パラケルススと錬金術 [ルネサンス~近世ヨーロッパ]

テオフラストゥス・ホーエンハイム・パラケルスス(1493-1541)は、スイス生まれ、ドイツ、イタリア、フランスの大学で、医学、冶金などを学びました。

1515年から1524年にかけてヨーロッパ中を放浪して、各地の民間の医療法を学びました。
その後、ドイツ各地などを転々として、著書も「オプス・パラミールム」、「フィロソフィア・サガクス」など多数の書を出版しました。

シュトラスブルクではエラスムスと知り合いになり、診断したこともあります。
バーゼルでは、非公式ながらバーゼル大医学部教授と市医を勤めました。

パラケルススは、錬金術思想を介して医学に化学療法を持ち込んだ人物とされます。
彼は医者であり、実際に金属変性を試みる錬金術師ではありませんでしたが、医薬の精製を錬金術と同様の作業と考えました。

また彼は、医薬の精製過程だけではなく、自然や人間の成長プロセス全体を錬金過程と同様なものと考えました。
また、医者やイエスを錬金術師と同様の存在であるとしました。

パラケルススは、新プラトン主義やヘルメス学に親しみ、自然哲学を志向しましたが、宿命論的な占星術を否定し、天体の影響は疫病の流行など集団的現象にしか認めませんでした。
個人への天体の影響については、子供は星辰の影響が大きいが、成長するに従って、その影響を脱すると考えました。

また彼は、占星術によって、福音書の終末論に基づいた、偽りの王国の没落と正しいキリスト教的な神の国の到来を予言しました。

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<本草学と医薬>

パラケルススの思想のバックグラウンドになっているのは、本草学です。
といっても、植物に限らず、動・植・鉱物の自然全体を薬局、薬剤として見ました。
薬草は、神が慈愛によって人間のために創造したもので、医師はキリスト同様の存在であるとしました。

パラケルススは、ギリシャ以来の正規の医学教育を受けています
しかし、民間医療にも通じ、自らの治療経験から、大学でも、ヒポクラテス、ガレノス、アヴィケンナなどの伝統的な権威を批判し、時にはその書を焼き捨てるパフォーマンスもしました。

また彼は、ギリシャ・ローマなどの古典書に掲載された異国の薬草ではなく、ドイツに生えている薬草を重視しました。

植物などは、生きている間は星辰と作用し合うので、内在する効能の本質は時間とともに変化します。
ですが、摘み取られた後、星辰の作用が刻印された効能となると考えました。

ですから、適切な時期に摘み取り、その効用となる物質を抽出・精製することが重要です。
本来、自然が時間をかけて熟成・精製しますが、この自然に隠れた医薬を医師は精製することは、広義での錬金術なのです。
この点でも、従来の本草学を批判しました。

パラケルススは、錬金術的な医薬の精製に関する書「アルキドクシス」の中で、薬草などの中にある効能となる本質的な物質を、「第5精髄(クインタ・エッセンティア)」と呼びます。

西洋錬金術では、天上の第5元素「アイテール」が地上に降りて事物の中に入ると「第5精髄」になるとします。
ですが、パラケルススに違う意味でこの言葉を使います。
事物は「4大元素」で構成されますが、各事物において主要な元素があります。
医薬としては、他の3元素は余計な混合物であり、主要な元素を抽出する必要があります。
彼はこの特別な元素の中にあるものを「第5精髄」と呼びます。

また、パラケルススは、医薬の中でも特別な秘薬を「アルカナ」と呼びます。
「プリマ・マテリア」、「哲学者の石」、「生命のメルクリウス」、「ティンクトゥーラ」の4種がこれに当たるとします。
ただ、彼は「アルカナ」という言葉を、「第5精髄」と同じ意味で使うこともあります。


<創造と堕落>

パラケルススは、「オプス・パラミールム」で、従来の錬金術理論の「水銀・硫黄理論」に、新たに「塩」を加えた「3原質理論」を唱えました。
そして、「水銀・硫黄理論」が金属だけを対象としたのに対して、彼は「3原質」を万物の構成要素としました。

彼によれば、世界は次の順序で作られます。

第一質料→3原質(硫黄、水銀、塩)→4大元素→万物

世界の基体である始源物質を、パラケルススは様々に表現しています。
「第一質料」、「イリアステル」、「マトリクス」、「カオス」、「ミステリウム・マグヌス(大いなる神秘)」などです。

また、彼は世界を次のような3階層で考えました。

 神的世界(霊魂)→天上(精気)→月下・地上(肉体)

人間は天と地に由来する「土塊」から作られたので、不可視で精神的な天上の要素と、可視で動物的な地上の要素からなります。

そして、パラケルススは、自然には天上に由来する「自然の光」が、人間には「自然の光」と神的世界に由来する「聖霊の光」が備わっていて、どちらを通しても神的世界に導かれることができると説きました。

また、パルケラススは、第一質料が変質して悪化したものが、悪魔の働きであると考えました。
神は、ルシフェルが堕落した後に世界を再創造し、世界は堕天使の牢獄であり、また、再上昇のための場であると考えました。

そして、アダム(人間)の堕落は、ミコロコスモスとしての人間が、ルシフェルの堕落を繰り返したものと考えました。
また、堕落前のアダムはイリアステル(第一質料)の体を持っていたと考えました。


<3原質>

パラケルススによれば、「3原質」は、事物に内在する不可視の「原理」であり、「3原理」の結合で事物は構成されています。
それぞれの本質は次の通りです。

・硫黄:組織性、結合性
・水銀:流体性、活動性
・塩 :形態性、物塊性

事物を構成する原質は、同じ原質でも、様々に質が異なります。

「第一質料」は、「3原質」の結合体であり、「種子」であり、「種子」は1つの原質として発現すると考えました。

それに対して、「元素」は「大地」であり「母」であると表現します。
つまり、「3原質」は「種子」として、元素の「大地」の中に入り、成長するのです。
その成長を加速させるのが、錬金術師です。

そして、パラケルススは、病気の原因は、ガレノスが言う「4体液」バランスの乱れではなく、「3原質」の機能低下などである考えました。


<4大元素>

パラケルススは、「4大元素」に関して、「4大元素の発生と初産についての哲学」、「4大元素の哲学」などで記しています。

パラケルススは、「4大元素」を、「母」であり「霊魂」であり「養分」であると表現します。
「火」、「空気」は精神的栄養であり、「水」・「土」は身体的栄養です。

また、「4大元素」は月下の世界で、4層をなしています。
空間の「空気」層は、上層の「火」層と、下層の「水」層・「土」層を媒介します。

そして、「4大元素」は、「火→土→水→空気」という関係で、別の元素に実りを与えます。
中国の五行の相生説に似ています。

アリストテレス哲学の伝統では、「4大元素」は、「4性質」の2つの組合わせで構成され、それぞれの元素は同質です。
しかし、パラケルススは、「4大元素」はそれそれが「4性質」の組み合わせで構成され、特定の元素、例えば、「火」にも、様々な割合で性質が構成された多種の火があるとしました。

また、事物は、4元素から構成されますが、主要な1つの元素があります。
例えば、鉱物は「水」の元素から、動植物は「土」の元素から、露は「空気」の元素から、天体や気象現象は「火」の元素から成り立ちます。
すでに書いたように、個々の事物の主要な元素の中にあるものを「第5精髄」と呼びます。

しかし、人間だけは、「4大元素」の抽出物である「土塊」(創世記に記載されている)から作られています。


<錬金術としての生命現象>

パラケルススは、宇宙の多くの現象が錬金術と同じであると考えました。
逆に言えば、錬金術は、普遍的な宇宙の法則なのです。

自然、生命が存在し、成長すること自体が、錬金術的プロセスです。

自然は、原初の状態へと向かい、神に、単一性に戻ろうとする傾向を持っています。
すべての金属は金になろうとしています。
最も粗雑な物質も、生きた有機的なものになろうとしています。

しかし、人間にも自然・物質にも堕落性があるため、十分な成長を自力ではできないので、上方からの援助が必要です。
そして、成長はゆるやかにしか行われません。
錬金術は、成長を加速させるものです。
また、この堕落性は病気の原因にもなります。

生物の消化作用も、錬金術のプロセスです。
消化は、身体に入ってくる物質を有益なものと無益なものを分ける働きであり、これが内なる錬金術師の働きと考えました。
これを助ける物質を医薬として与えることが医療となります。

人間の霊的再生も、錬金術のプロセスです。
人間にとってはキリストが、金属にとっての「賢者の石」と同じです。
キリストは、人間の変性を助ける存在だからです。

惑星においては水星(メルクリウス)が、物質における「水銀」と同じです。
太陽(金)と月(銀)を媒介する存在だからです。


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