アレキサンドリア錬金術 [ヘレニズム・ローマ]

大地(母神)が金属が育み、人がそれを助けるという基本的観念としての錬金術の源流は、有史以前にまで遡ると思われます。

ですが、具体的な文献としてそれが初めて確認できるのは、ローマ帝政期のアレキサンドリアにおいてです。
そのため、錬金術はヘルメス・トリスメギストスによって始められたという伝説も生まれました。

1C頃には、最初の化学的文献が見出され、非金属を金・銀のように見せかける技術が記載されています。
「ライデン・パピルス」、「ストック・ホルム・パピルス」や、後の時代にビザンツで編集された「ギリシャ錬金術文書」中の「自然なものと隠されたもの」が、この頃の文献です。

3C頃には、実際の金属の変性によって金を作るという発想が見られるようになり、この錬金術は「ケイメイア」と呼ばれるようになります。
そして、単なる金属職人ではなく、錬金術師というアイデンティティが生まれました。
と言っても、「化学」と「錬金術」の概念はまだ分離されていません。


<ゾシモス>

最も重要な錬金術師は、3C頃の人物であるゾシモスです。
彼は28の書を著したとされていますが、書としてはすべて失われており、断片的にしか残っていません。
彼は、錬金術師の先駆者として別格的なヘルメス以外に、ユダヤのマリアをあげており、また、弟子にもテオゼベイアという女性がおり、当時の錬金術師には女性が当たり前のようにいたようです。

ゾシモスは、金属は「身体」と「精気(プネウマ)」からなるとしました。
「身体」とは、すべての金属に共通する基体であり、水銀です。
「精気」は、個々の金属の性質を決める要素です。

錬金術は、金属から「精気」を分離し、他の金属に結びつけます。
これによって金属は変性しますが、ゾシモスはこれを「染色」と呼びました。
また、金属変性を与える物質を総称して「硫黄の水」と呼びました。
硫黄の蒸気が様々な物質を白くすることに由来します。

「硫黄の水」の中でも最高のものは、「クセリオン」と呼ばれます。
これは医薬のことで、「クセリオン」は金属にとっての医薬なのです。
この変性剤である「クセリオン」は、アラブ世界では「アル・イクシール」、ヨーロッパ世界では「エクリシル」になり、やがて「賢者の石」にも結びつきます。

錬金術は秘密の教えであるため、ゾシモスは、金属を暗号名で記載したり、化学的作業を寓話で表現しました。


<錬金術と秘儀>

アレキサンドリアで生まれた錬金術は、その後、イスラム世界に継承されて発展し(ここでインド、中国の錬金術の影響も受けたかもしれません)、さらに、ヨーロッパ世界に継承されて発展していきます。

こうして発展した錬金術のプロセスは、ヘレニズム・ローマ期の「秘儀」とも類似しています。
錬金術は、金属が金にまで成長することを手助けして促進させるものですが、そのプロセスは物質を再生・浄化するものと考えられたためです。
ですから、人間の心を再生・浄化する秘儀と類似するのです。

ヘレニズム期・ローマ期の秘儀も錬金術もヘルメス主義の世界観を共有し、宇宙(物質)と人間は照応するものですから、これは当然なのです。
ゾシモスも、錬金術がミトラスの密議と本質的に同じであると述べています。

以下、ルネサンス期の錬金術の資料(ローマ期以降の思想も含まれている)を元に、秘儀との類似性を見てみましょう。

・準備段階

錬金術では、まず、素材である物質から、根源的な女性的要素と根源的な男性的要素を抽出します。
女性的要素は象徴的に「水銀」と呼ばれ、月や王妃、有翼の龍として表現されます。
代表的な物質には銀があります。
男性的要素は象徴的に「硫黄」と呼ばれ、太陽や王、無翼の龍として表現されます。
代表的な物質には金があります。
この段階は秘儀で言えば、禁欲などの準備段階に相当します。

・黒化・腐敗ー死

そして次に、抽出された男性的要素と女性的要素を結合させます。
すると、物質は根源的な元素(これはアリストテレスが「第1質料」と呼んだものです)にまで分解されて黒くなります。
この時、その物質が持っていた魂が出ていってしまいます。
このプロセスは「黒化」、「腐敗」と呼ばれていますが、秘儀での「死」、「冥界下り」に相当します。

・白化ー再生

次に、これを加熱すると物質は白くなります。
この時、物質に純粋で神的な霊魂(これは宇宙そのものの魂である「世界霊魂」の一部です)が入ってきて物質は生き返るのです。
この物質は「両性具有」として表現されます。このプロセスは「白化」と呼ばれます。
これは秘儀では「真夜中の太陽」を見い出した後の純粋な魂としての再生に相当します。  

・赤化ー完成

さらに加熱していくと、物質は様々に変色して最後に赤くなります。
この時、物質は成長して、「世界霊魂」を凝縮した自然の完成した姿になるのです。
これは「哲学者の石」と呼ばれ、「王冠をかぶった子供」として表現されます。このプロセスは「赤化」と呼ばれますが、これは秘儀での神の「見神」や「児童神の誕生」に相当します。

・発酵

「哲学者の石」はこの後、「発酵」と呼ばれる加工をほどこしてから実用します。
「哲学者の石」は固体状にも液体状にもなる物質ですが、これは一種の万能薬で、非金属を貴金属に変えたり、人間の病気を直したりすることができます。
つまり、神話における「生命の樹の実」や「生命の水」のような存在です。

このように、錬金術は人と同じように自然の物質を扱うという観点があります。
人が死と再生の秘儀によって霊魂を高めるように、物質に化学的に死と再生を与えて高めていくのです。
そのため、錬金作業は秘儀でもあるのです。

ただ、上に紹介した中で、物質を4大元素ではなく男性原理・女性原理(水銀・硫黄)の2元論を強調して捉えたり、浄化された肉体の獲得を目指すといった思想は、アラビアの錬金術以降に現われたものです。

alchemy.jpg 

左上:男性的要素と女性的要素を結合(結婚) 右上:両原理の物質からの脱魂(腐敗)
左下:霊魂の降下と復活(両性具有の誕生)  右下:哲学者の石(王冠を冠った子供)の誕生

*私は未読ですが、エリアーデも錬金術と秘儀の類似を指摘しています。


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