エン・ソフと生命の樹(神智学的カバラ) [中世ユダヤ&キリスト教]

中世の神智学的カバラ(思索的カバラ)には、神の隠れた次元である「エン・ソフ(アイン・ソフ、無限)」、そして、そこから光として流出した神の内的構造である「セフィロート」についての考察が中心にあります。

この項では、特定の思想家や特定の書によらず、中世の思索的カバラで形成された「エン・ソフ」と「セフィロート」に関する神智学について簡単にまとめます。

セフィロートの位置づけは、カバリストによって様々ですが、神の属性であったり、様態であったり、神名であったり、道具(容器)であったりします。
セフィロートの探求は、聖書や律法の隠された奥義の探求であり、創造の探求であり、神智学であり、宇宙の原型論です。

セフィロートは象徴体系であり、「生命の樹」という樹状の象徴、そして図形配置で体系化されました。
「生命の樹」が今日に近い図として描かれているは、14Cまでは遡れます。

また、悪の発生や原罪による堕落、そして終末の救済という宇宙論的出来事、預言につても、セフィロートと「生命の樹」の関係で語られました。
それゆえ、「生命の樹」は、神の世界の均衡を取り戻すためのマップにもなりました。


<エン・ソフ>

中世のカバラでは、おそらく新プラトン主義やグノーシス主義の影響を受けて、否定的な表現をされる神の隠れた静的次元からの「流出」を語るようになります。
これは、人格神による「無からの創造」というユダヤ・キリスト教の正当の思想とは異なる、神秘主義の思想です。

その隠れた次元の神は、「エン・ソフ(無限)」と表現されました。
これは、人間が認識することができない次元とされます。

後に、神の隠れた次元は、3段階で考えられるようになります。

13C初め頃、スペインで最初にカバラが研究されたのはカタルーニャ地方のイユーン派が、10のセフィロート(ミトド)の上に、「原初の内密な光」、「透明な光」、「明るい光」の3つを置いたことが契機になったのかもしれません。

そして、「エン(無)」→「エン・ソフ(無限)」→「エン・ソフ・オール(無限光)」という3段階で考えられるようになりました。

「エン・ソフ」は、凝縮して空間を創造し、光をそこに送ります。
そして、「アダム・カドモン(原人間)」と、10のセフィロートが順に流出します。


<セフィロートと生命の樹>

10の「セフィロート(語源的には「数える」、「語る」)」は、紀元後の「形成の書」でも語られますが、この時点では、その配置は立体的なものでした。
中世においては、「光明の書」では、それが神の動的な諸力、階層化された光の流れになり、「光輝の書」では対立と均衡をもって展開するものとなりました
そして、14C頃までに、スペインで現在のような「生命の樹」の形で表現されるようになりました。

Zohar-ToL.jpg
*図の「生命の樹」は「ゾーハル」の写本より

「エン・ソフ」が隠れた根であり、「セフィロート」は枝に当たりますが、中央に位置する第1、6、9、10のセフィロートは幹と考えられる場合もあります。

「生命の樹」は、「聖書」ではエデンの園の中央に植えられた木で、神がアダムとエヴァをエデンの園から追放した理由は、「知恵の樹」の実を食べた人間が、「生命の樹」の実までも食べて永遠の生命を得ることで、神に等しき存在になることを恐れたから、とされます。
象徴としては、「知恵の樹」は合理的な知恵、「生命の樹」は霊的・直観的な知恵を表現します。
そのため、「生命の樹」を探求することは、神秘主義としては当然のことであるものの、異端視される危険性も伴います。

セフィロートの数が10であるのは、ユダヤ教的には十戒と結び付けられますが、古くはピタゴラス主義、そして、プトレマイオス派グノーシス主義の10アイオーン、イスラム哲学やイスマーイール派の10知性体の影響を、都度に受けていると推測されます。

セフィロートの順番、名称(神の属性)は、諸説がありますが、代表的なものは下記の通りです。

1 ケテル(王冠)
2 ホクマー(知恵)
3 ビナー(知性)
(  ダート(理性))
=======================
4 ヘセド(慈愛・恩寵)、ケデュラー(偉大)
5 ゲブラー(権力)、ディン(判断・厳格)
6 ティフェレト(美)、ラハミーム(慈悲)
7 ネツァハ(持続・永遠・勝利・忍耐)
8 ホド(威厳・栄光)
9 イエソド(基礎)
10 マルクト(王国)、シェキナー(光輝・住居・臨在)

第1の「ケテル」は、正確には「ケテル・エルヨーン(最高の王冠)」です。
「アイン(無)」と表現されることもあり、いまだ、「エン・ソフ」と変わらないような存在です。
第2の「ホクマー」は、テトラグラマトン(神の4文字YHVH)の第1字「ヨッド」でもあります。
第3の「ビナー」は、テトラグラマトンの第2字「ヘー」でもあります。
最初の女性原理であり、「上位のシェキナー」とも言われ、これより下位のセフィロート、そして万物の「母親」であり、「メシア」です。
また、「宮殿」、「安息日」とも表現されます。

第3と第4の間に、隠れたセフィラ「ダート(理性)」を置くこともあります。
これは、第2と第3のセフィロートの統合・調和の位置になります。
「ダート」は13C頃に説かれ始め、その位置は諸説がありましたが、16Cには現在の位置に落ち着きました。

第4以降のセフィロートは7つですが、これらは創造の最初の7日に対応するとされます。
第4から第9のセフィロートの名称は、歴代誌上の聖句、「主よ、あなたは偉大で、厳しく、美しく、不滅であり、そして栄光に満ちています。天と地にある万物はあなたのものです」に由来します。

第4の「ヘセド」は、創造の第1日目の光に対応し、また、「創世記」の「神の霊が水の上を漂っていた」という表現の「水」とされます。
第5の「ディン」は、創造の第2日目の神の裁きに対応し、後述するように、悪の起源となります。
第6の「ティフェレト」は、テトラグラマトンの第3字「ヴァヴ」であり、また、「神の霊が水の上を漂っていた」という表現の「神の霊」とされます。 

第9の「イエソド」は、「正義」、「義人」、「契約」、「割礼」とも表現されます。
また、後述するように、神の男根でもあります。

第10の「マルクト」の「王国」とは「イスラエル」のことでもあり、また、「シェキナー」は「神の女性性」です。
神の「妻」、「娘」、あるいは、「大地」と表現されることもあります。
また、テトラグラマトンの第4字「へー」でもあります。

各セフィロートの中にはそれぞれ10のセフィロートがあり、入れ子構造になっているとする説もあります。

セフィロートは「アダム・カドモン」、人間の身体とも対応しています。
また、それぞれがヘブライ語のアルファベットとも対応しています。
具体的には、下記の通りです。

1 ケセル   :頭(大きな顔):アレフ
2 ホクマー  :脳髄(父の顔):ベト
3 ビナー   :心臓(母の顔):ギメル
4 ヘセド   :右腕     :ダレト
5 ゲブラー  :左腕     :ヘー
6 ティフェレト:胴体     :ヴァヴ
7 ネツァハ  :右足     :ザイン
8 ホド    :左足     :ケト
9 イエソド  :性器     :テト
10 マルクト  :身体の完成  :ヨッド

第9のセフィラは、アダムとイブが創造された日に対応し、身体では性器に対応しますが、第10のセフィラが女性性の「シェキナー」なので、第9の「イエソド」は男根に当たります。


<4つの世界、3つの魂>

カバラでは、世界を4つの階層に分けて考えます。
「アツィルト(流出)界」、「ベリアー(創造)界」、「イェッツラー(形成)界」、そして、「アッシャー(活動・製作)界」の4世界です。

「アツィルト」はセフィロートが存在する原型の世界です。
「ベリアー」はメルカーバー神秘主義の玉座世界であり、大天使のいる世界、
「イェッツラー」はメタトロン率いる天使達の世界、エデンの園の世界。
そして、「アッシャー」は、悪の発生とともに、物質の世界、邪悪な殻の世界になった世界です。

セフィロート自体は、「アツィルト」に属しますが、同時に、10のセフィロートは、4つに分けられ、4つの世界に対応します。
これには諸説がありますが、例えば、次の通りです。

1 アツィルト :第1-第3のセフィロート or 第1セフィラ
2 ベリアー  :第4-第6のセフィロート or 第2-第3セフィロート
3 イェッツラー:第7-第9のセフィロート or 第4-第9のセフィロート
4 アッシャー :第10のセフィラ

また、各世界に10のセフィロートがあるとする説もあります。

そして、人間の3つの霊魂である「ネシャマー(霊的な魂)」、「ルーアハ(理性的な魂)」、「ネフェシュ(情動的な魂)」が、4世界説や10セフィロート説と対応付けられました。
3霊魂説は、プラトンの魂の3分説に似ています。
対応には諸説がありますが、例えば、以下の通りです。

1 ネシャマー:アツィルト界 :ケテル or ビナー
2 ルーアハ :ベリアー界  :ティフェレト or ヘセドからイェソドまで
3 ネフェシュ:イェツィラー界:マルクト

「ネシャマー」より上位に2つの存在を置いて、「イェヒダー」=ケテル、「ハヤー」=ホクマーとする説もあります。


<対立と均衡、破壊と堕落>

「生命の樹」では、セフィロートの流出・創造の過程が、対立する2原理の創造とその調和・均衡・統合を繰り返すと見ることができます。
対立する2原理は、生命の樹の左右の柱として、均衡は中央の柱として表現されています。
対立と均衡は、「父/母」と「子」とも表現されます。

右の柱 :慈悲  :男性:能動:静的
左の柱 :力・峻厳:女性:受動:動的

男女カップルの神格を複数設定するのは、グノーシス主義のアイオーン、そして、「形成の書」を引き継いでいます。
ですが、均衡(子)の原理を複数設定している点はカバラに特徴的です。

しかし、その創造プロセスは完全な形では行われませんでした。
まず、「アダム・カドモン」が上位の3つのセフィロートを生み出した後、下位のセフィロートが生み出されます。
しかし、第5セフィラ「ゲブラー(厳格)」が第4セフィラ「ヘセド(慈悲)」を拒否して均衡を崩すことで、「ベリアー界」、「イェッツラー界」のセフィロートである光の「容器」が破壊されます。
「アツィルト界」から流出した光が強烈すぎたために、壊れたなどと説かれます。

そのため、容器と光はバラバラになって、そして第10セフィラの「マルクト=シェキナー」も一緒に、「クリフォト(壊れた殻)」の領域である「アッシャー界」に落ちました。
これが「悪」の発生とされます。

ここには、グノーシス主義やマニ教の影響を見て取れます。
最下位の女性の神格が堕落する、女性の神格がカップルを壊すことで堕落する、という点はグノーシス主義に見られます。

これによって、「悪の樹」が生まれたとも考えられました。
「生命の樹」の通常の聖なるセフィロートの裏側に、「悪の樹」のクリフォト(「セフィラ」に対応する単数は「クリファ」)があるという教説です。
これらは、セフィロートが均衡を崩した状態を表現しています。

さらに、その後、アダムが犯した罪によって、「マルクト=シェキナー」が改めて上位9のセフィロートから切り離されます。
この原罪は、「生命の樹」(イエソド)と「知恵の樹」(マルクト=シェキナー)の分離、「知恵の樹」のみを崇拝することであるとも説かれます。


<小径>

「形成の書(セフィール・イエツラー)」以来、22のアルファベットが21番目から32番目までの「径(パス)」とされてきましたが、これらはセフィロートの間をつなぐ「小径(パスウェイ)」とは別のものでした。
ですが、16C頃までに「小径」が22のアルファベットに対応させられました。

「小径」の結び方には様々なパタンがありました。


パスウェイ.jpg

図の1が多数派、2はイサク・ルーリア、3はエリヤフ・ベン・シュロモです。
ちなみに、17Cに以降の4はクリスチャン・カバラの説で、アタナシウス・キルヒャーに由来します。

キルヒャーは「小径」の上から下への順と、アルファベットの順を対応させましたが、ユダヤのカバリストはこの対応はさせていません。
ただ、ごくごく大まかな対応を見て取ることは不可能ではありませんが。

それより重視されたのは、アルファベットの母字を3つの水平線に、重複字を7つの垂直線に、単純字を12の斜線を対応させていることです。


<占星学的宇宙像との対応>

中世ユダヤ神秘主義、カバラの潮流」でも書いたように、ユダヤの神秘主義思想はバビロニアを中心に発展してきたものです。
ですから、カバラの神智学・宇宙論には、新プラトン主義やグノーシス主義、カタリ派の影響のさらにその背景である、占星学的宇宙像(カルデアン・マギの宇宙像)やズルワン主義(ミトラ教神智学)からの影響を推測することができます。
そのため、対応関係について書いてみます。

カバラの神智学における、神の隠れた3の次元、「エン(無)」→「エン・ソフ(無限)」→「エン・ソフ・オール(無限光)」は、ズルワン主義においては、「両性具有のズルワン」→「父なるズルワン」→「母なるアナーヒター」に対応します。
そうすると、次のセフィロートの原点である「ケテル」が、「子なるミトラ」に対応することになるのでしょう。
もちろん、より直接的にはミトラは大天使メタトロンに対応します。

セフィロートに関して言えば、セフィロート自身は神の内部構造なので、物質的な宇宙に直接対応はしませんが、その象徴的な対応はあります。
第1のセフィラは宇宙卵、第2のセフィラは恒星天、第3から第9のセフィロートは、7惑星天、第10のセフィラは地上に対応します。

また、ルネサンス期以降のキリスト教カバリストは、10のセフィロートを偽ディオニュシオスの天使の9位階を結びつけました。

ルネサンス期以降のキリスト教カバリストや魔術的カバリストは、10のセフィロートの間をつなぐ22の道に対して、次のような対応を考えました。
つまり、22の道を、12宮+7惑星+3元素(空気は媒体と考えて省く、もしくは、土はマルクトなので省く)と対応付けました。

また、「アツィルト」、「ベリアー」、「イェッツラー」、「アッシャー」の4世界説は、直接的な対応はありませんが、プトレマイオス派グノーシス主義の4世界(アイオーン、中間界=恒星天、7惑星天、地上)とも似ています。


*セフィロートと「生命の樹」の瞑想に関しては、姉妹サイトの「カバラの生命の樹の観想」をご参照ください。

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