フィチーノの魔術的ヘルメス主義 [ルネサンス~近世ヨーロッパ]



<ヘルメス文書>

1460年頃、レオナルド・ダ・ピストイアという修道士が「ヘルメス選集」の写本をフィレンツェにもたらし、コジモ・デ・メディチに献じました。
コジモが「ヘルメス選集」を重視し、死ぬ前に読みたいと希望したため、フィチーノにプラトンの翻訳を中断して「ヘルメス選集」を最優先で翻訳させました。 

プレトンがヘルメス・トリスメギストスを重視しなかったのに対して、フィチーノはヘルメスを「古代神学」の創始者と考えました。

これは、3Cの教父ラクタンティウスが、ヘルメスとシビュラがキリストを預言したと伝えたこと、アウグスティヌスが、ヘルメスをモーゼの少し後の人物と考えられたことを受けてのことです。

ラクタンティウスは、ヘルメス文書が、至高神の「父」、「神の子=言葉」、「光=霊気(世界魂)」について語っているために、三位一体説の先駆け駆をなし、キリストの到来を預言したと考えました。
フィチーノらルネサンスの思想家達は、ヘルメス文書が、一神教、三位一体、創造論などの点で、キリスト教、旧約と一致すると考えました。


<自然魔術とは>

ヘルメス文書は魔術を含んでいて、フィチーノもこれを肯定し、控えめながらも、自ら魔術を使って護符を作るなどしていました。
フィチーノは医師でもあり、当時、治療に占星術的理論を利用するのは当たり前のことでした。
フィチーノに限らず、魔術はルネサンスの大きな特徴です。

ヘルメス文書の「アスクレピオス」にはラテン語訳が古くからあり、アウグスティヌスはそこに書かれているエジプト的な偶像を使った魔術を、悪霊によるものとして批判しました。

しかし、フィチーノは「悪魔的魔術・妖術(マギア・ディアポリカ、ゴエーティア)」と「自然魔術(マギア・ナトゥラーリス)」を区別して、「自然魔術」を肯定しました。

「自然魔術」の対象は天上の惑星などであり、神霊(ダイモン)ではないとしました。
惑星は自然物ですが、神霊には悪なる存在もいるので、対象としないということです。
つまり、フィチーノは「アスクレピオス」に書かれているような「神霊魔術(マギア・スピリタリス)」は否定したわけです。

ちなみに、ローマ期の新プラトン主義者は、神霊をその住処に合わせて6段階に分けました。
上から、月下最上層の火圏→空中→地上→水圏→地下→暗黒の6つです。
下に行くほど、特に下の3つは、人間にとって危険な存在です。

自然魔術は、不足している特定の天体の力を受け取ることで、肉体的、精神的、霊的な問題を解決するためのものです。


<魔術の根拠理論>

ルネサンスのヘルメス主義的な「自然魔術」は、中世の魔術と連続しています。
例えば、12Cにスペインで、アラビア語で書かれた「ピカトリクス」は、中世の占星術・魔術書の代表的な書です。
フィチーノは直接この書について言及していませんが、その影響は否定できません。

「ピカトリクス」の魔術の論理は、第二階層の「霊気(スピリトゥス)」が上方から降りてくるので、これを護符などによって捕捉するのだと表現しました。
フィチーノは、おそらく、「ピカトリクス」を継承して、「世界霊気(スピリトゥス・ムンディ)」が世界に浸透し、これを通して惑星の力が降りてくると考えました。

そして、「世界霊魂(アニマ・ムンディ)」には、イデアを反映した「種子的理性」があり、これと物質世界の形相や魔術的な図像が「シュンパテイア(共感・交感)」によって結びつくと考えました。
この「シュパンティア」は、ストア派が諸事物を結びつける力、宇宙の有機的統一体として形成する力であり、これが魔術的な呪力であるとしました。
プレトンが魔術の根拠とした「イユンクス」の影響もあります。

フィチーノは、魔術的な図像は「イデア」の形だと考えたのです。
彼にとっては、「イデア」はプラトン的な意味ではなく、新プラトン主義的な、直感的に把握される感性的・原型的な存在という側面を重視して理解しています。

このように、魔術的呪力を用いて天上から利益をもたらすのが「魔術師=哲学者」です。


<自然魔術の範囲>

フィチーノが著した「三つの生について」(1482-3)の第1~2巻は医学的な内容ですが、第三巻「天界によって導かれるべき生」は、天体の魔術に関する内容です。

惑星の好ましい影響を受けるために利用できるものとしては、その惑星に対応した特定の護符、食物としての植物の、香り、音階と歌、衣服、居住地、移動方法、行動などがあります。

また、フィチーノは、惑星の影響は、下記のように、7惑星に対応して7段階の存在があるとしました。

土星:神的観念
木星:理性的思考
火星:想像力
太陽:言葉、歌、音
金星:粉末、気化物、香り
水星:本草、動物
月 :鉱物

視覚的な図像を利用する護符魔術に対して、太陽に対応する聴覚的な魔術は、音楽、呪文を利用する魔術です。
この代表的なものが、オルフェウス文書などに記されているオルフェウスの讃歌です。

フィチーノは、オルフェウスを、ヘルメスのエジプトの知恵をギリシャにもたらした者、秘儀宗教の創始者です。
そして、彼の音楽、詩には、魔術的力があり、それはピタゴラスの天界の音楽であると考えました。
実際に、フィチーノは、オルフェウス教の唱歌を自ら演奏し、歌っていました。


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