カーラチャクラ・タントラとシャンバラ伝説・終末論 [中世インド]

「カーラチャクラ・タントラ(時輪タントラ)」は、10C末頃に作られたと思われる、インド仏教最後の経典です。
プトゥンが、「父タントラ」と「母タントラ」を統合する「不二タントラ」と分類したように、これまでのすべての密教を、教説の点からも実践の点からも統合しようとした経典です。
また、イラン系神智学の影響を受け、インド神智学との融合が果たされました。


「カーラチャクラ・タントラ」の根本タントラとされるのは「吉祥最勝本初仏タントラ」ですが、これは仏陀がシャンバラ王スチャンドラに説いたとされる伝説上のタントラであり、現存していません。
その要約とされる軽タントラの「ラグタントラ」が、現存する最初のタントラで、通常、「カーラチャクラ・タントラ」と言えばこのタントラを指します。
ですが、このタントラも、シャンバラ8代王ヤシャスが編集したという伝説が設定されています。
このタントラは、暗号的で隠語を多数使用して書かれているので、通常はその注釈「ヴィマラプラバー(無垢光)」によって理解されます。
このタントラも、シャンバラ9代王プンダリーカが書いたという伝説が設定されています。

「ラグタントラ」は、標準サンスクリットで書かれておらず、また、その内容から太陰暦が使われた地域で書かれたと思われます。
ですから、イスラム教の支配下の中央アジアか西北インドで、パルシー教やイスマーイール・パミール派の影響を受けた、イラン系の人間によって書かれたと予想されます。
また、占星術上の計算から、「ラグタントラ」が書かれた都市、及び伝説上の王国シャンバラのモデルは、中央アジアのボハラ当たりではないかと考えられます。

「シャンバラ」の名は、「幸福の源に抱かれた」という意味で、「幸福の源」はシヴァ神の別名なので、本来的には、シヴァ神を意識した名前だったのでしょう。

代々のシャンバラ王は、「カーラチャクラ・タントラ」のマンダラに登場する菩薩、忿怒尊の化身で、各王は100年ずつの統治を行い、初代王スチャンドラから7人の王は、「7法王」と呼ばれました。
「ラグタントラ」を書いた8代王ヤシャスは、文殊菩薩の化身で、「カーラチャクラの大灌頂」を行い カーストを廃止して、初代の「カルキ」と呼ばれました。
しかし、シャンバラは、雪に覆われた山脈に囲まれた場所にあるのですが、イスラム教勢力が盛んな間は、姿を隠していて、一般人は近づくことができないとされます。

「カーラチャクラ・タントラ」のシャンバラ伝説は、未来の最終戦争(終末論)を予言しています。
アブラハム、モーゼ、イエス、マニ、ムハンマドといった外道の教師の名を挙げており、こういった外道を信じる者が、シャンバラ以外の地で仏教を消していきます。
初代「カルキ」のヤシャス王から数えて、25代目の「カルキ」で文殊菩薩の化身のラウドラチャクリンの時、外道(イスラム教徒)の王が攻めて来ますが、この戦争に勝利します。
「ラウドラチャクリン」の名は、「輪を持った怒るもの」という意味で、「輪」は鉄製の武器でもあり、仏法のことでもあります。
ラウドラチャクリンが王に即位するのは、西暦で2327年と解釈されています。

その後は、仏教の教えが広まって、地上は1800年の黄金時代に入ります。

実はこの伝説には、ヒンドゥー教の「ヴィシュヌ・プラーナ」に元ネタがあり、救世主「カルキ」が生まれる村とされます。
ヴェーダの教えが廃れ、仏教がカースト制を否定して乱れた世界に、「7聖仙」と、ヴィシュヌが白馬に乗った騎士の姿のシャンバラ王「カルキ」に化身して現れ、秩序を回復する、というものです。
ただし、「カーラチャクラ・タントラ」は、カースト制を廃止するという方向に、話を逆転させています。

さらにその元になっているのは、イラン系の宗教の神話です。
ゾロアスター教の終末に現れる聖王と救世主サオシャントもその一つです。
白馬に乗った騎士の姿のシャンバラ王「カルキ」は、「白馬に乗って現れる終末の救世主ミトラ」のヒンドゥー版です。
イスラム教では、救世主はアル・マフディーになりますが、シーア派イスラムでは、霊的次元に退いた「隠れイマーム」が、終末に「時の主アル・マフディー」として現れます。

「カーラチャクラ・タントラ」の神話には、これらヒンドゥー、イラン、イスラムの終末論の影響を見て取れます。
シャンバラが姿を隠している点は、シーア派の「隠れイマーム」の影響でしょう。

ただし、注釈書「ヴィマラプラバー」は、この最終戦争を字義通りに受け取らず、煩悩を克服することの象徴ととらえます。
しかし、それが可能だったのは、「ヴィマラプラバー」が書かれたのが、またイスラム教の脅威が迫っていなかったベンガルのヴィクラマシーラ大寺院だったからかもしれません。

ボン教では、ボン教が生まれたウルモ・ルンリンとシャンバラを同一視しています。

モンゴルの王侯は、シャンバラ王が出現する地域をモンゴルだと信じ、死後のシャンバラ往生のために、「カーラチャクラの大灌頂」を争って受けたそうです。

また、シャンバラ伝説は、神智学協会のヘレナ・ブラバツキー、サン=ティーヴ(アガルタ伝説)、ニコライ・レーリヒなど、19Cの神秘主義者達にも影響を与えました。
他にも、作家ジェイムス・ヒルトンの「失われた地平線」に出てくる理想郷「シャングリ・ラ」に影響を与え、宗教学者ミルチャ・エリアーデの小説「ホーニヒベルガー博士の秘密」のテーマにもなりました。
その一方で、ナチ・オカルトにも影響は及びます。

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