エリファス・レヴィとオカルティズム復興 [近代魔術]

19C中頃のエリファス・レヴィに始まり、その影響を受けた世紀末のパピュス、ガイタ、ペラダンらの活動は、19Cフランスのオカルティズム復興運動と呼ばれます。
この潮流は、神秘主義思想の歴史において、イリュミニズムやロマン主義と、神智学やゴールデン・ドーンの間をつなぐものです。

レヴィの時代は、一般人にも読書をする人が増え始めた時代であり、この潮流によって、かなり一般的なレベルで神秘主義思想や魔術が知られるようになりました。
神秘主義のポップ化の最初の段階と言えるかもしれません。

「オカルティズム」という言葉が使われるようになったのも、レヴィの影響です。

ですが、レヴィは形而上学的・教義的な興味を持っておらず、それらは、ブラヴァツキー夫人の近代神智学や、シュタイナーの人智学を待つ必要があります。
また、レヴィの潮流は「魔術」を中心とするものですが、彼が持っていたのは、あくまでも知的興味であり、魔術の本格的な実践は、ゴールデン・ドーンを待つ必要があります。

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<レヴィの生涯>

エリファス・レヴィことアルフォンス=ルイ・コンスタン(1810-1875)は、神学校で神学を修め、1835年に助祭になりました。

しかし、その後、社会主義運動に傾倒し、1841年と1846年に出版した書籍によって2度投獄されます。
また、1844年、聖母マリアを通した女性の復権、女性が主導する社会主義的ユートピアを主張した「神の母」を出版し、教会と決別します。

一方、「魔術師」を発表した幼馴染の文学者アルフォンス・エスキロスとの再会や、服役中にスウェデンボルグ、アグリッパ、ルルスなどの神秘主義文献を読んだことを通して、神秘主義思想に傾倒しました。
1852年には、カバラに精通し、メシアニズムに傾倒するヘネ・ヴロンスキーと出会い、この頃からオカルティズムの研究に没頭するようになりました。
また、1854年、オカルト系小説でも有名なブルワー・リットンの招きでイギリスに旅行し、様々な神秘主義者と交流を持ちました。

1855-6年に、レヴィの最初の神秘主義の書であり、主著である「高等魔術の教理と祭儀」を出版します。
この書の出版に当たって、アルフォンス=ルイをユダヤ語風の発音にしてエリファス・レヴィを名乗りました。

その後、1860年の「魔術の歴史」、1861年の「大いなる神秘の鍵」など、魔術に関する書を多数出版します。
これらの著作によって、18Cフランス、及び、その後のヨーロッパの神秘主義思想に、大きな影響を与えました。

レヴィには弟子的存在はいましたが、彼は組織や党派を作りませんでした。
また、彼は、儀式魔術をほとんど行わず、むしろ、危険であるとして弟子にも勧めませんでした。
彼は、実践家というより理論家であり、思想家というより啓蒙家でした。


<レヴィの魔術観>

ルネサンスの神秘思想と同様に、レヴィも、「原初の伝統」、「一つの教義」があると考えました。
異なる点は、易経などの東洋思想が少し付け加えられていることで、この点は彼の時代としては普通のことです。

レヴィは、「原初の伝統」は、主に「ヘルメス文書」やグノーシス主義文献の「エノクの創世記」に記されていて、その核心はカバラであると考えました。
もちろん、学問的な文献考証・時代考証はなされていません。

レヴィのカバラは、フランスのカバリストのギヨーム・ポステルなどの影響を受けた、キリスト教カバラです。
彼は、ポステルの影響を受けつつ、タロットがカバラ思想を表現するものとして重視しました。

レヴィは、「原初の伝統」は、キリスト教が弾圧したことによって、「秘められた伝統」、つまり、「オカルティズム(隠秘学、隠秘哲学)」になったと考えました。

レヴィにとって「オカルティズム」とは、何よりも「魔術」です。
彼の魔術観は、アグリッパや薔薇十字主義に代表されるルネサンス的な魔術観(魔術=哲学=自然科学)を基本としていて、特別な魔術観を創造したわけではありません。

レヴィは、魔術の象徴体系が、類比・照応で示される真理だと言います。
魔術は、自然全体を精神の下に従属させるものであり、「意志」と「想像力」が重要なのです。

彼は、ルネサンスの魔術師と同様、「魔術」と「妖術」を区別します。
ですが、ピコやアグリッパが強調した、神的な「カバラ魔術(天使魔術)」と「天界魔術」と「自然魔術」の区別をほとんど語りません。
「高等魔術」という言葉は、レヴィ以降に広く使われるようになったのだと思いますが、彼は、神的な領域に関わる純粋な「カバラ魔術(天使魔術)」の実践についてはほとんど語りません。

それに、レヴィは、魔術の実践をほとんど行わなかったようです。
彼は、実践と意志について語りながらも、我々の実践は学問探求であって、儀式を再興しようという意図は持っていないと言いました。

彼は、降霊術としての魔術を数度行い、死者の霊魂の姿を目にしましたが、それが本当の死者の霊魂であるとは信じませんでした。
そして、「魔術の実践は危険で被害がつきまとうと信じている。このような作業が常習的になった場合には、精神的にも、肉体的にも健康が持ちこたえられないだろう。」と語り、その実践を否定しています。


<レヴィのアストラル・ライト>

レヴィは、「アストラル・ライト」という概念を重視して多用して、魔術的な世界観を説明しました。

レヴィにとって「アストラル・ライト」は、第一に、魔術が機能する媒体です。
「アストラル・ライト」は、ルネサンス魔術の「霊気(スピリトゥス)」に相当する概念でしょう。
彼はこの言葉を、「世界霊魂」、「第一物質」、「磁気」などの言葉でも言い換えます。

「磁気」とも表現しているのは、当時流行っていたメスメルの「動物磁気」を「アストラル・ライト」に相当するものと考えたということです。
逆に言えば、「アストラル・ライト」の理論には、メスメルの影響があるのでしょう。
ですが、レヴィは、「動物磁気」による治療は、魔術師の治療魔術の稚拙な形であるとしました。

「アストラル・ライト」は流体的な質料的存在で、言葉(ロゴス)によって「形態」を持ちます。
レヴィは、「形態」を、「映像」、「反射」とも言い換えます。
ルネサンス魔術では、ストア派由来の「種子的理性」、カルデア由来の「イウンクス」などの概念を使いました。
近代神智学では、「想念形態(ソート・フォーム)」と呼ばれるようになるものです。

レヴィは、さらに、次のように、「アストラル・ライト」と「形態」について説明します。

「形態」は、人間の「想像力」によって変形、創造され、それが直接、他の人間の精神に「反射」して影響を与えます。
人間の霊魂は、肉体が呼吸するように、観念を呼吸します。
そして、人間の思考は、「アストラル・ライト」に「形態」としてすべて保存されます。
人間は、自分の回りを自分の思考の「反射」に取り囲まれて、それに影響を受けるのです。

「アストラル・ライト」は、脳、心臓、性器といった部位を通して、放射と吸収されます。
あるいは、別の場所では、手と目を通して行われると言っています。

大きな次元で言えば、アダムの堕落は「アストラル・ライト」に刻まれ、イエスの贖罪によって消されたのだと言います。

レヴィは、人間は「アストラル・ライト」を見る能力を生まれながらに持っているけれど、感覚を取り除くことによってしか作動しないと言います。

魔術によって作られた「形態」は、魔術的生命を持ちます。
レヴィは、悪魔を人格的存在と見るのはマニ教の名残であって、本当は、悪魔とは道から外れた力であり、「アストラル・ライト」の中の無秩序で醜悪な「形態」だと言います。

また、レヴィは、魔術の力を働かせるためには、魔術的な「鎖」が必要だと言います。
「鎖」には3種類あって、それは「言葉」と「記号」、「接触」です。

更に、レヴィは、「アストラル・ライト」が人間の霊魂の覆いとなると言い、それを「人間的光」、「霊体(アストラル体)」と表現しました。
新プラトン主義で「輝く霊体」と表現されたものでしょう。

そして、レヴィは、降霊術で呼び出されるのは、天に戻った人間の霊魂ではなく、「アストラル・ライト」に転写された、屍としての「霊体」、でしかないと主張しました。

ちなみに、この考え方は、ブラヴァツキー夫人が心霊主義を批判する時に使いました。
レヴィは、スウェデンボルグの霊視に対しても、「アストラル・ライト」の光線と反映を区別しなかったと批判しています。

レヴィの「アストラル・ライト」の理論は、彼の独創ではありませんが、彼を通して、神智学や人智学、ゴールデン・ドーンなどの魔術理論にも影響を与えました。

彼は「霊体」を「エーテル状」と表現していて、「エーテル体」と「アストラル体」と区別していません。
伝統的には、天体層の素材が「エーテル(アイテール)」ですから、それを踏襲しています。

しかし、近代神智学以降、両者は区別され、「エーテル」はあくまでも「物質」の微細なレベルとされ、「動物磁気」も「エーテル」次元のものとされます。

近代神智学や近代魔術では、「アストラル界」は感情や欲望に対応する次元を表現しますが、「アストラル・ライト」は「アストラル界」だけでなく、それ以上の次元を広く包含する概念です。
  

<レヴィのタロット>

レヴィは、ヘルメス文書の奥義はカバラであり、タロットはその神秘を開示するもので、ソロモン王の時代から伝わるものだと主張しました。
彼は、タロットが古代エジプトのトート神(ヘルメス神)の「トートの書」であるという、クールド・ジュブランの説を信じて継承しながら、それを深めたわけです。

また、ギョーム・ポステルやト・メレ、アタナシウス・キルヒャーを典拠に、ヘブライ語の22のアルファベットを、タロットの大アルカナに割り振りました。
この割り振りは、ジュブランとは逆で、大アルカナの1からの順でしたが、「愚者」を20と21の間に入れました。
そして、それが13の教義と9の信仰を表現するとしました。

「高等魔術の教理と祭儀」は、教理篇、祭儀編ともに22章からなり、それがヘブライ語のアルファベット、タロットの大アルカナに対応する構成になっています。

また、小アルカナに関しては、4つのマークをテトラグラマトンの聖四文字などに対応(棒=ヨッド=男根、盃=へー=女陰、剣=ヴァヴ=陰茎・均衡、コイン・円環=へー=世界)させました。
そして、10の数字札は10のセフィロートに、4つの絵札は人間性の4段階(夫、婦、若者、幼児)に対応させました。


<レヴィの影響>

すでに書いたように、レヴィの魔術は、まだまだ実践的なものではありませんでした。
彼は、呼吸法を語らず、明瞭なイメージ喚起(観想)についても語らず、守護天使・守護霊についても語らず、無意識にアクセスする心理学的観点も語りません。

ですが、レヴィの影響は大きく、オカルティストでは、フランスのパピュス、ガイダ、ペラダン、神智学協会のブラヴァツキー夫人、イギリス薔薇十字団のケネス・マッケンジー、ゴールデン・ドーンのアレイスター・クロウリーなどに及びます。

また、文学者では、ボードレール、ヴィリエ・ド・リラダン、マラルメ、ランボー、アンドレ・ブルトン、ジョルジュ・バタイユらにも影響を与えました。


以下、レヴィの影響を受けて、フランス19C末のオカルティズム復興を担った3人のオカルティスト、パピュス、ガイダ、ペラダンの活動について、簡単に紹介します。

<パピュス>

パピュスことジェラール・アンコース(1865-1916)は、以下に記すように、多くの人物と交流を持ち、多数の組織に関わった活動的な人物です。

パピュスは1887年、神智学協会のフランス支部であるイシス・ロッジに入会しました。
神智学協会の会誌「ロータス」に寄稿を始めましたが、この中でパピュスというペンネームを使うようになりました。
しかし、イシス・ロッジは1年後に解散となってしまいます。

1888年、ガイタ、ペラダンと共に、「薔薇十字カバラ団」を創立します。
また、「マルティニスト会」を設立し、1891年にはグランド・マスターに就任します。

1888年、「隠秘科学の基礎理論」を出版し、オカルティズム雑誌「イニシエーション」の編集を始めます。
1889年、「ボヘミアンのタロット」を出版します。

マグレガー・メイザースとも親交を持ち、1895年、「ゴールデン・ドーン」の「アハトゥール・テンプル」に入団します。
1897年、近代錬金術・ヘルメス哲学者として著名なジョリデェ・カストロとセディールらと親交を持ち、彼らと「ヘルメス学院」を設立します。

パピュスの著書の「ボヘミアンのタロット」は、後世のタロット解釈に大きな影響を与えました。
彼のタロット理論は「宇宙の車輪」とよばれる、十字の周りを循環する宇宙論に基づいたもので、ポステルやレヴィが提唱したカバラとタロットの関係を深めました。


<ガイタとペラダン>

スタニスラス・ド・ガイタ侯爵(1861-1897)は詩人として、サール・メロダックことジョセファン・ペラダン(1858-1918)は芸術運動や作家として活躍した人物です。

ガイタはペラダンの「至高の悪徳」を読んで、ペラダンに連絡を取り、弟子、そして友人になりました。
1888年に2人は、パピュスと「薔薇十字カバラ団」を設立し、ガイタが首領に就任します。
「薔薇十字カバラ団」の位階は「学士」、「修士」、「博士」からなりました。

ペラダンは、カトリック教徒としての近代魔術を追求しようとして、1890年に「薔薇十字カバラ団」を脱退して「カトリック薔薇十字聖杯神殿教団」を設立しました。
この結社はテンプル騎士団を意識した位階制で、「侍従武官」、「騎士」、「騎士分団長」からなりました。
しかし、ガイタはペラダンを「薔薇十字思想を歪めている」と非難しました。

「カトリック薔薇十字団」は、世紀末の芸術家達のサロンとしても機能しました。
ペラダンは、1892から1896年にかけて、パリで、ギュスターヴ・モロー、ジョルジュ・ルオー、フェリシアン・ロップスなどのそうそうたる画家達が参加した「薔薇十字展」を開催しました。
ここでは、ワグナー、エリック・サティ、ペラダンの音楽作品も上演しました。

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