トランス・パーソナル心理学 [現代]

ニューエイジ・ムーヴメントの一つの潮流である「トランス・パーソナル心理学」は、何らかの変性意識的状態を重視し、自己超越を目指すような心理学、心理療法です。

「トランス・パーソナル心理学」は、「人間性心理学」をベースにしながらも、東洋の諸宗教の瞑想法などを取り入れて発展しました。

このページでは、アブラハム・マズロー、スタニスラフ・グロフ、ケン・ウィルバー、ジョン・C・リリー、ジョン・ウェルウッドを中心にして、「トランス・パーソナル心理学」の概要について簡単にまとめます。


<アブラハム・マズロー>

アブラハム・マズローは、心理学を大別して、フロイト派の精神分析学と行動主義心理学に対して、自分が提唱する「人間性心理学」を第3勢力、さらに、その発展形の「トランス・パーソナル心理学」を第4勢力と表現しました。

マズローは、行動主義心理学から転向して、5-6段階の「欲求の階層論」を提唱したことで知られる心理学者です。
彼の理論では、第5段階が「自己実現」の欲求で、その先に「自己超越」の欲求を想定しました。

分かりやすく定義すれば、フロイト派が病人の「治療」を目的にするのに対して、健康な人間の可能性を成長させ、「自己実現」を目指すのが「人間性心理学」であり、それを越えて「自己超越」を目指すのが「トランス・パーソナル心理学」です。

マズローのサポートで「クライアント中心療法」のカール・ロジャーズが、1963年に設立したのが「人間性心理学会」、マズローがスタニスラフ・グロフと共に1969年に設立したのが「トランス・パーソナル心理学会」です。

「人間性心理学」の心理学者として語られるのは、マズロー、ロジャーズの他に、「人間性回復運動(ヒューマン・ポテンシャル・ムーヴメント)」を提唱して「人間性心理学」を大衆レベルにまで広げた「ゲシュタルト療法」のフレデリック・パールズ、「サイコシンセシス(精神統合)」のロベルト・アサジョーリなどがいます。
他にも、実存主義的な心理学者も含めることがあります。

マズローは、最後の段階として「自己超越」欲求を設定し、様々な恍惚的な高揚の体験である「至高体験(ピーク体験)」やその後の「高原体験」について研究しましたが、具体的なヴィジョンを持つに至りませんでした。
彼は行動主義から来た人で、深層意識に対するアプローチには弱かったのでしょう。

「トランス・パーソナル心理学」は、そのマズローが、LSDを使った実験を行っていたスタニスラフ・グロフと出会うことで生まれました。

「トランス・パーソナル心理学」は、「人間性心理学」の延長線上にありますが、LSDなどによる意識拡大のショックと、東洋系宗教の瞑想法、体験的セラピー(グループ・ワーク、ボディ・ワークなど)、ユンク心理学などが交流することによって生まれました。


<スタニスラフ・グロフ>

スタニスラフ・グロフは、チェコスロバキアのフロイト派の分析医でしたが、1960年からLSDを利用した治療実験を始めました。
彼は、LSDを大量に投用して、目隠しして患者と対話する治療方法を「サイケデリック」と呼び、また、「トランス・パーソナル」という言葉も使っていました。

グロフは1967年にアメリカ移住しましたが、マズローが自分に足りなかった方向をグロフに見て、2人で「トランス・パーソナル心理学会」を設立したのでしょう。

LSDが違法化されて以降、グロフは、過呼吸的な早くて深い呼吸法を利用して変性意識状態に入る「ホロトロピック・セラピー」を開発しました。
この方法では、数時間に及ぶ呼吸法を行い、その後に、心理的問題が身体症状として現れた「ブロック」を解きほぐすボディ・ワークなども併用しました。

グロフは、多くの被験者の体験をもとに、「意識の作図学」として、変性意識体験が進むプロセスを、以下のように段階化しました。

1 感覚的障害領域(審美的領域):内面に向かうことで五感に心地良さが現れる
2 伝記的領域(フロイト的領域):過去の経験・抑圧が思い出される
3 分娩前後領域(ライヒ/ランク的領域):出産時の体験の再現
-1 BPM1(羊水に浸かっている状態):大洋的感覚
-2 BPM2(子宮収縮):圧迫感、渦巻きに飲み込まれる感覚
-3 BPM3(参道通過):死、葛藤や障害を感じる
-4 BPM4(出産後):再生、心地よい状態
4 トランス・パーソナル領域(ユング的領域):時空の制約を超える体験

「分娩前後領域」は、フロイト派のオットー・ランクに由来しますが、彼のように出産時の体験をトラウマとして考えるよりも、異なる自分に再生するプロセスとして注目しました。

出産を心理的再生の比喩として使うことは、世界の宗教儀礼で広く行われています。
ですが、グロフには、フロイト派の発想が残っているように感じてしまいます。

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<エサレン研究所>

アスコーナのカウンター・カルチャーは、モンテ・ヴェリタというサナトリウムでの自然療法が中心となったように、ニューエイジのヒューマン・ポテンシャル運動やトランス・パーソナル心理学は、エサレン研究所が中心的な拠点となりました。

エサレン研究所は、スタンフォード大学の卒業生マイケル・マーフィーとリチャード・ディック・プライスによって、1962年に、ネイティブ・アメリカンのエサレン族の聖地に設立されたリトリート施設です。

この研究所には、研究員が長期滞在できたため、様々な先駆的研究者、東洋の宗教家が招かれ、心理療法の様々な実験が行われました。

設立者の2人は、ビートニクに親しみ、オーロビンドや禅などの東洋宗教に傾倒していました。
2人がインドのオーロビンドのアシュラムを訪れてヒントを得たことを直接のきっかけとして、設立に際しては、オルダス・ハクスリーのアドバイスも受けました。

この研究所で初期に行われていたのは、ゲシュタルト療法、クライアント中心主義、ボディ・ワーク(バイオエナジェティックス、アレクサンダー・テクニーク)などで、多くが、グループ・ワーク(エンカウンター・グループ)として行われました。

エサレン研究所に対しては、早期にマズローが支持を表明しました。

この研究所は、例えば、グロフがカスタネダと出会ったり、ジョン・C・リリーがパパ・ラム・ダスと出会ったりと、研究者の交流の場にもなりました。

プライスは1977年にインドのラジネーシのアシュラムを訪れたことで、ラジネーシがセラピーに興味を持つことにもなり、エサレンとラジネーシのアシュラムの交流も行われました。
ですが、ラジネーシのアシュラムが過剰に感情の解放を行っていることから、エサレンは距離を置くようになったようです。


<ケン・ウィルバー>

グロフと並んでトランス・パーソナル心理学の代表的思想家として上げられるのは、ケン・ウィルバーです。

グロフが臨床心理的立場で理論構築と実践を行ったのに対して、ウィルバーは宗教哲学的な思想家、瞑想者の立場でそれを行いました。
ウィルバーは、禅やチベット仏教の瞑想修行を経験しています。

このように、トランス・パーソナル心理学の中には、2つの対照的な立場がありました。

ウィルバーは、禅やチベット仏教の瞑想修行を行いながらも、ヴェーダーンタ哲学やオーロビンドの影響を受けながら、トランス・パーソナルな意識論、成長段階論、文化進化論などを構築しました。

ウィルバーの思想は、初期には「スペクトル理論(スペクトル心理学)」と呼ばれましたが、後には「統合理論(インテグラル・セオリー、統合心理学)」と呼ばれるようになりました。

ウィルバーは、意識やその発達には階層性があって、それぞれの段階によって病気・障害や、その治療法が異なるとして、様々な心理学、心理療法、東洋の瞑想法などを、体系的に位置づけました。
それによって、トランス・パーソナル・シーン全体を俯瞰し、整理・統合する視点を提供しました。

また、個人の成長は進化のミニチュアであると考え、さらに、個人の内面だけにとどまらず、外面的活動や共同体などについても体系的に取り扱うことで、「トランス・パーソナル」という限定を越えて、統合理論(AQAL理論)、となりました。

ウィルバーは、著作活動と同時に、様々な教育研究機関を設立してきました。
1987年の「インテグラル・インスティテュート」、2005年の「インテグラル・スピリチュアル・センター」、2005年の総合大学「インテグラル・ユニバーシティー」の設立です。
また、2006年に設営されたハンガリーの「インテグラル・アカデミー」にも協力しました。

ウィルバーの最初の著作である、1977年の「意識のスペクトル」では、自己と非自己の境界をどこに見るかという観点から、意識の階層(スペクトル)を論じました。
これは、成長の前半に発達心理学を置き、その延長上の後半に東洋の霊的な求道の道を置くものでした。
ですが、前半の前個人レベルと、後半の超個人レベルが混同される難点を持っていました。

そのため、1980年の「アートマン・プロジェクト」では、個人の意識の発達段階の観点から、その違いを明確化して論じました。
この書では、進化もテーマとして上げながらも、実際には、文明の発展も生物進化も対象とせず、個人の心理的成長しか論じませんでした。

ですが、1995年「進化の構造」以降は、ホラーキーシステムとしての宇宙、人間、文化の進化と階層を、個と集団、内面と外面の4つの象限から論じるようになりました。

東洋の霊的な道を進化と結びつけるのは、インドの伝統というより、神智学やオーロビンドのような西洋の思想を取り入れた系譜のニュー・ヴァージョンと言えるでしょう。

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*以下、写真は顔が掲載された書というだけの意味で、本文で触れた書ではありません

*ケン・ウィルバーについては、別ページで紹介する予定です。


<ジョン・C・リリー>

トランス・パーソナル心理学の範疇で語られることは少ないのですが、ここに入れることができる科学者に、ジョン・C・リリーがいます。

リリーは、イルカとのコミュニケーションを研究して、映画「イルカの日」のモデルとなった科学者として知られています。
ですが、それ以上に、アイソレーション・タンク(感覚遮断タンク)の開発者・実験者で、映画「アルタード・ステーツ」のモデルになった科学者として重要です。

リリーは、1954年からアイソレーション・タンクを用いて変性意識の実験を行い、1964年からは、LSDを大量に摂取してそれを行いました。

リリーは、1967年の「生物コンピューターにおけるプログラミングとメタプログラミング」で、変性意識を、脳のプログラミング、メタプログラミングの観点から論じました。
彼は、タンクの中で、「僕は、巨大な宇宙コンピューターの中の小さなプログラムである」という体験をしていたからです。

リリーは、人間コンピューターの構造レベルを10段階で考えています。

10:未知なもの
9 :本質のメタプログラミング
8 :自己メタプログラミング
7 :自我のメタプログラミング
6 :非制御システムのメタプログラミング全般
5 :プログラミング
4 :脳の諸活動
3 :脳
2 :身体
1 :外的現実

*「意識の中心」より

リリーは、1970年前後の頃に、エサレン研究所でワークショップを行うと共に、他の講師のワークショップにも参加もしました。

その後、リリーは、エサレンで話に聞いた、チリの秘教集団アリカを率いるグルジェフィアンのオスカー・イチャーソのもとを訪れました。
イチャーソは、パーソナリティ・システムとしてのエニアグラムの提唱者でもあります。
そして、彼の教えを受け、タンクで体験したものと同様の体験をしました。
イチャーソとの出会いによって、彼は、グルジェフの階層の理論を取り入れ、1972年に、「台風の目(意識の中心)」を著して、それを基にした意識論を論じました。

グルジェフの階層は法則数で表現され、法則数が少ないほど、上位の階層です。
ですが、リリーはそれを「振動数」と表現し、上位階層の意識を「+」、下位階層の意識を「-」とします。

地球、つまり、中立的な日常的な意識の状態はレベル±48です。
±48以上の階層の意識の特徴について、リリーは次のように書いています。

+3 :古典的な悟り、宇宙と一体化して宇宙コンピューターのプログラマーになる
+6 :身体のない点(個の本質)になってどこにでも行ける、思考やプログラムは不要
+12:至福、宇宙的愛の状態、体は透明になりエネルギーが出入りする
+24:初歩の悟り、必要な全プログラムが存在して機能し、楽しみながら行為する
±48:自己メタプログラマーになり創造的思考を行う

また、リリーは、1958年に、タンクによる変性意識状態の中で、高次な霊的存在と出会う体験をしました。
彼はその組織を「地球偶然制御局」と呼んでいて、さらに上位の階層の存在があると考えました。
彼らは地球の進化を管理する役目を持っていて、そのために使者を管理していて、リリーもその一人なのです。

リリーは、イルカとのコミュニケーションの研究も行いましたが、それはアイソレーション・タンクの入った人間の状態が、イルカと似ているからです。
彼は、イルカにLSDを摂取させたうえでの実験も行いました。

また、リリーは、タンクの中で、イルカやクジラのコミュニケーション・ネットワークにチャンネルが合うことがしばしばあったと書いています。
そして、彼は、イルカやクジラは、地球外情報の中継局の役割を果たしていると述べています。

まさに、マッド・サインティスと言われたリリーの面目躍如というところです。

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<ジョン・ウェルウッド>

あまり知られていない人物ですが、ジョン・ウェルウッドも、西の心理学と東の瞑想法をつなごうとした重要な心理学者です。

ウェルウッドは、「男女のスピリチュアルな旅」、「男女の魂の心理学」、「パートナーシップのマインドフルネス」などの著作が日本でも翻訳されていて、男女の心理学で知られています。
ですが、彼は、「東洋と西洋の心理学」という書を編集するなど、西洋の心理学に仏教やインド思想を取り入れること、特にチベット仏教の意識論を取り入れようとしたロジャーズ派、フォーカシング指向心理学派の学者です。

当時のアメリカには、チベット僧のタルタン・トゥルクがゾクチェンを、チョギャム・トゥルンパがマハームドラーを伝えていました。
ゾクチェンやマハームドラーは、仏教、インド思想の意識論の最終奥義であり、世界の仏教学者にも知られておらず、彼らの話を聴いても、ほとんど理解できなかったと思われます。
ウェルウッドは、それを取り入れようとした数少ないニューエイジの思想家です。

ウェルウッドは、無意識を、有機体の構造や関係のパターンであり、「焦点注意」の階層的な「背景」として考えるという、新しい意識-無意識論を提唱しました。

焦点化する注意が特徴の日常的な意識に対して、背景としての意識の階層は、下記の通りです。

1 状況の場:「感じされる意味」(ジョンドリン)、「移行的部分」(ウィリアム・ジェームス)
2 個人的場:ユンクの「影」は有機体の全体平衡機能
3 超個人的場:ユンクの「元型」は世界内身体の普遍的パターン、阿頼耶識
4 開かれた基本的な場:仏教の「原初の知覚・心」

*番号は当ブログ主がつけたもの
4が一番、奥にある背景です。

ウェルウッドの階層論には、ケン・ウィルバーのそれと似ているところもありますが、ヴェーダーンタ哲学よりも仏教を参照しています。

ウェルウッドは、日常的な「焦点化する注意」ではなく、瞑想的・直観的な「拡散する注意」によって、様々な背景の平面を結びつけることができると考えました。

また、ウェルウッドは、意識における仏教の「空」の意味に、3種があると解釈しています。

一つは、思考と思考の間としての「空間」です。
これは、雲の間の青空と比喩表現するゾクチェンの考え方と似ています。

もう一つは、フォーカシング指向心理学の概念の「感じされる意味」、つまり、まだ言葉にならない直感的なものです。

最後は、トゥルンパを引用して「あるがままに見られる広がり」とか、「大きな心」と表現されます。

最後の場についてウェルウッドが語っていることで興味深い点は、彼がトゥルクを参照しながら、感情を否定するのではなくその中に飛び込むことで、その固まりが、活発になり、変化し、氷解すると語っているところです。

これは、ゾクチェンの自己解脱の考え方に近いものです。
この場についての説明で彼が表現している「原初の知覚・心」は、ゾクチェンの「明知(リクパ)」や「原初の境地」を背景にしているのかもしれません。

ウェルウッドが、「背景」とか「広がり」といった言葉を使う点には、仏教的な非実体主義的思想を感じます。

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