ブルーノのエジプト魔術的ヘルメス主義 [ルネサンス~近世ヨーロッパ]

ジョルダーノ・ブルーノ(1548-1600)は、一般には、地動説と無限宇宙論を主張して火刑に処された哲学者として知られています。
ですが、彼は、エジプト魔術的ヘルメス主義、エジプト的な自然宗教を復興しようとした魔術師的な思想家です。
ルネサンスの魔術思想家としては珍しく、反キリスト教、反ユダヤ教(反カバラ)的な傾向を持っていました。
また、魔術を記憶術と結びつけて内面化しつつ、独自の象徴体系を構築しました。

ブルーノは、ナポリ近くの町ノラで生まれ、弁証法や人文学を勉強してからドミニコ会の修道院に入り、アリストテレスやトマス・アキナスを勉強しました。
しかし、異端的な書も読み、異端の嫌疑を逃れるためにローマに逃げて、その後、16年間、各地を講義などをしながら放浪します。
パリ、ロンドンで多数の著作を発表し、さらにドイツを経て、晩年にイタリアに戻り、ローマで異端とされて火刑に処されて人生を閉じました。
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<反キリスト教的エジプト主義>

ブルーノは、純粋にエジプト回帰的なヘルメス主義者です。
彼は、エジプトはユダヤより古く、エジプトは正しい宗教、魔術、法律を持つと信じていました。

当時、ヨーロッパでは、非魔術的・キリスト教的ヘルメス主義が流行りとなっていました。
ですが、ブルーノは徹底して魔術的・反キリスト教的メルメス主義を主張しました。
彼の目的は、キリスト教を否定し、ヘルメス主義的なエジプト宗教を復興することでした。

ブルーノは、エジプト宗教の復興を主張するヘルメス文書の「アスクレピオス」に、最も影響を受けたのでしょう。
1584年にイギリスで出版した「勝ち誇る野獣の追放」では、「アスクレピウス」的なエジプト魔術宗教を讃美します。

彼にとってエジプト宗教は、禁欲的ではなく現世肯定的な価値観を持ったものです。
そして、事物に宿る神を崇拝する宗教です。

例えば、太陽の力は、地上ではクロッカスやスイセンといった植物や、雄鶏、ライオンといった動物の中に宿ると言います。
また、これら動物の姿は事物に宿る神の表徴であるとします。
これらは、ルネサンスの占星学的、魔術的世界観の論理です。

ブルーノは、キリスト教が認めない輪廻転生を認めました。
輪廻説は、フィチーノやピコは比喩的に解釈したのですが、ブルーノはそのままに受け取りました。
また、キリスト教の「三位一体」を認めません。
そのため、基数としての3をほとんど重視しません。

ですが、例外的に「三十の映像の光明」では、天上の3幅対を、ヘルメス主義的な「父(精神)」、「子(知性、言葉)」、「光(霊気=世界魂)」としています。
そして、下方の3幅対を「混沌」、「冥府(混沌の子)」、「夜(冥府の娘=第一物質)」とし、それらが「形を持ちえないもの」であるとします。

また、天上の3幅対から生まれた「形を持ちえたもの(図像)」として、「アポロ」、「サトゥルネス(土星)」、「プロメテウス」、「ウルカヌス」、「テティス」、「射手座」、「オリンポス山」、「コエリウス」、「デモゴルゴン」、「ミネルヴァ(=ソフィア)」、「ヴィーナス」、「キューピッド」などをあげています。
ギリシャ、ローマのパンテオンの影響を大きく反映しています。

当時、エジプト学は未発達でしたので、彼のエジプト主義は、どうしてもヘルメス主義的なシンクレティズムにならざるをえなかったのでしょう。

晩年、ブルーノはイタリアに戻った時、異端の疑いで捕まりましたが、自説を撤回せず、火刑に処されて亡くなります。

ブルーノは、三位一体説の「子」の部分で、自分が正統信仰を信じていないと認めました。
また、キリスト教の十字架は、イシスのエジプト十字を盗んだものだと主張しました。
また、無数の世界がある、魔術は正しい行為である、聖霊は世界霊魂と同じである、キリストは魔術師の一人である、といった主張が、異端の根拠とされました。


<魔術とカバラの否定>

ブルーノは、「魔術について」(1590)、「属における連結について」(1591)で、魔術について書いています。

彼は、アグリッパの「オカルト哲学について」の強い影響を受けているため、この書の魔術の3区分を認めています。
しかし、最上位の「宗教魔術」では、アグリッパと違って、ヘブライ語やカバラのセフィロートを無視します。
また、キリスト教(偽ディオニュソス)の天使の位階も無視します。
その代わりに、エジプトの言語・文字を称賛します。

1585年にイギリスで出版した「天馬ペガサスのカバラ」は、偽ディオニュソスとカバラに関する書です。
ブルーノは、この書で、セフィロートと天球層の対応づけを行ってはいます。
上位9セフィロートには9天を当て、マルクトには「英雄たちの天球」を当てています。

しかし、彼の魔術においては、基本的に、カバラと天使の位階を否定し、「アスクレピオス」のエジプト的自然魔術、自然宗教の復興を目指します。

神霊には善と悪の存在があるため、フィチーノは神霊魔術を避け、ピコはカバラで天使による統制を試みます。
しかし、ブルーノは、神霊たちは善なる存在であり、天使による統制は不要であると考えます。
彼は、天使を上位の存在ではなく、神霊と同格の存在と解釈したようです。


<太陽神崇拝>

ブルーノは、独自の宇宙論で有名です。

プトレマイオスにしろ、コペルニクスにしろ、1つの有限な天球が前提です。
それに対して、ニコラウス・クザーヌス(1401-1464)は、無限宇宙論を唱えました。

ブルーノは、コペルニクスの太陽中心の地動説を受け入れながら、無限宇宙論を唱えました。
ちなみに、無数宇宙論は、世界に無数のキリストが必要になるので、異端とされます。

ブルーノが考える「古代魔術(プリスカ・マギア)」の系譜には、最後に、クザーヌスとコペルニクスも登場します。

クザーヌスは、神の創造力に限界がないため、宇宙は無限大だと考えました。
クザーヌスの「(神は)中心があらゆる場所にあり、円周はどこにもない」という主張は、12Cの偽ヘルメス文書の言葉から来ています。

ブルーノによれば、宇宙は外延的に無限であり、神は内包的に無限なのです。
神においては、質料(第一質料が頂点)と形相(世界魂が頂点)が一致します。
これは、クザーヌスが「反対の一致」としての神を、直観的知性で認識すると考えたことの影響を受けているのでしょう。
そして、質料は形相を生む大地的母胎であると考えました。

ちなみに、ブルーノは無限大の宇宙に対して、「最小のもの」も考えました。
これは自然を構成する原子的存在ですが、「魂のようなもの」であるとも言い、ライプニッツのモナド論につながります。

太陽を第二の神のように考えるヘルメス主義を信奉し、宗教改革を目指すブルーノにとっては、太陽と中心にして宇宙論を改革するコペルニクス説は、待望のものでした。
また、彼にとっては、地球が動くのは、生命を持った地球が、自己を一新して生まれ変わるためなのです。
ブルーノは、コペルニクスの発見を、悪しきものを脱ぎ捨てて真理に向かう魔術師の天球の上昇に例えました。
ですが、コペルニクスは数学者にすぎず、深遠な意味には気づかなかったと、彼は言います。

ブルーノが1584年にイギリスで出版した「勝ち誇る野獣の追放」には、太陽神を重視するエジプト主義的傾向の強いヘルメス文書の「アスクレピオス」の影響があります。

中世の魔術書「ピカトリクス」は、ヘルメスにより作られ、太陽神殿を中心として周囲に天体の図像を彫刻した板が置かれた、魔術都市アドケンティンについて説きました。
これは、「アスクレピオス」が期待したエジプト宗教の復興を反映したものでしょう。
「勝ち誇る野獣の追放」が説く太陽を重視した宗教の改革は、このアドケンティンと共鳴します。

また、これらは、トンマーゾ・カンパネッラの主著「太陽の都市」に影響を与えました。
1599年にイタリアで起こったカラブリア反乱は、「太陽の都市」の構想を現実に移そうとしたという側面がありました。

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