護霊」は、醜い姿をしていて、「死の天使」とも呼ばれます。
この醜い姿は、その人自身の過去に生活の結果です。
そのため、「小守護霊」を美しい存在にしようという欲求が生まれます。
そして、自分を浄化していくに従って、「小守護霊」の姿も変わっていきます。

「小守護霊」は、人が前に進むと、その人をこれまで導いてきた高級霊が離れることを打ち明けます。
前に進もうとする人が、民族霊や種族霊の力を身につけていなければ、孤立した存在になってしまいます。

「大守護霊」は、「意志」、「感情」、「思考」の結びつきが解けることが、肉体にまで及ぶ時に現れます。
「大守護霊」は「高次の自我」の理想の姿で、壮麗な姿をしています。
そして、人に、他者の救済のために働くべきことを告げます。
人がさらに進んでいくと、やがて「大守護霊」と合一します。


<「いかにして」のイニシエーションの3段階と行法>

「いかにして」では、次のような、イニシエーションの3段階とそれに必要な行が語られます。

I 準備
II 開悟
III イニシエーション(霊界参入)

これらは、大体のところ、上記した7段階の最初の3段階に相当するようです。

Iの「準備」では、植物の成長・開花を観察、それに集中し、そこから生まれる感情と思考に集中します。
また、自然の発する音に集中します。
そして、他人の言葉に集中し、自分の賛否の判断なしに没我的・脱自的に、相手の言葉に没入して傾聴します。

IIの「開悟」では、鉱物、植物、動物を考察して、それぞれから流れてくる感情を感じます。
そして、その霊的な色彩(オーラ)を見るようにします。

IIIの「イニシエーション」は、3つの「試練」の段階を経過する必要があります。

最初の試練は「火の試練」です。
これは、鉱物、植物、動物の本質について真実なる直観を獲得するものです。
これを通して、事物のヴェールが脱げ落ち、これまでに知覚できた霊的事物の秘密言語、秘密文字が理解できるようになります。

次の試練は「水の試練」です。
秘密言語が教えてくれた規準に従がって、義務を正しく認識して遂行しなければいけません。
それを通して、霊眼、霊耳が成長し、また、自制心や判断力などが鍛えられます。

最後の試練は「風の試練」です。
この段階では、自分で道を見つけて、「高次の自我」を見い出します。
そして、無条件な霊の顕現を実現する必要があります。


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シュタイナーの人間の本質と霊界の階層 [近代神智学・人智学]

ルドルフ・シュタイナーは、人間の9本質(7本質)や、霊界の階層構造について、1904年の「神智学」、1906年の「神智学の門前にて」、1907年の「薔薇十字会の神智学」、1910年の「神秘学概論」などでまとめて述べています。

この項では、ルドルフ・シュタイナーの人間本質論と霊界構造論について、まとめます。


<人間の9本質>

シュタイナーは、下記のように人間の9本質を考えます。

・霊
1 霊人(アートマ) :インツゥイツィオーン認識(合一的直観)
2 生命霊(ブッディ):インスピラチオーン認識(霊聴的霊感)
3 霊我(マナス)  :イマギナチオーン認識(霊視的想像力)
・魂
4 意識魂       :霊我と一体になった魂
5 悟性魂(自我・私) :覚醒意識(人間的・対象的意識)、思考力 
6 感覚魂       :アストラル体と一体になった魂
・体
7 アストラル体(魂体):夢の意識(動物的意識)、感覚・感情
8 エーテル体(生命体):睡眠意識(植物的意識)、形成力
9 肉体(物質体)   :昏睡意識(鉱物的意識)

3分説では、1から3が「霊」、4から6が「魂」、7から9が「体」です。

そして、4と3は一体で、6と7も一体なので、全部で7本質となります。

また、5が「自我」だと言う場合、この「自我」は日常的な「自我」ですが、目覚めた「自我」は、5と4が一体の「自我」と捉えられます。

また、5の「自我」を中心にして、上下が対象の構造になっています。
つまり、「自我」は7から9を感覚によって知覚しそれを言語化し、1から3を直観によって知覚しそれを言語化します。

そして、7、8、9は、それぞれに、3、2、1が変化したものであるとも言うことができます。

「自我」を3「霊我」で満たすと、それが7「アストラル体」を照らし、それによって「自我」が「アストラル体」を支配することで、そこに「霊我」が現れるのです。
つまり、「アストラル体」を意識化して働きかけることで、その部分が「霊我」になるのです。
こうして、「アストラル体」は変化していない部分と、変化した部分(霊我)から構成されるものになります。

変化させることはより難しくなりますが、2と8、1と9の関係も同様です。

この上下対称性は、ブラヴァツキー夫人の神智学にはありません。
過去の神智学では、唯一、プロクロスときわめて類似しています。
ただ、シュタイナーがプロクロスについて語っているのを知りませんし、プロクロスには下位のものが上位のものに変化するという関係はないと思われます。


「魂」は「体」を通した「体験(印象)」を「表象」に作り変え、それを「霊」に受け渡すと、「霊」はそれを「能力」に変換して成長します。

また、シュタイナーは、「人間は思考存在であって、思考から出発するときにのみ、認識の小道を見つけることができる」と言い、「悟性魂」が行う「思考」を重視します。
ですが、単なる「抽象的思考」は超感覚的認識の息の根を止めると言います。
そうではなく、「生きた思考」が、超感覚的認識の土台を築くのです。

超感覚的認識というのは、「魂」、「霊」の諸感覚で、それぞれ、魂的、霊的存在を直接、知覚します。

思考を「生きた」ものにするには、外界に対して偏見を排して帰依する態度で、自分自身を空の容器にして、事物や出来事が自分に語りかけてくるように、外部のものに思考内容を作り出させることが必要です。

シュタイナーは、霊界の法則が思考存在としての私自身の法則と一致している時、はじめて私は霊界の法則に従うことができる、と言います。
そのような「魂」の中の不死なる部分、真・善を担うのが「意識魂」です。

そして、「私」として生きる霊は、「自我」として現れるから「霊我」と呼ばれます。

また、独立した霊的人間存在が「霊人」で、「霊人」に働きかける霊的生命力、エーテル霊が「生命霊」です。

ちなみに、動物の「自我」はアストラル界に1つの種類の動物の1つの群魂という形で存在します。
同様に、植物の「自我」は低次の神界に、鉱物の「自我」は高次の神界に存在します。


<夢と睡眠と死後>

睡眠時、「自我」と「アストラル体」は、「エーテル体」と「肉体」から離れます。
離れても、結びつきは残ります。
睡眠時の「アストラル体」を霊視すると、絡み合う2つの螺旋でできているように見えます。
1つは肉体に消えていく螺旋、もう1つは大宇宙に消えていく螺旋です。

また、夢を見る時には、「アストラル体」が、より「エーテル体」と結びつきます。
覚醒すると、大宇宙に消えていく螺旋はなくなります。

睡眠時の「アストラル体」は、宇宙的なアストラル界から法則を受け取り、それをエーテル体の建設に使います。

死後の人間は、まず、「肉体」を脱ぎ、次に「エーテル体」を脱ぎ、最後に「アストラル体」を脱ぎ、それぞれの死体はやがて消滅します。

「エーテル体」以上の存在は、心臓のところの結びつきを解いて、「肉体」を脱ぎ捨てます。
その直後、生前の体験が眼の前にパノラマのように現れます。

「エーテル体」を脱ぎ捨てた後には、先前の体験を、死ぬ時から誕生までを逆回転で遡って、3倍速で、霊的な眼前に体験します。
この時、自他の関係も逆に、つまり、自分が相手に与えた苦しみがあれば、それを自分の感情として体験します。
こうして、自分の欲望の結果を目の当たりにして見ることで、それを焼き尽くして消滅させます。

アストラル体を脱ぎ捨てた後は、霊界を認識してその世界を体験しますが、また、地上世界にも働きかけて、それを変化させます。

その後、やがて、霊界から流れてくる諸力を受けて、新しくアストラル体を形成し、再生します。
再生は、約1000年後に、異なる性別に転生します。
転生する直前には、次の人生で克服すべき障害、課題が目の前に絵のように現れて示されます。


<宇宙の階層構造>

シュタイナーは、神智学を継承して、宇宙の存在の階層を、7階層とそれぞれの7亜階層の構造で考えます。
亜層は上位3層、中間層、下位3層に分けて考えることもできます。

シュタイナーが詳細を語るのは、1「アティ界」、2「モナド界」、3「アートマ界」、4「ブッディ界」よりも下位の世界です。

5 神界(デーヴァ界、メンタル界、理性界)
・高次の神界(没形態界、霊芽・思考種子)
-1 生命核(霊人と生命霊)
-2 真実の行動
-3 意図と目標(霊我=自我の真の姿)   :霊界の光
・低次の神界(形態界、霊姿)
-4 思考の原像(下位3層の原像の統率)   :霊界の熱・火
-5 魂の原像(アストラル体を構成する諸力):霊界の大気圏(霊言)
-6 生命の原像(エーテル体を構成する諸力):霊界の大洋(霊的音響)
-7 物質の原像(肉体を構成する諸力)   :霊界の大陸(霊的色彩)

6 魂界(アストラル界、欲界、元素界、煉獄)
-1 魂の生命の領域    
-2 魂の活動力の領域  :ひとつのものが放射し他の中へ流出する活動性
-3 魂の光の領域    :外に向かって輝く、他の存在の光で自分を照らす
-4 快と不快の領域   :快(共感)と不快(共感の減少)
-5 願望の領域     :反感<共感
-6 流動的感応力性の領域:反感=共感 感覚に対する一時的感情
-7 燃える欲望の領域  :反感>共感 

7 物質界
-1 生命エーテル
-2 音エーテル
-3 光エーテル
-4 熱・火
-5 空気
-6 水
-7 地


<魂界(アストラル界)>

アストラル界は、欲望、要求の世界です。
その根本的な力は、他と融合する「共感」と、他を反発、排除する「反感」です。
下位の4層はその割合などで分かれます。

5、6、7は互いに浸透し合っていて、4は「熱」のようにそれらを貫き、1、2、3は「光」のようにそれらを照らす存在です。

アストラル界では、自分の感情、衝動は、自分に向かっていくように見えます。
ただし、特定の人間への悪意はその人に向かいます。

また、アストラル界は、色彩を通して語りますが、物質界とは明暗が逆で、色は補色で見えます。

そして、結果が先、原因が後で見えます。

死後、肉体を離れた霊魂は、物質界への執着の部分を低いものから順に消滅、浄化していきます。


<霊界(メンタル界)>

霊界は人間の思考内容を織りなす素材と同じ素材で織りなされています。
ただし、人間の思考内容の中に生きている素材は、この素材の真の本性の影、図式にすぎません。

霊界では、物質界と魂界にあるすべての事物の「霊的原像」が存在します。
「霊的原像」は、プラトンの「イデア」に当たる概念ですが、「イデア」よりも動的・創造的存在です。
シュタイナーはこれが「抽象概念」ではないと名言していることが重要で、その点で(後期)プラトンと違います。
ユングの「元型」にも似た性質も持ちます。

「霊的原像」は、抽象概念とも感覚像とも似ていません。
創造が本性であり、「霊的原像」の形態は急速に変化し、無数の特殊形態を取る可能性が存在します。
そして、「霊的原像」と別の「霊的原像」は互いに親密な関係にあります。

霊界の下層には「霊視」される「物質の原像」があり、その上層には「霊聴」される「生命の原像」が、さらにその上層には「霊言」として聞き取られる「魂の原像」があります。
これらは、死者の回りに形をとって現れます。

高次の神界である上位3層は、「原像の創造力」の世界、原像が「生きた胚種」の状態、「思考種子」が存在する世界です。
それは、世界の根底にある「意図」と「目標」の世界です。
ここに至るとアカシャ年代記(過去の記録)が読めるようになります。


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シュタイナーの宇宙進化論2(根幹人種期と文化期) [近代神智学・人智学]

先の項目で、シュタイナーの宇宙進化論、人類進化論の7つの「惑星紀」とその7つの「周」期、さらにその7つの「球」期について説明しました。
現在の我々は、「地球紀」の、「鉱物界」の周期(生命状態)の、「物質的」な球期(形態状態)にあります。

各球期は、さらに

 7根幹人種期×7文化期

で構成されます。

シュタイナーの人類進化論は、神智学のそれを継承していますので、根幹人種は大陸、文化は亜人種と対応しています。

現在の我々は、「後アトランティス時代」の「第5文化期」にいます。


<根幹人種期と文化期>

現在の球期には、下記のような「根幹人種期」が7段階あります。

1 ポラール時代?
2 ヒュペルポレアス時代?
3 レムリア時代?
4 アトランティス時代
5 後アトランティス時代(アーリア人)
6 第6根幹人種期
7 第7根幹人種期

「人種」で区分さられていますが、シュタイナーは、「人種」が意味を持っていたのは、アトランティス時代とその前後少しの期間だけで、神智学が「人種」という言葉を使っているから自分も使っているだけだと言っています。

さらに、現在の後アトランティス時代には、下記のような「文化期」が7段階あります。

 (文化期)       (進化領域)
1 古代インド文化期    :エーテル体
2 原ペルシア文化期    :アストラル体
3 エジプト・カルデア文化期:感覚魂
4 ギリシャ・ローマ文化期 :悟性魂
5 第5文化期       :意識魂
6 ロシア文化期      :霊我
7 アメリカ文化期     :生命霊


<各根幹人種期の出来事>

・ポラール時代

ポラール時代は、土星紀の繰り返しの時代です。

地球はエーテル球として存在し、太陽、月、諸惑星を含んでいました。
人間は、アストラル的な大気圏のなかに「自我・アストラル体」として、動物、植物、鉱物を含んでいました。
人間は、エーテル的な地球にみずからを刻印し、エーテル的な地球の上にエーテル的な人間達が存在するようになりました。

・ヒュペルポレアス時代

ヒュペルポレアス時代は、太陽紀の繰り返しの時代です。

後半になって、精妙な部分が太陽として分離し、外から光を地上に注ぐようになりました。
この時、「キリスト」も太陽に移りました。
太陽に移住できるまで進化していなかった存在は、木星、火星、土星を分離して移住しました。
また、太陽に移住しても、進化についていけなくなった存在は、金星、水星を分離させて移住しました。

地上のエーテル人間は、太陽の光を受け入れるために、上に向いた鐘のような形をして開いていました。
そして、太陽の光を受け入れて受精し、親は子を産むと意識を子の中に移動させました。

・レムリア時代

レムリア時代は、月紀の繰り返しの時代です。

太陽が分離した地上は荒廃していたので、人間の魂は諸惑星の領域にいて、ほとんど受肉せずにいました。
地上のレムリア人は魚や鳥のような姿で、動物や植物はゼリー状でした。

そのため、地球の中のもっとも粗雑な部分が月として分離しました。
月が地球から分離したのち、太陽が精妙な力を、月が粗雑な力を地上に注ぎかけるようになりました。
こうして、人間の魂は地上に受肉するようになりました。

そして、レムリア人はエラ呼吸から肺呼吸になり、直立するようになりました。
また、男と女に分かれ、「死」を体験するようになり、親と子の意識は独立して、輪廻転生が開始されました。
また、レムリア人は思考力を持ちましたが、記憶力が未発達で、言語も持ちませんでした。

月に移住した分離した月の霊達は、月からの力を放って、人間の内部に宇宙の叡智を反映させました。

一方、月紀で、進化から遅れて停滞した「ルツィフェル」は、太陽に移住できず、人間の「自我」に働きかけることに参加できませんでした。
それで、「ルツィフェル」は、月紀ですべきだった人間の「アストラル体」への働きかけを行いました。
これによって、レムリア人の「アストラル体」は独立し、人間は宇宙の叡智から分離された代わりに、自由意志、個体意識を得ました。
これが「楽園追放」の神話になりました。

・アトランティス時代

前半までは、アトランティス人のエーテル体は、獅子、牛、鷲、人間の4つの姿をしていて、昼には動物の姿で、夜に人間の頭の姿を現しました。
中期になってアトランティス人は陸に上がりました。

第5期に、アトランティス人は言葉を使い、思考力を発達させました。
アトランティス人は、優れた記憶力をもっていて、太古の叡智の記憶に基づいて巨大な文明を築きました。

ですが、「アーリマン」が、人間の「悟性魂」の中に住み着いて、物質的なものへの志向を与え、霊的世界の認識をできなくしました。

7つの惑星(月を除き、地球を入れて)に滞在していた人間の魂から7つの人種が発生しました。
そして、各惑星に関係した秘儀の神託所が7つありました。

また、第5人種である原セム人が、次の後アトランティス文明を築くことになりました。



<各文化期の出来事>

後アトランティス時代の、各文化期の出来事は下記の通りです。

・古代インド文化期

インド文化期は、「エーテル体」の文化の時代です。

アトランティス時代の7つの神託の秘儀参入者のエーテル体が、マヌから7人の神仙(リシ)に付与されました。
彼らが叡智を担い、その一部が「ヴェーダ」の中に残っています。
人々は霊界に眼差しをむけ、彼らの目には物質界は幻影(マーヤー)として映りました。

・原ペルシア文化期

ペルシア文化期は、「アストラル体」の文化の時代です。

7回の転生で7人の神仙の教えを受けた初代ゾロアスターが文化を建設しました。
彼は、光の神アフラ・マズダと悪魔アーリマンの2元論を説きました。
物質界は実在するが人間と対立するものと見なされ、人々は地上に働きかけて改造することを開始しました。

・エジプト・カルデア文化期

エジプト・カルデア文化期は、「感覚魂」の文化の時代です。

ヘルメスがエジプト文化を築きました。
密儀の文化が開花し、人々は星界を観察し、外界に神的な法則を見つけ、それに基づいて地上社会を建設しようとしました。

また、この文化期に、「ルツィフェル」が中国の人間の中に受肉しました。

・ギリシャ・ローマ文化期

ギリシャ・ローマ文化期は「悟性魂」の文化の時代です。

「個人」という感覚を持った純人間的な文化で、人間精神に従って国も作られました。
老熟した地上の叡智と若々しい宇宙的な霊力という2つの流れは、プラトンとアリストテレスの二人によって代表されました。
霊的・魂的な世界との直接の交流が絶たれたことによって、人間の魂の中の知性の力や感情の力が強められました。

また、この文化期に、太陽ロゴスである「キリスト」が、イエスがヨルダン川で洗礼を受けた時に受肉し、ゴルゴダの十字架上で血を流した時に、地球霊となりました。
シュタイナーは、シュタイナーはこの事件が、人類史の最大の事件であるとします。
詳しくは、「シュタイナーのキリスト論とイエス論」を参照してください。


・第5文化期

第5文化期は、1413年から3573年まで続く「意識魂」の文化の時代です。
個人の自由な創造が重視されます。

知性はますます発達しますが、アーリマンの力が増して唯物論的な思想が一般化し、ミカエルとの戦いが繰り広げられます。
霊的な知識は「隠された知識」となりましたが、徐々に広がります。
エジプト・カルデア文化期が薄明るい意識状態で直観していた霊的世界を、はっきりした意識の中で、知性と個人の感情と結びついた形で認識するようになります。

・ロシア文化期

ロシア文化期は、「霊我」の文化の時代です。

この時代の人間の目標は、神秘学的真理の普及であるとされます。
また、人種間の混血によって、ますます人種はなくなっていきます。


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シュタイナーの宇宙進化論1(惑星紀) [近代神智学・人智学]

シュタイナーは、1904-8年に連載した「アカシャ年代記より」、1907年の講演「薔薇十字会の神智学」、1910年の「神秘学概論」などで、宇宙進化論、人類進化論を語りました。

これは、ブラヴァツキー夫人の神智学の同論を継承しながら、シュタイナー自身の霊視によって修正したものです。

堕天使論やキリスト論にも、大きな違いが生まれています。


<進化と人間>

シュタイナーの場合も、「人間」には2つの意味があります。

1つは、進化の段階としての「人間(人間段階)」で、これは、生命が「自我」、「対象意識」を獲得した段階です。
もう一つは、現在の「人間」の過去、及び、未来の存在です。

現在の「人間」は、過去には動物段階の人間である「人間動物」でした。
未来には、天使段階に進化して「人間天使」になります。
同様に、現在の「天使」は、過去には「人間段階」の「天使人間」でした。

「自我」を獲得した存在は、「アストラル体」、「エーテル体」、「物質体」を順次、「霊我」、「生命霊」、「霊人」に変えていきます。
「体」を「霊」に変えることができるようになれば、自分自身で「体」を作ることができるようになります。
シュタイナーは、作った「体」を他者に与えることを「供犠」と呼びます。

このように、被造物から創造者に変わることが「進化」です。
「人間段階」は、被造物から創造者に変わる転換点です。
そして、諸「天使」の位階の存在は、創造者の段階にまで変わった存在です。

ですが、「人間」は、他の「人間段階」に達した存在とは異なる点があります。
「ルツィフェル」を通して、「自由」を得た存在という点です。


<意識・生命・形態の周期>

宇宙の歴史は、

 7つの惑星紀(意識状態)×7つの周(生命状態)×7つの球(形態状態)

という三重の周期で進展します。

シュタイナーは、神智学の宇宙進化論を継承していますが、「紀(連鎖)」を「意識状態」、「周(ラウンド)」を「生命状態」、「球(天体)」を「形態状態」として捉え直しました。

いずれも7段階で構成されていますが、それは、我々には前後の3つの時代しか見えないために、7段階しか認識できないのす。
現在の我々は、4段階目の4段階の4段階目、つまり、「地球紀」の覚醒意識状態、「鉱物界」の生命状態、「物質的」な形態状態にあります。


<意識状態(惑星紀)>

まず、「意識状態(惑星紀)」が7段階あります。
それぞれの本質は、「意識状態」の進化であり、それは目標として形成されるものと対応します。
また、天体を構成する元素とも対応しています。

(惑星紀)  (元素) (意識状態)       (形成されるもの)
1 土星紀   :熱 :昏睡(鉱物)         :肉体
2 太陽紀   :空気:睡眠(植物)         :エーテル体 
3 月紀    :水 :夢(形象意識・動物)     :アストラル体
4 地球紀   :  :覚醒(対象意識)       :自我
5 木星紀   :  :自覚した夢(心魂的意識)   :霊我(マナス)
6 金星紀   :  :自覚した睡眠(霊感的意識)  :生命霊(ブッディ)
7 ヴァルカン紀:  :自覚した昏睡(直観・霊的意識):霊人(アートマ)

4の「地球紀」は、前半が「火星紀」、後半が「水星紀」となります。

紀の名前は天体になっていて、基本的に曜日の順になっています。
ですが、これらは現在の天体とは別で、地球の過去の姿、前世の姿です。
それぞれの紀において、最初に天体は1つにまとまっていて、途中で諸天体を分離します。

最初の「土星紀」は「熱」で出きた時代ですが、次の紀になるに従って、「熱」は凝縮して「空気」、「水」、「土」を新たに生んでいきますが、同時に精妙化して「光」、「音」、「生命」も生んでいきます。

また、最初の「土星紀」は人間の「物質体」が作り育てられますが、同時に最後に「霊人(アートマ)」の萌芽も作られます。
次の紀になるに従って、新しく「エーテル体」、「アストラル体」、「自我」が作り育てられますが、同時に最後に「生命霊(ブッディ)」、「霊我(マナス)」の萌芽も作られます。

ただ、各紀でそれぞれの体が作られるとは言っても、現在のそれとは大きく異なります。
また、「木星紀」には今の鉱物界がなくなり、「金星紀」は植物界がなくなり、「ヴァルカン紀」は動物界がなくなります。

最初に、「物質体」、「エーテル体」、「アストラル体」、「自我」を作るのは、人間より高次存在の「意志霊」、「叡智霊」、「運動霊」、「形態霊」ですが、その後は、順次、下の位階の霊が働きかけていきます。

(惑星紀) (元素) (形成されるもの) (形成する霊)
1 土星紀:熱   :物質体→霊人萌芽   :意志霊
2 太陽紀:空気→光:エーテル体→生命霊萌芽:叡智霊
3 月紀 :水→音 :アストラル体→霊我萌芽:運動霊
4 地球紀:土→生命:自我         :形態霊

人間の進化は人間より高次の霊的存在の働きかけによりますが、それらの9つの位階と、キリスト教における天使の対応は、下記の通りです。
シュタイナーは、偽ディオニュソス・アレオパギタ「天上位階論」の天使の9位階を継承しています。
アレオパギタは、新プラトン主義の影響を受けています。

第1ヒエラルキア     
1 愛の霊    :セラフィム(熾天使)         
2 調和霊    :ケルビム(智天使)       
3 意志霊    :トローネ(座天使)
第2ヒエラルキア     
4 叡智霊    :キュリオテテス(主天子)   
5 運動霊    :デュナメイス(力天使)
6 形態霊    :エクスシアイ(能天使)  
第3ヒエラルキア     
7 人格霊(時代霊):アルヒャイ(権天使)
8 火の霊(民族霊):アルヒエンゲロイ(大天使)
9 薄明霊(個人霊):エンゲロイ(天使)

人間は、第10ヒエラルキアであり、「自由霊」とでも表現できる存在です。

以下、上記の霊に関しては単数で記述しますが、基本的に複数です。


<生命状態(周)>

それぞれの惑星紀には、下記のような「生命状態(周)」が7段階あります。

1 第1元素界:純粋に神的・霊的
2 第2元素界:神的・霊的
3 第3元素界:心魂的
4 鉱物界  :物質的
5 植物界  :心魂的
6 動物界  :神的・霊的
7 人間界  :純粋に神的・霊的

「生命状態」は、最初に以前の「意識状態」の時代を繰り返します。
地球紀であれば、最初の3つの「生命状態」で、土星紀、太陽紀、月紀を繰り返します。
第1、2、3元素存在は、それぞれ下降中のメンタル生命、アストラル生命、エーテル生命です。


<形態状態(球)>

さらに、それぞれの周には、以下のような「形態状態(球)」が7段階あります。

1 没形態的(コーザル的):純粋に神的・霊的
2 形態的(メンタル的) :神的・霊的
3 アストラル的     :心魂的
4 物質的        :物質的
5 彫塑的        :心魂的
6 知性的        :神的・霊的
7 元型的        :純粋に神的・霊的

現在の我々は、「地球紀」の、「鉱物界」の生命状態の、「物質的」な形態状態にあります。

以上の「生命状態」と「形態状態」に関しては、あまり詳しく語られません。


<各意識状態(惑星紀)の出来事>

・土星紀

土星紀には、「愛の霊」が新しい太陽系の目標を直観し、「調和霊」がその目標を実現するための構想を練り、「意志霊」が自分の本性から火を天体に流し込みました。
これら第1ヒエラルキア存在は土星の周囲にいて、第2ヒエラルキアの存在は土星内部にいました。
土星は熱体で、「叡智霊」が送ってくる生命を反射していました。
土星紀に人間の意識は昏睡状態でしたが、人格霊が人間段階(覚醒した対象意識)に達していました。


第1期に「意志霊」が、人間の「物質体」の萌芽を流出しました。
人間は卵の形で存在しました。
第2期から第7期までは、「叡智霊」以下の6つの霊が順に人間の「物質体」に働きかけました。

(物質体に働きかけた霊)
1期 意志霊   
2期 叡智霊   
3期 運動霊   
4期 形態霊   
5期 人格霊    
6期 火の霊
7期 薄明霊

大気圏にいた「自我・アストラル体・エーテル体」としての人間が、自らの本質を土星上に投げ入れて発生した表象像から感覚器官の萌芽が形成されました。

第7期には、人間は「霊人」の萌芽を生じさせ、「意志霊」がそこに浸透しました。


・太陽紀

太陽は内では流体で、外に向かって光を放射していました。

人間の「自我・アストラル体」は大気の中にありました。
人間の肉体は、感覚器官が発達して成長・生殖器官になり、「エーテル体」を受け入れる準備が整いました。

第2期に「叡智霊」が人間の「エーテル体」の萌芽を流出し、人体の動きが叡智に満ちたものになりました。
第3期から第7期には、「運動霊」以下の5つの霊が順に人間の「エーテル体」に働きかけました。

(エーテル体に働きかけた霊)
2期 叡智霊   
3期 運動霊   
4期 形態霊   
5期 人格霊    
6期 火の霊
7期 薄明霊

第4期に「火の霊」が現在の人間の段階(対象意識を持つ段階)にまで進化しました。
彼らを率いていたのは、「キリスト(太陽霊、子、ロゴス)」でした。

第6期には、人間は「生命霊(ブッディ)」を生じさせて、「叡智霊」がそこに浸透しました。
第7期には「生命霊」を「霊人(アートマ)」と結びつけて、生きた「モナド」としました。

また、太陽紀には、「意志霊」が捧げた「供犠」を意図して受け取らない「叡智霊」がいました。
この「供犠」の受け取りの「断念」から「水」が生じて、次の月紀を生み出しました。

そして、太陽紀と月紀の間に、「運動霊」が、特別な進化を促そうとして、「妨害の神々」になって、天使を誘惑しました。
一群の天使がこれに乗って反抗し、「供犠」を横取りして、「ルツィフェル」と呼ばれる存在になりました。


・月紀

太陽が月から分離し、進化した高次の霊的存在は太陽に行き、太陽は恒星となりました。
一方、進化の遅れた存在は月に残りました。
「形態霊」である7人のエロヒムの中の6人は太陽に行き、残りの1人であるヤハヴェは月に行きました。

そして、高次の霊的存在は太陽から月に光を放ちました。
ですが、月では「ルツィフェル」が太陽の影響を受けとらない進化から取り残された、独立した存在になりました。
ただ、これは「調和霊」の計画でした。
これが、後に人間に自由意志を与えるきっかけとなりました。

人間の肉体は、神経組織が作られ、「アストラル体」を受け入れる準備が整いました。

第3期に「運動霊」が人間の「アストラル体」の萌芽を流出しました。
第4期から第7期には、「形態霊」以下の4つの霊が順に人間の「アストラル体」に働きかけました。

(アストラル体に働きかけた霊)
3期 運動霊   
4期 形態霊   
5期 人格霊    
6期 火の霊
7期 薄明霊

第5期には、人間は「霊我(マナス)」の萌芽を生じさせ、「運動霊」がそこに浸透しました。
「霊我」は第6期に「生命霊」と第7期には「霊我」と「モナド」と結びつきました。


・地球紀

人間の肉体には、温血の心臓組織が作られて、「自我」を受肉する準備が整いました。
温血動物、植物、鉱物は、土星期、太陽期、地球期に進化から遅れた存在です。

第3期に、月紀の太陽と月の分離を繰り返します。
第4期に「形態霊」が、人間の「自我」の萌芽を流出しました
第5期から第7期には、「人格霊」以下の3つの霊が順に人間の「自我」に働きかけます。

(自我に働きかける霊的存在)
4期 形態霊   
5期 人格霊    
6期 火の霊
7期 薄明霊


現在の人間が物質界で創造を行うように、木星紀には植物を創造し、金星紀には動物を創造するようになります。
また、未来(ヴァルカン紀?)には、言葉によって人間を作るようになり、無性的存在になります。

地球紀の根幹人種期や文化期については、次項で説明します。


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ルドルフ・シュタイナーの生涯と人智学 [近代神智学・人智学]

ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)は、神智学協会のドイツ支部の事務総長を経て、自身の思想「人智学(アントロポゾフィー)」を構築した、近代の神秘思想家を代表する人物です。

シュタイナーは、幅広く高い教養を身につけた思想家で、ゲーテ学者、ニーチェ学者として世に出ましたが、40歳になってから神智学者に転向しました。

シュタイナーは、東洋の秘教に立脚点を置いた神智学に対して、西洋の秘教に立脚点を置きました。
そして、神智学のようにマスターについて語らず、自身の霊視力に基づいて語りました。

また、シュタイナーは、太陽ロゴスであるキリストがイエスに受肉し、ゴルゴダの秘跡によって地球霊になって以降、人間の内に言葉を通して霊的なものを見いだせるようになったと言います。
そして、シュタイナーは、宇宙的法則を反映する生きた思考を通して、超感覚的認識を獲得す「薔薇十字の道」を説きました。

また、シュタイナーは、物質を志向させて霊的認識から遠ざけるアーリマンと、その逆を志向させるルツィフェルの均衡を取るのが「キリストの道」であると説きます。
そして、現代は、個々人の自由な創造が求められる「ミカエルの時代」だとも説きます。

この項では、彼の人生と思想形成を追いながら、「人智学」について紹介します。

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<ウィーン時代とゲーテ>

1861年、シュタイナーは、当時のハンガリー、現クロアチアのクラリエヴェックで、鉄道の通信技師の子として生まれました。

彼は少年の頃から死者の霊を見るなど、彼にとって、霊的な世界、内的な世界の体験はリアルなものでしたが、一般の人がそれを否定することを知り、秘すことにしました。

そのため、彼は幾何学に触れた時、それが内外の世界を同時に体験できるものであると感じて、喜びを感じました。

1879年、彼はウィーン工科大学に進みました。
ですが、彼は、内なる生きた魂の世界と、自然科学で学ぶ死んだ自然の違いに葛藤していました。

一方、森で薬草を採取していた薬売りのフェリックス・コグツキーに出会いました。
彼はオカルティズムに詳しい人物で、シュタイナーは彼を通して、魂の世界に関する学問を知り、その世界に確信を得ました。

フェリックスはシュタイナーに、あるマスターを紹介しました。
彼が誰であるのかは知られていませんが、フリーメーソンや薔薇十字会の高位のマスターだと推測する人が多くいます。
彼はシュタイナーに、フェヒテをテキストにしてオカルティズムを講義しました。
また、ゲーテを学ぶこと、唯物論の克服のためには自然科学を研究すること、そして、40才になるまで霊的な指導者にならないことを勧めました。

シュタイナーは15歳の時に、カントの「純粋理性批判」を読み、それを通して哲学的な思考を学びましたが、カント哲学の「物自体」を認識できないという認識の限界に関する主張に疑問を持っていました。
そして、シュタイナーは、フェヒテの「全知識学の基礎」を読んで、「自我」を認識の基盤に置くことに確信を持ちました。
シュタイナーは、「自我とは霊の世界に生きている霊それ自体であるということが、私にとっての直観であった」と書いています。
また、フェヒテが「新しい内的感覚器官」が必要となる、と考えたことを重視しました。

1882年、シュタイナーは21歳にして、「ドイツ国民文学叢書」の「ゲーテ自然科学論文集」の編纂を担当しました。
そして、1886年に「ゲーテ的世界観の認識論要項」を発表、少し間を置いて1897年に「ゲーテの世界観」を発表し、ゲーテ学者として知られるようになりました。

シュタイナーは、ノヴァーリス同様に、自然を成長する生きた状態として観察するゲーテの自然学に惹かれ、思考もそのように生きたものにすべきたと考えました。
ゲーテは「形象的理念」という考え方で植物の成長を捉えましたが、シュタイナーはこれを思考の瞑想法として捉えました。
シュタイナーにとっては、「自我」が霊的存在であるように、生きた「思考」も霊的存在なのです。

シュタイナーは、自然の中にある創造力と人間の創造力の同一性を、理論的に説明できる認識論的立場が、心物二元論の克服に必要だと考えました。
彼は、思考が理念を把握することで、外に働いているものが人間精神の内に立ち現れて客観と一つになると考えました。

1888年に、シュタイナーは「ドイツ週報」の編集長となり、社会主義の運動家と交流を持ちました。

また、シュタイナーは、ウィーン時代には、当時最高のオカルティズムの知識を持っていたフリードリッヒ・エクスタインと親交を持ち、教わることができました。
またこの頃、彼は、神智学協会のシネットの「エソテリック・ブッディズム」も読みました。


<ワイマール時代と「自由の哲学」>

1890年、シュタイナーは、ゲーテ・シラー文庫で働くために、ワイマールに移住しました。
1891年には、「特にフェヒテの学説に関する認識論の基本問題」で博士号取得しました。
そして、1894年に、彼の哲学における主著となる「自由の哲学」を出版しました。

この書で彼は、知覚内容と概念を思考によって結びつけることで、それらが完全な現実になるとして、カントの「物自体」と認識の限界の主張を否定しました。
そして、倫理的な想像力によって直観された理念を、意志によって動機付け、現実の行為に移すことが、人間の「自由」であり、霊的なものによって行為することになる、と主張しました。
彼は、後に神秘主義者に転身してからも、この「自由」を重視することは、変わりはありません。

同年、ニーチェの妹のエリザべ―トと知り合いになり、ニーチェ文庫で彼の蔵書を整理し、ニーチェが読んだ本に書き込んだメモを読む機会を得ました。
エリザベートはシュタイナーをニーチェ文庫の専任者にして、全集の監修をさせることを希望したのですが、実現しませんでした。

また、シュタイナーは、当時すでに病んでコミュニケーションがほとんどできなくなっていたニーチェと対面しました。
シュタイナーは、「この時、私が霊視したものについて、私の思考はただ口ごもることしかできなかった。」と書いています。
しかし、翌1895年には、それを「フリードリヒ・ニーチェ 反時代的闘志」として発表しました。
シュタイナーは、当時、自分が「無条件なニーチェ主義者」であると思われていたと、後に書いています。


<ベルリン時代と魂の転回>

1897年、シュタイナーはベルリンに移住し、自由文学協会に参加して、「文芸雑誌」の編集などを手がけました。
ベルリンでは、グリム兄弟の息子で文化史家のヘルマン・グリム、生物学者のエルンスト・ヘッケル、哲学者のエドゥアルト・フォン・ハルトマンらとも親交を持ちました。

シュタイナーは、人間の進化について、ヘッケルの系統発生的思考を、「彼の学説より優れたオカルティズムの科学的基礎付けは存在しない」と評価しています。


シュタイナーは、ワイマールにいた最後の頃から、深刻な「魂の転回」を経験しました。
これは、思考と感覚の霊的な融合とでも言うべきものでした。

シュタイナーが言うには、一般の人は幼児期に、霊的世界から感覚世界に移行します。
そして、本来、霊的な体験からきた事物の表象を、感覚的な知覚と区別がつかなくなります。

ですが、シュタイナーは、自分が若い頃から霊的な世界はリアルでしたが、36歳になるまで感覚世界に対しては夢うつつのような状態だったと言います。
ところが、36歳になって初めて、物質の世界に対してはっきりとした意識で観察できるようになったのです。

同時に、シュタイナーの自然や他人に対する観察の方法を変えることになりました。
彼は、あるがままに自然や他人の言動が自分に作用してくるようにしたのです。

そして、シュタイナーは、「このような世界観察が私を本当に霊界の中へ導いてくれるのを知った」と言います。
彼は、「物質界を観察することの中で、まったく自分から抜け出ることができる」ようになり、「高められた霊的観察能力を持って、ふたたび霊界の中へ参入する」ことができるようになりました。
つまり、既存の固定した表象や概念を自分から外界に押し付けて認識するのではなくて、対象(の知覚)から自然に認識が生まれてくるようにしたのです。

シュタイナーは、これを、「人間の認識とは人間だけのものではなく、世界の存在と生成の一部分なのである」と書いています。
彼にとっては、このような創造的な認識は、正に、霊的体験であり、一元論的な認識的立場に当たるものでした。


<神智学協会から人智学協会へ>

1900年に、シュタイナーは、ドイツ神智学協会の主要メンバーであるブロックドルフ伯爵に招かれて、神智学文庫でニーチェ、続いてゲーテに関する講演をしました。

この時点で、シュタイナーは、神智学とブラヴァツキー夫人について、その存在は知っていましたが、ブラヴァツキー夫人の著作は読んでおらず、その秘密主義と心霊主義の側面を批判していました。

ですが、その後、夫人の著作を読んで、感銘を受けました。
シュタイナーは、神智学協会に対して、オカルト結社と違って、公開主義で、位階組織ではなく平等主義であると、評価して語っています。

神智学協会での講演を通して、協会のメンバーは、シュタイナーがオカルティズムの知識を持っていて、それらを語ることができるのではないか、ということを発見しました。
一方、シュタイナーも、自分が語る霊的なものを受け入れる環境があることを発見しました。

こうして、シュタイナーは、霊的なテーマの講演を始めました。
1900年から1902年にかけての、「近代精神生活の黎明期における神秘主義」、そして、「神秘的事実としてのキリスト教と古代秘儀」です。

これは、ちょうど、若い頃にマスターから霊的な指導をそれまでひかえるようにと言われていた40才の境であり、また、1000年期の境でもあり、彼によると「カル・ユガ」の時代が終わった(1899年)タイミングでもありました。

そして、シュタイナーは1902年1月に神智学協会に入会し、10月には、新たにベルリンで設立されたドイツ支部の事務総長に選ばれました。

この時、ロンドンからアニー・ベザントが来訪し、シュタイナーは彼女と対面しました。
ベザントは、シュタイナーに関して、「東方の道」を知らないけれど、彼の「西方の道(キリスト教・薔薇十字の道)」は多くの人に役立つ、と考えていました。
ですが、彼女はシュタイナーに、神智学の教義と齟齬をきたさないようにと注意をしていたようです。

シュタイナーが神智学協会に入会したことは、彼がこれまで築いてきたアカデミックな領域における学者、思想家として地位、評判、人脈を失わせるものでした。

こうしてシュタイナーは、これまで語ることをひかえてきた霊的な事項を語るようになったのですが、彼は、一つのルールを決意しました。
それは、「いかなる党派的ドグマにも囚われず」、「自分自身が霊界で体験したことに従がって語ることができると信じたことだけを話す」でした。
しかし、これは、神智学協会の中に居続けることができないことを示しています。

その後、シュタイナーは、1904年から1908年にかけて、主著となる「神智学」、「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」、「アカシャ年代記より」などを発表しました。
当時の彼はまだ「神智学」という言葉しか使っていませんが、彼の「人智学」の思想の基礎が、ここに作られました。

シュタイナーの人間本質論は、基本的には神智学のそれを継承していますが、神智学が高級3本質(霊)と低級4本質(魂・体)に分けて考えるのに対して、シュタイナーは霊・魂・体の3分説を基本に、自我を中心に上下対称構造で捉えるのが特徴です。

また、シュタイナーの惑星進化・人類進化論も、神智学のそれを継承していますが、堕天使的存在のルツィフェルに関する説などに特徴があります。
また、修行論は、思考や自我を重視することなどが特徴です。

具体的には、それぞれ別項を参照してください。

ですが、1909年には、神智学協会の主流派のベザント、リードビーターらアディヤール派が、クリシュナムルティにキリストが受肉するとして、その準備を始めました。

シュタイナーはこの頃、前後数年間に渡って、イエスの人生の霊視を行いながら、各福音書の講演を行なっていました。
彼は、イエスが二人いて、ゾロアスターと仏陀がそれぞれにイエスを準備し、「太陽ロゴス」である「キリスト」がイエスに受肉し、ゴルゴダの秘跡で「地球霊」になったとします。
詳細はキリスト論についての別項を参照してください。

シュタイナーにとっては、キリストに関する神智学協会との解釈の違いは、譲れないものでした。
そのため、1912年、シュタイナーは神智学協会から脱会し、多くのドイツ支部、そのメンバーもそれに続きました。
そして、脱会したメンバーらは、「人智学協会」を設立しましたが、シュタイナー自身は形の上ではこの協会には参加しませんでした。


<第一次世界大戦の戦中・戦後>

1909年に、シュタイナーは「芸術の本質」という講演を行いました。
そして、1910年から1913年にかけて、「神秘劇四部作」をミュンヘンで上演しました。
同時に、言葉を動作で表現する言語=舞踏芸術「オイリュトミー」の創作を始めました。

その後、神秘劇の上演用の舞台も備えた人智学の活動の拠点を作る計画が生まれ、1915年に、これがスイスのドルナッハの「ゲーテアヌム」として完成しました。

しかし、その前年の1914年に第一次世界大戦が始まり、ヒトラーのナチス党率いるドイツは敗戦しました。

シュタイナーは、第一次大戦は、西のある秘密結社が準備したと言っています。
彼は、人間理性による社会建設を目指す国境を越えたこの結社が政治を操り、各国の国民意識を操ったと考えました。
そして、ドイツは、その国民性の本質から生まれる任務を果たすことを怠ったと。

シュタイナーは、従来の中央集権的な国家システムに対して、霊・魂・体の三分説に対応するように、精神システム、法・政治システム、経済システムを分離した「社会有機体三分説(社会三層化論)」を提唱しました。

しかし、1919年に、ディートリヒ・エッカルトが、シュタイナーはユダヤ人であり、社会主義者で、ドイツ敗戦の戦犯である、というデマによる批判を始めました。
エッカルトは、トゥーレ協会のメンバーであり、ナチ・オカルトに影響を与えた人物です。

また、1921年には、ヒトラーも機関紙で、「社会有機体三分説」はユダヤ的方法論であり民族の精神を破壊する、そしてこの悪魔的所業のすべてを背後で牛耳る推進役はユダヤ人のシュタイナーだ、と書いて批判しました。

他にも、シュタイナーを敵視する民族主義者やそのグループが多数いました。

アーリア人を人類文化の祖とするアーリアン学説は、神智学を経てオカルト人種論、ゲルマン民族主義的の宗教的潮流となりました。
シュタイナーの人智学もその潮流の一つかもしれませんが、この潮流としては、グイド・フォン・リストの「リスト協会」、ランツ・フォン・リーベンフェルスの「新テンプル騎士団」、ルドルフ・フォン・ゼボッテンドルフの「トゥーレ協会」を経て、ナチ・オカルトに至りました。

そして、1922年、ゲーテアヌムは何者かの放火(証拠はでていませんが)によって焼失しました。


<一般人智学協会と霊学自由大学>

その1年後の1923年、ゲーテアヌムの瓦礫の近くに立てられた小屋で、「クリスマス会議」と呼ばれる会合が行われ、約800名の会員が集まりました。
シュタイナーはここで、自身を長とする「一般人智学協会(普遍人智学協会)」と、協会の核となる「霊学(精神科学)のための自由大学」を設立しました。

「霊学自由大学」は、霊界のミカエルからの要請で作られたものであると、シュタイナーは言っています。
講義の際にも、実際にミカエルが臨席していると、何度かシュタイナーは告げています。
シュタイナーにミカエルが宿った、という人もいます。
そのため、シュタイナーは、「クリスマス会議」以降、「協会内のどんな行為も、直接エソテリックな性格を持つようになった」、と言っています。

人智学、人智学協会は、基本的に、完全な公開主義です。
ですが、「霊学自由大学」に関しては、そこに違うレベルで、オカルト的規則による一種の秘密主義がありました。
公開されてしまうと力が失われるものが重視されたのです。

シュタイナーは、「霊学自由大学」メンバーに、それぞれが人智学の代表となるという覚悟、霊界に対する真剣さを求めました。

また、シュタイナーは、講義の中で、人智学運動とキリスト者共同体を潰そうとしているカトリック勢力がいることを具体的に述べて、妨害と切り崩しの中を通っていくあの困難な道を共に歩むという覚悟が必要だと語りました。

「霊学自由大学」は、シュタイナーのもとに指導部が置かれ、指導部会を形成する指導的人物が各々の部門を指導します。
例えば、最初の人智学協会の立役者でもあったマリー・シュタイナー夫人が言語表現芸術と音楽芸術部門を担当し、スイスの詩人アルベルト・シュテッフェンが純文学部門を担当しました。
自由大学には、協会に2年以上在籍した者が、大学の責任者の面接を受けて合格すれば入学が認められした。

1924年2月に、ドルナッハで、シュタイナーによって第一学級に向けた講義が始まりました。
その内容は、ミカエルから伝えられた「マントラ」の授与と、その解説が中心でした。
このマントラは、各人が実際に霊界へのイニシエーションを体験する時に、ミカエルの代行者である「境域の守護霊」が実際に語る言葉だと言います。
詳細は別項を参照してください。

講義の内容は、非公開が求められ、つい最近まで、大学への入学が認められたメンバー以外は知ることができませんでした。
参加者は、マントラを別にして、講義の内容を記録したノートを、8日間後に破棄しなければなりませんでした。

これらの講義は、長らく非公開でしたが、現在は書籍「秘教講義I、II」として出版されています。

大学のクラスは、通称「ミカエル学級」と呼ばれ、三階級の構成になる予定でしたが、シュタイナーの死によって実現しませんでした。
ですが、シュタイナーは、第2学級の講義の内容は「祭祀」に関わるもの、第3学級は「マトラの解釈」に関わるものであると、予告していました。


また、シュタイナーは、「クリスマス会議」以降、機関誌「ゲーテアヌム」に、協会員に向けた手紙と、自身の伝記の連載を始めました。
前者は「人智学指導原理」として、後者は「自叙伝」として出版されました。

1924年1月、何者かによって、シュタイナーは夕食会で毒を盛られました。
そして9月には病に伏し、翌1925年の3月に亡くなりました。

ですが、彼は1924年の1月から9月までは、338回の講演を行って精力的に活動しました。

その後、シュタイナーが生前に設計した第二のゲーテアヌムが、死後3年半で完成しました。


また、本稿では割愛しましたが、シュタイナーは、教育(自由ヴァルドルフ学校)、農業(バイオダイナミック農法)、医療(人智学医学)の分野でも、人智学的な理論を展開し、また、宗教(キリスト者共同体)の分野でも影響を与えました。

このように、生活に根付いた広い分野での具体的な実践理論がある点は、神智学と異なる人智学の特長です。


<人智学と神智学の対照性>

シュタイナーの人智学は、ブラヴァツキー夫人の神智学のドイツ・ヴァージョンであるとも言えます。
ですが、その一方で、唯一、神智学を本質的な次元で修正、発展させたものだとも言えます。

シュタイナーは、ブラヴァツキー夫人と違って、ヨーロッパを出たことがありません。
ですが、哲学者、思想家としては、トップ・レベルの幅広い教養と能力を持っていて、他の神智学の思想家とはレベルが違いました。

ブラヴァツキー夫人の神智学協会は、「原初の智恵」の伝統を核として、それを伝えるインドの秘教などの東洋の伝統に立脚点を置き、諸民族の宗教・思想を平等に扱いました。
キリスト教に関しては、特別視しせず、どちらかというと、秘教を弾圧してきたという点で、否定的に捉えました。

これに対して、シュタイナーは、西洋の伝統、つまり、キリスト教と薔薇十字主義、そして、エックハルトなどドイツ神秘主義、フェヒテなどのドイツ観念論、そして、ノヴァーリスなどのドイツ・ロマン主義やゲーテに立脚点を置いていました。
そして、「原初の智恵」よりも現代的課題を重視しました。

これらの点で、神智学と人智学には対照的です。

また、神智学協会は、人間の本質を「思考」や「自由意志」、個別化した「自我」と考えてそれを重視しました。
シュタイナーも同様ですが、彼は「自我」や「思考」が本来的には「霊」であるとし、実践や修行法においても、それを厳密に捉えて行おうとしました。

そのため、神智学協会が、最終的に思考を捨てるラージャ・ヨガ(ヨガ・スートラ)を重視するのに対して、シュタイナーは、思考を生きたものにすることを目指します。

シュタイナーは、日常的な思考を死んだ思考と考え、思考を有機的に成長する生きた思考にすべきだと言います。
思考は宇宙的・客観的存在であるため、脱自的・没我的に思考する必要があります。
また、思考そのものを対象とした純粋思考や、感覚世界ではなく霊的世界を対象とした思考を重視します。

この点でも、対照的です。

また、ブラヴァツキー夫人の神智学は、基本的には、インドや他の地域の古い書を元にして「原初の教え」を復元しようとしたものです。
その強引な復元・創作に主観性がありますが、ある程度の客観性もあると言えます。

一方、シュタイナーは、自身で霊視して真実であると確認したものしか書かないと言っています。
人智学は協会員にとっては真実ですが、外の人間から見ればシュタイナーの主観的な思想です。

この点でも、対照的です。

また、ブラヴァツキー夫人やその後継者、分派の創始者は、形式としては、マスターと連絡を取り、彼らの教えであるとして教義を説きました。
神智学では、教義の個人性は消され、代わりにマスター信仰があります。
これは、近代的でも学問的でもありませんが、神秘主義思想に限らず、東西の伝統的な文化における一般的な手法です。

一方、シュタイナーは神智学協会のマスターの存在を否定しませんが、自身は、彼らと連絡を取って教えを受けたと主張したことはありません。
人智学には、マスター信仰はありませんが、シュタイナーが語った(認識した)ものという個人性があり、彼への信仰は避けられません。

また、神智学が(謎のマスターとの)師弟関係を重視したのに対して、シュタイナーは、書物による個人的伝授や社会関係、霊界との関係を重視しました。

これらの点でも、対照的です。

また、ブラヴァツキー夫人は、キリストの再来を語りませんでした。
ですが、神智学協会のアディヤール派は、クリシュナムルティにキリストが宿るという形でメシアニズムを展開し、クリシュナムルティ自身による否定でこの運動は崩壊しました。
また、ベイリー派は、キリストがまもなく出現するという形で、メシアニズムを展開しました。

一方、シュタイナーの場合は、エーテル界にキリストが出現したとし、協会員に、キリストを見るための霊視力の獲得を目指させました。
これは、人智学におけるメシアニズムの一形態であると言えなくはありません。

この点でも、対照的です。

また、神智学、人智学には、アーリアン学説の影響があって、人種差別との批判がされることもあります。
神智学協会では、人によって差別的な観点の程度に差がありますが、スラブ系の文化で育ち、エジプト、アメリカ、インド、イギリスなど、各地で活動したブラヴァツキー夫人にはそれが少なかったように思えます。

一方、シュタイナーは、「人種」という言葉を使うのは、神智学が使っているからでしかない、「人種」が意味を持つのはアトランティス期だけである、民族主義はアーリマンの力によるものでありミカエルに時代にはふさわしくない、などと語り、自覚的、思想的に「人種」を超えようとしています。
ですが、シュタイナーの思想の各所には、視野の狭さに由来する人種差別的な発想を感じてしまいます。

この点でも、対照的です。


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神智学の思想の背景と本質 [近代神智学・人智学]

<原初の智慧とインド思想>

ブラヴァツキー夫人は、ルネサンスの「古代神学」やエリファス・レヴィの「隠された伝統」の考え方を継承して、「原初の智恵」を信じ、それがアーリア人によるもの、インドに発しているものと考えました。
そして、このインドに伝わる「原初の智恵」が、イラン、カルデア、ヘブライ(カバラ)、エジプト(ヘルメス文書)に伝わったのだと考えました。
また、インドのヒンドゥー教や仏教は、それをかなりの程度で表現していると。

また、キリスト教やイスラム教は、もともとゾロアスター教などのイラン系宗教の影響を受けたものでしかないだけではなく、伝統的な秘教を否定する、悪魔的な熱狂にとりつかれた宗教であると考えて、評価しませんでした。

以上のように、ブラヴァツキー夫人は、スラブ系の文化で育った人間ですが、当時ヨーロッパで大きな影響を持っていたアーリアン学説の影響を受けています。
そして、「人類発生論」で、現在の人種である第5根幹人種を「アーリア人」としました、
ですが、彼女はこれを白人種の印欧語族のことではなく、現代に存在する人種の総称的な意味で使っています。
ところが、彼女の継承者は、必ずしもそのように理解しなかったようです。
また、「インド」についても、古代のイランからチベットまで含めた広い地域を指しています。

ブラヴァツキー夫人とオルコットが提携した、インドのアーリア・サマージの代表のダヤーナンダ・サラスヴァティも、「原初の永遠の宗教」を信じ、「ヴェーダ」に回帰する思想を持っていました。
この点では、2つのグループは共通していました。

ブラヴァツキー夫人は、インド思想の中でも、「ウパニシャッド」が秘教であり、「ヴェーダ」や「プラーナ文献」は顕教だと考えました。
ヴェーダーンタ哲学、サーンキヤ哲学や「ヨガ・スートラ」のようなバラモン哲学も、秘教を受け継いでいると考えていたのでしょう。
ですが、ヒンドゥー・タントラや後期密教のような、本当のインドの秘教は知らなかったのではないでしょうか。

また、「シークレット・ドクトリン」で述べられた宇宙・人類発生論は、多くをプラーナ文献、中でも最もよく体系化された「ヴィシュヌ・プラーナ」に負っています。
宇宙の多重な周期的創造論、そして、マヌ、クマーラなどの神的存在などです。

もちろん、基本的な思想である転生とカルマ論も、インド思想であり、神智学はそこに進化論的思想を統合しました。


<仏教>

シネットが書いた「エソテリック・ブッディズム」は、ブラヴァツキー夫人と神智学の思想が表現された最初の書籍とも言えます。
ですが、彼女はこの書の「ブッディズム」という言葉について、「仏教」ではなく「ブッディ(ボディ、智恵)」のことだと言っています。

でも、オルコットとブラヴァツキー夫人は、セイロンで仏教に改宗しています。
その後、リードビーターも二人に続きました。
ですから、彼らは仏教を特別視していたハズです。

ブラヴァツキー夫人は、釈迦の教えは、バラモンの秘教を公開するものだと考えました。
ですが、公開した小乗仏教の教えは、倫理と人間に関する顕教の部分だけで、他は阿羅漢のインナーサークルの中に隠して伝えたと。

そして、大乗仏教はその秘教の一部をさらに公開したけれど、本当の秘教を保持しているチベットの仏教の教えはほとんど知られていないと主張しました。

神智学に密教(エソテリック・ブッディズム)の要素がどれだけあるのかというのは、良く問われてきた質問です。
ですが、実際には、密教的要素はほとんどないでしょう。

ブラヴァツキー夫人は、大乗仏教の宇宙大に拡大された仏陀論や弥勒信仰、シャンバラ伝説といった、イラン系思想の影響を受けた部分を「秘教」であると考えていたと思われます。

ブラヴァツキー夫人は、「観音菩薩」を「宇宙霊」、「ロゴス」、「マハット」、「ブラフマー」と同一視しています。
これは、仏教的には理解できませんが、「ミトラ」=「弥勒菩薩」と同一視したのかもしれません。

当時のインドでは仏教は滅びており、シャンバラ伝説を持つ「カーラチャクラ・タントラ」を伝承していたのはチベットだけです。
ですが、「カーラチャクラ・タントラ」自身は、イラン・トルコ系の中央アジアで原型が作られ、シャンバラのモデルもそこにありました。

ですが、ブラヴァツキー夫人は、シャンバラがチベットの向こうのゴビ砂漠にあると考えました。
また、チベットの大師から教えを受けていると主張しました。

ブラヴァツキー夫人は、チベットで修行をしたと主張しましたが、それはありそうになく、先に書いたように、彼女は「カーラチャクラ・タントラ」も含め、密教、後期密教についての知識はあまり持っていなかったと思われます。

ただ、ブラヴァツキー夫人が少女時代に母方の祖父の元で過ごしたのは、カピス海沿岸のアストラハンで、そこの遊牧民カルムイクの人々はチベット仏教徒でした。
そして、夫人の母は、カルムイク人の密教をテーマにした小説を書きました。
そのため、夫人にとってチベット密教が身近な存在であったことは確かです。


<パルシー秘教派経由のイラン・カルデア思想>

ブラヴァツキー夫人は、インドに渡る以前から、イランの宗教を研究していいますが、これは当然、西洋の学者の研究を元にしたものでしょう。
ですが、ボンベイで多数のパルシー教徒が神智学協会に参加したため、彼らから西欧の学者が知らない知識を多く学んだと思われます。
この意味は、大変、大きいと思います。

パルシー教はゾロアスター教ですが、彼らの中には、秘教派、つまり、ミトラ教マニ教ズルワン主義、サビアン教、スーパーシーア派、ヤザダ教(クルドの天使教、ブラヴァツキーは「ゲーベル」と呼びました)、イェジディー派(孔雀派)などの伝統を汲む者がいて、その思想を、神智学の機関誌でも発表しました。

さらに、ブラヴァツキー夫人は、ロンドンに渡ってから、ミトラス教やカルデア神学の専門家で、協会員だったJ・R・S・ミードからも、知識を得たと思われます。

当時、ミトラ教の復興運動が密かに生まれていて、神智学もそれと並行していたのです。
ちなみに、マニ教に関しては、最初の原資料「シャープラカーン」が中央アジアで発見されたのは1904年です。
ですから、ブラヴァツキー夫人はこれを知ることはできませんでした。

ブラヴァツキー夫人は、限られた資料しかなかった当時としては、驚くほどに正しく、イラン系の宗教や神智学を理解していました。
彼女は、イラン古来の伝統宗教としてのミトラ教と、改革されて不完全な形に変形されたマズダ教と、ササン朝期の折衷的なゾロアスター教の違いを認識していました。
また、マギの宗教(カルデア神学)がミトラ教をベースにしていること、クルドのヤザダ教や孔雀派がミトラ教の伝統を受け継いでいることも認識していました。

また、ユダヤ教の秘教であるカバラは、ヘブライ人がバビロン捕囚の時に、カルデア神学(彼女はそれを「カルデアのカバラ」と呼びました)を取り入れてたものであることも知っていました。
ただ、彼女は、ヘブライのカバラ思想や「生命の樹」が、当時から存在したかのように語っていますが。

ブラヴァツキー夫人の神智学が基本とする生滅を繰り返す循環的な宇宙論は、インドのヒンドゥー教のプラーナ文献や仏教のアビダルマ的宇宙論にありますが、おそらくその原型はカルデアから伝わったものです。
また、同じく神智学が基本とする進化論的な発想を持った思想は、インド思想や仏教にはありませんが、ズルワン・ミトラ系神智学にありました。

また、神智学の思想は、7を聖数として体系化されています。
これも、インド発ではなくバビロニア・カルデア発の思想でしょう。

また、シャンバラ・ハイアラーキ―の「世界教師(マイトレーヤ、キリスト)」、「人祖(マヌ)」、「文明の主(マヌ)」の3役職は、「ヴィシュヌ・プラーナ」にもありますが、ヤザダ教の神話にも「マズダ」、「ガヨーマルト」、「ジャムシード」として存在します。

シャンバラ伝説の原型は、おそらくイランの伝承で、中央アジアにあるエメラルドの海の中の白い島があり、そこに時の主マフディーが住むというものです。
ブラヴァツキー夫人は、シャンバラに関して、ゴビ砂漠にはかつて海があり、白い島があったと書いていますので、イランの伝承を継承しています。

そして、ブラヴァツキー夫人は、堕天使や悪魔に関するキリスト教的認識が間違っているということが、「秘密教義」の核心であるといったことを書いています。
つまり、神に敵対する絶対的な堕天使・悪魔や、キリスト教の原罪・贖罪を否定します。
この「秘密教義」の核心は、神的存在が人間の内面へ受肉したという思想です。

ですが、「シークレット・ドクトリン」の一番のネタ元とされる「ヴィシュヌ・プラーナ」には、その傾向が少なく、「ヴィシュヌ・プラーナ」に影響を与えたとおもわれるイラン系神話、グノーシス系神話の方により特徴的です。
サーンキヤ哲学、ヴェーダーンタ哲学、仏教哲学は、類似した思想を哲学的に表現していますが、これら哲学に比べると、神智学の思想(モナド=ロゴスがアートマ、ブッディとしてマナスの中に転生する)の方が神話的です。

このように、神智学のバックボーンは、インド思想と同程度にイラン・カルデア思想、ミトラ教であると言えます。

実際の歴史においては、原インド・イラン文化があり、それがインドとイランに分離し、イランの伝統とカルデアの伝統が習合して、「神智学」の原型が生れました。
それが西方には新プラトン主義やヘルメス主義、カバラなどとして展開し、東方にはインドでヒンドゥー教のプラーナ文献、仏教の弥勒信仰や密教(最終的にはシャンバラ伝説を持つカーラチャクラ・タントラ)として展開しました。

ですが、ブラヴァツキー夫人は、アーリアン学説の影響を受けながら、現在の人類(第5根幹人種)の故郷をインドであると考えていたため、インド思想とその用語を前面に出し、イランン・カルデア色を出さなかったのでしょう。
また、神智学協会がボンベイのパルシー教徒の共同体から離れたことも、一因でしょう。

ブラヴァツキー夫人は、インドに「原初の智慧」の教えがあったと考えていたため、パルシー教徒やミードから得たイラン系の思想を、ヴェーダやプラーナのインド神話と比較しながら、インドにあったはずの原型を推測して構築したのでしょう。

後に、比較神話学者のジョルジュ・デュメジルが、インド・ヨーロッパ語族の原型神話を探求したのと似た試みを、ブラヴァツキー夫人は別の形で行ったとも言えます。
もちろん、それは決して学問的ではありませんが、深さを持っていました。


<真理と学問>

神智学協会の建前では、神智学協会は、宗教、哲学などの研究機関であり、特定の教義や信仰を持たない組織でした。

しかし、「原初の智慧」の教えを源流にして、すべての宗教、哲学が分岐したのであって、神智学の研究の目的は、その真理を復元することです。
「原初の智慧」の教えは、単なる教義や信仰ではなく、真理なのです。

「神智学」という言葉を作った新プラトン主義の創設者のアンモニオス・サッカスも同じ考えを持って活動していたと、ブラヴァツキー夫人は考えました。

初期の神智学協会には、実際に、学問的な研究があり、ミードを筆頭にして、協会のメンバーによって機関誌にも発表されていました。
また、ブラヴァツキー夫人の文章にも、多宗教・思想・神話を併記して比較する傾向を持っていました。

神智学の基本的な教義に関しても、単に空想や霊視で作ったのではなく、多数の文献の研究に基づいて、架空ながらも、「原初の智慧」を現代的な形で復元しようとしたという側面がありました。
もちろん、その手法は学問的ではありませんが、シュタイナーの人智学のように個人の霊視によるものではありません。

ですがこの真理は、「マスター(=マハトマ、大師)」から直接もたらされるものとして、ブラヴァツキー夫人が独占していました。
彼女の亡き後は、リードビーターやレーリヒ、ベイリーらがそれを主張しました。

マスターへの信仰は、神智学協会を、非学究的な信仰やメシアニズムへと導く結果になりました。
また、協会を引き継いだベザントとリードビーターは、学問的な探求を抑圧し、彼らの教義への信仰を求めました。

そして、神智学協会の学究的側面の代表であったミードは1897年に協会を脱退してしまいました。
彼は、1907年に「ミトラス秘儀」、1907年に「ミトラス教の儀式」、1908年に「カルデア人の神託」を出版し、1909年には「クエスト協会」を設立しました。
彼は、オリエント、ヨーロッパ寄りではありますが、神智学協会とは別の形で、学問的にイラン・カルデア系の神智学を復興しようとしました。

その後、アメリカの神智学のキャサリン・ティングレーの後を継いだゴットフリード・ド・プルッカーは、ギリシャ、ラテン、サンスクリット語を使って神智学を学術的に解説した書「オカルティズムの源泉」を、1974年になって出版しました。
神智学にあった学究的側面がこの書には見られます。

日本では、「シークレット・ドクトリンを読む」(2001年)などの著作のある東條真人氏が、ミトラ教の視点から研究を発表しています。

ブラヴァツキー夫人と神智学協会が、マスターや聖典の存在を捏造したことは別にして、「原初の智恵」の復元という形で、近代において普遍的な神智学を構築しようとしたことは、評価すべき点です。

それは、例えば、カール・ユングが多数の秘教の研究を元に、集合的無意識の普遍的な構造を構築しようとしたこと、あるいは、哲学者の井筒俊彦が、様々な神秘主義哲学・思想を元に、普遍的な哲学(東洋哲学)の構造を構築しようとしたことと、似ています。


<教義と放棄>

メシアとされたクリシュナムルティが、「神智学」の教義を学び、成長して、実際に教師となっていった結果、すべての「神智学」の教義を捨て去ったことは、きわめて興味深い出来事です。
これは、単に学究性か信仰か、捏造か真実かといった問題ではありません。

神智学とクリシュナムルティの問題は、複雑な教義体系を構築するか、教義を持たずに内面を洞察するか、そのどちらを選択するかという問題です。

実は、同様な出来事は、過去にインドで何度か繰り返されてきたのではないでしょうか。

例えば、イスマーイール・パミール派は、西方の神智学を持ってインドに来訪し、ヒンドゥーの神智学との統合を行いました。
その一方で、カビールやナーナクのシク教は、イスラム、ヒンドゥー教の教義のほとんどを否定し、内面の神との一体のみを重視することで、両者の統合を果たそうとしました。
この関係は、神智学協会とクリシュナムルティの関係と似ています。

仏教でも、同様です。
もともと、仏教は、教義を否定する釈迦の教えから生まれながら、煩瑣なアビダルマ哲学を構築したため、それを大乗仏教が空思想で否定しました。

ところが、大乗仏教は、空思想を前提にして、また煩瑣な哲学を構築しました。
後期密教やゾクチェン、禅には、それを再度、空じる意味合いを持っていました。

ですが、「カーラチャクラ・タントラ」のように、西方の神智学とインド密教の神智学の複雑高度な一大統合を果たす潮流もありました。

真理をシンプルに洞察することと、方便として複雑化する教義の問題は、常にインド思想が問うてきた問題です。


<神智学の成果と課題>

ルネサンス時代にオリエント、ヨーロッパの秘教、つまり、ヘルメス主義、グノーシス主義、新プラトン主義、カバラ、キリスト教神秘主義などが一定の形で総合されました。

その後、ヨーロッパには、インド思想が知られるようになり、近代神智学は、インド思想、イラン・カルデア思想を含めて、より普遍的な総合を目指しました。
その中で、イラン・カルデア思想とカバラの接点を見つけることにもつながりました。

ですが、ブラヴァツキー夫人が軽視し、パルシー教徒からも伝わらなかったイスラム系神智学、つまりイスラム哲学やイスマーイール西方派の神話思想、さらには、ヒンドゥー・タントラ、後期密教やゾクチェンのような発達した仏教系の神智学は、そこに含まれませんでした。
ブラヴァツキー夫人は、中国思想や記紀神話の神統譜についても語っていますが、決して深く研究していたとは思えません。
これらの思想は、当時の欧米人が知ることは困難だったため、それはしようがありませんが。


神智学協会の目的は、何よりも、唯物論や科学的進化論からは生まれないと思わる、倫理的な同胞意識、同胞的組織を築くことでした。

そのために、神智学協会は、科学と宗教、哲学を統合し、唯物論を乗り越えることを目指しました。
霊的科学に関しては、鍛えられた霊視者の共同作業というのが建前でしたが、これは困難な作業でした。

しかし、神智学の人類発生論の人種に関する解釈には、アーリア人や西洋人を優位に見る種差別があると、批判がなされています。

スラブ系文化をバックボーンにするブラヴァツキー派やレーリヒの派(レーリヒ派にはユダヤ教徒が多いようです)には、その傾向が少なく、リードビーターのアディヤール派、ベイリー派、シュタイナー派にはその傾向が強いのではないかと感じます。
これらは、正しい同胞意識とは矛盾します。


また、シャンバラの同胞団とそのマスター達という架空の権威と、それに基づく特定の協会の特定のリーダーの権威は、組織の体制をまとめる上で、機能する面もありました。
ですが、自由な研究、探求を阻害する結果にもつながりました。


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神智学のハイアラーキーとイニシエーション [近代神智学・人智学]

アリス・ベイリーとアディヤール派のリードビーターが語る、ハイアラーキー(シャンバラの白色同胞団の聖職組織)の構造、そして、その位階に関わるイニシエーションについて、まとめます。

このテーマは、ブラヴァツキー夫人の著作や文章にも語られますが、最初に体系的に語ったのは、アリス・ベイリーの1922年の著「イニシエーション」です。
ですが、これは、神智学協会本部の機関誌「セオソフィスト」の掲載を拒否、中断されたものです。

一方、リードビーターがこのテーマについて語った主著は、クリシュナムルティ運動の最中で、彼の覚醒があったとされる1925年に出版された「大師とその道」です。


<ベイリーのハイアラーキー論>

アリス・ベイリーは、「シャンバラ・ハイアラーキー」には、3つの主要センターがあるとします。
「シャンバラ」、「ハイアラーキー」、そして、「人類」です。
それぞれは、第1光線(意志と力)、第2光線(愛と智恵)、第3光線(活動的知性)の影響を受けています。

また、「シャンバラ」から「ハイアラーキー」の見習いである「人類」までを含めて、「惑星ハイアラーキー」と総称します。

「シャンバラ」は、ゴビ砂漠上空のエーテル界に存在し、大評議会を組織しています。
そして、「惑星ロゴス」を反映する「意志」のエネルギーを放射しています。
また、地球の生命の進化に向けての「大目的の作成」を行います。

「シャンバラ」のトップは、「世界主(世界の王)」の「サナート・クマーラ」です。
彼は、地球のすべての進化の監督者であり、大評議会を主宰し、すべてのイニシエーションに参加する、エーテル界にいる存在です。

「サナート・クマーラ」の下には、彼を補佐する3人の「活動の仏陀(クマーラ)」がいます。
また、彼らとは別に3人のクマーラがいますが、彼らは姿を隠した存在です。

「シャンバラ」には、他に、「4人のカルマの主」がいます。
彼らは、人間の運命の分配、アーカーシャの記録を行っています。


「シャンバラ」と「ハイアラーキー」の間を、「ニルマナカーヤ」と呼ばれる存在がつないでいます。
彼らは、アートマ界においてグループで瞑想して、「シャンバラ」の「大目的」を「大計画」に具体化して「ハイアラーキー」に提示します。

ちなみに、ベイリーは、瞑想を、高次な存在を低次な世界にもたらす創造的な作業と考えます。
また、個人瞑想は集団瞑想のための準備であるとします。

「ハイアラーキー」は「愛と智恵」のセンターであり、「人類」を悪から守る防護壁としての役目を負っています。
そして、大計画に基づいて指導を行い、イニシエーションの準備をさせ、「人類」の意識を目覚めさせる手助けを行っています。

「ハイアラーキー」には、7光線に対応する7つの組織と人がいます。

第1光線に対応する組織のトップは、「マヌ(人祖)」です。
政治的・物質的領域を担い、人種のタイプと形態の基礎を築き、監督します。
彼の下には、ジュピター大師、モリヤ大師(秘教学派の長)がいます。

第2光線に対応する組織のトップは、「世界教師(キリスト)」であり、現在はマイトレーヤが務めています。
宗教的・霊的領域を担い、「ハイアラーキー」を統括し、人間の霊的運命を導きます。
彼の下には、「ヨーロッパ人の大師」と呼ばれる大師、クートフーミ大師、ジュワル・クール大師がいます。

第3光線に対応する組織のトップは、「文明の主」と呼ばれる「マハーチョーハン」です。
科学的・知的領域を担い、文明の創造を行なっています。
彼の下には、「ヴェネチア人の大師」と呼ばれる大師がいて、さらに下位の組織を統括する組織の長を務めています。

その下位組織は、第4~第7光線に対応する4つの下位組織です。
この4組織にはそれぞれ、セラピス大師、ヒラリオン大師、イエス大師、ラコッツィ大師(サンジェルマン大師)がいます。
第3光線の組織の全体には、7つの光線と7人の「マハーチョーハン」が長となっている7つの主要アシュラムと、42の二次的アシュラムがあります。
これらアシュラムは、祈願の集団瞑想を行っています。


「ハイアラーキー」と「人類」をつなぐ存在として、「世界奉仕者の新団体」があります。
彼らは、「ハイアラーキー」と一般大衆の媒介者であり、数百万人が活動しています。

「人類」は、「活動知性」のセンターです。
鉱物、植物、動物の3王国(世界)への霊的エネルギーの分配・媒介も行っています。

「人類」には、一般の人間の上に、ハイアラーキーのマスターに対する「見習い」がいて、その上に「弟子」がいて、さらにその上に第1から第4のクラスのイニシエート達がいます。

(シャンバラ・ハイアラーキーと7光線の対応)
1:シャンバラ
  世界主→活動の仏陀→カルマの主
2:ハイアラーキー
 -1:マヌ
 -2:世界教師
 -3:文明の主 → 4・5・6・7
3:人類
  イニシエート→弟子→見習い→一般人


また、神智学では、地球上の人間のハイアラーキーとは別に、全部で12の「創造的ハイアラーキー」があり、進化の手助けをしているとします。
そのうち、4つはすでに役割を終え、1つは終えつつあり、残り7つが影響を持っています。

ベイリーは、「創造的ハイアラーキー」に関しても、7光線の対応があるとします。
ただし、彼女の創造的ハイアラーキーの捉え方は、アディヤール派とは異なるようです。

(ハイアラーキー)     (光線)(階層)
第1創造ハイアラーキー   :3 :
第2創造ハイアラーキー   :4 :
第3創造ハイアラーキー   :5 :
第4創造ハイアラーキー   :6 :
第5創造ハイアラーキー   :7 :キリスト覆う
神聖な炎のハイアラーキー  :1 :ロゴス界
神聖な建設者のハイアラーキー:2 :モナド界
下位の建設者のハイアラーキー:3 :アートマ界
人間ハイアラーキー     :4 :ブッディ界
人間のパーソナリティ    :5 :メンタル界
月の主達のハイアラーキー  :6 :アストラル界
エレメンタルのハイアラーキー:7 :物質界


<ベイリーのイニシエーション論>

「イニシエーション」というのは、人が意識の拡大、成長、進化をしていくために通る試験、儀式であり、上位の「ハイアラーキー」の存在がそれを主宰します。
「イニシエーション」を通過することで、「ハイアラーキー」の位階が変わります。

ベイリーの、最初の著「イニシエーション」で語られる7つのイニシエーションは、下記のようにまとめられます。
いくつかのイニシエーションは、イエスの生涯との対比で説明されています。

(チャクラ)(主宰者) (階層)  (イエスの人生の対応)
1:頭頂 :世界教師:物質界    :馬屋での誕生
2:心臓 :世界教師:アストラル界 :ヨルダン川での洗礼
3:喉  :世界主 :低位メンタル界:
4:臍下 :世界主 :高位メンタル界:十字架上の磔刑
5:基底部:世界主 :ブッディ界  :
6:   :    :アートマ界  :
7:   :惑星霊 :モナド界   :

また、ベイリーは、人間の成長にとっての「3つの障害」を語ります。
「マーヤー」は、エーテル体の障害で、エーテル体にコントロールされて、それを自分であると思い込んでしまいます。
「グラマー」は、アストラル体の障害で、感情的な反応による惑わしを真実と思い込んでしまいます。
「イリュージョン」は、メンタル体の障害で、新しいアイディアを他と切り離して、全体的な理解を失ってしまいます。

第1イニシエーションは、肉体の高い統制、「マーヤー」の克服が求められます。
次のイニシエーションまでは、通常、多くの転生が必要とされます。

第2イニシエーションでは、アストラル体の高い統制、「グラマー」の克服が求められます。
次のイニシエーションまでは、同じ生涯でも可能です。

第3イニシエーションでは、メンタル体の高い統制、「イリュージョン」の克服が求められます。
このイニシエーションを経て、個性と魂が一体化、モナドと接触、ハイアラーキーのメンバーと交流が可能になります。

第4イニシエーションでは、「パーソナリティ(コーザル体)」の放棄が求めれます。
このイニシエーションを経て、「モナド」と自由に対面し、「モナド」が直接個性に働きかけることが可能になります。

第5イニシエーションでは、地球における学びが終了します。
人間から見て完全な存在、大師のレベルになります。

ですが、望むならば後2つのイニシエーションを受けることができます。
第6イニシエーションでは、惑星連鎖の法則を行使できるようになり、第7イニシエーションでは、太陽系の法則を行使し、太陽ロゴスの力が流れるようになります。

第1から第5のイニシエーションは、メンタル界で、第6イニシエーションはブッディ界で、第7イニシエーションはアートマ界で受けます。

第5イニシエーションを経た人間は、次に進むべき方向として「7つの道」から選択します。
地球のハイアラーキーでの奉仕、様々な磁気的な力を行使して働く、惑星ロゴスになる訓練、シリウスとプレアデスに行く、自らの光線に留まって働く、ロゴス自身が辿る道、ロゴスより高い存在の子となる、です。

しかし、晩年の著「光線とイニシエーション」で語られる9つのイニシエーションは、下記のようにまとめられます。
この著では7光線と対応づけられるようになりますが、チャクラや階層の対応は、著「イニシエーション」から変わっています。

(光線) (チャクラなど)  (階層)  (名称)
1:第7光線 :仙骨     :物質界   :誕生
2:第6光線 :臍下     :アストラル界:洗礼
3:第5光線 :眉間     :メンタル界 :変容
4:第4光線 :心臓     :ブッディ界 :放棄(磔刑)
5:第1光線 :基底     :アートマ界 :啓示(復活)
6:第3光線 :喉      :モナド界  :決断
7:第2光線 :頭頂     :ロゴス界  :復活
8:第4-7光線:ハイアラーキー:惑星系   :移行
9:第1-3光線:シャンバラ  :太陽系   :拒絶


<リードビーターのイニシエーション論>

リードビーターが「大師とその道」で語るシャンバラ・ハイアラーキーの組織と7光線の対応は、ベイリーと基本的に変わりません。
ですが、イニシエーションに関しては、かなりの違いがあります。

リードビーターは、ブラヴァツキー夫人を継承して、アビダルマ仏教の修道論を取り入れて、イニシエーションを語ります。

彼の語るイニシエーション論は下記ようにまとめられます。

   (位階)         (障害) 
1:預流(ソーヴァン)     :三結
2:一来(サカダーガーミン)  :五下分結
3:不還(アナーガーミン)   :五下分結
4:阿羅漢(アラハット)    :五上分結
5:アデプト、無学道(アセーカ)
6:チョーハン
7:マヌ、世界教師、マハーチョーハン
8:活動的仏陀
9:世界主

このように、リードビーターはアビダルマ仏教の修道論を借りて、位階は四沙門で、障害は三結と十結で語ります。

第1イニシエーションを経ると、高級自我と低級自我が一体になり、ブッディに達して一体性を理解できるようになります。

第2イニシエーションを経ると、一時的なアストラル体(幻影体)を使って活動し、ブッディを肉体にもたらすことができるようになります。

第3イニシエーションには、高次メンタル界の諸力の統制が必要で、「アヴィーチ(波のない)」という意識状態の体験ができるようになります。
アビダルマ仏教の「滅尽定」のことでしょうか。

第4イニシエーションを経ると、「涅槃(アートマ界)」に入ることができるようになります。
ここにと到るまで、7生が必要とされます。

第5イニシエーションは、地球における学びの終了です。
前のイニシエーションからここに到るまで、やはり7生が必要とされます。

この後は、涅槃に入って時に法身をまとう、霊的期間に入って報身をまとう、応身をまとって霊力の宝庫の一部になる、ハイアラーキーのメンバーに残る、次の連鎖の準備をする、天使・デーヴァとして進化する、太陽系のどこかでロゴスの奉仕する、という「7つの道」の選択があります。


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