アグリッパによる魔術の体系化 [ルネサンス~近世ヨーロッパ]

ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ (1486-1535)は、主著「オカルト哲学について」で、フィチーノのヘルメス主義的魔術とピコのカバラ魔術を継承して、ルネサンス魔術を体系化しました。

アグリッパは、ケルンで若い時代を過ごし、その後、イギリス、イタリア、フランスで活動しました。
1510年頃には、「オカルト哲学について」を書き上げましたが、長らく公開せず、1530(or 1526)年に、「諸学の空しさについて」を出版します。
その中で彼は、隠秘学(オカルト)には中味がないと批判し、福音書にやすらぎを見出すと書いています。
ですが、この書は、「オカルト哲学について」を出版した時に異端者の疑いをかけられることに対する、あらかじめの予防策ではないかと見られています。

そして、1531-3年にオランダのアントワープで「オカルト哲学について」を出版しました。
この書は、ルネサンス魔術の全領域を網羅する、実用的な概説書です。
ですが、単なる概説書ではなく、体系的に記述されているため、後の魔術思想に大きな影響を与えました。

アグリッパの魔術は、基本的には、フィチーノやデッラ・ポルタのヘルメス主義的魔術、つまり「自然魔術」と、ピコやロイヒリンの「カバラ魔術」を統合したものです。
フィチーノが避けた「アスクレピオス」的な「神霊魔術」も取り入れています。

アグリッパは、魔術を宇宙論の階層、学問と対応させて、下記のように3段階に分けました。

・叡智界・天使界:神学    :儀礼魔術、宗教魔術
・天上世界   :数学、占星学:天上魔術、数学魔術
・四大元素界  :自然学、医学:自然魔術

そして、「オカルト哲学について」も3巻からなり、基本的に各巻がこれに対応します。

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<自然魔術>

「オカルト哲学について」の第1巻が扱う「自然魔術(マギア・ナトゥラーリス)」は、4大元素からなる月下・地上界の魔術です。
この巻は、フィチーノの「天上より導かれるべき生命について」をベースにしています。

まず、4大元素の理論を述べた後、天上の力が4大元素から構成される物体に下降することが説かれます。
魔術が働く論理は、上位の世界から下位の世界に「霊気(スピリトゥス)」が下降し、共感によってそれが捉えられて働く、星辰の図像はイデアの下降の媒体です。
地上の諸事物の正しい配列によって、天上世界の力を引き下ろすのです。

また、アグリッパは、神的な光が、父→子→聖霊→天使→天体→火→人間の理性→想像力(色彩)という流れで下降するとします。

そして、「情念」が重要であり、魔術師の操作手順は強い「情念」用いるものであると説かれます。
ですから、星に関する「情念」、感性を磨くことで、その力を捉えることができるとします。
「情念」の重視を説くことは、実践的な観点を持っているからでしょう。

ですが、先に書いたように、フィチーノが避けた「アスクレピオス」の「神霊魔術(マギア・スピリタリス、マギア・ディヴィーナ)」も肯定します。
といっても、アグリッパは、悪しき神霊を対象とした魔術は否定すべきと述べ、グノーシス主義やテンプル騎士団が行う魔術がこれに当たると述べます。

その後、4大元素などの占い、そして、言葉と名前の力と呪文の作り方について述べられます。

最後に、ヘブライ語の22のアルファベットと12宮、7惑星、3大元素(空気3元素を結ぶものとして除外)の記号の関係などが説かれます。
この関係があるために、ヘブライ語が強力な魔術的威力を発揮すると述べます。


<天上魔術、数学魔術>

第2巻が扱う「天上魔術(マギア・ケレステイクス)」は、天体や星霊、天上の神霊を対象とした魔術です。
この分野では数学が重要であり、「数学魔術」とも表現されます。
数学から派生する音楽、幾何学、光学、天文学、力学なども重要とされます。

まず、数秘術の基本として、1から60までの数の象徴的な意味を説きます。

そして、ヘブライ語などのアルファベットの数値に関する数秘術が述べられます。
個人の占術については、名前の数値を出し、それを9で割った剰余で惑星に対応、12で割った剰余で12宮に対応させます。

また、特定の魔法陣が惑星の数値と共感して力を引き降ろすことが説かれます。
ここも、フィチーノが避けた、神霊を対象にした数学魔術が含まれます。

そして、音楽に関して、旋法と体液の関係、和声を用いた治療法と惑星の関係や、音程と魂の数的対応も説かれます。
例えば、理性と性欲はオクターブ、理性と短慮は4度音程、怒りと性欲は5度音程が対応します。

また、人間はミクロコスモスであるとして、人体を、12宮、7惑星、諸天使、神名に対応させます。

次に、7惑星、12宮、36デカンの図像と護符作成について説かれます。
特に太陽が重視されますが、例えば、太陽の図像は、王冠を戴いた一人の王が玉座に座り、その胸元に一羽の烏が止まり、足元には手袋の片方だけが置かれ、黄色い衣服を身に着けている、といった図像です。

アグリッパは、これら図像には魂を入れて力を吹き込まないと役に立たないと述べます。
そのためには、魔術師は天上界を越えて、天使界を越えて、神にまで上昇すべきであると説きます。


<儀礼魔術、宗教魔術>

第3巻が扱う「儀礼魔術(マギア・ケレモニアリス)」は、儀礼を通して真理の認識に至る魔術です。
宗教的奇跡も含む神官的魔術とも言えます。
これには、真なる信仰や敬虔さが重要です。

宗教儀礼については、キリスト教だけでなく、異教の儀礼についても対象として、潔斎、贖罪、礼拝、奉献などの意味について解説します。

また、神的世界が対象であるため、カバラが重視されます。
カバラは天使と結びつけられ、その力で天上世界、4大元素界を制御するのです。

そのため、10セフィロートが暗示する神の属性や神の名、そして、セフィロートと天使の位階、天球の対応が説かれます。
また、天使は上中下の3位階ずつが、3世界を司るとします。

そして、12宮、7惑星、28宿、4大元素などを司る霊の名、及び、各種の対象物を司る天使の名の引き出し方、霊の記号、印章、特殊アルファベットが説かれます。

カバラの10のセフィロートと、偽ディオニュアオスの天使の9位階と、ヘレニズム宇宙論の天球の9層を対応づけられたということは、
悪霊から守るのはカバラであり、ヘルメス主義魔術をカバラで統制し、キリスト教化した魔術であるということになります。

次に、ヘブライ文字の数秘術や、カバラによる神の名についても説かれます。

そして、テトラグラマトンを背景にしたイエスの名が、魔術的にも最高のものであると語られます。
この点でも、魔術がキリスト教化されています。

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