神秘主義哲学の階層論 [通論]


神秘主義思想にとって、存在や意識の「階層」は、基本となるテーマです。
古今東西の神秘主義哲学の階層に関する思想を大雑把に紹介しつつ、大胆に解釈します。


<形相的な階層論>

ギリシャ哲学を代表するプラトン、アリストテレスらの階層論の特徴は、「形相性(形・本質)」を基準にすることです。
それは、現代人から見れば、人間に至る進化論的な階層とも一致し、また、人間の成長(個体発生)の階層とも一致します。

プラトンがピタゴラス主義から継承した奥義思想である不文の教説によれば、根源的な2原理は、「一/不定の二」、つまり、「限定/無限」です。
この「無限」とは「形相」を持たないものであり、「限定」とは「形相」を作るものです。

プラトンにあっては、階層の最上位の「限定」する存在は「善そのもの」と呼ばれ、最下位の「無限」な存在は神話的に「コーラ(場所、受容器)」と表現されました。

一方、アリストテレスは、階層の最上位の存在は形相が完全に実現した「純粋形相」、最下位は形相を持たない「第一質料」としました。

このように、彼らの階層論は、「形相性」を基準にし、下位はそれを欠いた「質料(素材・無本質)」と考えます。


プラトンは世界を、原型的な、不変の世界である「イデア界」と、それを受け入れて生成する世界である「現象界(感覚界)」、そして、両世界にまたがってこの2つを媒介する「魂」の3つに分けました。

プラトンの「イデア界/魂/現象界」の3段階の階層論は、後世、神秘主義思想の基本である「霊/魂/体」の3分説となります。

プラトンは、さらに、「魂」を、上下の世界との関係から、「知性的/気概的/情念的」という3段階の部分に分けました。

一方、アリストテレスでは、この3段階は、自然学的に「天体・神々/人間/動物」の3階層に対応します。
ただ、彼はその下にも、「植物」、「無生物」を置いて5階層で考えましたが。

先に書いたように、これらの階層論は、進化や個人の成長(個体発生)の方向を、階層の上位と考えることができるものです。
ただ、進化論では動物と植物は分離したもので、植物から動物に進化したわけではありませんが。

また、古代的な「動物」の概念は、感情やイメージなどの内面世界を持つ生物です。


彼らの階層論は、上位の存在を「原型的」、「原因的」、「創造的」なものと考えます。
これは、地上世界は霊的世界を写した世界であると考える、歴史以前の部族文化の世界観を、ある程度、継承しています。

ですが、彼らの「形相」的な階層論の特徴は、最上位の存在が下位の形(本質)の根拠となり、それを秩序づけるものである点です。
そして、実践・修道は、上位存在を認識することで、正しい秩序(形相)を得ることです。

これらは必ずしも普遍的な思想ではなく、彼らに特徴的な部分です。


<上下対称の階層論>

プラトン、アリストテレスの階層論では、上位と下位は形相性の有・無で正反対の性質を持ちます。
ですが、究極的な神秘体験は、実体験からすれば「形」を感じないことが一般的です。

そのような実体験を持っていた新プラトン主義のプロティノスは、プラトン哲学を継承しながらも、最上位の存在(一者)を「無相(無形相)」であるとしました。
ですが、「一者」が下位の秩序の根拠となり、固定する性質を持つ点は変わりません。


プラトン以降のアカデメイアでは、様々な階層論がありましたが、クセノクラテスは「イデア」を「ヌース(霊的知性)」として捉えていました。
それを受けつつ、プロティノスは、「一者/ヌース/魂」という階層を考え、定着させました。

プロティノスは、「一者」から生み出された「ヌース」は、最初は「形相」を欠いた暗い素材的存在ですが、「形相」を超えた「一者」を振り返って認識することで、光として「形相」を受け取り、形付けられると考えました。

プロティノスの最上位の「一者」が「無相」であるなら、その点では、最下位の純粋な「質料」と同じです。
つまり、この上下の極が同じで、この点で階層が対称となっています。

ですが、最上位が「形相」の創造者、根拠であるのに対して、最下位は「形相」を受容者である点で、両者は異なります。


新プラトン主義のイアンブリコスは、「ヌース」を、「存在/生命/知性」という3段階に階層化しました。

これは、プロティノスが考えた、「認識対象/認識作用/認識主体(内容)」を捉えなおしたものです。
ですが、ここには、階層の上下対称性の考え方が潜在しています。

新プラトン主義の大成者であるプロクロスは、それを理論化して、階層の上下対称性を、極だけではなく全体に広げました。

プロクロスは、魂(限定すれば、人間の魂、中でもプラトン言う魂の気概的部分)を階層の中心にします。

そして、アリストテレスの「動物/植物/無生物」の本質を、「知性/生命/存在」として捉えます。
これは、イアンブリコスの「ヌース」の3階層の本質を、下位に折り返した形になっています。

プロクロスの上下対象の階層論は、近代の神秘主義者であるシュタイナーの階層論にも見られます。

シュタイナーにおいては、人間の本質の階層は、「悟性魂(自我)」を中心にします。
そして、上位の「霊人/生命霊/霊我(意識魂)」と、下位の「感覚魂(アストラル体)/エーテル体(生命体)/肉体(物質体)」が対称的な本質を持っています。

シュタイナーにおける実践・修道は、下位の上位への「折返し」です。
下位の存在を意識化することで、順次、上位の存在が生まれます。

グルジェフやケン・ウィルバーにも、これに似た上下の対称性の考え方があります。


<創造的想像力の中間的世界>

プラトン、アリストテレスの階層論は、概念的(理念的)な知性を重視するものであるため、イメージや想像力、象徴をあまり評価しません。
ですが、多くの神秘主義思想、特に魔術的な思想においては象徴的なイメージが重視されますし、啓示的な宗教でも、それらはヴィジョン(幻視)として与えられるものなので重視します。

そのため、神秘プラトン主義でも、魔術に傾倒したポリピュリオスは、予言に関わる神的な想像力を重視しました。
また、啓示宗教であるイスラム教の神秘主義哲学者も、それを重要しました。

ペルシャ人のスフラワルディーは、イデア界に相当する恒星天と、動・植物魂に当たる惑星天の間に、神的・象徴的イメージの世界である「中間世界」を置きます。

つまり、この象徴的なイメージ、創造的想像力の「中間世界」は、通常のイメージや想像力とは別のものなのです。
そして、この位置は、「霊的知性(直観的知性)」の世界の下ではありますが、日常的な概念的思考やイメージの世界の上なのです。

井筒俊彦の意識の階層論でも、「中間世界」は「根源的イメージ」の段階に当たり、これは「言語アラヤ識」と「日常的意識(分節世界)」の間に位置します。


象徴的なイメージ、創造的想像力の段階を、上下対象の階層論に当てはめると、概念的意識の段階を中心にして、その下位のイメージの段階を、上に折り返した場所として考えることができます。
これにぴったりと当てはまるのは、シュタイナーの「アストラル体」を折り返した「生命霊」でしょう。

シュタイナーの階層論では、この段階は「霊視的」認識とも表現され、さらにその上は「霊聴的」、その上は「合一的」認識とされます。

象徴やイメージ(心像)は視覚に限定されませんが、「中間世界」に対応するのは「霊視的」段階でしょう。

視覚的なものより聴覚的なものを上にするのは、密教も同じです。
密教では、聴覚的なマントラも視覚的な尊格の姿形(イメージ)も象徴性を持ちますが、マントラをより根源的なものとします。
これは、マントラの方が視覚的イメージより形相性を脱しているからでしょう。

例えば、密教の代表的な行法の「五現等覚」では、「虚空」から「光源(月輪)」→「放射光(日輪)」→「象徴的な音(種字)」→「象徴的な意味(三摩耶)」→「象徴的な視覚イメージ(仏身)」の順に観想して尊格を現します。
つまり、形象的視覚よりも象徴的意味の直観、さらに聴覚、光の感覚をより根源的と考えます。

もちろん、霊的感覚は、通常の日常的対象の感覚とは違うものなので、ここに書いたのは共感覚的な表現です。


<複数系列の階層論>

階層に複数の系列を立てる階層論があります。

プロクロスは、各階層に「第一者(へー・モナス)」を立て、それが「限定/無限」を生み、その混合で「多者」が生まれると考えました。
これは、各階層に次元の異なる「質料」を認めるもので、各階層に「形相」と「質料」の2系列がある階層論であると考えることができます。

これは、神話的には、各階層に神のカップルを立て、その女神が各階層の素材原理に当たると考えることに対応します。


ペルシャ人のイブン・スィーナー(アヴィセンナ)は、天上に「認識/想像力/素材」の3系列を考えました。
「認識」は「形相」や「霊的知性(知性体)」に、「素材」は「質料」に対応するものであり、「想像力」は彼が独自に新しく天使の系列と解釈して付け加えたものです。
彼は、これによって宗教(天使論)と哲学(知性論)を統合しました。

スフラワルディーやイブン・アラビーが、階層における「中間世界」として考えたものを、イブン・スィーナーは系列として考えて、「知性」と対等なものにしたのです。

この「想像力」の系列の下位の段階は、通常のイメージや想像力、上位の段階は象徴的イメージ(創造的想像力)であると考えることができます。

ちなみに、スフラワルディーは、天上に「認識」と「素材」の2系列を考えました。
それぞれは、別の系列の天使でもあって、後者は「母達の大天使」と呼ばれます。


また、近代の神智学(アディーヤール派神智学協会)は、3つの系列を考えました。
「3重のロゴス」と呼ばれる、「霊我(モナド、意識、神性)/形相(モナド・エッセンス、生命)/質料(力)」の3系列です。
これは、ズルワン=ミトラ神智学系の「アフラ・マズダ/ミトラ/アナーヒター」に相当し、それを継承するものでしょう。


<強度的な階層論>

上下対象の階層論は、「形相性」の点では対称的ですが、「創造性」、「原因性」という点では、これらは上位の特徴であり、上下非対称的です。

これに対して、ストア派による階層論は、「形相性」とは全く異なる、内的な「緊張」を基準とした階層論です。
「緊張」は「力」、「強度」とも表現できます。

ストア派は、各階層の本質である、鉱物の構造、植物の成長、動物の霊魂、人間の知性などを、「形相性」ではなく「緊張」の度合いの違いであると考えました。

「強度」のある上位存在は、「形相」を生み出しますが、ストア派はこれを「種子的ロゴス」と表現しました。

これはプラトンの「イデア」のように超越的な存在ではなく、内在的な存在です。
そして、「ロゴス」という原型は、静的な枠ではなく、多様性を発現させるものです。

密教などのタントリズムや一部のヴェーダーンタ哲学といった、非実体主義、幻影主義的なインド系の思想にも同様の考え方があります。
また、シュタイナーの思想もこれに似ています。


「強度」の階層論は、近現代の哲学では、ベルグソンやドゥルーズに見られます。
ドゥルーズは、ストア派を評価し、プラトンの思想を強度的階層論から解釈しました。
この「強度」の階層を、ベルグソンは「深み」、ドゥルーズは「奥行き」と表現しました。


<微細さの階層論>

「霊/魂/体」の3分説は、インドでは、ヒンドゥー教神智学では、「原因身(コーザル・シャリーラ)/微細身(リンガ・シャリーラ)/粗大身(ストゥーラ・シャリーラ)」の3シャリーラ説が対応します。

仏教では、「法身(ダルマカーヤ)/報身(サンボガカーヤ)/応身(ニルマナカーヤ)」の三身説です。
この3段階は、「極微/微細/粗大」とも表現されます。

このようにインドでは、「微細さ」を基準とした階層論が語られます。

ヒンドゥー教や仏教の哲学の階層論も、上位存在が「原型的」、「原因的」、「創造的」な点ではギリシャ哲学の階層論と同じです。
「微細さ」は、「原型的」、「原因的」、「創造的」なのです。
数学的に言えば、「微分的」です。

ですが、仏教、ヴェーダーンタ哲学、サーンキヤ哲学などでは、最上位の存在は、「形相」を生みはしても、根拠とならず、固定しない性質を持つ傾向があります。
つまり、「形相」を幻影的、非実体的、非本質的に捉える点では、ギリシャ的な形相の階層論と異なります。


<無根拠の階層論と解放論>

上にも少し書いたように、仏教やヴェーダーンタやサーンキヤのようなインド哲学は、最上位の存在(空、ブラフマン、プルシャ)を、生み出された「形相」の「根拠」としませんし、生み出すことに対しても否定的です。

階層の最上位存在を、「無」のような否定的表現にするかどうかでは、重要な問題ではありません。
生み出される「形相」に対して根拠となるか、無根拠なものかが重要です。

キリスト教の否定神学は、神を「無」として表現しますが、被造物を秩序づけるロゴスの根拠となります。
それに対して、神を「無底」と表現したベーメやシェリングの場合には、「無根拠」に近い意味を表現します。


密教はヒンドゥー・タントリズムの場合は、「無根拠」であることを「自由」として捉え、創造を積極的に評価します。

そして、「涅槃性(非煩悩性)」の創造と、「煩悩性」の創造を区別します。
実践・修道としては、「形相性」に対するこだわりを捨てることで、活性化した前者の創造を目指します。
これは、階層論ではなく解放論、救済論です。


<各解放論の関係の解釈>

インドのタントリズムの解放論における「涅槃性」の創造と「煩悩性」の創造の差異は、「強度」を日常的な次元にまでもたらした動的な創造であるかないかの違いです。
つまり、タントリズムでは、「強度」は解放論に関わります。

ですから、タントリズム的な解放の度合いは、単純には、ドゥルーズ的な強度的階層の「奥行き」に関わるものとして解釈することもできるのではないでしょうか。


「強度」の「奥行き」は、上下対象の階層論では、下位の上位への「折返し」に関わると考えられます。
「奥行き」の距離は、階層の高所に見つけることができるでしょう。

下位存在を意識化して「折り返す」ことは、「強度化(動態化)」と関わり、それは、タントリズム的な「解放」にもつながるでしょう。

(2020-12-18)

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