「ゾーストリアノス」と「マルサネース」 [ヘレニズム・ローマ]


一般にグノーシス主義は神話の比重が高いのですが、ナグ・ハマディ文書に含まれる「ゾーストリアノス」、「マルサネース」は、他のグノーシス主義の文書に比べて、神秘哲学的傾向が高い内容を持っていると言われています。
「ゾーストリアノス」は、プロティノスの論駁対象だった文書です。

この両文書は、セツ派系列の文書とされますが、他とは異なる宇宙論(階層論)を持っています。
両文書の階層論は類似していて、「ゾーストリアノス」は11階層、「マルサネース」は13階層からなります。

ただ、両文書とも破損が多く、判読できない部分が多くあります。


<ゾーストリアノス>

「ゾーストリアノス」は、セツ派の文書で、アレキサンドリアで書かれたのではないかと推測されています。
ゾーストリアノスはゾロアスター(ゾーロアストロス)の曾孫に当たるとされる人物で、彼に仮託されているのでしょう。

新プラトン主義を大成したプロティノスが、「グノーシス派に対して」で論駁した対象は、この書であろうと推測されます。
正確に言うと、ナグ・ハマディ版以前のキリスト教化される前のヴァージョンです。

この文書の主役ゾーストリアノスは、「永遠の光の認識(グノーシス)」をもたらす天使に連れられて、天界の諸天を上昇していきます。
各階層には多数の天使がいて、各階層を通り抜ける際に、その都度、多数の洗礼を受けます。
そして、複数の天使から啓示を受けます。

彼は、天使に洗礼を受けた時、「天使の一人になった」と何度も表現しています。
また、「私は形を受け取った。そして、私は私の表現を超えた光を受け取った。私は聖なる霊を受け取った。私は真に存在するようになった」とも書かれています。

つまり、彼は、単に天界上昇をしたり、ヴィジョンを見たり、啓示を受けるだけではなく、明確に神秘的体験を行ったと語っています。


この文書は、宇宙論として、次のように、11の階層を数え、さらに細かく別れます。

11:見えざる霊:一者、三重の力を持つ者
10:バルベーロー(大いなる流出?)のアイオーン
9 :カリュプトス(隠された者)のアイオーン
8 :プロートファネース(最初に現れた者)のアイオーン
7 :三重の男児のアイオーン
6 :アウトゲネース(自ら生じた者)のアイオーン:ソフィア
5 :メタノイア(回心):6階層
4 :パロイケーシス(滞在)
3 :アンテイテユポス(対型)のアイオーン:7階層(惑星天)
2 :空気の大地:造物神の住居
1 :地上:13層構造

「ゾーストリアノス」は、他のグノーシス主義とはかなり異なる宇宙論(階層論)、パンテオンを持っています。

7惑星天までは下から第3階層までで収まります。
そして、「デミウルゴス」は最上天球ではなく、空中にいます。

第4・5階層は「中間世界」、第6階層以上は「プレローマ」に当たるでしょう。
ゾーストリアノスは、最終的に「プロートファネース」のアイオーンまで上昇して、戻ります。

各階層に多数いる天使達はほとんど知られていない名ですが、第6層の「ソフィア」が例外です。


至高存在の「見えざる霊」は、「存在/至福/生命」という「三重の力を持つ者」とされます。
「見えざる霊」は、分割不可能な「一者(ヘナス)」であると同時に、3でもあり、「3つ似像」としてやってくる者です。

「存在」は、それによって「一」であるものであり、それは「観念の観念」です。
「至福」は、それによって「認識」が備わります。
「生命」は、それよって生きることができるものであり、それは「実体」を持たない「存在」の働きです。

また、それぞれには「水」があって、それぞれ「神性/認識/生命力」の水です。

セツ派の他の文書でも「3つの力」については、その内容にゆらぎはあっても語られます。

「3」や「3倍」はグノーシス主義ではよく語られます。
それは、ヘルメス文書の「ヘルメス・トリスメギス(3倍偉大なヘルメス)」や、プラトン主義の「トリアス(三性)」の「存在/叡智/生命」とも平行しています。


第10階層の「バルベーロー」は、「見えざる霊」についての「認識(カタノエーシス)」であり、「見えざる霊」を見ることによって、自分を「見えざる霊」の働きであると知ります。

ですが、「見えざる霊」は「把握できない」存在なので、「バルベーロー」は彼の「似像(エイコーン)」、「模像(エイドーロン)」は持てません。
また、「バルベーロー」は、「見えざる霊」対する 「妬み」と「無知」から下方へ傾きます。


ゾーストリアノスの上昇は、2人のアイオーンによって「プロートファネース」のもとにまで連れて行かれることで頂点を向かえます。
その時、3者は一体となっていて、ゾーストリアノスはそれらすべてと結ばれました。

ゾーストリアノスは、啓示を受けた後、地上に戻り、「セト」の子孫に対して宣教を開始しました。


「ゾーストリアノス」では、宇宙は、「ソフィア」が下方を眺めた結果で生まれます。
ですが、これを「ソフィア」の「過失」とは語られません。
物質世界も一義的に「悪」とは見なされません。
また、惑星的存在にも「アルコーン(支配者)」ではなく「アイオーン(永遠なる者)」という言葉を使います。

ですから、「ゾーストリアノス」には反宇宙論的側面が少なく、グノーシス主義から離れつつあります。


<マルサネース>

「マルサネース」は、セツ派の一派を思われるアルコンタイ派の文書です。

「マルサネース」は、文書の構造においても、その階層論においても、「ゾーストリアノス」と類似しています。
「マルサネース」では、全部で13の封印(洗礼)が語られ、それに対応した13の階層が存在します。

「ゾーストリアノス」との大きな違いは、「見えざる霊」を3階層に分けて2階層が増えていることです。

この一番根源的な上の階層が、「いまだかつて知られざる沈黙者」、あるいは「識別されたことのない者達の発端」とされます。
次が、「見えざる者」です。
最後が、「三重の力を持つ者」です。

また、「バルベーロー」を、「本質/認識/エネルゲイア」という3つの力を持つ者とします。

他の特徴としては、字母論(神秘主義的文字論)や、数論(神秘主義的数論)を述べている点です。

字母論では、7母音を魂の7区分と対応させたり、12宮と有声、無声などを対応させたり、「ヌース」を母音、感覚を半母音、身体を子音に対応させています。

数論では、1から10までの数の象徴的意味を語っています。


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