伊勢神道(度会神道) [日本]


鎌倉時代に、伊勢神宮の外宮の祠官である度会氏によって作られた神道が「伊勢神道」で、「度会神道」とも呼ばれます。

伊勢神道は、真言宗系の「両部神道」の影響を受けながらも、「神仏習合(本地垂迹説)」を否定して、神と仏を分けました。
そして、道家や儒家の神観を取り入れながらも、神学的な教義を持つ、最初の自覚的な神道思想となりました。

伊勢神道は、国常立尊などの根源神を主神とするなどの点で、その後の神道思想に大きな影響を与えました。


<伊勢神道とその背景>

伊勢神宮は皇室の氏神であり、古代には天皇以外が参ることはできませんでしたが、中世になると、武家や一般人も参るようになりました。
神仏習合によって天照大御神が日本の神の中で最高神と見なされるようになったことも、その一因です。

伊勢神宮には「外宮先祭」といって、外宮の祭儀を先に行う伝統があり、伊勢参拝も外宮から行われました。
そして、外宮は参拝上の立地にも恵まれていたため、外宮は内宮よりも経済的に潤い、勢力を拡大しました。
といっても、外宮を祀る渡会氏は、もともと伊勢国造で伊勢神宮の大神主だったのです。

度会氏は、外宮が祭る神の「豊受大御神」が、根源神である「天御中主神」や「国常立尊」などと同体であると主張しました。
つまり、「豊受大御神」は「天照大御神」より上位の神であり、それを祀る外宮が内宮より格が高いということです。

律令体制の神祇信仰は、神話的宗教です。
「記紀」において根源神は「天御中主神」と「国常立尊」ですが、両神ともほとんど活躍せず、主宰神として働いているのは、「高皇産霊尊」や「天照大御神」という後の世代の神々です。
これは、神話時代の宗教では一般的です。

伊勢神道は、「記紀」神話を書き換えて新しい神話を作ったので、その点では「中世神話」に属します。
ですが、根源神を主神とし、新しく神学的な神論を創造したので、神話時代の宗教を脱した、初めて自覚的な教義を持った神道思想であると言えます。

伊勢神道は、真言宗系の仏家神道である「両部神道」の影響を受けています。
ですが、「神仏習合」を否定し、神と仏は別の存在であるとし、最終的には、神の方が本体であるとする「神本仏迹説」を主張しました。

その神観には、大日如来を根源仏とする仏教の影響もありますが、それ以上に、「道」や「太極」を根源とする道家・儒家思想、その宇宙発生論の影響があります。

伊勢神道が神仏習合を否定した理由には、祭儀において仏教を嫌う伊勢神宮の伝統や、元寇を契機とした神国思想の盛り上がりがあります。


<伊勢神道の前史>

伊勢神道は、外宮の禰宜だった度会行忠(西河原行忠、1236-1306年)、度会家行(村松家行、1256-1351年)、度会常昌(桧垣常昌、1263-1339年)らによって作られました。

ですが、その背景には、内外両宮の大御神に関わる神仏習合説や神々習合の歴史があります。

まず、両大御神の本地仏に関する説です。

12Cの初め頃、「天照大御神」の本地は、「救世観音」と考えられていたようです。
その後、高野山で天照信仰が高まり、「大日如来」を本地とする説が生まれました。

鎌倉時代になると、東大寺と再建の時に伊勢神宮と結びついたこと、そして、「三輪流神道」によって、「大日如来」本地説が広がりました。
「三輪流神道」は、内宮を胎蔵界、外宮を金剛界に対応させました。

一方、天台宗の仏家神道である「山王神道」は、「天照大御神」の本地を「釈迦」とする説を唱えました。

また、外宮では、南の高倉山を浄土とし、「豊受大御神」の本地を「阿弥陀如来」とする説が生まれました。

次に、両大御神と根源神を同体視する説です。

平安末期頃に、外宮と関係の深い真言宗の僧が書いたと思われる両部神道の書、「中臣祓訓解」は、根源神である「大元尊神(天照太神者大日遍照尊)」が、大日如来でもあり、「国常立尊」でもあるとしました。

そして、この根源神が、伊勢両宮の大御神として顕現し、天照大御神を「日輪」、豊受大御神を「月輪」であるとする説を主張しました。
また、「豊受大御神」と「天御中主神」を同体視しました。

鎌倉時代に入って、外宮の禰宜と親交のあった神祇官人が書いたと推測される「神皇実録」は、「大元」の「国常立尊」が、「無名無状」で、「虚無」であるとしました。
そして、「天御中主神」を「水徳」ゆえに「御饌の神」であり、「豊受大御神」と同体であり、「国常立尊」の顕現であるとしました。
また、「天照大御神」は地神五代の始めの神としました。

鎌倉時代後期になると、真言宗系の僧侶が書いた「大和葛城宝山記」も、「豊受大御神」と「天御中主神」の一体説を説きました。


<度会行忠と「神道五部書」>

伊勢神道の原典は、両宮の鎮座の由来を中心に述べた「神道五部書」です。
これは度会家に伝わる古伝を、度会行忠が書き換えて、偽撰した書と推測されています。

「神道五部書」は次の五書です。

・造伊勢二所太神宮宝基本記(略して、宝基本記)
・倭姫命世記(別名、太神宮神祇本記下)
・伊勢二所皇大神御鎮座伝記(略して、御鎮座伝記)
・豊受皇大神御鎮座本記(略して、御鎮座本記)
・天照坐伊勢二所皇大神宮御鎮座次第記(略して、御鎮座次第記)

「宝基本記」→「倭姫命世記」→「御鎮座伝記」、「御鎮座本記」→「御鎮座次第記」という順で撰集されたようです。

下の三書は「神宮三部書」と呼ばれ、神官でも60歳未満は読めない秘籍とされました。
また、「神道五部書」を含む「神宮十二部書」が、門外不出の書とされました。

行忠自身の書には、「大元神一秘書」、「伊勢二所太神宮神名秘書」、「古老口実伝」があります。


「神道五部書」の特徴は、「本地垂迹説」を否定し、神と仏を区別して神道の独自性を主張したことです。
そして、今は末法の時代なので、人間の機根が衰えて神への尊敬の心が失われたために、仏が神に代わって人間を救済していると考えました。
仏の役割を認めていますが、神が仏として化身していると考えたわけではありません。

神観念に関しては、道家の哲学の影響が大きく、「老子述義」から「道」が万物を生成し育むという考えや、「河上公注老子」から内在神観を取り入れています。
また、神道を、心を修める道であるとしました。

「倭姫命世記」の「元を元として元初に入り、本を本として本心に任す」は、「神道五部書」の神観念を良く表現していますが、この言葉は、後の吉田神道にも影響を与えました。

「宝基本記」は、「国常立尊」が「天照大御神」に仮現したと説き、「天照大御神」と「豊受大御神」を次のように対比しました。

・天照大御神(内宮):日天子:火:陰:地神
・豊受大御神(外宮):月天子:水:陽:天神

「豊受大御神」を天神の始祖、「天照大御神」を地神の始祖としているので、「豊受大御神」を「天照大御神」より上位に置いたのです。

また、「御鎮座本記」では、「大元」の神である「国常立尊」が天照・豊受両大御神に顕現した、あるいは、根源神である「天御之中主」が「豊受大御神」と同体であるとしました。

以上にように、根源神や大御神に関わる記述はあいまいですが、「豊受大御神」の方が「天照大御神」よりも上位であり、より根源神の性質(水徳)を持っている、と主張しています。


<豊受大御神と根源神の同体視>

外宮の祭神である「豊受大御神」(豊宇気毘売神、止由気神、豊宇賀能売命…)は、「記紀」には登場しない、その意味では謎の神です。
「古事記」に一言、記載がありますが、これは後世の竄入と考えられています。

豊受大御神は、「止由気宮儀式帳」(804年)によれば、雄略天皇の夢に天照大御神が現れて、自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の「真奈井」にいる「御饌の神」である等由気大御神を近くに呼び寄せるように、と神託があって外宮に祀られることになりました。

また、「丹後国風土記」によれば、丹波の「真奈井」で8人の天女が水浴しているところ、老夫婦に羽衣を隠されて帰れなくなった一人の天女で、「万病に効く酒」を造って夫婦を富ませました。

これらの話がどこまで豊受大御神やその鎮座の実態を反映しているか分かりませんが、このように、「食物(ウカ)」や「水」、「酒」に関係した女神とされていました。

豊受大御神の伊勢鎮座の理由には、伊勢神宮には北辰・北斗信仰が秘されていたからだという現代の学説もあります。
これによると、天照大御神は北極星信仰と習合し、それを補佐する北斗七星の神(輔星を入れて8人の天女)として、豊受大御神が迎えられたとされます。


伊勢神道では、豊受大御神を根源神とするために、単なる「食の神」という説を否定する必要がありました。
そして、「水徳の神」という点を強調しました。
ちなみに、「徳」というのは道家では、「道」が万物を養う働きを意味します。

「記紀」神話では、以下のよう「原初の水」に植物が自生するイメージで天地開闢を語ります。

「国が稚く、脂が浮いたようで、水母(くらげ)が漂うような状態のとき、葦牙のように萌えあがる物から生成した神を…」(古事記)
「天地開闢の初め、土壌が漂っている状態は、魚が水の上に浮遊しているような伝承がある。そのとき、天地のひとつのものが生じた。形状は葦の芽のようで…」(日本書紀)

五部書の「御鎮座伝記」では、上記したような両部神道系の書の影響を受けながら、「記紀」神話をアレンジして、豊受大御神について下記のように語りました。

・大海の中に葦牙のように浮かんでいるものから天御中主神が化生した。だからその地を「豊葦原中国」と号し、この神を「豊受大御神」と言う。

・伊邪那岐・伊邪那美が大八州を生んだ後、「水」の働きが現れなかったため、天の下は飢餓状態になった。そこで二神が「八尺瓊勾玉」を空に投げたところ、それから豊受大御神が化生した。この神は「水」の働きを体現して、「命」を継ぐ作用をするので、「御饌都の神」という。

・天照大御神の伊勢鎮座の時、豊受女神は天より降臨して、一ヶ所に天照大御神と並んで鎮座した。このとき、和久産巣日神の子の「トヨウウカビメ」が「御神酒」を献上した。

つまり、「水」という属性から、豊受大御神は天御中主神と同体の根源神であり、
葦→豊葦原→豊受という連鎖から、豊受大御神を地上に豊かさを与える神であり、
「食の神」と言われるけれど、その本質は、「生命の水」の神であり、
天から伊勢に降臨した神である、としたのです。

また、一般に豊受大御神は食を天照大御神に献上する神とされますが、献上するのは「トヨウウカビメ(トヨウカノメ)」であり、豊受大御神は献上される神である、としたのです。
外宮の酒殿には、名称不明の神がいたので、これを「トヨウケビメ」として、豊受大御神と区別したのです。

また、「宝基本記」では、豊受大御神を「御饌都(食の)」ではなく「御気津(根源的な気の)」の神とします。

ちなみに、外宮では、忍穂井の御水を汲んで供えますが、この御水は度会氏の遠祖の天村雲命がもたらしたものとされます。


<度会家行と「類聚神祇本源」>

度会家行は、伊勢神道の大成者で、その体系化を進めました。
「神道五部書」の基本的性質は、鎮座由来を説く縁起書ですが、家行の書いた「類聚神祇本源」、「神祇秘抄」、「神道簡単要」などは教義書であり、特に「類聚神祇本源」の「神道玄義篇」では、彼自身の神学を語りました。

家行は、「神道五部書」と異なり、仏教書や「両部神道」の引用も積極的に行い、「伊勢神道」の普遍化を進めました。

家行は、「先代旧事記」の根源神に由来する「天讓日天狭霧国譲日国狭霧尊」を根源神とし、天御中主神(古事記の根源神)、国常立尊(日本書紀の根源神)と同体視しました。

中でも「天讓日天狭霧国譲日国狭霧尊」を一番の根源神とし、その変成神が国常立尊であり、次に天御中主神であるとしました。
そして、豊受大御神を「天讓日天狭霧国譲日国狭霧尊」と同体としました。

この「豊受大御神=天讓日天狭霧国譲日国狭霧尊」は、高天原に初めて出し神であり、過去七仏以前の神であり、「水徳の神」です。
また、いたるところに遍満する神、形・念・言の根源であり、不生不滅であるとしました。
そして、「機前(天地開闢以前)」の存在であり、「太極」であり、「混沌」です。

また、その心的な属性を、「正直」であり、「清浄」であり、「精明」であるとしました。

人間はその性を受けているので、「清浄」で「正直」に生きるべきなのです。
家行は、それを、「一心不乱」、「生を超え、死を出づる」とも表現しました。

「正直」という言葉は中国古典にありますが、道家が「無為自然」を、禅が「無心」を、本覚思想が「本覚」を理想としたように、「正直」は神道が理想とする状態なのです。

また、仏教が日本を辺土であると説いたのに対して、伊勢神道、特に家行は、日本は神国であるという神国観を強調しました。
また、仏教が、末法ゆえに人の機根は悪くなっていると説いたのに対して、人は神の性を受けているとする神胤観を主張したのです。


<度会常昌と神本仏迹説>

度会常昌は、家行より後に生まれた人物ですが、若くして、先に亡くなりました。

行忠は神と仏を別の存在とし、家行は豊受大御神の根源神化を進めて過去七仏以前の存在としましたが、二人ははっきりと、神が仏に先立つ存在であるとは主張しませんでした。

ですが、常昌は、「太神宮両宮之御事」などで、神の方が本体であり、仏がその現れとする「神本仏迹説」に当たる思想を主張しました。

これは神を重視する伊勢神道の当然の帰結なのかもしれません。

常昌と親交のあった慈遍は、後醍醐天皇の時に大僧正となった延暦寺の僧で、吉田兼好の兄弟です。
慈遍は常昌の影響を受けて、僧であったにもかかわらず、その著「旧事本紀玄義」で、釈迦如来は皇天の垂迹であるとしました。
つまり、はっきりと「神本仏迹説」を主張したのです。

また、「日本は種子芽の如し。…唐は枝葉を掌り、梵(インド)は果実を得、花は落ちて根に帰す。」と書いて、神道が仏教、儒教の元であると主張しました。
これは、吉田兼倶の「三教根本枝葉花実説」に影響を与えました。



以上のように、伊勢神道の「神本仏迹説」や、根源神として「国常立尊」や「天御中主神」を重視したこと、「正直」という心のあり方を理想としたことなどは、吉田神道を初めとした後の神道思想に影響を与えました。

また、このページでは紹介しませんでしたが、三種の神器の重視や、超古代史的皇統史観などは、南朝のイデオロギーや、超古代史的偽書にも影響を与えました。



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